50話:また旅
魔王石のダイヤを奪還してから十日。
命に関わる傷を追体験したグライフの回復を待つため、僕たちは妖精の集会所にいた。
僕はほぼ無傷なんだけど、思ったより角折れたのがショックだ。
なんだろうこれ?
角って伸びるから折れても平気だっていうのは頭ではわかってる。
けど、なんかこう…………前世で言う永久歯の前歯がなくなっちゃみたいな気恥ずかしさと喪失感があった。
「フォーレン、ちゃんと角は形整ってるぜ?」
「うーん、そうなんだけどなんか触っちゃうんだ。落ち着かないんだよね」
「魔王石と変な魔法陣でどんな影響受けるかと思ったけど、全然平気そうだな。それに、そういうユニコーンらしいとこあるってわかったのは正直安心するぜ」
「僕が言うのもなんだけど、アルフ。今度僕みたいな子供助ける時があったら、もっと考えて契約したほうがいいよ?」
「いっそするな。もはや幻象種への干渉はやめろ」
僕の助言を叩き落とすように、グライフが口を挟んだ。
そこに、ブランカを先頭にしたランシェリスとローズ、護衛らしい五人の姫騎士がやって来る。
「もう体は平気なの?」
人化した状態でグライフに寄りかかっていた僕の質問に、ランシェリスは苦笑した。
「私たちはこの聖鎧の機能にある痛覚緩和でなんとか、な」
そう言って、ランシェリスは鎧の金属部分を触る。
つまり、無理してる状況らしい。
同じ攻撃を受けたグライフが平気そうな理由は簡単。あのアシュトルの過去の傷を追体験する攻撃は、精神体には効かないものだったから。
幻象種は半精神体。効きはしたけど長くは効かないらしい。
「お前らが揃って来たってことは、交代要員の騎士団もう来たのか?」
アルフが僕の肩に両肘をついて意外そうに聞く。
交代要員の騎士団とは、神殿に所属する名目上はシェーリエ姫騎士団の仲間らしい。
枢機卿の派閥がうんぬんって話になったから聞き飛ばした。
どうやら前世と同じく、宗教にも権力闘争があるようだ。
で、その交代要員の騎士団は、このビーンセイズ王国の不正を調べる調査官なんだって。
「どうやらここの教会が権力と癒着していることは以前から問題視されており、副都のほうに監視のために逗留していたそうだ。今回の件で切り口を得んと駆けつけてくださった」
しれっと言うランシェリスに、ローズが愉快そうに唇に笑みを浮かべた。
「今頃、欲望の道を絶たれて気も狂わんばかりに怒鳴り散らす国王から聞き取りをしているんじゃないかしら? 教会の不正を正すつもりが、戦争の後始末と邪法の検証だなんて知ったら、あの騎士団のほうが発狂してしまうかもしれないわね」
つまり、シェーリエ姫騎士団は、全ての面倒を交代要員の騎士団に押しつけたわけだ。
交代要員の騎士団としては、以前から目をつけていた事件を横取りされまいと急いで駆けつけたみたいだけど。
「あの司祭はどうだった? ちゃんと協力してくれそう?」
「フォーレン、あれは協力とは言わない。己の保身のために私たちの提案に乗ったにすぎない」
ランシェリスはちょっと困った顔で僕の言葉を訂正する。
司祭とは、工房のあった教会で縛り上げて同行させていた相手。
実はブラオンの工房まで連れて来られてたんだけど、アシュトルの誘惑で前後不覚になっていた。
正気づいて状況を知ると、生き残ったせいで全ての責任を背負う立場になるのをいち早く察知して、ランシェリスたちに責任転嫁しようとしたんだ。
強かっていうか、狡いっていうか。
「浅慮よな。あの場で我らを率いて小娘どもが襲ってきたなどと妄言を吐くとは」
「だよなー。お前も物言わない死体になるかって言われるに決まってんのに」
グライフとアルフが怖いこと言ってる。
まぁ、そんな脅し文句に乗って二択を突きつけたのは僕だったけど。
僕は司祭に、死んで二度と喋れなくなるか、生きて全てはブラオンと国王の企みだと証言するかの二択を迫った。
「古代兵器も悪魔も見てますし、ちょうど良い証人ではありましたね。本人も脅されていたと騎士団に言い訳ができますし」
ガウナはしかつめらしい表情で言う。天邪鬼だから、本当は愉快そうに言ってるってことかな?
「魔術師たちの死体、ぐしゃぐしゃになったしね。ブラオンに殺されたの見たーってあの人が言うだけで全部解決!」
ラスバブは人化した僕の髪で長い三つ編みを作りながら笑う。
もちろん司祭は魔術師の死体を見ていない。けど、そこは見ていたと言って行方不明者の末路を語ってもらう。
もちろん懸命に戦った姫騎士団の正統性と、ダイヤを回収したのが妖精だという事実に即した証言もしてもらう予定だ。
「私、フォーレンのことをうっかり言ってしまわないかが心配です」
ブランカは司祭が口を滑らせるのではないかと言った。
僕の存在は秘密とは言ってある。グリフォン一体だけでも大混乱なのに、さらにユニコーンまで王都に紛れてましたなんて混乱を深めるだけだ。
「ブランカ、案じる必要はない。ユニコーンの目撃情報など、さらに状況を混迷させ、司祭自身が拘束される時間を長くするだけだとわかっていた」
ランシェリスがすでにそこら辺は確認済みらしい。
つまり、姫騎士団にもう王都に残る理由はない。
「それで、貴様らは旅立つ準備ができたのか?」
グライフの問いにランシェリスは騎士の立礼を示した。
「我らシェーリエ姫騎士団は、これより、グリフォン追討の任に就く!」
「って名目で、面倒な後始末から逃げるんだよね?」
僕の確認にランシェリスは立礼を解いて肩を竦める。
「もう一つ。私たちの密命はダイヤの所在を確認し、回収すること。回収が無理になった今、正しくダイヤがあるべき場所へ帰るまでを見届けるつもりよ」
「なんだ、ダイヤをかけて挑んで来ても良いぞ?」
「おいこの暴れん坊グリフォン。ダイヤ持ってるのは俺! 勝手に賭けるな!」
アルフの抗議を無視するように、グライフは立ち上がる。
事前の打ち合わせで、グライフが王都から見える場所まで飛んで、それをランシェリスたちが追う算段だ。
「フォーレン、どうする? またこのグリフォンに乗るか? それなら姿隠す幻術かけるけど」
アルフは意趣返しなのか、グライフを一方的に乗り物扱いして聞いて来た。
「うーん、羽根があるから案外狭いんだよね。アルフとガウナとラスバブは僕のマントに隠れて姫騎士団と行こうか」
「では、王都から離れるまでブランカと相乗りしてもらおう」
「まだ乗馬に慣れてないから、馬との息の合わせ方をそのユニコーンさんから習えばいいじゃない?」
ローズの思いつきにオロオロするブランカ。僕に教えられることなら教えるけど。
立ち上がるとアルフが僕から離れて、ここに残るバンシーのカウィーナの下へ向かった。カウィーナは王都が落ち着くまで、守護する人間を見守るつもりらしい。
「ガウナとラスバブは職人探しせずに、森に行っていいの?」
「妖精王のお膝元でなら、消耗することはありませんので」
「アルフさまがユニコーンさんを森に招いてもてなすっていうなら僕たちも手伝うよ!」
僕とアルフの旅は、ダイヤ奪還までの約束だった。
だからグライフが僕と海に行くって言い出したんだけど、アルフが猛反対して一緒に森へ行くことになったんだ。
なんか、ダイヤ奪還手伝ったから、妖精王に会えるらしい。
「ねぇ、妖精王ってどんなひと?」
僕の質問に、声の聞こえた全員が一度黙った。
「…………仔馬、貴様は経験が足りぬとは言え、あの羽虫に違和感を覚えたことはないのか?」
グライフが探るように聞いてくる。
僕がアルフに何かされてると思ってるのかな。
「あるね。っていうか、本人隠そうとしてるみたいだから言わないでいるんだけど」
「あ、なんだ。気づいてたんだー。ドキドキしちゃった」
「ラスバブが悪戯心でいつ暴露するか、私のほうがドキドキでした」
ガウナとラスバブはお互いに顔を見合わせてそんなことを言い合う。
話を聞いていたランシェリスたちも、苦笑しながら僕に気づいた決め手を聞いてきた。
「うん、もう…………周りの反応かな」
「あぁ…………。どうやら私たちも一役買ってしまったようだ」
「本当にそれだけ? 賢いあなたなら、もっとあるんじゃない?」
ローズに促されて、僕は他にもアルフについて違和感を覚えた事例を上げる。
「妖精って存在するための条件厳しいみたいなのに、アルフってそういうのないし。他にいない特殊な妖精って言ってたし。使徒の力効かないとか、妖精女王に敬称つけないとか、まぁ、色々?」
「もはや隠す気がないではないか」
「あ、あと、今の姿は森を離れるための姿だとか、仮の姿だとか言ってた」
うん、みんな隠せてないって思ってるの顔に出てる。
そして流れ聞こえてるアルフは、僕たちを振り返らない。
伝わってる感情は、恥ずかしがってるなぁ。
「ふむ、わかっているのなら良いか。それも貴様の選択だ」
「グライフはなんでついてくる気になったの?」
そう言えば、グライフがついて来るのって暇潰しだっけ?
あ、違う。黄金よりも尊いものを手に入れる手がかりが欲しいんだったような。
…………うん、グライフの行動顧みると、もう暇潰しの割合のほうが多い気がする。
「あの悪魔が受肉して住むという森に少々興味が湧いた」
「あ、やっぱり暇潰しの延長だった」
あのアシュトルも、なんだかんだアルフ相手に丁寧だったしな。
アルフ、正体隠そうと思うなら、もっと周りに口止めしてたほうが良かったと思うんだ。
あと、僕に知識丸投げしないほうが良かったよ。
あえて見ないようにしてるけど、妖精王とかの項目の知識見たら、すごいネタバレが書かれてそうな気がしてる。
「一番は貴様だぞ、仔馬。一年も主不在で、悪魔や妖精が住まう森が平穏無事なわけがあるまい。そこに貴様のような常軌を逸した存在が入り込むのだ。世界を回った俺でも遭遇したことのない愉快なものが見れそうではないか」
「言いたいことは色々あるけど…………そこで僕が心配だから一緒に行くとか言わないのがグライフだよね」
猛禽の顔で笑うと、グライフは翼を広げて飛び立った。
「カウィーナ、元気でね! アルフ、行こう」
手を差し出すと、アルフは照れたような顔で振り返る。
「俺は、ちゃんとフォーレンのこと思ってだな」
「はいはい、わかってるから。これからもしっかり導いてね」
何か言いたげに一度口を開けたけど、アルフは僕の手に手を重ねて、肩に乗った。
「友達だからな! …………絶対、俺の本当の姿でビビらせてやる」
なんか言ってる。
僕は聞かなかった振りをして、小さな妖精を肩に林を出た。
並ぶシェーリエ姫騎士団の軍馬。
すでに馬上の人となったランシェリスは、僕の姿に微笑みかけて馬首を返した。
「フォーレンこっちへ」
「よろしく、ブランカ」
僕がブランカの後ろに跨ると、ガウナとラスバブがマントの下に潜りこむ。
「では、行くぞ! 目標、王都上空を飛行中のグリフォン!」
ランシェリスの声と共に軍馬が動きだす。
僕は新たな旅の始まりに胸が高鳴った。
いい匂いに包まれての旅っていうところが一番嬉しいとかは、言わないでおこうと心に決めながら。
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