53話:アルフの帰還
「でしたら僕たちは姫騎士団に同行しましょう」
「そうだねぇ。町でのほうが僕ら役に立てるし」
そう言ってガウナとラスバブは姫騎士団について行った。
単に今やってる馬具の修理の続きがしたいからじゃないよね?
マーリエは町に行くと捕まる恐れがあるから僕たちと残っている。
「俺たちは森を突っ切ってドライアド止めるか」
「何故当たり前のように頭数に俺たちが入っているのだ」
「グリフォンはお呼びじゃねぇよ!」
「ふん、こんな面白そうな状況見逃すか」
なんだかんだ言ってグライフも来るんじゃん。
「ねぇ、騎士団ってランシェリスたちとオイセンの騎士団とどっちが普通?」
「仔馬、オイセンが騎士の国と言われるのは自前で強力な騎士団を擁しているからだ。神殿所属の小娘どもと違って、人間相手の戦いをする。そういう点では根本的に騎士としての在り方が違うぞ」
並足で森に向かう僕の上を飛びながら、グライフが教えてくれた。
「うーん、こんなことになってるなんて。もっと友好的な感じでフォーレン招待したかったのにな」
「逆に人間に狙われているとわかっていて一年も空け、平穏であり続けると思うほうがどうかしているぞ」
「うん、今回はグライフに同意」
「えー?」
それにアルフ、僕と出会った時死にかけてたからね?
もう少し反省してよ。
そんな話をしながら、僕は初めて妖精の住む森へと足を踏み入れることになった。
差し込む光りは葉を通して緑色に輝き、不思議な影を落とす森に。
「すごい。岩も倒木も何もかも、木々の根が包み込んで、苔や羊歯が覆って…………!? なんか今、ざわっとした?」
「妖精どもが逃げたな」
「やっぱり妖精相手でも僕らって警戒されるんだ…………。にしても森って歩きにくいね」
「もう少し奥なら獣道もあるけど、フォーレン角あるから人化して小さくなったほうが枝当たらないかもな」
アルフの勧めに従って、僕が人化するとグライフも人化する。
木の根や岩を跳んで移動すると、グライフは先頭を飛ぶアルフをじとっと見てた。
「小さな翅などなんの役に立つかと思えば、羽虫め」
どうやら森の中を自由に飛ぶアルフが羨ましいみたい。
僕が走るの好きなように、グライフも飛ぶのが好きなんだよね。
「お、出迎えが来たな」
アルフがそう言って森の奥を見る。
奥の暗がりから風が吹いてくると、風に乗って小さな女の子が二人、飛んで来た。
「お帰りなさい! 私たち待ってたの!」
「あら、お客さんね。でも今は時間がないの」
大きさは前世で言う女児用着せ替え人形ほど。人間を小さくした感じだけど、アルフよりずいぶん小さい。
それに背中に生えた羽根は、トンボとモンシロチョウのようだ。
「こっちの赤毛がニーナ、こっちのブルネットがネーナだ。シルフで俺のメッセンジャーやってる」
焦るニーナとネーナを気にせず、アルフは先に進みながらそう紹介した。
シルフは風の妖精で、細身の少女の姿をしていると、アルフの知識が頭の中で開く。
なんとなく知識を探ってみると、女性の虚栄心と美を増すという性質があるらしい。やっぱり一癖あったよ。
「「妖精王さま、大変なの!」」
「聞いてるよ。ドライアドだろ? そこのマーリエが教えてくれた」
「へっへーん! それだけじゃないんだぜ!」
今度は火の玉が陽気に現れた。
良く見れば、ニーナとネーナに似た火でできた男の子だ。
「こっちはボリス。見ての通り火の妖精。で、それだけじゃないってどうした?」
「ドライアドだけじゃなくて人魚も」
「ちょっとー! あたしたちが先よ!」
「伝達は私たちの仕事よ、ボリス」
「へっへーん! 言ったもん勝ちだもんね!」
一気に騒がしくなって、グライフは苦虫を噛み潰したような顔になってる。
「妖精って、いつもこんな?」
「は、はひ…………!」
マーリエに聞いてみたら、細い箒に隠れるようにして引き攣った返事をされた。
やっぱり魔女でもユニコーンって怖いのか…………。
「可愛い…………」
うん、聞かなかったことにしよう。頬染めてるのも噛んだ恥ずかしさだと思っておこう。
僕の顔が美少女とか関係ないんだ。
「ウンディーネも!」
「悪魔が!」
「獣人のほうでも」
「やかましい!」
一喝したグライフは、アルフも含む妖精四体を、羽根で吹き飛ばしてしまった。
「何しやがる!」
いち早く戻って来たアルフに、グライフのほうが王者の如くふんぞり返った。
「配下も御せぬ貴様が王を名乗るとは片腹痛い。仔馬、これは決して王のあるべき姿ではないぞ」
「うん、まぁ、そう思う」
「フォーレン!?」
「アルフが忙しいなら、マーリエの案内で僕たちだけドライアドの所行くけど?」
「俺の森に来て俺を除け者にしようとするなよ!」
「除け者じゃなくて、アルフはその妖精たちの報告聞いたほうがいいでしょ?」
僕がそう指摘してる間に、吹き飛ばされたボリスたちが戻って来た。
「そこの人間は魔女だけど、そっちの角と羽根って…………」
「人間の気配じゃなーい。幻象種で、角と羽根って…………」
「尻尾もあるし、ユニコーンとグリフォンね」
「「ユニコーンとグリフォンだー!」」
ネーナの言葉に、ニーナとボリスが叫ぶ。
途端に風が周囲に広がって、また森がざわざわする。
グライフじゃないけど、妖精を雑に扱ってた気持ちがわかる気がしてきた。
なんて思った途端、僕にしか聞こえない嘆きの声が大音量で響いた。
総毛立って角を構える僕に、アルフたちが驚く。
「何か来るよ!」
「悪魔か?」
「ちょっとワクワクしないで、グライフ!」
「いや、たぶんゴーゴンだ」
アルフの声に、僕が角を向ける先の木の向こうから返事があった。
「はい。メディサにございます。まずは無事のご帰還お喜び申し上げたいところではございますが、現状は汲々としております」
落ち着いた女性の声だけど、僕の鼻にはいい匂いも不快な臭いもしない。
同時に、頭の中でゴーゴンという知識が開いた。
三人姉妹の不老の怪物で、元人間。神に逆らった罰で怪物に変貌させられたそうだ。
凶悪で強力な異形の体に、何者も一睨みで殺す魔眼を持つらしい。そりゃ、死ぬぞって警告音が大音量で鳴るよね。
「メディサ、急いできたんだろうが、魔封じの眼帯つけてないだろ? フォーレンその状態だと死を報せる加護が警告するみたいなんだ」
「それは申し訳ございません。…………これで、如何でしょう?」
「あ、嘆きの声が止んだ。大丈夫みたい。いきなり警戒してごめんね」
「…………い、いえ」
戸惑った様子で短く答えたメディサは、姿を現さないままアルフに告げる。
「里の魔女がお知らせに上がったのでしたら、ドライアドの元へ行かれるべきでしょう。他はまだ小康状態にあります。捕らえられた魔女の処刑はいつ始まるともわかりません」
「うわ、そりゃまずいな。お前たちでもドライアド止められなかったのか?」
「妖精はほとんどがドライアドの肩を持ち。シュティフィーが嘆きに暴走しているのです」
「シュティフィーって?」
物珍しそうに僕の周りを飛んでいた妖精たちが答えてくれる。
ちなみにグライフは近づくと羽根を広げて威嚇するから近寄れてない。
「ドライアドたちのまとめ役だぜ」
「歌が好きなの!」
「踊りも好きよ」
「そのシュティフィーが怒ってるの?」
「そうよ。最初に殺されたドライアドは、シュティフィーの妹なの」
「それに、仲裁に行くって言ってくれた魔女はお友達なの!」
「いつもは森の奥側にいるのに、今は町襲うために森の端の木に宿ってんだ」
ドライアドは宿った木と一蓮托生とは言え、引っ越しができるらしい。
だから、人間が交渉して願いを聞き入れてもらえれば、ドライアドが宿っていた木を切ることもできたはずなんだって。
「怒りに会話もままならず、私たち物質体を持つ者が近づけば締め上げるありさまで」
「よし、だったらまずはシュティフィーを正気に戻そう。メディサ、まだすぐには戻れないけど、森の他の問題も後で説明してくれ」
「お帰りをお待ちしております」
そう言って、メディサは木の向こうからいなくなったようだ。
気になって木の裏を覗くと、そこには羽根が一枚落ちていた。
「わぁ…………金色の羽根だ」
僕が羽根を持って戻ると、アルフは妖精たちに指示を出す。
「俺が戻ったことを報せるのと、俺が連れ込んだユニコーンと、後ついでにグリフォンには攻撃しないよう言って回ってくれ」
「「「はい!」」」
騒がしいわりに従順に返事をしたニーナとネーナとボリスは、別れて森の中に消えた。
「じゃ、ちょっと急いで移動するから俺のこと見失うなよ?」
そう言って、アルフは平地を飛ぶのと変わらない速度で移動を始める。
実際、アルフにとって平地と変わらない。木々が自らアルフの進む先を開けていく。
けど僕たちが通る頃には元に戻り始めてるから、急いで追い駆けなきゃいけなかった。
「頭上を失礼します!」
一度グライフに落とされたからか、そんな断りを入れてマーリエは箒で飛んだ。
ぴったりアルフの後ろをキープして、避ける木々の間を真っ直ぐに飛ぶ。
「くそ! 羽虫の幅しか開けぬから、俺では通れぬ!」
グライフは飛べないことを悔しがる。
マーリエさえ箒の上で身を屈めてるから、羽根の大きいグライフじゃアルフの後をくっついて飛ぶこともできない。
そうして森を突っ切った先には、棘を持つ赤紫の花や、毒を持つ青紫の花が群れ咲く、全く植生の違う森が広がっていた。
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次回:ドライアドのシュティフィー




