46話:魔王の宝冠
魔王とは、千五百年前に現れた存在なんだとか。
アルフの知識によると、宝冠を作った後から魔王は使徒としておかしくなったらしい。
「人間たちは妬んだのだ! 魔王陛下の与えた至宝を羨んだのだ!」
ブラオンは誇らしげに言いながら、言葉には怒りがあった。
宝冠は金、銀、銅、鉄、鉛、錫、水銀で土台を作り、それだけでも一級の装飾品の様相を呈したんだとか。
アルフはこの金属でできた土台のほうが、不老不死を叶える可能性を秘めていると言っていた。
そして魔術紋を刻んだ二十二の宝石で飾りつけることで、至高の逸品となったらしい。
「あのな、どうして魔王が宝冠を作ったかを考えろよ。各種族が争いを繰り返す世界を平和へ導こうとして作ったんだ。それを自分が戦争の中心になっちゃ本末転倒だろ」
魔王の使徒としての考えに賛同する者は、種族や出身地に関わらず集ったという。
平和を願った種々雑多な賛同者たちは、人間たちの街で力を合わせて宝冠作りに取り組んだ。
「魔王陛下には何の過誤もない! 使徒として与えられた神の知識から作り方を教えてやったのだ! 完成した宝冠は、完璧だった。頭上に戴いた者は、世界の王となれるほど! 人々を導く力も、守る力も、豊かにする力も全てが備わる宝冠だった!」
「宝冠だって魔王一人じゃ完成しなかっただろ。賛同者が危険を顧みず材料を集め、人間が苦労を惜しまず施設を用意して作り上げたからできたんだ。…………完璧だったからこそ、争いが生まれたんだ」
アルフは沈痛な声でブラオンに告げる。
魔王を中心とした争いは、宝冠完成の後。世界を揺るがす大戦争は、宝冠を作らせた魔王が倒されるまで続いたらしい。
「違う違う違う! 完成した宝冠は魔王陛下の手に委ねられ、使徒である魔王陛下が相応しい王を選び出す段取りだったのだ! それを疑心に駆られた人間たちが、魔王陛下こそが王となるべく宝冠を独り占めするのではないかとあらぬ争いを起こしたせいで!」
「まぁ、あの時の人間が愚かだったことは否定しないけどな。自分こそが世界の王に相応しいはずだと、人間同士で争い始めちまったし」
同族で争い出した人間だったけど、一つの結論に対しては団結したんだって。
完成した宝冠は、人間が管理すべき、と。
「ま、宝冠を引き渡さなかったことで、人間と魔王の戦いは勃発したのは確かだ。あの争いの時代については人間も悪い。だがな、誘惑に弱いのわかってて人間に作らせた魔王の判断も甘かったんだよ」
アルフ曰く、当時の妖精女王は宝冠制作時に助言をしていたと言う。
その中に、宝冠は完璧であってはいけないというものがあったらしい。
けれど魔王は完璧を求めた。人間も賛同者もそれを望んだ。
そして魔王は、裏切られた怒りと悲しみ、宝冠を奪われた怨みと憎しみから全力を持って人間から宝冠を取り戻そうと戦争を仕掛けた。
「あぁ、確かに身のほど知らずにも魔王陛下の強大な軍に逆らう人間は愚かだ! だから西の人間たちは魔王陛下に滅ぼされかけた! 自業自得だ!」
「だから、平和のために宝冠を作ったくせに、戦火を広げて人間以外の種族にも喧嘩売った魔王も愚かさじゃ変わらないって」
そんな魔王の暴走を止めるため、妖精女王は宝冠の宝石を守ると決めたそうだ。
結果的に魔王は、敵を作りすぎたせいで強大な軍は各地に分散させられ、一進一退。
倒されるまで千年生き続け、時には戦争継続もできないほどになったけれど、各種族に大打撃を加えた。
「最後は魔王の脅威にさらされた全ての者たちが結束した。最終戦争を起こし、魔王の討伐に成功するに至る道は、魔王本人が描いた結末だ」
ブラオンは体を震わせて怒りで声が出なくなったようだった。
「結局魔王は世界平和どころか未曽有の混乱期を作り出し、歴史の闇に葬られた使徒となった。国によっては魔王のいた時期千年を、闇の時代と呼ぶらしいぜ」
「千年王国を実現し、誰もなしえなかった広大な領土を併呑した魔王陛下を愚弄するな!」
ため息交じりのアルフに、ブラオンがようやく足を一歩前に出して怒鳴る。
「使徒としての目的も忘れて争いの中心となった時点で、いつ神から罰されてもおかしくない危険な存在だった」
アルフは面倒くさそうに対応する。
ブラオンが張った罠を確かめるために、あの手この手で煽り続けているんだ。
「危険だと!? 魔王陛下は民に平等なお方だった。身分を廃して教育を施し、文字を広め、町を整えたのだぞ!」
「それも魔王一強が大前提で、魔王の周辺だけが美味しい思いをするだけだろ。だいたい、妖精女王の忠告忘れて欲に走った時点で、何を言っても責任は免れ得ない」
僕は心情的にブラオンに賛同はしたくない。
けど、前世の日本を思うと魔王が悪い統治者とも言い切れない気がする。
結果としてアルフの知識にあったように、敵を作りすぎたのが間違いだったんだろう。
「あいつは完璧を求めすぎたんだよ。過程の試行錯誤も、学び取る失敗も、完璧な結果の前では無駄だとな」
「き、貴様! 先ほどから知ったように! 魔王陛下をあいつ!? そこらに歩いてる知り合いのように言うな!」
記憶を継承する妖精だって言うし、きっと魔王が生きていた時代の感覚なんだと思う。
アルフを非難していたブラオンは指を差したまま動きを止めた。
「…………知っているのか? 魔王陛下を直接? 妖精女王? …………まさか、貴様まさか!?」
指を震わせ唾を飛ばしたブラオンは、完全に激怒していた。
「そうであるなら、なおのこと! 貴様が魔王陛下を語るな!」
我慢の限界に達したブラオンは、杖で石床を叩く。
コォーンと音が高い天井に響くと、もはや聞き慣れた駆動音がし始めた。
「なるほど、隠し玉は将軍型か」
床の一部が開くと、そこから見上げるほどの古代兵器が現われる。
アルフが言う将軍型の古代兵器は、見るからに複合体だった。
歩兵のような武器を備え、砦のような硬い装甲を持ち、術師のような魔力回路を積み、騎兵のような突進力を与えられている。
「余裕でいられる相手なの、アルフ?」
「ぶっちゃけ、きつい! 避けろ、フォーレン!」
僕は古代兵器が放つ魔法を避ける。すると、魔法に気を取られてできた死角から、武器で切り込まれた。
人化していても耳はいいので避けられたけど、なるほどきつい。
距離を開ければ突進され、近くまで攻め込んでみても装甲に阻まれる。
あと、地味にミイラ化した死体を粉砕して動くのやめてほしい。
ユニコーンとしてはたぶん思うことはないんだけど、人間の記憶が忌避感を叫んでしょうがない。
「フォーレン、しっかり見て避けろ!」
「死体バラバラとか、嫌なんだよー!」
「わー! まさかここで母馬のこと思い出すのかよ!?」
軟弱すぎると口には出さなかったアルフの気持ちが伝わる。
伝わってしまったアルフはばつの悪い顔をして提案した。
「えーと、攻撃は俺。回避がフォーレン。よろしい?」
「よろしい…………」
変な言葉遣いで確認されたけど、笑う暇さえなく、今度は矢が飛んで来た。
それくらいなら風の魔法で止められるけど、僕は回避に専念する。
人化しても足が速い特徴は残ってるみたいで、床のバラバラミイラさえ見なければ回避はなんとかなる。
ただ、将軍型は連撃が得意なようで、一つの攻撃を回避しても、第二第三の攻撃が襲ってくるんだ。
「どうする、アルフ?」
僕は思い直して心の中で聞き直す。
(まだグライフたちのために時間を稼ぐ?)
(うーん、たぶんまだ)
(けどこのままじゃ、なんか企んでますって顔したブラオンのほうに追い詰められちゃうよ?)
(魔法の構築の気配からして、近づいたら魔術師たちから血を抜いたのと同じ術をフォーレンにかけようとしてるぜ)
(え!?)
それは勘弁して! ミイラになんてなりたくないよ!
「これは、どうだ!?」
僕が嫌がってるとわかって、アルフは属性を混合した魔法を放つ。
今まで装甲で受けていた将軍型古代兵器が、初めて回避行動に出た。
アルフの魔法が掠めたことで装甲は変形し、片腕の槍はなくなっている。それでもまだ動いて反撃を仕かけてくるのだから、かつての魔王の技術力は並ではないんだろう。
「うわ! 小さくて出力少ないにしても、これ効かねぇのか!?」
「ふははは! これぞ魔王陛下のお力だ!」
アルフの焦った声にブラオンが哄笑する。
僕は思いついて飛んできた矢を角で弾き、ブラオンの開いた口に飛ばした。
ブラオンは飛矢にも気づかなかったのに、何故か手にした杖が勝手に動いて矢を叩き折る。
「む!? 小賢しいことを」
「何、あの杖?」
「物理攻撃を迎撃するよう魔法がかけられてるんだろう? だったら、これはどうだ?」
「ふふん、無駄な足掻きよ」
アルフは僕がやったのを真似て、古代兵器が放つ魔法をブラオンに向けた。
余裕で立ったままのブラオンに当たる直前、今度は身に着けた重そうなほどの装飾が反応して空間が歪む。
歪みが直ると、そこに魔法の気配はなくなっていた。
「魔力吸収の魔法だな。よっぽど後ろが大事らしい」
煽るように笑うアルフに、ブラオンは優位を疑わずに鼻で笑った。
「妖精とは無駄口が好きだな。そこのエルフと共にさっさと黙れ。貴様らなどに魔王陛下の復活に立ち会う権利はない」
「うん?」
僕は思わずブラオンに向かって首を傾げた。
聞き間違い、ではないと思うんだけど。
考え込もうとしても古代兵器が邪魔をするし、アルフが僕の髪を引っ張る。
「何、アルフ?」
「あそこ見ろよ」
僕はアルフに言われた方向を、将軍型古代兵器の攻撃を避けるついでに見る。
「もう時間稼ぎは必要ないんだね」
「何…………?」
僕の言葉にブラオンが構えた。
けれどまだその顔には余裕がある。将軍倒されてないからだろう。
だったら、その余裕、剥がさせてもらう。
「アルフ、離れて。もうあれ壊すから」
「はいよ」
アルフが離れると同時に、僕はユニコーンの姿になる。
そして床石を踏み砕く勢いで踏み込み、風の魔法で補助をして一直線に古代兵器へと角を突き刺した。
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