49話:点る灯り
「くそ! 出力が足りない!」
悔しげに叫ぶアルフの目の前で、魔法陣の輝きが変わる。
月光を受けた赤い光が、不気味に渦を巻いて拍動し始めていた。
赤い光は引っ張られるように、ブラオンの胸のダイヤに向かって伸びる。
魔王復活の儀式を止めることに失敗したのは明らかだった。
「もはや、一刻も早くこの場から離脱すべきだな」
顔の傷を気にするように前足で撫でながら、グライフが言う。
けれどまだアシュトルの攻撃が効いているようで、一歩動くだけでも激痛のようだ。
動けないのは姫騎士団も同じらしく、痛みに耐えながら、回復の手を模索していた。
「精神干渉ではないな、これは…………。アシュトル、名持ち…………、確か、聞き覚えが」
「ランシェリス、魔王の悪魔よ。司るのは、悪魔の支配、告発…………そう、過去と未来を見通すと言われる」
「そうか、ローズ。時間攻撃だ、これは」
「あぁ、だったらお手上げだわ。人間は時間を操れない。時と共に回復するのを待つしか」
ランシェリスとローズは、アシュトルの能力の正体を看破したけど、どうやら対抗手段を持っていないようだ。
ないはずの傷を押さえて、荒い息を吐く。
「離脱って言ったって。みんな逃げられないよ」
「だったら、フォーレンだけでも行け」
「アルフ? アルフはどうするの?」
「ま、元を正せば俺のせいだし? 最期まで粘るってみるさ」
「魔王と知り合いなら、話し合いでどうにかできないの?」
「さっきも言ったが、魔王復活を謳ってるが、実際に復活はできないだろうな。魔王とあのブラオンじゃ波長が違う。ダイヤで魔王の魂を呼び込むのかと思ったが、どうやらそうでもないらしいし」
ブラオンは魔王石の中に魔王が残っていると言っていた。
つまり、アルフが言う魔王復活の可能性がある方法とは別のことをしようとしているらしい。
「あいつの企みは失敗するの?」
「いや、このままダイヤを取り込めば、魔王の残留思念に取り憑かれた何かになる可能性はある。ま、ほとんどがあのブラオンって奴の妄執が暴走した形になるんだろうけど」
「だったら、アルフが逃げなきゃ!」
「逃げてどうするんだよ? ダイヤ盗まれたせいで大変なことになるなら、責任取るべきは俺だ」
アルフに逃げるつもりはない。
こうして話してる間にも、ブラオンの胸のダイヤには禍々しい赤い光が吸い込まれて行く。
赤い光を吸い込む度に、ダイヤは内側から黒く穢れて行くようだった。
「く…………!? 月が昇り切る!」
アルフが窓を見上げて焦った声を出す。
瞬間、僕の耳に大音量の叫びが聞こえた。
頭の中に響き続ける声は、悲しみと悔しさと危機感と切迫感を大量に含んで、内側から僕をグラグラと揺さぶるようだ。
これは、バンシーの声だ。
カウィーナが僕に与えた加護。このままここにいると、僕は死ぬことになる。
いや、状況から考えて、みんな死ぬ。
「…………!? フォーレン、どうした!?」
僕の異変に気づいてアルフが声をかける。
けれど答える余裕はない。
嘆きの声が死ぬぞ、死んでしまうぞと圧力をかける。
死の恐怖と焦燥に目もくらむ思いがした時、僕は逃げるという選択肢を捨てた。
「フォーレン!?」
精神の繋がったアルフは僕の選択をいち早く察して止めようとする。
けど、それより僕の行動のほうが早かった。
全力で床を蹴る。
角を前に出して、恐怖を置き去りにするように突っ込んだ。
魔法陣の抵抗は、角が突き破る。
威力が落ちないように風の魔法を噴射して、僕はブラオンに決死の突進を仕かけた。
「なんだと!?」
そうブラオンが口に出した時には、もう僕の角は届いていた。
ブラオンの胸の表面を抉って、側面からダイヤに当てる。
角から軋み砕ける震動が伝わるけど、構わず頭を振った。
「あ、が…………!?」
ブラオンは言葉にならない声を吐いて、抉られた自分の胸を見ながら吹き飛んだ。
赤く光るダイヤが宙を舞う。
馬の広い視野で落ちる先を追った僕は、人化しながら腕を伸ばした。
ブラオンの血肉を振り落とすように回転して落ちる丸いダイヤ。
妙に動きにくい魔法陣の中で必死に追いすがると、伸ばした僕の掌に収まるように落ちて来た。
瞬間、ダイヤの輝きが目を射る。
そう思った時には、自分の中から響いていた嘆きの声が、断線したように聞こえなくなっていた。
「…………あれ?」
何度も瞬きをして辺りを確かめれば、魔法陣も石の床もない。
僕の目の前に広がるのは、白い壁のワンルーム。
「ここって確か、心象風景?」
そうだ、アルフと精神を繋いだ時に見た場所だ。
「なんか、物の配置が変わってる…………」
適当に並んでいた家具は壁に寄せられ、フローリングの床だったはずの足元は芝生になってる。
「えー? 室内に芝生って…………あ、天井夜空だった」
もはや壁に囲まれた屋外だ。
それと増えてる物がある。
デスクトップのパソコンに、プリンター。
背の高い照明、テーブルの上の照明、そしてアロマキャンドルのような可愛い火のついた蝋燭。
そんな灯りがあるだけで、室内の雰囲気はだいぶ違うものに感じる。
「なんでだろう? あ、そうか。アルフと繋がってるんだから、アルフに聞け、ば…………えぇ?」
振り返った扉のない出入り口の向こうには、濃密な闇があるだけだった。
前は遺跡のような場所に魔法陣が並んでいたはず。
思わず近づいて手を伸ばすと、氷のように冷たい硝子のようなものに阻まれる。
僕がいるほうが明るいため、白っぽい影が映り込んだ。
「なんで、こんな…………? おーい、アルフ?」
呼びかけた途端、何処からかアルフの声がした気がする。
意識した途端、視界が瞬きするように狭まった。
氷のような硝子から手を放すと、何故か僕の影だけがまだ、そこに残ったような?
「…………ォレン! フォーレン!」
「ん…………? あれ、アルフ?」
「フォーレン! 気が付いたか!?」
声のほうを見ると、魔法陣の外でアルフが忙しなく飛び回って僕を呼んでる。
その近くにはしかめっ面のグライフと、痛そうに体を庇ったランシェリスたち。
ほとんどが、僕を心配そうに見つめている。心配以外だと、警戒されてる?
「どうしたの?」
「それはこっちの台詞だって。ダイヤ掴んだ途端動かなくなったんだよ」
「おい、仔馬。貴様、名前を言ってみろ」
「何その変な質問?」
グライフは不機嫌そうに喉を鳴らして答えを催促する。
「フォーレンだよ。僕、何かみんなに警戒されることした?」
「フォーレン、私たちから見ると、その、今君の瞳が黒っぽくてな」
「正直、正気を失ったユニコーンの赤い瞳じゃないかと疑っているわ」
「き、きっと赤い光のせいですよ!」
ランシェリスが気づかわしげに言ってくれると、ローズはすっぱり懸念を口にする。そしてブランカが取りなすように声を上げた。
「あぁ、そうか。ってあれ? ブラオンは?」
全員に背後を指差されて振り返ると、ブラオンの服が落ちてる。
本人は見当たらないけど、なんか明らかに人間っぽい形で灰が服と共に落ちてた。
「え!? もしかして僕が殺しちゃった!?」
「何を戯けたことを…………。はぁ、こんなユニコーン、他にはいまい」
「フォーレン、今俺と精神の繋がり切れかかってるのわかる? 魔王石から変な影響受けたりしてないか?」
「わからないよ。えっと体で変な感じは…………あ! 角!? 角が欠けてる気がする!」
僕は人間の手を持ってること思い出して触ると、やっぱり先が折れてしまっていた。
思わず、僕の角を折った原因だろうダイヤを見下ろす。
「貴様も一応、ユニコーンなのだな仔馬」
「何その今さらな感想? この辺りに角削れるものないかなぁ?」
「その前に精神繋ぎ直して精神汚染されてないか確かめるから、こっち来てくれフォーレン」
グライフが将軍型古代兵器の装甲に嘴を向けるので、そっちに行こうとしたらアルフに呼ばれた。
魔法陣から出ると、どうやら僕の瞳は紺色のままだったらしく、姫騎士団が揃って息を吐く。
「うーん? たぶん? 大丈夫?」
「そう? だったらちょっと角削って…………その前に、はいこれ。アルフの」
僕は手に持ったままのダイヤをアルフに差し出した。
「そんな何も感じないみたいに返されるのもなぁ」
「精神汚染がない証拠であろう。さっさと回収しろ、羽虫」
グライフに急かされたアルフは、空中に両手を差し伸べる。
すると光の糸を縒り集めような、小さな冠が現われた。
ダイヤを受け取ったアルフは、冠の中央にダイヤをはめる。
途端にダイヤは七色に光っていたきらきらしさを失ったような印象になった。
きっと、これがアルフなりのダイヤの封印なんだろう。
アルフが冠を頭に乗せると、接着されたかのように動かなくなる。
「よし! 後はこれを森に持ち帰るだけだ!」
「じゃ、僕ちょっと角削ってくるね」
言ってユニコーンの姿に戻ると、何故か背後で乾いた笑いを聞いた。
「かつての闇の時代、幻象種が争いに関わらなかったのは、単に宝冠への興味がなかったからなんてことは、ないわよね?」
「関わったエルフは美を好み、ドワーフは技を好むというからな…………。案外当たっているかもしれない」
ローズの疑問にランシェリスは笑えない様子で答える。
きっとグライフが答えないことが、答えなんだろう。
さて、折れた角の先を整えるために削ろう!
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