448話:悪魔の欲
「時間稼ぎばっかり!」
蹄で地面を踏んでひび割れを作るけど、ライレフは戦車を操って華麗に回避する。
けどさらにその先にいたアルフを相手にするライレフの元までひび割れを作って体勢を崩すことには成功した。
「やれやれユニコーンが連携とは。孤高の幻象種が何をまかり間違ったのやら」
「それだけすごいんだよ、フォーレンは! 俺の友達だからな!」
アルフのほうは魔法戦で、ライレフも応戦するからどんどん魔法の規模が大きくなる。
僕たちの足元も形を変えて、泥の河ができたと思ったら岩が突き出て戦車での走行をさまたげた。
「ランシェリス、掴まって! 次は風が吹くよ!」
岩の上を飛んで越えると空中を戦車で走るライレフに側面から風が吹きつける。
アルフから教えてもらったけどそれでもすごい突風だ。
僕のように岩を跳んで来たケルベロスが、空中で体勢を崩したライレフに飛びかかり、グライフもわざわざやって来たライレフを空中で馬を二頭即座に殺して行動不能にする。
「ひぅ!?」
ジェットコースター状態で声を引きつらせるランシェリスには悪いけど、僕も攻撃のチャンスを逃すことはできない。
落下覚悟で岩から跳び、角でライレフの乗る戦車の車軸を砕いた。
三体の戦車が行動不能になる。
残ったライレフは突風で上空に噴き上げられ体勢を立て直すけど、片輪で着地して車体が歪む。
その時点でグライフの相手をしていたライレフが魔法を発動した。
どうやら本体はそこだったらしい。
「うっとうしく逃げ回るな!」
グライフがアダマンタイトの爪で襲いかかるけど、引き裂いた時にはもう本体じゃなくなっている。
「相手の裏をかくのもまた争いの権謀術数というものでしょう?」
「えぇ、そうですね」
僕が車軸を砕いたライレフが言ったらウェベンが答えた。
いつの間にかライレフの戦車に乗り込んでる。
瞬間、戦車の中が炎に包まれた。
でも魔法の気配ない。
「では、これが本体でしょう! は!…………違う!?」
「おやおや、涙ぐましいことです」
メディサがケルベロスの背から飛び出して、落下の威力も込めた青銅の腕をライレフに振り下ろす。
ライレフは避けずにケルベロスを警戒し、メディサの攻撃を槍の一振りで弾いてしまった。
「だったらこっちか! って、うわ!? 魔法と一緒に槍投げて来るな!」
「やれやれ、無駄なことを。もはや人間の争いを求める心は止められない。死に絶えるまで争い続けるのなら見ものですが。あなた方の存在をここに釘づけにしているだけでも吾には重畳なのですよ」
アルフが唯一地面にいるライレフに雷を降らせけど、当たる直前にまた魔法を撃ち返し、その中に槍まで混ぜて反撃していたらしい。
その頃にはグライフが相手してるライレフが復活してまた頭数を減らすところからだ。
「いたちごっこだ。時間を稼がれるだけあの悪魔は争いを力に変える。どんどん戦車の強度が増しているのに気づいているか、フォーレン?」
「うん、それでランシェリスには協力してほしいんだけど」
また一体を相手に走りながら、ランシェリスは僕にしがみついて話を聞く。
「なるほど、大役だ。…………我らが奉戴する聖女シェーリエを信ずるならば、邪悪に敗北する道理なし!」
聖剣を構えるランシェリスに合わせて、僕はライレフの戦車と並走することに集中する。
やるのはランシェリスだ。
「おや、その角を振らないのですか? まさか吾が人間如きに後れを取ると?」
「君、ランシェリスや他の姫騎士にも今まで直接的な攻撃してなかったでしょ? つまり、敵意は操れてもやっぱり攻撃できないんだ」
「だがこちらは神の名の下にお前を闇に帰す資格を持つ! 覚悟!」
ライレフは攻撃されてもランシェリスを往なすくらいしかできない。
それは今も大盾を取り出して防戦一方になる姿でわかる。
天使みたいな姿で余裕ありそうな顔してるけど、ランシェリスを相手にしてるライレフの目には苛立ちがちらついていた。
醜く争えと言っていた人間相手に、防戦一方の事実が優位な状況にあっても腹立たしいんだろう。
「面倒な組み合わせですね。…………ですがやりようはあるんですよ。例えば、直接狙えずとも、落馬程度で人間はどうとでもなる」
ライレフは魔法や戦車捌きを駆使して、僕の足元を狙い始めた。
僕がランシェリスを振り落とすように仕向けようとしてるらしい。
あからさまに手のような影が地面から生えて転ばせようとしてくる。
さらに戦車の上でも大盾でランシェリスの視界を塞いだり、剣を僕の進行方向に突き立てたりと攻撃と判定されないギリギリを突いて来た。
僕が妨害に集中しつつランシェリスを落とさず走っていたところに、アルフから警告が飛んだ。
「お前ら足元気をつけろよ!」
言った途端、地面を割って炎の柱が立ち昇る。
僕もたまらずライレフから距離を取って炎の柱を迂回した。
これはライレフの妨害じゃない!
アルフの仕業だ!
警告してくれても飛び散る火の粉が熱いんだけど!?
「それ行け! 必中の加護つけてやる!」
「「はい!」」
進行方向が限定されたライレフを、アルフの戦車に同乗するブランカとクレーラが弓で狙う。
加護と乙女の優位のお蔭か矢が刺さるけど、それくらいじゃ悪魔のライレフは止まらない。
他のライレフもケルベロスが二つの口で馬を捕らえ、三つ目の口で戦車ごと噛みつく。
最初から狙いがライレフじゃないせいか、攻撃が通ったようだ。
敵意を操ることができず、潰れた車体に足を挟まれたライレフがメディサを見ないように目をつぶったまま応戦してる。
そのライレフは完全に動きを止めた。
「羽根が焦げたぞ! どうしてくれる、羽虫!」
そんな文句を言いながら、グライフは馬を一体掴んで戦車を引きずり回し、炎の柱にライレフを当てようと攻防してた。
こっちもたぶん、すぐにはグライフの攻撃からは逃れらないだろう。
「負けてはいられないな! フォーレン、頼む!」
ブランカたちが次々にライレフに矢を当てるのを見て、僕も炎の柱を避けて蛇行するライレフの戦車に迫る。
瞬間、アルフが言った。
「よし! 次はこれだ!」
アルフの魔法が白い靄となって地面を覆い尽くす。
途端に炎の柱は凍り付き、自重に耐え切れず倒れ出した。
腕に矢を受けて戦車の操縦が上手くいかなかったライレフが、倒れた氷の塊にぶつかり戦車を大破させる。
同時に地面も凍って僕の蹄が氷の上を滑った。
「う…………わぁ!? ランシェリス!」
体勢を崩して倒れ込みながら、僕は声を上げる。
近くで氷柱を避けながら戦車を操るライレフはもちろん、仲間たちも滑る僕に気づいた。
「「団長!?」」
アルフが慌てて馬車を操る間、ブランカたちが転んだ僕たちの姿に悲鳴のような声を上げる。
けどアルフたちは倒れ砕けて山となった氷の塊の向こうだ。
上空に舞い上がって難を逃れたグライフも不機嫌に叫ぶ。
「何をしている、羽虫! 燃やそうと思ったのに氷で潰れたぞ! 仔馬はどうした!?」
「大変! ケルベロス! それは叩きつけて、フォーレンを助けに行かなければ!」
それぞれが相手にしてたライレフを戦闘不能にして、グライフが上から来ようとしても今も凍った炎の柱が倒れる途中で、降下は無理だ。
メディサもケルベロスと向かってくれようとするけど、ケルベロスの口に囚われてたライレフがこれ幸いとばかりに大暴れしていて動けない。
僕は地面まで凍っている中、蹄では立つことさえままならず首をもたげた。
「ランシェリス!」
鼻面で揺らして声をかけても、ランシェリスは倒れたまま動かない。
「仔馬、捨ておけ! 来たぞ!」
上からグライフに忠告され、見ればライレフが長剣を片手で握ってこっちに戦車を走らせてた。
それは見えるけど、炎の柱が凍って倒れる度に湧き上がる冷たい靄が視界を悪くしてる。
立とうと凍った地面を砕いて前足を立てた時には、もうライレフの長剣が僕のすぐ側にあった。
「角は吾が役立てましょう」
バンシーの嘆きの声が僕にだけ響く。
欲に滾ったライレフの目は、おかしなほど人間と同じだった。
「なのよー!」
その瞬間、僕の首の後ろに隠れてたクローテリアのブレスがライレフを襲う。
迫る剣の先に適当に吹きかけただけだから、敵意を逸らすとかそんなの関係ない。
半ばブレスに当たりながらも、ライレフは諦めきれずに僕の首を断とうと長剣に集中した。
走れないユニコーン、首だけは伸びてて、これ以上の好機はないようなシチュエーション。
「けど…………その欲が、命とりだ」
「聖なるかな! 清き聖女よ我に力を!」
地面に伏せていたランシェリスが、僕の影から聖剣の本領を発揮して光の刃を顕現させる。
その刀身は、体格差のあるケルベロスの首に届くほどに長くなるのを見たことがあった。
何よりライレフは走る戦車の上で、もう避けようがない。
長剣が僕に届くより先に、剣を構えた腕ごとライレフはランシェリスの聖剣に首を切り落とされていた。
戦車だけが勢いのまま僕たちの側を駆け抜けていく。
「な…………ぜ…………?」
宙を飛ぶライレフの首は聖剣の光を受けて見る間に崩れ始める。
その顔は本気で何が起きたかわからないようだった。
「は、上手くいったようだな。フォーレン」
ランシェリスは、同時に他の分身も聖剣を受けてないのに崩れているのを確かめて息を吐く。
ランシェリスが切ったのが本体なんだ。
僕の角を争いに使う、それがライレフの行動の優先事項。
そして姫騎士という攻撃のできない弱者に対して、争いの悪魔として鬱屈があった。
だったらこの角とランシェリスを囮にすれば保身も忘れて来ると思ったんだ。
「何故なんて、悪魔が欲に走るからだよ」
「こ…………ん…………の…………!?」
喉が崩れて上手く声が出せないライレフだけど、すごい屈辱に怒ってるのはわかる。
その様子にアシュトルの哄笑が響いた。
言い返す口が崩れても、嘲笑う声が聞こえる耳が残っているライレフは、瞬く間に目が充血して憤激しを露わにする。
そしてウェベンが珍しく同情的に、僕のすぐ側で呟いた。
「言ったではありませんか。この無垢な白さが欲を駆り立てるのだと。その上で今もこうして健在な理由を少々考えられればよろしかったのに」
それってどういう意味?
なんでランシェリスはウェベンに同意する様子で頷いてるの?
疑問に首をかしげる僕に、顔半分が崩れて何も言えなくなったライレフは、すごく納得がいかないような目をして消えて行ったのだった。
一日二回更新
次回:ケルベロスの北国散歩




