436話:ウェベンの寝返り
アルフは僕に直接触れることで精神を繋ぎ直すため魔王と戦っている。
どうやらクローテリアはそれに似たことを名づけという縁でやったようだ。
弱い上に全く戦意のないクローテリアだからこそ、魔王の死角をつけた。
『手応えあったのよ! 本当に魔王に乗っ取られてるくせに生きてるのよ!』
なんかクローテリアが予想外みたいに言ってるのが聞こえる。
ダメもとでやったの?
っていうかアルフがあれだけ生きてるって言ってたのに信じてなかったの?
これってクローテリアが疑り深いのか、アルフを信用してないのかどっちだろう?
「ち、離れろ」
魔王が体でも同じことを言って背中に手を回す。
けどクローテリアは上手く手を避けて魔王の背中にしがみついて逃げ回った。
「なんかこれって」
僕も体を通して背中を這い回るクローテリアを感じる。
「黒い虫が…………」
つい思ったことを言ったら魔王がすごく嫌そうな顔をした。
魔王は片手でアダマンタイトの鎌を振って、体のほうでアルフを牽制する。
さらにアダマンタイトの鎌を背中に回してクローテリアを引っ掛けようと危険なことをし始めた。
なかなか取れないし、ちょっと笑える動作になってしまってるんだけど危ないよ。
「クローテリアいじめないでよ!」
角を構えて精神世界で魔王に突進をかける。
なんか避ける魔王の口元が「誰のせいで」と言ってるように見えたけど、別に本物の害虫がくっついてるわけじゃないんだからいいじゃん。
そうしてクローテリアへの攻撃を妨害したことで、魔王はアダマンタイトの鎌を振り回すことをやめた。
『ご主人さまを困らせるのではありませんよ』
『ぎゃー!? 離せなのよ!』
その隙に、音もなく近寄ったウェベンが両手でクローテリアを引きはがす。
魔王はウェベンとクローテリアを一旦無視。
アルフに集中し、縮められていた距離を突きと共に繰り出す連撃の突風で開かせた。
『ふむ、もう少し大きければ鱗を使ってご主人さまを飾る良いものが作れそうですが』
『きゃあー!? 離せなのよ!』
ウェベンの呟きにクローテリアが悲鳴と共にブレスを吐き、顔に受けたウェベンは燃え上がって灰になった。
その間にクローテリアは飛んで逃げると、ウェベンは当たり前のようにアルフと距離を取った魔王の背後に復活する。
『もちろん、あんな小さき者がおらずとも、わたくしはご主人さまにぴったりの装飾を誂えておりますが』
そんなこと言いつつウェベンは何処からか、細く繊細な鎖を連ねたネックレスを取り出した。
蜘蛛の巣を思わせる繊細な円と直線で構成され、ところどころに魔力を放って光る透明度の高い宝石が小粒ながら存在を主張してる。
うん、全体をよく見ると蜘蛛の八つの目っぽくてちょっと不気味だ。
「うーん、珍しく邪気はないのに僕の趣味じゃない」
「それ以前にあれが作る物には実用性がない」
精神世界でも僕と戦いながら、魔王も厳しい評価だ。
そして体でもアルフを相手に魔法を放つ魔王だったけど、ウェベンは邪魔にならない素早い動きでネックレスをつける。
次の瞬間には一瞥もしない魔王に引きちぎられた。
「あ、勿体ない」
「邪魔だ」
精神のほうで魔王はごみでも捨てるように言う。
けど異変は僕も感じた。
体の至る所に重石を乗せられたような違和感が生じたせいで僕も魔王も精神世界で動きを止めることになる。
「え、何これ? タイミング的にウェベン?」
僕も一緒に動けなくなっていると、魔王が体を動かしてアダマンタイトの鎌でウェベンを切りつけた。
不死身の悪魔は笑顔で鎌を受け、すぐに復活する。
けど魔王はその隙にウェベンから距離を取った。
ただ動きは精神同様、精彩に欠けている。
『なんだ? 四肢に呪具の痕跡があるぞ。おい、魔王。お前フォーレンの体で何やってんだ』
『悪魔の装飾は首につけられた以外は全て目にしただけのはず。…………ち、目立つ邪悪さは囮か』
アルフが困惑するのに目もくれず、魔王は何かに気づいて舌打ちを吐いた。
ウェベンは得意げに羽根を広げて、大袈裟な様子で腰を折る。
『ご明察でござます。わたくしがお作りした装飾はあくまで見せかけ。その本質は視覚から刷り込む呪いでございます。一つ一つは未完成の呪いなので脅威はありません。ですが、すべて揃えば一つの呪いを形作り、記憶に刷り込まれた呪いの形代が結びつき機能するのです』
うわ、性格悪い呪いだなぁ。
しかもそれを魔王から貰った宝石でやってのけた。
『この道化め…………』
『えー? お前何したいんだよ?』
アルフも突然魔王を呪ったウェベンの目的が知れず攻撃ではなく警戒を露わにする。
両者から不信の目を向けられても、ウェベンは笑顔で胸に手を当てた。
『えぇ、道化でございます。道化でなければ神の御心から離れる人間に心から仕えるなどできるはずもございませんとも』
滑稽で皮肉で笑われるような存在。
派手に振る舞い目を集め、できもしない神への回帰を望む道化。
そうであるように作られた、悪魔。
『人間は誘惑に弱く神を裏切りやすい。これではいつまでたってもわたくしは道化として舞台を降りることはできません。人間が相手では最後に抗えぬ罪の象徴として舞台に躍り出なければならない。それはわたくしの望むところではないのでございます』
道化は道化のまま、笑われ大団円で幕を閉じたいのだとウェベンは言う。
『それにわたくしがあるべき場所へ帰るには、その天命をもってわたくしの手に落ちぬ者が必要』
受肉してて死なないウェベンは、本来悪魔がいる場所に帰れない。
殺されても死なないので帰るには悪魔として負ける必要があり、敗北条件は自ら仕える者が死ぬまで堕落しないこと。
『幻象種はわたくしの誘惑に負けぬ者もおりましたが、誰もわたくしをお側に置くことはない。ご主人さまだけ、ご主人さまがようやくわたくしが仕えることをお許しになったのです。それが目の前で内から別の者に横取りされる。あぁ、なんと歯がゆいことか』
ウェベンは一瞬だけ目が本気なるけど、すぐ笑顔で隠してしまった。
『しかしわたくしご主人さまの忠実な従僕。お側でお体を健やかに保つこともまた役目』
そう語るウェベンに、僕はもう呆れるしかない。
「いっそアルフたちに信頼されてないから、大腕振って裏切って、魔王の側に貼りついてたの? それで僕が死なないように守ってたって?」
「何か思惑はあるだろうと思っていたが。碌な者に縁がないな」
ひとの体乗っ取っておいてそれ言う?
『よし、よくわからんがチャンスだな?』
アルフが切り替えたみたいだけど、よくわからんって。
『そのとおりです!』
なんかウェベンも流しちゃうし。
うん、けどチャンスはチャンスだ。
僕は動きが鈍いながら魔王に接近する。
魔王も警戒してアダマンタイトの鎌を振るけど遅い。
僕も足は鈍ってても、馬と人の体格差で無理に体当たりを行った。
「アルフ!」
隙を突いて呼ぶと、何かを感じたのかアルフが魔法で距離を詰めることをやめて煙幕を張った。
正面から風の塊を送り込んでブラフをかけ、横が本命かと思ったらウェベンが現われる。
アルフはブラフにした風の塊の下の煙幕から立ち上がった。
『フォーレンは返してもらうぞ!』
アルフの手がアダマンタイトの鎌を持つ魔王の手を掴む。
瞬間、精神世界を覆っていた雲が空中の城を中心に追い払われた。
「フォーレン!」
「アルフ!」
空中の城からアルフが飛び出してくる。
僕は魔王と距離を取ってアルフの下へ駆け寄った。
その間に体のほうでも異変を感じる。
激しい衝突音と共に、魔王がいた広間の扉が歪んだ。
よく見れば、歪んだ扉の隙間からはガルグイユのひび割れた頭が飛び出してる。
『ふん、硬いばかりで面白みもない』
『貴様、グリフォン。その爪、規格外すぎるぞ』
『二人とも、やりすぎだ。扉が歪んで開かないのだが』
ガルグイユを相手にしてたグライフ、アーディ、スヴァルトの声が扉の向こうから聞こえた。
『何? 面倒だ。扉ごと吹き飛ばしてやろう』
『もとはと言えば鳥目のくせに屋内で戦いひとの足を引っ張った末に』
『今は押さえて。先ほどまで響いていた激しい戦闘の音が途切れてる。何かあったはずだ』
そう言うスヴァルトの声を掻き消すように、歪んだ扉が激しい音を立てて破壊される。
蝶番ごと壁を破壊して取り外された扉の向こうから、グライフが素早く広間の中へと飛びあがった。
その広間の真ん中ではアルフと魔王が腕の引き合いをしてる。
アルフも精神世界とは別に体を動かせるみたいで、目も向けずに乱入した仲間に叫んだ。
『早すぎる! 元気有り余ってるなら一回他の奴ら手伝って来い!』
『貴様が遅すぎるのだ、羽虫! どけ! 俺が止めを刺してやろう!』
『どうやらまだらしいな。だがそのまま押さえておけ。一撃で終わらせてやる』
グライフは爪を構えて旋回。
アーディも母馬の角を芯にした銛を握り直す。
スヴァルトだけが動かないウェベンを警戒してるんだけど、本当に殺意高すぎて仲間が助けに来たって気がしない!
「せっかくフォーレンの無事確かめたのに! このタイミングで邪魔しに来やがって」
「うーん、助けに来てくれたって言えないのがねぇ。殺す以外に助かる方法あるって、アルフ言ってよ」
「言っても聞かないって。殺ったほうが早いって言うぜ、あいつら」
精神世界で合流したアルフと、こんな不毛な意見交換することになるなんて。
いちおうアルフも体のほうを使って言ってみてくれるけど、やっぱり返ってくる答えは予想どおり。
「僕、被害者なのにぃ」
「厚顔無恥か」
出方を考える様子だった魔王に突っ込まれる。
いや、君が言うのは酷いよ。
「ヘイリンペリアムで、こうして敵に躍り出たの君じゃないか」
「命を狙われるのは今さらだろう」
「う、否定できない」
「フォーレン、体のほうは俺がやられないように気を使うから、まずは取り戻すことに集中だ」
アルフに言われて僕は魔王に向き直る。
うん、諦めてないね。
「しょうがない。さぁ、第二ラウンドと行こうか」
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