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番外編9:約束の鶏料理

 ケイスマルクのコーニッシュの店は相変わらず人垣ができてた。

 そしてこれも変わらずコーニッシュはそんな人間たちを無視して僕を店に引き込む。


 すると店内には先客がいた。

 大胆なスリットの入ったドレスを着て、僕とアルフに手を振って女性。


「はぁーい、帰りが遅いから来ちゃった」

「アシュトル、だけど、小さい?」

「フォーレン、あれでも女にしちゃ長身だぞ」


 いたのは美女に化けた悪魔のアシュトル。

 けど普段見上げるほどの体は、人間として許容範囲にまで縮んでいた。

 ただアルフが言うとおりスーパーモデルかなってくらいに長身で目立つ。


 そして斜め後ろに立ついかついSPみたいな人は…………。


「ペオルはどうしてその恰好に変身してるの?」

「大公が同行するならば引き立て役になれと」

「そういうの普通、自分よりも劣る容姿の同性連れ歩くもんじゃないのか?」


 アルフと同意見なんだけど、どうやらアシュトルなりに拘りがあるらしい。


「美しさで引き算してどうするのよ。こういうのは美しい同性での足し算もあるけど、今回は存在感のある異性、けれど決して所有を主張しない関係性の上での存在感の掛け算よ。ペオルの畏怖さえ私の美しさを引き立たせる舞台装置にしてるの」

「素晴らしい!」


 突然乱入する称賛の声を見ると、フォーンの長老とネクタリウスがいた。

 走って来たのか息切れしてる。


 それでも長老は興奮ぎみに蹄を踏み鳴らして言い募った。


「まさしく絶対的な美しさへの自信があってこその至言! ぜひ来年は審美会に!」

「ねぇ、もしかして興奮しすぎて気づいてない?」

「いや、あれは…………マンネリ払拭のために悪魔投入してでも盛り上げたいんだ。今年はフォーレン参加の前ふりでずいぶんと盛り上がったから、来年こそはって」


 アルフが言うと、フォーンの長老の目が僕に向く。

 聞かなかったことにしたいな、せっかく女装コンテストみたいなの逃げられたし。


「客が料理も待たず立ち話とはなんたることだ!」

「うわ、コーニッシュ。あ、そうだね。さ、座ろう!」


 よし、話を逸らそう。

 不満そうだけど厨房から漂って来たスープの匂いにはフォーンも抗えない。


 揃って席につくと、アルフは変わらず僕の肩に座ってるだけだった。

 ペオルもSPに徹するのか、アシュトルは座っても後ろに立ったまま。

 すると今まで黙ってついて来てたウェベンがお茶を出してきた。


「…………なんか、飲んだら駄目な気がするんだけど、これってなんのお茶?」

「粗茶です」


 あ、これ絶対なんかある。


「おいおい、本来草食のフォーレンに舌が痺れるなんてあからさまな薬効持つ草混入しても気づかれるって」


 アルフが笑った途端、何かが散弾のようにウェベンを襲った。


 飛んで来た方向を見れば厨房からコーニッシュがウェベンを睨んでる。


「ぐ、微妙に死ねないとは…………。腕が悪すぎるかと」

「我が友の舌を鈍らせようとは万死に値する! けれど食事の場で煙を撒き散らすなんてとんでもない! ついでに言えば、打ち出したのは装飾のために切り落とした生地のあまりを石のように焼成した物だから、我が友は安心して自分の料理に舌づつみを打つといい!」

「あぁ、攻撃に使った包丁で料理出されてもって言ったの覚えてたんだね」


 もうさすがにコーニッシュとウェベンの中の悪さは理解してるのか、フォーンたちは静かに空気に徹してる。

 いや、そわそわしてる様子から、単に料理が待ち遠しいだけかもしれない。


 そしてコース料理の前菜が運ばれて来た。

 名前はわからないけど鳥肉と彩の綺麗な野菜をジュレで固めたもので、酸味が効いてて食欲増進になる。


 スープは以前食べた透き通った物とは対照的に白濁しててポタージュっぽい。

 飲んでみれば濃厚でいっそ豚骨を思い出す味がした。


「もしかして鶏全部煮溶かしたの?」

「わかるか、我が友!」


 正解らしく上機嫌になるコーニッシュだけど、ミキサーもないのにすごい労力だね。


 魚料理はどうやらコーニッシュからの問題のようだった。

 鶏のフルコースのはずが見た目に鶏感はなく、焼き揚げした魚のフライがメインだ。


「…………あ、なるほど。油が鶏から取ってるんだ」


 なんかラーメン思い出す風味で香ばしいようなコクを感じる。


 その後は肉料理に蒸し鶏、口直しはさすがに普通にレモンのシャーベット、そして焼き料理はカリカリのローストチキン。

 そしてデザート、果物、飲み物とコースは終わる。


「飲み物まで飲め! 一連の料理の締めくくりがあってこその完成だ、終わりだ!」

「うぅ…………この口いっぱいの多幸感を押し流すのはぁ。もう少し、もう少しだけぇ」

「ほとんど味の理解はできないのに震えるほど美味かったことだけはわかるこの幸せを噛み締めていたいぃ」


 相変わらずフォーンは撃沈してた。

 コーニッシュが飲み物どころかデザートで手の止まってしまったフォーンにせっつく。


「美味しいのはわかるけど、それで幸せねぇ? わかりやすい肉体の快楽とはまた違った誘惑ではあるんでしょうけど」


 どうやらアシュトルはコーニッシュの料理に誘惑されるほどの価値は感じないらしい。


「死を想起するほどの空腹のために食を求める貪欲さならわかるが」


 ペオルも美食についてはいまいち理解できない感覚らしい。


「なるほどなぁ」

「どうしたの、アルフ?」

「こうやって見ると、コーニッシュの料理にまともに感想言えるのフォーレンだけなんだなって」


 言われてみれば、悪魔はしれっとしてるしアルフも特に惹かれた様子はない。

 フォーンは美食好きだけど、酔いすぎてコメント不可になってる。


「そうかもね。けど美味しいことがわかるならアシュトルたちでも」


 途端にペオルまで一緒になって拒否の姿勢を示す。


「この五百年散々やられたわよ。妖精王のほうが被害は少ないはずよ」

「被害って」

「お主も我らの住処に来て襲われていただろう。妖精どもはふらふらしてるから捕まえにくいそうだ」


 あぁ、後ろから捕まって口の中にチーズの塊押し込まれたあれか。


「フォーレンが美味しく料理してから食べたいな、なんておねだりするから、今は随分手間かけてるほうよ」

「してないけど。まぁ、素材をそのまま食べさせられてたなら、嫌がる気持ちはわからなくもないかな」

「そうやって悪魔に優しくしてもいいことないぞって、人間相手なら言うんだけどなぁ」


 アルフは僕の肩から飛び立って浮遊しながらそんなことをぼやく。


「だからこそ落としたいという悪魔の本能を刺激してくださるのも、ご主人さまの美点です」

「それ本当に美点?」


 ウェベンの妙なフォローに首をかしげていると、フォーンたちがようやくデザートに手を付けていた。


「ふぁー! 食べるのがもったいないのう!」

「塩味の後に襲い来る甘味に抗えないー!」


 あ、喋ってる口に待ちきれなくなったコーニッシュが料理突っ込み始めた。


「なぁ、あれだけ前後不覚になってるなら、人魚のこと簡単に頷いて向こうの責任でケイスマルクを通る許可出してくれるんじゃないか?」

「…………これだけ悪魔が揃ってる中で、なんでアルフが一番悪辣な提案をしてくるの?」

「え!?」


 僕の感想にアルフが驚く。

 けど、今の完全に弱みに付け込めって言ってるようにしか聞こえなかったよ?


 すると悪魔たちも黙ってない。


「あーら、また何か面白いことをするの? 私にもお、し、え、て?」

「聞き捨てならんな。妖精王の思いつきなど碌なものではないというのに、我らと同列に語るとは」

「ここのところご主人さまのお側に侍って感じていたことですが、やはりご主人さまもお気づきでしたか」

「おい、この悪魔! それ俺が悪辣って言ってないか!?」


 ウェベンは笑顔で頷いて肯定しちゃったよ。


 うん、コーニッシュの料理で釣っただけだし、落ち着くのを待って話そう。

 長く続けるつもりの姦計で、最初に遺恨の残る形にするのは良くないよね。


「あの竜はお気になさる必要はないでしょう」


 落ち着いてから長老に話したらなんか思ったよりすんなり話は通った。


「あれはずいぶん昔に生涯一人と決めた番がおりまして。近づく乙女を攫っていたのはそれ以前のこと。今では番も亡くなりめっきり大人しくなりおって。逆に大人しくなって以来の話なぞ若い者には聞こえなかったんでしょう」


 上流の幻象種は大丈夫らしいと返事がもらえる。


「いっそ、若い者たちの嫁取りとなれば、己の青春を思い出して協力を申し出るやも」

「あぁ、年寄りにいるよな。そういうこと老後の趣味にする奴」


 アルフが頷くと、僕の頭には前世の知識で仲人やお見合いを取り持ちたがる老人がいたことがうかんだ。


 月下老人なんて四字熟語があったなとか、相変わらず特に使えない知識が湧く。


「じゃあ、僕は一回森に食器持って帰るよ。で、また来るからその時にその上流の竜と繋ぎをお願い。えっと、フォーンと連絡とるのはネクタリウスの店でいい?」

「えぇ、それが良いかと」

「え!?」


 長老はすぐに頷いてくれたけど、当のネクタリウスだけが不安そうな顔をしていた。


次回未定

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