57話:木の下のお茶会
他視点入り
私に剣を突きつけられて、騎士は苦々しそうな顔で黙った。
さて、どうしてこうなったんだったか?
私シェーリエ姫騎士団団長ランシェリスは、植物に侵された町で暫し思案に耽った。
フォーレンたちと別れて町に急行した私たちは、町の広場に磔にされそうになっている魔女と出会った。
肌着一枚で口には荒縄。垣間見える素肌には暴行の痕がある。
「待て。その者はなんの罪を犯して磔られる?」
余所者とは言え身なりのいい私たちに、町の者は魔女だからだと予想していた答えを返した。
そこから面白みのない問答だ。
魔女だから罰する理由、ドライアドとの関係、町から出た死人、被害者は人間側であるという主張。
主張を確かめるため、姫騎士団の一部に植物の侵攻具合を確かめにも行かせている。
「ドライアドの住処に行って町の若者が殺されたと言ったが、何故誰も止めなかったのだ。加害のドライアドを倒すならまだわかるが、そこでドライアドと交流があると言うだけの魔女を捕らえて磔にする理屈が通らない」
「ま、魔女がドライアドを操ったんだ! だからこいつは明日の朝、火炙りなんだ!」
「言っていることが最初と違うぞ。理由があるなら聞こう。何故、殺されるとわかっていた若者を、止めることなく見殺しにしたのだ?」
語学に堪能な姫騎士の通訳を介した私の問いに、一人の女が大声を上げて泣き出した。
「私は止めた! 木材が欲しいからってどうしてあの人が死ななきゃいけなかったの!? 私は止めたのに!」
「そいつを黙らせろ! 家に連れて行け!」
乱暴に引っ立てられる女が去っても、同じように止めただろう町の者たちが低い声で囁き交わす。
ここで気づいたのは、私に正統性を主張する者たちのほうが、身なりが良いこと。
つまり、町の権力者がやらせたために、反対の声を上げられる者がいないのだろう。
「おい、何をしている? なんだそいつらは」
「騎士さま!」
まるで援軍を得たかのように、魔女を磔にしようとしていた者たちが声を上げた。
現れたのは噂に聞くオイセンの騎士だった。
互いに所属と町にいる理由を告げ合い、話ができるかと思ったのはほんの瞬きの間の幻想だった。
「森に籠るドライアドをおびき出すための餌がこの魔女だ。良く見えるように磔にするのさ。こんな獣に股を開く魔女なんて、ヘイリンペリアムくんだりから来てまで気にかけることか? いや、姫騎士団と言えば同じような、おっと失礼」
「なるほど、これほど田舎であれば騎士の質などこの程度か。偏狭で浅学な己を自覚さえもしないからこそ、その無恥な発言をこれだけの人間の前でできると見える」
「なんだと!?」
「おや? その手をかけた剣をどうするつもりかな? まさか、その所作の意味を知らないで騎士を名乗っているのか? これは失礼。同等の騎士を相手にしていると思っていたが、どうやらこの周辺で騎士を名乗る者は、私の知る騎士の従者よりも物を知らない未熟者だったようだ」
「言わせておけば!」
簡単に抜いたオイセンの騎士に、私は苦笑を禁じえなかった。
ヘイリンペリアムにはもっと執拗で執念深い皮肉を、拳の如く打ちつける者たちがいた。比較的穏やかなジッテルライヒでも、私たちを女と侮る貴族は侮辱的な嫌みを間断なく吐く。
それらの面倒なところは、自ら負けるとわかってる腕力勝負には決して乗ってこないところだ。剣を振りかざす代わりに、地位や身分を盛大に振りかざして威嚇してくる。
「さて、抜いたからには敵と思わねばならないが、騎士を名乗る者が捧げた剣を野蛮に振り回すだけなのかな?」
「俺の腕を甘く見るな!」
「遠回しに言っても通じないか…………。騎士なら騎士の礼法に法る気はないのかと聞いているんだ」
私が手袋をした手を目の高さに掲げてみせて、ようやくオイセンの騎士は自らの手袋を外して足元に叩きつける。
後から来たオイセンの騎士の仲間は、叩きつけられる手袋を見て顔色を変えたが、相手が女ばかりと見た途端に侮る。同類だ。
「では、立ち合いを一人ずつ出そう。武器は今身につけている物でいいか?」
「ふん、そんな細い剣でいいのかと聞いてやろうと思ったが、剣より細いその腕じゃ、俺のように重厚な長剣は振れないな!」
「そんな金属の棍棒、何が誇らしいのか私にはわかりかねる。そちらこそ、武装はそれだけでいいのか? フルプレートを着込む時間くらい待つぞ」
互いに剣を抜いて仕込みがないことを相手に見せつけ、対峙する。
自然と周囲は円を作って即興の決闘を見守った。
ローズとオイセンの騎士側の立会人が、同時にコインを上げて、二つとも地面に落ちた時を決闘開始の合図とする。
そして、コインが一つ落ちた途端、オイセンの騎士は斬りかかって来た。
呆れる不作法さだ。私はちゃんと二つのコインが落ちるのを待って動く。
体重をかけて突きこまれる長剣を、身を返して避けて、首を狙った。
振りは私のほうが早いと見て、オイセンの騎士は距離を取る。が、足も私のほうが早いので、すぐに距離を縮めた。
どんなに長剣を振っても私に当てられないオイセンの騎士。私は最初から剣を打ち合う気はなく、防御ではなく回避に専念する。
「くそ! 逃げ回るしか能がないのか!?」
「まず、それだけ範囲が広い武器で、掠りもしない己の腕を恥じるべきだな。いや、それよりもまず、恵まれた体躯を活かすことのできない鍛錬の不足を恥じろ」
怒りで大きく横薙ぎにされる剣を避けず、私は正面から走り込んだ。
長剣の下を潜るように低く走って肉薄すると、滑稽なほどオイセンの騎士の顔が引きつる。
仔馬のフォーレンのほうがまだ、虚を突かれても立て直しが早かったと、少々可哀想な比較をしてしまった。あの規格外のユニコーンと比べては、な。
そんなことを考えながら、私は長剣を持つ騎士の右腕の関節を三つ、剣の柄と鍔で殴った。痺れて長剣を取り落したところで、ようやく私から距離を取ろうと後ろに下がる。
その重心がぶれた隙を突いて前蹴りを放ち、尻もちを突かせると顎の下に切っ先を入れた。
「…………しまった。勝敗の決め方を忘れていたな」
「き、貴様! 何か魔法でも使ったんだろう! 卑怯者!」
勝敗をうやむやにしてやろうという私の気遣いを、見事に無碍にしてくれる。
「使ってはいないが、使えはする。私はそのことを隠してはいないし、貴様も聞きはしなかった。決めたのは、今このままの装備で戦うかどうかだ」
「やはり魔法でいかさまをしたんだ! そうでなければ俺が女に負けることなど!」
「見苦しいな。貴様は戦場でもそうして相対した者が力の限り、持てる手法を駆使して戦っても、恥知らずに喚くのか? 魔物を相手にする私たちが、魔法を扱えると考えもしなかった己の無知をよくもまぁ、厚顔に…………」
蔑みに満ちた目で見下ろして、聴衆を見回すと、オイセンの騎士も周囲の目を思い出したようだ。
これで正気づくかと剣を収め背を向けた途端、背後で殺気が立つ。
私は腰の聖封縄を振り返りざま放った。放つ直前に魅了籠手を撫でて起動する。
一瞬正常な判断を失くしたオイセンの騎士は動きを鈍らせ、独りでに締まる縄に捕らえられた。
「団長! 浸食していた植物の動きが止まっております。町に広がる植物の蔦全てを確認しましたが、全て止まっておりました」
折良く様子を見に行かせていた姫騎士団の一部が戻って来て報告する。どうやら妖精王は上手くドライアドを説得できたようだ。
「どうやら、人質としての価値は魔女たちにあるようだ。明朝処刑すると言っていたが、今殺せばせっかく止まった浸食が再開されるのではないか? 私ならば、魔女は確保して今の内に町中の植物を排除するだろう」
騎士を倒した私の言葉に、周りにいた町の人間たちは動きだす。
魔女を連れた者たちは、私に睨まれ教会のほうへと魔女を引き摺って退散した。
残った騎士の拘束を解くと、立会人の仲間が止め、捨て台詞を吐いて行く。
「覚えていろよ…………! 女が粋がって剣を持ったこと、後悔させてやる!」
「抗議があると言うなら、私たちに剣を授けたヘイリンペリアムの神殿庁へ」
まずヘイリンペリアムに伝手などないだろうがな。
また力尽くで来ると言うなら、こちらも相応の対処をさせてもらおう。
あの手の頭に血が上りやすい単純な相手なら、魅了籠手一つでいくらでも制圧できる。
「…………ユニコーンには効かないのに、人間のほうが効くとは」
「ランシェリス、あの子は例外」
思わず呟くと、副官のローズに窘められた。
「それもそうだな。さて、妖精諸君。時間稼ぎはこれくらいでいいか?」
「魔女たちが捕らえられているのは、教会の地下でした」
「六人もいたよ。今の連れて行かれた子を入れたら七人だね」
ブランカの外套の下からそんな声が答えた。
どうやらまだ全員生きているようだ。このまま強引に助け出すこともできるが、さて、落としどころをどうしたものか。
「…………まずは今日の宿を求めなければな」
私と目の合った町の人間は足早にその場を離れる。
今一番の心配は、夜襲してくるだろう騎士ではなく寝床だった。
大きな椎の木の下で、僕は太い木の根を椅子代わりにお茶を飲んでいた。
「ちょっと酸っぱい?」
「あら、ハーブティーは苦手だったかしら、フォーレン」
「ううん。初めて飲んだからこういう味なんだなぁって。ユニコーンの姿だと草は草味としかわからないんだけど」
僕はシュティフィーにお茶をもらってくつろいでいる。
地面から吸い上げた水を、火の精のボリスが沸かして、木で作った茶碗で飲んだ。
なんだっけ、前世であったよね。デトックス? ロハス? なんか環境に優しいみたいなニュアンスの流行。
「ふー…………、だいたい聞き終わったかな?」
「お疲れさま、アルフ」
アルフはシュティフィーが戻ったことで寄って来た妖精たちから、オイセンの町について聞いて回っていた。
「なんでアルフが森にいないって噂になったのかわかった?」
「おう、どうやら流浪の民が吹聴して回ってたらしい」
「ふはは、してやられたな羽虫。流浪の民からすれば、噂に気づいて森に戻ってもダイヤの追跡を止められる。結果として貴様がダイヤを取り戻した今、流浪の民に干渉する時間を遅らせられているな。間抜けめ」
グライフはグリフォン姿で寛ぎつつ、あくせく飛び回るアルフを笑う。
どうやら妖精王の不在は、ダイヤで魔王を復活させようとしていたブラオンの仲間の仕業らしい。流浪の民って案外迷惑な人たちだ。
「とは言え、オイセンは以前からエフェンデルラントと争うための資材を欲していましたから。ことはいずれ起きていた争いでしょう。妖精王さまの不在ばかりが原因ではありませんよ」
シュティフィーの慰めにアルフも座ってお茶を飲み始める。
精神体だけど、こういうことやろうと思えばできるらしい。
「昔から、オイセンとエフェンデルラントの二国は仲が悪いんです。片方が何かすると、もう片方が負けじとやり始めて。それが今回、森への侵略になってしまってるんです」
周辺のお国事情を知らない僕に、マーリエが教えてくれる。
どうやらこの問題、町一つをどうにかすれば終わりということではないらしかった。
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