6話:バンシーの加護
今日アルフは僕の側を飛び回りながら移動してる。
契約してから、アルフは日に日に元気になっていた。今では、最初に出会った時の騒がしさがカラ元気だったのだとわかるくらいに。
「アルフ、今日はこの谷抜ける? 背中に乗ってくれれば走るけど?」
「歩いても抜けられるって。フォーレンすぐ走りたがるな。本能が薄いんじゃなくて、性欲薄いだけか?」
なんか、アルフがすごく呆れたような目で見てくる。
ただ歩いてるよりいいかなとか思っただけで。うん、まぁ、走るのは楽しかったけど。
「ユニコーンは本来誘惑なんてできるような生き物じゃない。だからこそ、乙女に膝を屈するっていう弱点一つを執拗に責められるんだが。フォーレンはこの調子なら平気そうだな」
「あー、なるほど。…………あれ、僕が走るの好きなのって?」
「縄張り意識強いから、動き回るのはユニコーンの本能だろうけど、走るのが楽しいっていうのはフォーレン個人の好みだろ」
本能は、生まれつき持ってる生命維持に直結する衝動のことだとか。つまり、判断力なんてない状態でも、環境さえ整えば本能に従って勝手に体が動くってことらしい。
「…………本能的に逃げなきゃいけないところで逃げずに、縄張り荒らされたらどんな相手でも怒って挑みかかるって。ユニコーン本能がある意味なくない? 死にやすそう」
「それで死なないから怖がられてるんだよ。その角、そこらの岩より硬いからな?」
「え、そうなの?」
「そうなの。ユニコーンは崖から落ちても角一本で着地できるっていうぜ」
「えー、無理だよ。できる気がしないっていうか、それ角折れなくても体のほうが大変なことになる気がするよ。あ、妖精には本能ってないの?」
「そりゃ、生きた肉体というものを持ってない種族だからな。うーん、あえて本能っていうなら、存在理由自体が本能かもな」
「存在理由?」
「妖精は神の降す定めを生きるものに示す、運命の導き手だ。運命を動かすことが妖精の本能と言えるかもしれない」
僕は思わず疑いの眼差しを向けてしまった。
だって、そんな高尚そうなこと言ったって、やってるのは恋人たちを混乱させて、男女の仲を掻き回すだけじゃん?
僕が何を考えているかわかったらしく、アルフは蜂蜜色の目を逸らした。
「あーれー? あんな所に子供がいるー」
露骨な話題逸らし、とは思ったけど、確かにアルフが指す方向には、手を繋ぎ合わせた兄妹らしい子供が二人いた。
どうやらこの異世界、西洋人っぽい人種が暮らしているようだ。ただし、思ったより金髪はいない。日本人ほど黒くはないけど茶色い髪が多いみたい。
「こんな人気のないところでどうしたんだろう? …………着てる服、綺麗だね」
「お、気づくか? ありゃ、それなりにいい家の子供だな」
「あの二人迷子なの? だったら親の所まで送ってあげよう」
「あ、待て! フォーレン!」
僕が近づくと、子供たちは大きく肩を跳ね上げた。
次の瞬間、その顔は悲壮を物語るように白くなり、兄は妹を背に庇ってガタガタ震えながら僕に相対する。
…………僕…………、ユニコーンだった…………。
「あーもー、しょうがない。このままじりじり向こうのほうに追いやれ。そっちに護衛なんかと一緒に親が探してるって木々から情報もらった」
「うん、わかった…………」
泣きじゃくる妹に逃げろと必死に叫ぶ兄。そこに迫る、僕。
罪悪感で胸が痛い。その上、恐怖で動けなくなったのか、あまり移動しない内に兄妹の動きは止まってしまった。
声かけようにも、馬の声しか出ないし。鳴いたら、泣くし、どうすれば?
すると、アルフが両手を口に添えて息を吹く。途端に吹いた風が、子供たちの恐怖に染まった泣き声を遠くへ運んだ。
「あ、誰か近づいてくる音がするよ」
「どうやら上手くここにいることに気づいてくれたみたいだな。ほら、フォーレン。おっかない大人が来る前に逃げるぜ」
「うぅ、あんなに泣かせるつもりなかったんだけど。この場合、僕が悪いのかな?」
泣きすぎて、すでに妹のほうは息継ぎさえままならないほど疲弊してしまっている。
気落ちしたまま駆け足で去ると、入れ違いに親が子供たちを見つけたらしい声が背後に聞こえた。
「フォーレン、その…………。言っとくけどな、悪魔でも妖精でも、ユニコーンに進んで近づく奴いないからな? こんなことで落ち込んでたら切りがないぜ?」
「僕の目の前にいるのは、妖精じゃなかったのかなぁ?」
僕は白い背中に腰を下ろすアルフを目で追った。
どうやらユニコーンは、悪魔でも近づかないヤバい奴らしい。そりゃ、子供泣くよ。
「あれ? 神さまもいて、悪魔もいるんだ?」
「…………いるぜ。悪魔は、妖精と同じ精神体だ。人間を誘惑することを存在理由にする奴らだから、フォーレンは気にすることもないさ。あ、気まぐれに他の種族に手を出す奴もいるにはいるけどな。気に入られたらそういうこともある」
「悪魔に気に入られるって、どういう状況?」
「普通に気が合うとか、趣味が同じとか。俺の住んでた森には三体の悪魔がいるけど、それぞれ話の合う相手はいるし」
「え、妖精のいる森に悪魔が住んでるの?」
妖精の森なんて言ったら、すごく平和そうなイメージだったけど。
悪魔が住み着いてるとなると、ちょっとした危険地帯な気がしてきた。
いや、元から人生狂わせる悪戯する妖精が住んでるんだ。
妖精王の森は危険地帯だと覚えておこう。
「なんかまた色々考えてるな?」
「うーん、何が危険で何が安全なのか考えてる。ちなみに今のところ妖精は危険だと思うことにした」
「おい! なんでそんなこと言い出すんだよ? 妖精の何処が、危険、いや、悪戯はするけど…………。命に関わるなんて、そうそう、あることじゃ…………」
アルフは視線を左右に泳がせてる。どうやら無害だと明言はできないようだ。
明言しても、翻弄された恋人たちのこと引き合いに出すけどね。
「うーん、えー、あー…………。ほ、本当に危険な奴はな、他にいるんだから、な」
危険ねぇ。あれ? 僕ってもしかしてユニコーンのまま生きると、その内モンスターとして勇者なんかに倒される存在になるんじゃない?
そうでなくとも、生きたレアアイテムだ。もしかしたら、人間に限らず知能のある種族からは獲物認定されるのかもしれない。
と考えたら、勇者じゃなくて魔王という単語がアルフからもらった知識にヒットした。
「え…………魔王っているの!?」
「うお、また懐かしい単語拾ったな。正確には、魔王がいた、だ」
アルフの指摘を合図に、魔王の項目が頭の中で開く。
どうやら、この世界には五百年前、魔王と呼ばれる存在がいたらしかった。
魔王以外の全ての者たちが結束して最終戦争を起こし、魔王の討伐に成功したそうだ。その戦いで、妖精女王は死に、五百年前、新たな妖精女王と妖精王が生まれたとか。
アルフの住んでいた森にいる妖精王は、どうやら五百年前に生まれた新しい王さまらしい。
「…………お、あれ見ろ、フォーレン」
「え? あの人、何?」
アルフが指差す先に、今度は長い黒髪の女性が歩いていた。
ちなみに、人間じゃない。
女性が一人で歩ける道はないし、歩いても周りの植物は揺れないし、足音もしない。
僕たちに向かって歩いて来る女性は、緑色のドレスに灰色のマント。なにより目を引くのは、燃えるような赤い瞳だった。
「あれはバンシーだな。妖精の一種だ」
「妖精って、あんな人間と変わらないひともいるんだ?」
「いるいる。おーい」
アルフが声をかけると、虚ろだったバンシーの瞳に意志が宿った。
「同朋よ…………」
泣き腫らしたような枯れた声で、バンシーは応じる。
遠目に見るとホラー映画に出てきそうな不気味さがあったけど、近くで見ると案外綺麗な女性だった。
「こんな所で何してるんだ?」
「…………私もそれは聞きたいところですが、まずはお答えしましょう」
もの言いたげにバンシーは僕を見て、アルフの問いに答えた。
「王都で争いが続き、私が憑いた家族が亡くなってしまいました。この先に住まう血縁者に、家族の死を報せに向かいます」
「バンシーは、特定の家族に憑いて、その家族に起こる訃報を事前に報せる妖精なんだ。家族から離れて暮らす者にも、訃報を報せに行く性質がある」
報せ方は、別名である嘆き女の名にふさわしく、身も世もなく泣き騒いで夜中に起こすらしい。
親切なんだか、迷惑なんだか…………。
なんて思っていると、バンシーはまた僕に赤い瞳を向けて来た。
「心配しなくても、フォーレンは大人しい。見てのとおり仔馬だしな」
ちょっと信じられないような顔で、バンシーは静かに僕を見つめる。
うーん、子供たちに大泣きされた後だと、ちょっと冷静なバンシーの対応でも嬉しく思ってしまう。
「バンシー、聞いていい?」
そう声をかけると、見るからに戸惑われた。何故かアルフは偉そうに胸を張る。
「ほらな? ユニコーンとは思えない下手具合だろ?」
「そうですね。…………フォーレン、まずは名乗りましょう。私はバンシーのカウィーナ。何をお尋ねになりたいのですか?」
「カウィーナ。えっと、王都から来たって言ったよね? 僕たち王都まで探し物しに行くんだけど、気をつけることってある?」
カウィーナは得心が言った様子で、嘆きたっぷりに息を吐いた。
「ではお気を付けください。これまで穏やかだった国王が、突然倒れて回復した途端、人が変わったように悪政を敷き、自ら革命を誘うかのような暴虐を行ったのです。そこからは、まるで波のように争いが王都を襲いました」
カウィーナが憑いていた家族は、国王の様子を知ることのできる貴族であったらしく、頻りにおかしいと首を捻っていたそうだ。
国王の死の原因は革命やその後の混乱のせいだが、今もなお、王都では混乱が続いているという。
「探し物が失せる前に、お早く行動なさるがよろしいかと。ですが、未だ王都は混乱のさなかにございます。くれぐれも、御身慎まれますよう」
「大袈裟だなぁ。逃げ隠れは妖精の得意だろ」
なんか、カウィーナってアルフにすごく丁寧な対応をしてる。
やらかしたとはいえ、妖精王直々に命じられる格があるってことなのかな?
王都の様子を聞いた別れ際、カウィーナは僕にも頼んで来た。
「フォーレン、この方をお守りくださるでしょうか?」
「そりゃ、僕もアルフに助けられてるから、できる限りはするよ。連れて逃げるくらいならたぶんできるし」
「さようですか。でしたら、どうか私の分もお守りください」
言うと、カウィーナは僕の鼻先に口づけをした。瞬間、光が体を包む。
「お、バンシーの加護受けたな」
「加護? えっと、何があるの?」
「死に瀕する事態に陥る前に、嘆きの声が聞こえるでしょう。聞こえたならば、すぐにお逃げなさい。死はあなたの尻尾を捕らえられない」
つまり、死にそうになる前に教えてくれるってこと? 予見スキルみたいなものかな。
できれば死にそうになるような状況にはなってほしくないけど、貰えるなら貰っておいて損はない加護のようだった。
毎日更新
次回:グリフォンが現われた