438話:黒から白へ
突然黒いバイコーンになった魔王に、グライフたちは不意を突かれて吹き飛ばされる。
『くそ、いったい何が…………は!?』
アーディに向かって黒いバイコーンが角を向けて突進する。
『避けろ!』
スヴァルトが吹き飛ばされた姿勢で狙いの甘い矢を放って牽制した。
ほんの少し速度が落ちる間に、アーディは母馬の角でバイコーンの角を弾く。
けど殺しきれなかった勢いに押されて壁にめり込むように体当たりを受けた。
『アーディ! ってうわ!』
アルフが心配すると、黒いバイコーンが声に反応したようにアーディから離れて突進してくる。
そこに影が差した。
いつの間にか飛んで滑空して来たグライフが、音もなくバイコーンの背中にアダマンタイトの爪を引っ掛けようとする。
『ち! 避けるな!』
黒いバイコーンは急激に止まってグライフの爪が当たらないようタイミングをずらした。
けど振ったアダマンタイトの爪から衝撃波が発生して、バイコーンの黒い毛並みに傷をつける。
怒ったように前足を振り上げた黒いバイコーンはまた威圧を放ち、ちょうど反転しようとしていたグライフが正面から威圧を受けて落ちることになった。
『貴様ぁ!』
落とされたことに怒ったグライフも威圧の鳴き声を上げる。
合わせてスヴァルトが黒いバイコーンに今度は狙いすました一射を放った。
黒いバイコーンは突風で自分自体を前に押し出して矢をかわし、グライフの威圧の中を走る。
向かう先はスヴァルト。
横に跳んで避けたけど、走り込むバイコーンに掠めたせいで床を盛大に転がって呻くことになった。
『フォーレン! ともかく取り戻すぞ!』
精神世界にいるアルフは、僕と魔王からすでに遠い。
僕たちは四足でお互い競うように草原を走ってるからだ。
追い抜いて後ろ蹴りをしたり、首をぶつけて打撃を与えたり。
今までと違って酷く物理的に見える戦いに移行してた。
「ちょっと、魔王! 魔王!? もう! 暴力装置ってもう話すこともしないって!?」
今までと違って魔王は呼びかけに答えない。
黒いバイコーンはただひたすらに攻撃的な意思が伝わるばかりだ。
「君本当にそれでいいの!? まだやれることあるでしょ!?」
言っても通じない、いや、聞いてる様子がない。
けど攻撃には反応する。
避けられるなら避けるし、致命傷を受けないように反撃もしてくる。
せいsてないけど、体では威圧も魔法も使ってた。
「だったら! ユニコーンらしくこうだ」
僕は魔王の角に自分の角をぶつけた。
なんか本能的にこれ、すっごい喧嘩売ってる気がしたけど当たりだ。
赤い目のバイコーンはさらにいきり立って僕の角に自分の角をぶつけてやり返す。
「うわ!? 思った、より、きつい!」
やってることはチャンバラみたいな打ち合い。
けど響く音が重くて鋭い。
衝撃が角から頭を伝って全身をグワングワン揺らす。
黒いバイコーンも走っていられないらしく、僕たちは草原のただなかでお互いに角をぶつけ合った。
これ角以外に当たったらまずいから気が抜けない。
けど、狙いどおり魔王の足は止められた。
「なんで! こんな! らしく! ないこと!?」
角をぶつけながら聞くけどやっぱり返事はない。
目の前の敵を倒そうという意思だけが滾る獣がいる。
角をぶつけ合う衝撃でお互い角を当てるには距離が開いた。
瞬間、同時に前足を振り上げて相手を蹴ろうとする。
「そういう、ことか!」
お互いに前足をぶつけ合って着地すると、また角を交わす。
「君! あえて! 本能で! 動いてるでしょ!」
僕は馬同士の喧嘩の仕方を知らない。
だから今も本能的に頼ってる。
そんな僕と同じ動きだったら、魔王ももう考えることやめてるんだ。
「本当に! 君は! 諦めたの!?」
神を求めてロケットまで作ろうとして、僕の中に神がいるとわかって乗っ取りを成功させた。
さらに執拗にドアを開けようと試みてる。
僕が見ていた魔王って、そんな諦めがいいタイプじゃない。
というか、諦めきれないから思念だけが復活した状態から、乗っ取りまで成功させてるんだ。
神に会って納得できない答えを聞いて、八つ当たりして、結局何も得られないままで。
そんなことで全てを放り投げるほど甘い相手じゃないはずだ。
「フォーレン!」
アルフが追いついて来たと同時に、魔王の胴体を狙って雷を落とす。
魔王は魔法で防ごうとする間に僕はいったん距離を取った。
本能に頼ってた黒いバイコーンは、防ぎきれずに動きを止める。
魔王だったらアルフが追いついてくるのを計算して反撃してたことだろう。
そんな黒いバイコーンの隙に、アルフは休む暇を与えず今度は足元から岩を叩きつけた。
「グリフォン共が攻撃受けて本気になり出してる! その上、ワイアームの奴も近づいてる! フォーレン、まずいぞ!」
「僕の命がまずいんだね!?」
体のほうでは壁に叩きつけられていたアーディも復活して参戦したようだ。
スヴァルトも覚悟の表情になっちゃってる。
グライフは、うん、最初から優位な上を取ってアダマンタイトの爪引っ掛けようとしてるの変わらない。
アルフはグライフたちが致命傷を負わないように手助けしてるくらいだけど、これでワイアームまで来たら僕すごい不利じゃん。
っていうか、ワイアーム、僕と戦った傷も完治してないっぽいのにさらに毒受けた後にあの悪魔のドラゴン倒せそうなの?
タフすぎない?
「しかもこれ、外に出ちゃったらすごくまずいよね?」
「あ、そうだな。今いるのは俺たちだけだから凌いでるけど、動きの鈍い奴混じればやられる」
黒いバイコーンを広間から出すわけにはいかない。
アルフを先に進めるために足止めしてくれてる仲間まで襲ってしまう。
魔王のこの行動に納得はできないし、何か裏があるんじゃないかって疑いが消えない。
けど悠長に話を聞き出している暇もないようだ。
頭の回る魔王よりも、直情的な黒いバイコーンのほうが敵としてはやりやすい。
「うーん、うーん…………しょうがない。僕もここで死ぬのは違うんだ! 魔王、体は返してもらうよ!」
アルフが足止めのために発生させた火の柱にあえて突っ込む。
オレンジっぽい赤い中に、血のように赤い黒いバイコーンの目がこっちを見た。
火の柱と僕を見据えて、黒いバイコーンは空から風を降下させて攻撃を防ぐ。
けどこっちは二人がかりだ。
アルフはダウンバースト状態の風の流れに大粒の氷を精製して魔王に叩きつけた。
「そんなことされたら本能的に避けるよね!」
そのために体勢が崩れる瞬間を見計らう。
僕はすでに魔王の風によってアルフの攻撃範囲からは逸れていた。
「これで! 終わりだ!」
風に吹き飛ばされたところから、僕は一足飛びに魔王の下に駆け込んだ。
黒いバイコーンは、予想どおり反射的に動いた。
幾つか当たった雹を振り払うように、警戒よりも本能に従って首を振る。
振って伸びた首に、僕の角は真っ直ぐ突き刺さった。
合わせてアルフも風と雹を止めて辺りが一瞬無音になる。
「…………魔王?」
声をかけると同時に角にかかっていた重さが消える。
顔を上げると黒いバイコーンの姿がガラス細工のように砕け始めていた。
怒りの声も上げず魔王は砕けて消える。
まるで中身などなかったかのように、残るものは何もない。
空を覆っていた雲も風が吹くごとにちぎれて薄くなっていた。
「終わった、の…………?」
あまりにあっけなく消えた黒いバイコーンは、もう、なんの痕跡もなくなってしまう。
そんな僕の背後にアルフが草を踏んで近寄って来た。
「いや、まだやることはあるぜ。それでも、まずはお帰り、フォーレン」
アルフが晴れだした空から僕に目を移してそう言ってくれた。
「うん、ただいまアルフ」
「さ、急いで戻ろう。まだ体のほうがヤバいから完全に晴れるの待ってるわけにはいかないし。あの小さいドラゴンが維持してた繋がりからすぐに体の主導権取り返せるはずだ」
アルフを背中に乗せて、僕は天空の城が見える所まで戻る。
そこまで来ると、どうすればいいかはなんとなくわかった。
クローテリアとの繋がりを象徴する雲の切れ間に行こうとしたら、何かが視界の端を掠める。
「あれ、今?」
何かが飛んだ気がして飛んで行った方向を見ると、なんか古墳みたいな丸い盛り上がりがあった。
草に覆われた一部に白い外壁が見える。
もしかしてこれ、あのワンルーム?
「どうしたフォーレン? 急ごうぜ。動きが止まったことで、あいつら三方向から一斉に襲いかかろうとしてる」
「あ、うん。それはまずい」
アルフに促されて、僕が意識を集中すると鳥肌が立つような感覚が起こる。
それが体の主導権を取り返すものだとなんとなくわかった。
そして目を開けたら、背後に極限まで抑えた風切り音が迫ってる!?
「うわぁ!?」
思わず後ろ足を振り上げる。
瞬間蹄に何か硬い物が掠めた。
激しい羽根の音に顔を上げると、グライフが急な方向転換の後僕を見下ろす。
「…………なんだ、仔馬か」
「そんな言い方酷くない!?」
こっちは必死で戻って来たのに!
あと、アルフが咄嗟にアーディとスヴァルトを魔法で妨害してくれてなかったら僕本当に危なかったよ!
せっかく戻ったのにいきなり仲間に襲われるってひどくない?
「ふん、やはりこれは大したものではないな」
僕を仕留められなかったことで、グライフは不服そうにアダマンタイトの爪を見る。
「いや、元は妖精が作ってくれた爪だし、モッペルなんだからその言い方も駄目だよ」
「ち、おい羽虫! 貴様の覗き見癖が移っているではないか!」
「お、俺のせいじゃねぇ! …………たぶん」
グライフは舌打ちするとアルフに向かって文句を言う。
勢いで言い返すアルフの語尾は怪しいけど。
「もう、また」
危ない目に遭わされたはずなのに、元気に言い合う姿を見るとなんだか安心してしまった。
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