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62話:妖精王アルベリヒ

 ボリスに案内された森の奥には、古い石造りの家があった。


「建物がある…………」

「これ、五百年前にいた人間たちが俺を迎えるために作ってくれたんだよ」

「じゃあ、ここがアルフの住処なんだ」


 森の中、白っぽい石を積んで作られた家は四角を幾つも積み重ねている。

 前世の記憶にある国会議事堂の正面を、小さく四角くしたような形だ。

 国会議事堂ほどの奥行きはないけど、一目でわかる古めかしさがある。


「今じゃ通う者なんて数えるほどしかいないけど、昔はそこに道があったんだぜ?」


 言われて足元を見ると、木の根や草に覆われた地面には、平行に並んだ石の列があった。

 ボリスは先に入って薄暗いアルフの住処の内部を照らす。

 僕とグライフは、アルフの後ろに従って中に入った。


「何もないな。手入れはされているようだが」

「ゴーゴンたちがやってくれるんだよ。寝る必要も食べる必要もないから物はないな」


 グライフに答えるアルフは、住処がほぼからの理由をそう言った。


 確かに旅の間、アルフは僕たちが何かする時にはつき合ってやってる感じだったんだよね。

 僕やグライフが食べてる時には適当に花の蜜を吸って、夜寝る時には僕の上に横になる。

 アルフからお腹が減った、眠いと聞いたことはない。


「一応寝室とかは用意されてるんだけどさ、ほとんど使わないし、木の家具はとっくに朽ちてるし石の建物もいくつか崩れてなくなった。昔は壁に彩色もされてたんだけどさ」


 石の壁を見れば、壁の表面が残っている部分もあり、そこには確かに色を塗られた跡があった。


「仔馬。貴様はこの住まいを見て何を思う?」

「何を? …………遺跡ってこういうのかなって」

「遺跡じゃないから。現在進行形で俺が住んでるから」


 顔を顰めるアルフに、グライフは鼻で笑って僕を見た。


「素直に粗末だと言っておけ」

「いや、立派だったんだろうなっていうのはわかるし」

「あーもー! いいからこっち来い! 目に物みせてやる!」


 アルフは怒ったように声を上げると、入った先にある階段を飛んで昇って行った。

 正面に階段。左右に廊下があって部屋はあるけど、基本的に扉はない造りらしい。

 窓にも戸はないから風通しが良く、掃除はされているようで室内に植物は繁殖していなかった。


 僕とグライフは階段を上るため人化する。

 登った先には天井の高い広間があった。


「ようこそ」


 アルフは高くなった場所に据えられた、石の椅子の前で僕たちを振り返る。


「玉座の間と言ったところか。侍る者が誰一人いないとは虚しいな」

「とか言って、妖精が大量に集まったら煩がるくせに」

「そうだそうだー」


 悪態を吐くグライフに僕が突っ込むと、アルフは悪戯に笑って囃した。


「アルフには大きすぎるくらいの住処なのは確かだけど」

「フォーレンまで! 見てろ!」


 言うと、アルフは玉座の上に膝を突く。

 瞬間、何かの魔法が発動してアルフの姿を光の糸が覆った。

 糸は蛹のような形に固まると、中から拍動するように光が溢れる。

 まるでしぼんでいた風船が一気に膨れ上がるように、蛹の中でアルフの存在感が膨張した。


「…………ち、腐っても妖精王か」


 アルフとして隠していた妖精王の力の強さを感じて、グライフが舌打ちする。


「グライフ…………。えーと、アルフから貰った知識によると、本来の存在を隠して違う者に置き換えてしまうとんでもない魔術を使っていたらしいし。素直にすごいって言ってあげようよ」


 そんなことを言っている間に、蛹の背が大きく割れた。

 溢れる光が人物の形を取ると同時に、アルフを包んだ蛹は姿を消す。

 そうして現れたのは、人化したグライフよりも逞しい姿をした一人の男性だった。


「俺の名前はアルベリヒ。妖精王、アルベリヒだ」


 若々しく張りのある声には、権威者の重みが感じられる。

 金色の髪の癖や、蜂蜜色の瞳の輝きには、確かにアルフの面影があった。


「ずいぶん化けたな」

「ふふん、そうだろう?」


 服装は相変わらず古代ローマのような丈の短いワンピース。ただ肩から大きな布を巻いているのは違う点だ。

 体は厚みがあって身長も高く、ギリシャ彫刻のように大袈裟なほど筋肉がついてる。

 頭には蝶の翅を思わせる形の冠をつけていて、ダイヤがはまってた。

 見るからに別人だけど、確かに玉座に腰を下ろす妖精王は、アルフだ。

 それは、精神の繋がりからもはっきりわかる。


「…………おい、羽虫」

「この姿になってもその呼び方のままかよ」

「なんでもいい。何故仔馬が苛立っているのかを説明しろ」

「…………お前が離れるほどヤバい感じ?」

「威圧を放つ一歩手前だ」


 話し方はアルフのままだ。

 けど、アルベリヒを名乗る今は、口調ばかりが妙に軽い。


「えーと、フォーレン? なんか、俺に怒ってるよな?」

「…………その姿」

「お、おう? すごいだろ? 本来こういう姿なんだよ。かっこよくない?」


 アルフの一言に僕は無意識に威圧を放っていた。


「自分の本来の姿はそれなのに! なんで僕をこんな姿にしたんだよ!?」

「うわー! ごめんごめん、フォーレン! 頼むから俺に角向けないでくれ!」

「ふっははははは! 貴様まだそんな些事を気にしておったのか、仔馬!」

「些事じゃない!」


 勢いグライフにも怒れば、すっごい楽しそうに翼が戦闘態勢を取るため開く。

 僕が怒って喜ばないでよ!

 やらないからね!


「えーと、その、ま、まだフォーレン子供だしさ! 今から大きくなれば人化した姿も成長するかもしれないんだし、な?」

「なんで美少女に寄せるんだよ! 僕も男らしいほうがいい! だいたい、なんで誰も僕が女子修道院にいておかしいって言わないのさ!?」

「はーはっはっは! なんだそれは? いつのことだ? いや、俺がビーンセイズで檻にいた時か?」

「お前笑ってないでフォーレン宥めるの手伝えよ!」


 グライフがお腹を抱えて笑う姿に、アルフは八つ当たり気味に叫んだ。


「僕だけ女に間違われる姿にしかなれないなんてひどい! アルフ強そうな見た目でずるい!」

「いや、俺も姿形は選べないから。俺は生まれた時代の理想像を反映した姿になるんだよ。五百年前は魔王の脅威が残る時代だったから、こういう強そうな見た目が流行ってただけだって」

「そうだぞ、仔馬。貴様も小娘たちに可愛い可愛いと、ずいぶん、くく、ふはははは!」

「お前、宥める気あるなら最後まで言えよ!」


 もうグライフは対照的な僕とアルフの姿を交互に見るだけで笑いの発作を起こしてる。

 え、何? 僕グライフに喧嘩売られてる?

 今なら買ってもいい気がしてくるんだけど?


「落ち着け、フォーレン! なんからしくないこと考えてるだろ!?」

「ほう? 何を考えている? 結局怒って見せても目の色は変わらないようだが?」


 そりゃね。

 どんなに笑っても臨戦態勢を崩さないグライフに言われて、ちょっと冷静になった。

 ユニコーンの目が赤くなるって、相手を殺したいほど怒ってる時なんでしょ?

 僕にアルフやグライフを殺す理由はない。

 っていうか、友達の失敗の被害に遭って怒って喧嘩、くらいの勢いなのに、いきなり殺す気はないだろなんて言われたら、逆に冷める。


「…………つまらん。何故そこでやる気を失くす」

「明らかにお前の一言のせいだったぜ?」


 アルフの指摘にグライフは本気でわからない様子で首を捻った。


「はぁ…………。成長したら、少しは男らしくなるかなぁ?」


 僕の呟きにアルフは何度も頷く。


「いっぱい食べて、いっぱい運動して、しっかり寝たらちゃんと成長するって!」

「なんか適当…………」

「相応の姿だと思うがな。貴様があの羽虫のようなむくつけき男であるなど、違和感しかないぞ?」


 グライフは僕の側に戻って来てアルフを指差した。

 頷きかけたアルフは僕の怨みの籠った視線を受けて動きを止める。


「あーえー、と…………ともかく何処か座るか?」

「ならばその座を明け渡せ」

「このグリフォンは本当に傲慢の化身だな」


 玉座を寄越せと言うグライフに、アルフは怒ったように笑ってどく意思がないと、足を組んで示す。


「ユニコーンになっても、石の床にお腹つけるのはなぁ」

「人化していると足を持て余すな」


 なんかグライフが贅沢な悩みを口にした。


「ご歓談中に失礼いたします」


 突如玉座の横にある柱の辺りから声がする。

 その声は怪物であるゴーゴンの一人、メディサのもの。


「絨毯とひじ掛けをお持ちいたしました」


 メディサが差し出すらしい巻かれた絨毯が柱から覗く。


「お、ありがとな」


 アルフは魔法で絨毯を浮かせて広げると、玉座の目の前に敷いた。

 そしてひじ掛けを僕たちに放る。

 ひじ掛けは硬い芯の周りに布を張った、クッションみたいだ。

 僕たちが絨毯に座ると、アルフも玉座を降りて座る。

 小妖精の時にも同じように座って話してたから、特に違和感はなかった。


「妖精王さま、どうかお時間をいただけましたら、先日のご報告の続きをさせていただけますようお願い申し上げます」

「あ、だったら今でいいぜ」

「ふん、聞くだけならしてやろう」


 グライフはひじ掛けを枕に横柄に寝ころんだ。

 アルフも背後の段差に肘をかけて楽に座る。

 なんだか、王さまが二人いるみたいになってるけど?


「ご友人さまもよろしいでしょうか?」

「僕のことはフォーレンでいいよ。メディサ、だよね?」

「はい、さようでございます」


 答えるメディサは頑なに柱の陰から出ようとはしなかった。


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