63話:問題が増える
「メディサ、こっちこないの?」
僕が声をかけると、アルフが表情を硬くした。
「私のような醜い者が、あなた方のような美しい者の前に現れるなどできません」
メディサの答えと同時に、僕の脳裏にゴーゴンの知識が開く。
ゴーゴンはその美貌を誇り神の怒りを買ったために、醜く凶暴な怪物に変えられた三姉妹。
神に逆らった大罪の証である怪物の姿を、どうやらメディサは人前に晒したくないようだ。
「恥ずかしがり屋なんだよ」
アルフがそう苦笑してみせるけど、幻象種のグライフにそこら辺の気遣いなんてなかった。
「ふん! 幻象種をも一睨みで殺す力を持っていながら、俺たちの前に現れることができないとは。ここにも己の価値というものを思い違う阿呆がいるようだ」
「僕を睨まないでよ、グライフ」
「美しいことはそれだけ外見に価値を見出されることではあるが、美しいだけの者に力はない。生きることにおいて力なき者などなんの価値もないであろう」
「だから僕を見ながら言わないでって。この顔、アルフの好みなんだから。美しいとか僕は関係ないでしょ」
何故かメディサに声をかけたら、僕がグライフに絡まれた。
あ、そう言えば僕のユニコーン姿って、グライフからすると綺麗で美味しそうに映るんだっけ?
「だいたい、何故貴様もゴーゴンほどの怪物を小間使いのように使っているのだ、羽虫」
「本人がやりたがったから」
グライフの文句はアルフに逸れてくれたけど、本気か冗談かわからない答えが返る。
ちなみに僕としては、必要な時に必要な物を用意してくれる気回しが、秘書っぽいなと思う。
けど、言っても通じないよね。秘書なんてこの世界にいないだろうし。
「別に強大な力を与えられているからって、怪物が必ずしも凶暴なわけじゃないんだぜ? このメディサなんて、基本的におしとやかで気の利く淑女だ」
「過分なお言葉感謝いたします。ですが、こうしてお仕えしますのも、魔王の甘言に惑った我らゴーゴンを厭わず受け入れてくださった妖精王さまのご寛容あってこそ」
姿は見えないけど、メディサの静かな声には実感が伴っていた。
「…………なぁ、フォーレン? なんか変な感情の動きが伝わってくるんだけど?」
「そこまで褒めてもらえるいいことしたのに、森に逃げ込んだ恋人たちを引っ掻き回して不幸にして、慌ててる間にまんまとダイヤ盗まれたなんて、メディサの期待を裏切ってるなぁって。考えたらちょっと、ね」
聞かれたから答えたのに、アルフは不服そうな顔をする。それを見て、グライフがアルフを指差して嘲笑い出した。
腹を立てたアルフは、止める間もなく魔法で水を放つ。顔面に水を浴びて怒ったグライフが、やっぱり僕が止める間もなく追い駆けた。
玉座の間を使って、がたいのいい成人男性姿のアルフとグライフが幼稚な鬼ごっこを始めてしまう。
「えーと、僕が聞くからアルフがいない間の森の様子を教えて」
「はい。契約のことは妖精王さまからお聞きしておりますので、どうかよろしくお伝えください」
メディサは僕とアルフが精神で繋がっていることを知っているらしく、柱に隠れたまま説明を始めた。
「まずシュティフィーと争ったオイセンについてですが、オイセンのもっと南の町では水精のウンディーネと人魚が、人間を相手に争っています」
「確か、取水についての諍いが前からあったって聞いたね」
「そのとおりです。森の東側は湖以外に大きな水源がなく、オイセンは常々水の確保に困っております。時には敵対する隣国から水を買うほどです」
「わざわざ報告するってことは、アルフがいない間に何かあったんでしょう?」
「はい。森に近いオイセンの町では何処も伐採に手をつけており、取水問題の町でも最初は伐採のために森に入っていたのです」
どうやら、木が狙いと思って湖に住む森の住人が静観しているのを好機と見て、湖から取水するための水路を勝手に作り始めたという。
「すごいバイタリティ。けど、それは湖の妖精が止めたんじゃない?」
「そうなのですが、少々ウンディーネに別の問題が発生しており、そちらの動きが鈍く。逆に怒りを抑えない人魚が前面に出ているため、犠牲が生じております」
「ちょっと待ってね。アルフの知識から人魚を探って…………縄張り意識が強い上に、この森の人魚は陸上でも動けるんだね」
下手に人間と同じ土俵で戦えるため、人間側が軍の招集を画策しているという。
すでに森に近い町には騎士が配属されていることは確認済み。
騎士が早馬を飛ばせば十日かからず軍が森への攻撃を行う、というのがメディサの報告だ。
「関連して、もう一つ。獣人の国についてもご報告いたします」
獣人の国とは、この暗踞の森の中にある獣人たちの集落のことらしい。
王さまがいて大臣がいて将軍がいて平民がいる。
森の中の他の種族の集落とも取引をしていて、規模としては小さくてもちゃんと国なんだとか。
この獣人たちも、かつて魔王に与していた者たちらしい。
森に逃げ込んだ人間はいなくなったけれど、獣人は森での暮らしに順応して国を作り上げたそうだ。
「こちらはオイセンの南、エフェンデルラントと交戦中です。あちらはすでに軍を擁しての睨み合い。森の中では獣人が優位を取り、森を出ればエフェンデルラントが優位を取るという膠着状態に陥っております」
「それって大丈夫なの? …………あれ? オイセンとエフェンデルラントって仲悪いって聞いた気がする。もしかして、オイセンが無茶な方法で伐採始めてるのって、ライバルのエフェンデルラントが戦争してるから?」
「そのように考えられます」
僕とメディサが真面目に話し合っていると、追い駆けっこに飽きたグライフが絨毯の上に戻って来る。
耳の良さから僕たちの話は聞こえていたようだ。
「人間が関わる争いは、とかく面倒に発展しやすい。二国が連動しているのはわかったが、湖の問題と獣人の国の戦争を並べて報告した関係はなんだ?」
グライフの質問に、メディサは僕の隣に腰を下ろすアルフを見る気配がした。
「妖精王さまの帰還を伝えたところ、人魚の長と獣人の将軍から同じ回答を得ました。
…………『関わるな。問題が増える』と」
あまりの言いように、僕はアルフとメディサの隠れた柱を交互に見て、聞き間違いじゃないことを確認してしまう。
「く、くふ、くはははは! ずいぶんと人望が厚いようだな?」
「えー? アルフ、何したの?」
グライフが指を差して笑っても、アルフは言い訳できないことやらかしたことがあるらしく、反論しない。
どうして森の管理を任されてるはずの妖精王が帰還して、関わるななんて言われるんだか。
いや、今までのアルフの言動を考えれば、しょうがないのかもしれない。
「なんか、フォーレンの中での俺に対する評価がすごい下がってる気がする」
「大丈夫。最初からそんなに高くないから」
「ぶふ…………! くふ…………くくくく!」
「笑いすぎなんだよ、このグリフォン! こらー!」
「くっはははっは! こ、仔馬にさえ侮られる、妖精王とは、はははは!」
グライフの笑いのツボって未だによくわからないなぁ。
「フォーレン! 俺にだってちゃんと従ってくれる種族はいるんだぜ!?」
「うんうん、妖精とか怪物とか悪魔とかだね」
「なんか雑!? ダークエルフなんかはちゃんと心服の姿勢取ってくれるんだって!」
へそを曲げないように理解を示したら文句を言われてしまった。
「僕、ダークエルフ知らないし」
「ふむ、ダークエルフと言えば、エルフの国で聞いたことがあるぞ。なんでも凶暴で排他的、嫉妬深く怨みも強いとか」
「あ、それ自衛のためにダークエルフが流したただの噂」
アルフは相変わらず軽い口調で言った。
小妖精なら許容できたけど、なんか成人男性に見える姿で言われるとすごく無責任そうに聞こえるなぁ。
面倒見がそれなりにいいのは身をもって知ってるんだけど。
「魔王に従ってたからエルフの国での受け入れ拒否されてさ。仲間のエルフからも敵対したことを疎まれてたから、悪くて強い噂流してわざわざ退治しようって思わせないようにしたんだ」
で、受け入れてくれた妖精王に感謝して従うって、メディサと同じだね。
妖精はアルフの言うこと聞くみたいだけど癖が強いし、怪物はまだメディサしか知らないけど慕われるだけのこと、アルフがしてるか疑問だし? 悪魔はあのアシュトルだけど、うーん。
「妖精王さま、悪魔のアシュトルより面会の希望が来ております」
「忙しいから後でって言っておいてくれ」
「何が忙しいのだ、羽虫が」
「まだ羽虫って言うのか、この野郎。同時多発で森が攻撃されてるから、結界張るんだよ。妖精王の力舐めんな」
アルフの答えにグライフがちょっと感心したような顔をした。
たぶん、この広大な森に魔法を広げるっていう常識外れの対応に驚いたんだと思う。
まだ魔法使い始めて短い僕でも、そんな広範囲考えただけで無理だとわかる。
「関わるななどと王に不遜な態度をとる者たちさえ守るというのか?」
「あいつらは他に行き場がない。俺が見捨てたら、あいつらは世界に見捨てられたも同然だ」
「いつもそういう態度でいればいいのに。どうして変なところで調子に乗って失敗するの?」
僕の言葉にアルフはとても傷ついたようだ。
筋肉質な体でがっくりしてる。
「自業自得だな。貴様のこれまでの言動を思えば、仔馬の評価は正当よ」
「あーもー!」
グライフに笑われ、アルフは自棄になって声を上げた。
「俺は今から結界張るために集中しなきゃいけないから! ちょっと出ってもらえませんかねー!」
「あ、何か手伝うことある?」
「フォーレン、俺のやる気を削ぎたいの? 上げたいの?」
何故か恨みがましい目で見られた。
可能なら、いつでも真面目にやる気に満ちててほしいけど、妖精の悪戯好きってデフォみたいだしな。
無理なことを望むつもりはないよ?
そんな僕の感情を読み取って、アルフは筋骨隆々とした体でがっくりと項垂れた。
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