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58話:真夜中のお茶会

 夜になってもまだお茶会は続いていた。


「あ、このハーブティーは飲みやすい」

「フレッシュじゃないほうがフォーレンはお好みなのね」


 すっかり世話焼きなお姉さんになったシュティフィー。うん、なんのことかわからないけど頷いておこう。

 妖精たちが持ってきてくれる木の実、味はともかく匂いがいいなぁ。


「こ、これは…………」

「あ、ランシェリスとブランカ」


 星灯りさえ隠す大きな木陰の中、踏み込んだランシェリスとブランカは目を瞠って辺りを見回す。

 辺りにはシルフのニーナとネーナが浮かす灯りの他に、妖精たちが舞い飛ぶ燐光もある。ボリスのように体が火の玉で辺りを照らす妖精もいた。


「あら、新しいお客さん? 初めまして。私はシュティフィー。こちらにいらっしゃい。ハーブティーをどうぞ。コボルトも一緒なのね」


 シュティフィーは新たなカップを木から作り出して並べながらそんなことを言った。


「お気遣いなく。お手伝いいたしましょう」

「それより木の実でジャム作ろうよ」

「あら、いいわね」


 妖精だからか、ガウナとラスバブは臆することなくシュティフィーと交流する。

 ランシェリスとブランカは、警戒気味に僕のほうに近づいて来た。

 足元で寝ていたグライフは、伸びをするように羽根を広げる。


「遅いぞ小娘ども。何を手間取っていた」

「すまない。その、町に騎士がいて少々、な」


 言葉を濁すランシェリスに、グライフは面白いことの気配を感じて身を起こす。

 町に着いてからの様子をランシェリスが話す間、僕はニーナとネーナを呼んだ。


「アルフを呼んできてくれる? 姫騎士団が来たよって」

「「はーい」」


 姫騎士団が町の様子を報せてくれるまで、アルフは森の中にある住処でゴーゴンから報告を受けることにしていた。

 僕たちは幻象種の中でも凶暴な存在らしく、森の住人を怖がらせないようシュティフィーの監視下で大人しくしている。

 アルフが危険はないと周知してくれると言ったけど、半日いただけで警戒心など最初からなかった顔の妖精たちはどうなんだろうと思わなくもない。


「グリフォンの旦那さんもお茶いります?」

「草を煮出した汁などいらん」

「では、水を用意しましょう」


 当たり前のようにグライフに話しかけるガウナとラスバブを見て、妖精とはそういうものだと考え直した。


「そう言えば、あのマーリエという魔女はどうしたのだ?」

「魔女の里にアルフが帰って来たことと、暴走してたこのシュティフィーが正気に戻ったことを伝えに行ってるよ」

「あら、そう言えば戻りが遅いわね。誰か、魔女の里の様子を見に行ってちょうだい」

「じゃ、おいらが行ってきてやるよ!」


 シュティフィーに答えたボリスは、火の粉を尾のように引いて夜の森に消えていく。

 僕たちがシュティフィーを止めた方法を話している間に、アルフとマーリエは戻って来た。


「土産に蜂蜜持ってきてやったぜーって、姫騎士どうした?」


 自身と同じくらいの大きさの壷を持って戻ったアルフは、頭を抱えるランシェリスに首を傾げる。


「妖精を生まれ変わらせるユニコーン? それはもう私たちの知るユニコーンという概念を逸脱している」

「あぁ、そのことか。気にするなよ。俺と契約したフォーレンだけの特性だから」

「あの、つまり妖精王さまと契約すれば、ユニコーンに限らず誰でもそんなことが?」


 座るランシェリスの後ろに、従者として立つブランカが恐る恐る聞いた。


「さぁ? フォーレン以外とこんな契約結んだことないからな」

「アルフ適当すぎるよ。けどランシェリス、ブランカ。あの時の状況と僕の相性良かったせいもあるみたいだから、あまり深刻に考えないで」

「そう、そうだな…………」


 アルフに一歩遅れて戻って来たマーリエも、両腕に袋を抱えて戻って来る。


「ユニコーンとグリフォンを興奮させないために、妖精王さまがお呼びになる以外、魔女は近づかないことになりました。これは、苦難の茨クラウンオブソーンズでドライアドを苦しめたお詫びだそうです」


 マーリエが持ってきたのは、干し肉やチーズ、ドライフルーツにパンなどの加工食品。

 妖精への貢ぎ物は加工食品が定番なんだそうだ。


「ナッツ類がありますね。蜂蜜で絡めましょう」

「ナッツは香ばしく炒らなきゃね! 火の精手伝って!」

「しょうがないなぁ。俺に任せろ!」


 ガウナとラスバブは嬉々として働き、森の妖精を如何なく使う。

 シュティフィーはことをアルフに預けたせいか、話し合いにも一歩引いた姿勢を見せた。


「森にさえ戻ってくるなら、友は私が守りましょう」

「それはいいんだけどさ、魔女を奪還したとして、その後の町の奴らの出方ってどうなると思う?」


 アルフに意見を求められたランシェリスは、疲れたように息を吐いて言った。


「焼き討ちに出る可能性すらある」

「えー? 木材が欲しくてドライアドを殺したんでしょう? それを焼くって本末転倒じゃない?」

「それくらいしなければ、ことを起こした権力者側が非難されるほどの無茶をしてしまっているんだ」


 ドライアドを誘き出す餌として若者たちを殺してしまっている以上、何かしらの成果を出さなければいけないらしい。そうでなければ、作戦を強行した側が若者の身内に殺される。

 魔女に逃げられドライアドに町を侵食され、やられっぱなしとなれば、もはや魔女とドライアドを苦しめるだけの手に出かねない。

 自分だけがマイナスの現状を、敵にもマイナスをつけることでイーブンに見せかけたいみたいだ。


「町長に会ってみたが、どうやら森の伐採を命じたのはオイセンの国王らしい」

「エイアーナはダイヤのせいにしても、ビーンセイズといい、人間の王さまってろくでなし揃いなの?」


 僕の質問にランシェリスはすぐ口を開くけど、いいフォローが見つからないらしい。

 どうやら心から褒められる王さまに、ランシェリスは出会ったことがないようだった。


「そんなことないよ、フォーレン。偉い人は偉い人なりに、世俗の柵の中、頑張ってるはずよ」


 実例を知らないからこそのブランカの無邪気なフォローに、ランシェリスはそっと視線を下げた。


「ブランカって、いい子だよね」

「こういうの純朴って言うんだぜ、フォーレン」

「ただのものを知らない田舎者とも言うがな」


 アルフを鼻で笑うグライフの暴言を聞かないふりで、僕は話を戻した。


「国が命令したのなら、町から魔女を取り返しても、また木材を狙って襲ってくるってこと?」

「そうだろうとは思う。が、問題は森の周辺の実態を知らない者が命令したという点だ」


 ランシェリスが言うには、町に元から住む者たちは森を畏れる心がある。ただ、派遣された騎士や直接森に木を切りに入るわけでもない町長は森を舐めている節がある。

 となれば国王は森に住む者を脅威とは捉えず、邪魔者として排除を命じる可能性もあった。


「町滅ぼされかけておいて?」

「崩れた家は三軒。浸食中の家は五軒。時間がかかれば人は住めなくなっていたが、まだ木材さえ手に入れば取り戻せる損害だとでも思っているんだろう」

「死んでる人もいるのに?」

「国の命令に加えて、騎士を派遣されるという厚遇を受けている。できませんというほうが損だと思っているんだろう」


 わからないなぁ。

 いや、うん、もしかしたら僕が思うよりずっと、この世界の命の価値は低いのかもしれない。

 ブラオンも部下の魔術師の命を簡単に犠牲にしたし、その事実に姫騎士団も眉をひそめても命の価値を論ずるようなことはなかった。


「ま、町が自主的に魔女を返すことはないとして、だ。国が相手となると、いっそ町一つ潰したほうが後の憂いを絶てる気もするな」

「人間は代を重ねるごとに過去を忘却する。定期的に恐怖を新たに刻むべきであろうな。森に手を出して潰れた町の実例を作るのも手よ」


 アルフとグライフが危険思想みたいなこと言ってる。

 と思ったら、ランシェリスが意見を挟んだ。


「魔女が囚われている場所は把握している。救出は容易だろう。ただ、潰すなら町だけにして、人間たちは見逃してはくれないか。生きて散れば、恐怖を喧伝する材料にもなる」

「あ、潰すのはいいんだ?」

「町長と話したが、引く気はなかった。騎士も私たちが泊まる町長の家に武装して押し入ろうとした恥知らず。時間をかけるだけ無駄と判断した」


 ランシェリスが遅れたのは、そんなことがあったせいらしい。

 町長の所に泊まって押し入ってくるって、つまり、騎士が町長より上か、町長が騎士に味方して目を瞑ったかのどちらかだよね?


「けど、それをすると魔女たちに悪評が立つよね?」

「幻獣さまが…………私たちのことを気にかけてくれるんですか?」

「だって、助けてって言いにきたのはマーリエだし。応えて助けに来たからには、マーリエが悪くならないほうがいいと思うんだ」


 考えながら、僕はガウナとラスバブが作ったハニーナッツを摘まむ。


「あ、これ美味しいね。…………こんな風に楽しくお茶会できるほうがみんないいでしょ?」

「そうね、それがいいわ。うふふ。妖精王さま、素敵なお友達をお連れになりましたね」

「だっろー?」


 シュティフィーに得意満面になるアルフを、グライフが尻尾で打って邪魔をする。


「貴様は調子に乗って失敗する。これ以上愛想を尽かされたくなければ自重すべきだな」

「はー!? 俺がいつフォーレンに愛想尽かされるようなことしたよ!」

「粗末な作りの頭よな。あの顔を見てもう一度言ってみよ」


 人化した僕に嘴を向けるグライフ。美少女顔への不満を籠めて笑ってみせると、アルフは大人しくなった。


「あ、そうか。恥をかかせて口を封じちゃえばいいんだ」

「フォーレン、何を思いついたか見当もつかないが、あの騎士も町長も打ち負かしたくらいでは諦めないぞ? どころか、恥をかかされたと己の粗末な虚栄心に固執する手合いだ」

「うん。だからあまり大きな声で言えないような恥をかかせればいいんじゃない? って言っても、僕宗教関係詳しくないからちょっと聞かせて」


 僕の質問に、ランシェリスとブランカは困惑を深める。

 けど欲しい答えは貰ったから、次はアルフだ。


「恋に落ちる薬って、まだある?」

「…………姫騎士にした質問の次にそれって。おいおい。一体誰に使う気だ、フォーレン?」

「そうだね、誰がいいと思う?」


 楽しそうに聞くアルフに笑って返すと、ラスバブが跳び上がって主張する。


「はーいはーい! 町長と騎士!」


 そんなラスバブの声を皮切りに、悪戯好きの妖精たちは夜をものともせずに姦しく騒ぎだしてしまった。


毎日更新

次回:恋の劇薬

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