61話:獣のお迎え
「みんな! 無事で良かったよぉ!」
「マーリエ!」
シュティフィーの木まで連れて行くと、魔女たちとマーリエが抱き合って再会を喜ぶ。
「みんな傷だらけじゃない…………!? すぐに手当てをするわね!」
シュティフィーは魔女たちの怪我を見て跳び上がるほど驚き、治癒魔法をかけ始めた。
相変わらずシュティフィーの木の下には多くの妖精が集まっており、姫騎士団は幻想的な風景に感嘆の息を吐く。
どうやら森の中で妖精が集まると、普段妖精が見えない人でも見えるようになるらしい。
「あれ? グライフは何処?」
「ここだ、仔馬」
聞こえた声に上を向けば、グライフは太い木の枝の上で伏せていた。
人間たちの諍いなど興味はない。なんて言って残ってたけど。
欠伸する姿は猫みたいだ。
「何か面白いことはあったか?」
「うーん、あんまり。人間って面倒な暮らししてるんだなって思った」
選択の自由があった日本のほうが暮らしやすかったんだとすごく思う。
宗教や仕事、暮らす場所もこの世界の人間は選べない。生まれた場所で一生を過ごすことがほぼ決まっていて、移動するには自分の身を守れる武力が必要になる。
安全に比べれば自由なんてこの世界では大した価値はないみたいだ。
そう考えると、自分で選んで自由に動けるユニコーンに生まれ変われたのは良かったのかもしれない。
なんて考えたら、グライフに呆れられた。
「人化したがっていたくせに、何を言う」
「そうなんだけどさ。この顔、悪目立ちするっていうのが嫌でもわかってきたし、人間に紛れるってことが無理っぽいなって」
そんなことを言い合いながら、僕は人化を解いてユニコーンの姿に戻る。
最近、こっちの姿のほうが落ち着くことに気づいた。
人間の記憶があって、意識もユニコーンより人間に近いみたいだけど、なんというか角があるとこの姿のほうが安定はいいんだよね。
「ユニコーン!?」
「あれ? 言ってなかったっけ」
魔女たちはお互いを守るように抱き合って叫んだ。
あ、妖精王がアルフだって言うのに終始して、僕エルフじゃないって言い忘れてた。
「改めまして。僕はユニコーンのフォーレン。アルフの友達だよ。で、こっちは楽しいことがあればなんでもいいみたいなグライフ」
「ほざけ、仔馬」
「痛い、痛い」
わざわざ枝から飛び降りて、グライフは僕を突きに来た。
舞い落ちる羽根をコボルトのラスバブが風のような速さで拾い集める。コボルトっていうか、小人みたいな妖精ってなんでもできるなぁ。
「小まめに集めてるけど、羽根を織物にする方法思いついた?」
「布を織る中で織り込んでいくのが一番現実的かな?」
「数も集まりましたし、一度織り込んでみようと話していました」
ガウナもやって来て悲しそうな顔をする。
天邪鬼的にこれは楽しみにしてると思っていいのかな?
「何処で機を織るつもりだ、貴様ら?」
「魔女の里に行くことをマーリエと相談しております」
ガウナの言葉に、仲間に僕が安全だと話していたマーリエがこっちを見た。
「は、はい。周辺の町や村は妖精にあまりいい印象はないので。機が織りたいのなら里でもできると言ったら、そういう話に」
「日用品を作る職人もいるそうなので、僕たちも居つけそうです」
「みんな見えてるから隠れなくていいのは楽だけど、悪戯したらすぐばれるのがなぁ」
お互いに治癒魔法をかけ合っていた魔女たちも、ガウナとラスバブの来訪に笑みを浮かべる。
「ねぇ、マーリエ。魔女って魔法教えてくれたりする?」
「魔法ですか? でしたら妖精王さまが最高の師だと思いますけど」
「うーん、アルフに教わってるけど僕上手く使えなくて。風の魔法ならなんとかなったんだけど。治癒魔法って使えたら役に立つと思うんだけど」
そんなことを言ったら、妖精王のアルフが困ったように飛んで来た。
「たぶんフォーレン、妖精とか人間じゃなくて、幻象種に習ったほうがいいと思うぜ? 風の魔法が上手くなったのって、そこのグリフォンの影響だろ?」
「ふふん、使えぬ知識を与えるだけの羽虫との違いよ」
得意げなグライフとアルフが言い合いを始める前に、シュティフィーが森を指した。
「みんなに迎えが来たみたいよ」
シュティフィーが示す先には、幽霊のように透けた獣たちが姿を見せる。
狼や兎、狐や蛇、熊や鳥など種々雑多だ。
「ただの動物ではないな。あれはなんだろう?」
姫騎士団団長のランシェリスの質問に、マーリエは使い魔だと言った。
「わかりやすく言うと使い魔なんですが、魔女独自の獣を象った分霊と言いますか」
「ともかく敵ではないのね? 迎えということは送るのはここまでで大丈夫かしら?」
副団長のローズが確認すると、魔女たちはシェーリエ姫騎士団にお礼を言った。
魔女たちを迎えるように引いた動物たちは、僕たちを一度振り返ると、お礼を言うように一声鳴いて森の奥へと消える。
ガウナとラスバブはついて行って、残ったのは僕たちと姫騎士団だった。
「さて、私たちも早々に発つとしよう」
「エイアーナの仲間の所に戻るの?」
僕が聞くと、ランシェリスはちょっと悪い笑みを浮かべる。
「あの町の騎士たちに嘘を報告される前に、オイセンの王都へ行くつもりだ。せっかくここまで来たからには、周囲の状況を把握しておきたい」
「神殿は妖精とは距離を置いていたから、私たち本当に何も知らないのよ」
ローズが冗談めかすように言うけど、姫騎士たちの表情は真剣だ。
「流浪の民はこの国でも行動していたと言うし、また何か良からぬ企みをしているかもしれない」
「そっか。ここまで付き合ってくれてありがとう。何かお礼ができればいいんだけど、僕何も持ってないからなぁ」
僕の呟きにランシェリスは苦笑して、大事そうにハンカチを取り出すと開いた。
そこには魔王石のダイヤで折れた僕の角の先端が包まれている。
「万病薬となるこれを貰えただけで十分だ。フォーレンには自覚がないようだが、これは値千金の価値がある」
「そう? 不用品あげただけだから、あんまりお礼になってない気がするなぁ」
「だったら、俺からダイヤ奪還手伝ってくれた礼してやるよ」
そう言ってアルフは何処からか木製の入れ物を取り出した。
僕の掌にも収まる小さな入れ物の蓋を取ると、中には緑色の軟膏が入っている。
「これを瞼に塗ると、四半日の間妖精が見えるようになる。この薬使ってるの見れば、大抵の妖精は手を貸してくれるはずだ」
「あら、ブランカのお役目ごめんかしら?」
「そ、そんなぁ」
ローズの意地悪に、ブランカは慌て出す。
「ブランカ、あくまで妖精を味方にする物だと思えばいいよ。それに、ブランカは妖精見るためにいるんじゃないでしょ?」
「そ、そうだね! 私はランシェリスさまの従者なんだから!」
僕の取り成しにブランカは勢いづいて頷く。
ランシェリスさえ笑いを堪えて横を向く中、シュティフィーが手を打った。
「だったら、私は魔女を助けてくれたお礼をしましょう。この葉を三つ差し上げる。一枚に一回、どんな攻撃からも守ってくれるわ」
ランシェリスの手に、上から三枚の木の葉が舞い落ちる。
木の葉は瑞々しい色と共に、燐光を纏っていた。
「これは破格の礼物だな」
「あなたたちの善行へのお礼よ。フォーレンにも後で何かお礼するわね」
「いいよ、僕は。アルフの手伝いしただけだし」
「あら駄目よ。私がしたいんですもの。今度マーリエたちと相談してから決めるわね」
まさかの拒否権なしのお礼?
うーんまぁ、いいか。
「何かわかれば報せをやろう。オイセンを離れる際には一度寄らせてもらう」
「ふん、羽虫が悪さをしないかわざわざ見に来るのか」
そんなグライフの憎まれ口にも笑みを交わして、僕たちはシェーリエ姫騎士団とも別れることになった。
森の外まで、ニーナとネーナが姫騎士団を送って行く。
「ふー! 何とか一件落着だな!」
「アルフ、ちょっと『恋の霊薬』盛りすぎたんじゃない?」
「あんなもんだって」
「だったら、今度使う時には薄めて使ったほうがいいよ。あんな正気を失ったみたいに恋に走るなら、上手くいくことなんてほとんどないって」
「うーん」
「面白ければ良くない? って思ってるの、僕に伝わってるからね?」
「あははー」
「グライフ、こういうときってどう言えば改めてくれると思う?」
「妖精など無責任の代名詞よ。その親玉となれば推して知るべしというものだ」
グライフは相変わらずアルフに手厳しいけど、最近、その態度にも理由があったんだなってわかるようになってきた。
「おい、グリフォン! お前のせいでフォーレンの俺に対する評価が下がったみたいだぞ!?」
「自業自得だ、阿呆」
「なんでだよ! …………あ、そうだ! フォーレン、俺の住処に来いよ。俺の本来の姿見せてやるから」
そう言えば、この小妖精の姿以外に、立派な本性があるんだっけ?
「ふん、どの程度のものか見てやろうではないか」
「お前はお呼びじゃねぇ!」
騒ぐアルフに、何故か妖精たちは楽しそうに騒ぎだす。
本当に良くも悪くも賑やかなのが好きらしい。
「ボリス、アルフの住処ってところに案内してくれる?」
「まっかせろ!」
「こら、俺を置いて行くなよ!」
「騒ぐな、羽虫」
「お前、このグリフォン! 本当の姿見たら羽虫なんて言えないんだからな!」
騒がしく歩き出す僕たちを、シュティフィーは笑顔で見送る。
「また来てね、フォーレン。あなたならいつでも歓迎するわ」
「うん、またね。シュティフィー」
僕はボリスの火を頼りに、昼でも暗い森の奥へと踏み込んでいった。
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