5話:乙女トラップ
『恋の霊薬』を仕込んだ結果、恋人同士の男のほうが、追っ手の女の子に一目惚れしました。
けどそれで終わらないのがアルフだった。
「いや、『恋の霊薬』垂らした後に、俺も人違いに気づいてさ。慌てて追っ手の男のほうにも夜の内に『恋の霊薬』垂らしてたんだよなぁ」
「は…………?」
「女の子が突然の熱烈なアプローチから逃げて戻ったら、さ?」
「…………つ、つまり、一人の女の子を男二人が取り合う図式は変わらず、その一人の女の子が恋人のほうから追っ手の女の子にスライドしただけ?」
「あははははは! …………うん、そう」
なんてことしてるんだよ、アルフ! そりゃ、罰で森の外まで追い出されるよ!
全部丸く収めようとしたら、四人全員の人生ゴチャゴチャにしちゃってさ。
「それで、どうしたの?」
「う…………」
聞いた途端、アルフは喉に物が詰まったような声を漏らした。
足を止めて振り返ると、アルフは本当に心苦しそうな表情で俯いている。
重いアルフの口を割らせた顛末はこうだ。
恋人の突然の裏切りに傷ついた女の子ほうが自殺を図り、突然迫られた追っ手の女の子も状況がわからず逃げ出して森に迷い、妖精は総出で女の子たちを助けた。
妖精王も慌てて『恋の霊薬』を無効化する薬を作り、男たちを正気に戻したものの、今度は恋人同士だった男が自分のしたことに我を忘れてしまったとか。
「アルフ…………言わせてもらうけど、最低」
「うん、本当に悪いことしたと思ってる。恋人と合流させたら、抱き合って大泣きして。今度は男のほうが死んで詫びるとか言い出すから、妖精総出で幸せになる祝福かけてさぁ」
なんとか元の鞘に収めたそうだ。恋人二人は足早に森から出て行ったらしい。
「じゃ追っ手の二人は? っていうか、もう女の子は片思いの相手を諦めたほうがいい気もするんだけど?」
「いや、そっちはなんか『恋の霊薬』に影響されてた時に、初めて異性として女の子意識したみたいでさ。なんとなくいい雰囲気になってくれた」
僕は思わず深々と溜め息を漏らす。
「上手く行ったからいいものの。何がちょっと? とんでもない失敗してるじゃん」
「うぅ…………」
言い返す言葉もないアルフに、これ以上責めても可哀想な気がしてきた。
すでに罰として森を出され、消滅の危機にまで瀕していたんだ。部外者の僕が、今からとやかく言ってもただの野次でしかない。
「あ、そう言えば。それがダイヤの窃盗とどう関係するの?」
「うん、それな。実は、自殺騒ぎとか、打ち消す薬作ったりとか、四人を無事に森から出すとか色々やってる内に」
「やってる内に?」
「…………気づいたら、盗られてた」
「…………」
うん、庇いようもなくアルフが悪い。
恋人たちの一連のごたごたの後始末のために、妖精王は冠を脱いで対処に当たったら、冠からダイヤが盗まれた、と。
「はぁ…………、アルフってさぁ」
適当すぎると言おうとした僕は、吸った息に混じる匂いに言葉を止める。
「フォーレン、どうした?」
「うん、なんか…………、いい匂いがするんだけど、なんだろうこれ?」
「いい匂い? 俺にはわからないけど、そんなに気になるなら、匂いの元探してみようぜ」
「アルフ…………。本当そういうところだと思うよ?」
アルフのノリで、僕たちは小川を離れて街道に近い平地へと向かった。
「街道近いから、できるだけ静かにな? 俺の声は普通の人間には聞こえないけど、フォーレンの嘶きは気づかれる」
そう言えばそうか。
アルフと普通に喋ることができてたから忘れてたけど、僕、馬の鳴き声しか出ないんだった。
「僕も言葉喋れるようになりたいなぁ。人間が何言ってるかわからないのは不便だし」
「理解だけならできるはずだぜ? 俺の渡した知識の中に入ってるはずだ」
「あ、そうなの?」
「魔法の練習ついでに、風魔法で喋れるようになってみるか?」
魔法ってそんなこともできるんだ? 便利だなぁ。
なんて思ってると、どうも匂いが変わった気がする。
「いい匂いに、なんか、嫌な臭いが混じってきてる」
「うーん、やっぱり俺にはわからないなぁ?」
そういうアルフは、背中から僕の鼻面に移動して空気を嗅ぐ。
「うん? 人間の気配がする。フォーレン、そこの低木の陰にしゃがめるか?」
「静かにできるかなぁ?」
僕あんまり座らないんだよね。すぐに立ち上がれないから寝るのも立ったままだし。
って、低木の向こうに人間がいる!
慌ててしゃがんだ僕は、低木の下から目と耳を覗かせて人間の集団を伺った。
街道らしい轍のある地面から離れたところに、幌付きの馬車が二つ止まっている。馬車に繋がれた馬は僕に気づいてるらしく、ちらちら見てきてた。
馬車からさらに離れた所には、ピクニックをしているような女の子の集団がいる。
「ねぇ、アルフ。これって…………」
「あぁ、うん。罠だな」
僕たちに気づいていない人間たちは、武器の手入れをする者、縄や網の投げ方を練習する者など隠れてさえいない。
「お前たち、恐ろしいだろうが慌ててはいけない。所詮相手はケダモノ。その美しさに酔って手も足も出なくなるのだ。我が家の繁栄のため、今少しだけ我慢をしておくれ」
「わかっておりますわ、お父さま。我が家の栄達のため、必ずやお役に立って見せましょう」
「けれど、暴れる前にきちんと殺してくださいね? 私たちはか弱いのですから」
「陛下への献上品でなければ、魔物になど近づきたくもありませんのよ?」
「あぁ、もちろん。私も本当なら大事な娘たちをユニコーンなどという魔物に触れさせたくもないのだからね。それでも弱小貴族の我が家にはこの手しか、くぅ…………!」
僕、人間にとって魔物なんだぁ。アルフが幻象種って呼んだの気遣いだったのかな?
「言っとくけどな、人間が魔物っていうの、すっごい適当だから」
「それはどういう意味?」
「妖精も魔物呼ばわりするし、獣人なんかも魔物って呼ぶ国はある。そのくせドラゴン奉ってたり、翼竜なら魔物扱いで討伐したり。本当に人間側の都合で呼んでるだけだから」
えっと、気にするなってことかな?
「…………なんか、すごく落ち込んでるけど大丈夫か?」
「あ、うん。平気」
ではないかな。
魔物って呼ばれたことはあんまり気にしてないんだけど、ちょっとわかったことがある。
あの女の子は最期に、「これで、お母さんは、助、かる…………」って言ってたんだ。
母馬を殺すために命を懸けた女の子は、やっぱり誰かのために万病薬を求めていた。
だからって母馬を殺していいなんて理由にはならない。けど、こうして命を懸けるつもりもなく罠だけ張っている人間を見ると、あの命を懸けた女の子の覚悟が汚されたようで不愉快だった。
「なんか不機嫌になってないか? あ、もしかしてあの中に処女じゃない奴混じってる?」
「二人」
即答できちゃったよ。なんか、匂いでわかる。
やだ、これ…………なんかセクハラっぽいな。前世の感覚で罪悪感がひどい。
けどわかる。ドレスっぽいものを着た三姉妹の内、二人は経験済みだ。
その代わり、侍女っぽく後ろについてる三人の女性は全員穢れがない。
「でも、全員乙女でもこれはひっかかりたくないよ」
「だろうなぁ。性格の悪さが顔に出てるし」
なんていうか、女の子全員がにたにたしてるんだよね。悪意満々の笑顔っていうか。
「フォーレンの言ってたいい匂いって、たぶんユニコーンの本能的に嗅ぎ分けた処女の匂いだろ」
「うぇー」
「いや、あれ見てそういう感想なのはわかるけど。ユニコーンとしてどうなんだ?」
「僕にも選ぶ権利がある、と言いたい」
っていうか、アルフと契約してて良かった。
あんなのに引っかかって殺されたくない。人生、いやユニコーン生に汚点を残して死ぬことになる。
「うーん、フォーレンが今冷静なのって、契約の影響だと考えていいか。けど、そこまで嫌悪感出すのは、もしかしたら俺の知識与えた影響かもな」
あ、そうか。
何も知らないはずの仔馬がこの反応っておかしいのか。
けどそういう憶測をするってことは、やっぱり適当なところのあるアルフから見ても、あの子たちひどいんだろうな。
ふと、僕たちにずっと背中を向けていた侍女の一人が辺りを見回す。
「どうしたのよ? きょろきょろして、しっかりなさい。ユニコーンが暴れたりしたら、ちゃんと私たちの盾になりなさいよ」
うわー、うっわー! 絶対お前らの前になんか姿見せるかって気分になるー。
あの子だけはたぶんまともな感性持ってる。一番いい匂いがするし。
けど周りの臭いがひどすぎて駄目だ。もう匂いの正体もわかったし、さっさと王都に向かうことにしよう。
足に力を入れた途端、何かに気づいたようにまともな侍女の子がこっちを振り返った。
「…………あ!」
「「「あー!」」」
「やべ! フォーレン逃げろ!」
「言われなくても!」
僕は慌てて立ち上がって背を向けた。
「お父さま! ユニコーン逃げちゃう!」
「ちょっと、なんで逃げるのよ! 寄ってきなさいよ!」
「ほら、だからお姉さまたちいないほうがいいって言ったのに!」
「「なんですって!?」」
姉妹喧嘩してる金切り声がうるさい。
「あれ…………?」
アルフが声を上げたけど、僕は小川まで戻るため、すでに駆けだしていた。
おわ、一蹴りですごい進む。人間の感覚あるせいで、俊足なのが客観的にわかる。
なんか背後で阿鼻叫喚の声が上がってる気がするけど、関係ないか。
「やべー! フォーレン、走れ、走れ! グリフォ――」
「わかったー!」
アルフに急かされ、僕は本気の走りを見せるべく、そのことだけに意識を集中した。
猛獣の唸りのようなものが聞こえた気がしたけど、気のせいかな。
「あ、ちょっと待って! 早い、早い!」
今はただ走る。ひたすら走る。前、前、真っ直ぐ前へ。
「あははははははは!」
「ぎゃー! フォーレンがおかしくなった!」
なんだか走るのが気持ちよくなってきた!
僕は小川が見える場所まで戻っても止まらず、そのまま小川に沿ってひたすら走る。
小川に沿って走り続けた結果、止まったのは日が暮れかけてからだった。
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