430話:こちら側
アルフたちから引き離されたランシェリスたち姫騎士は、突如現れた骨の戦車隊に襲われていた。
すでに戦った後のような傷だらけの箱型の車体を操るのは、人骨に似てる。
けど星のように突起のある頭蓋骨の持ち主で、どう見ても人間じゃない。
戦車を牽く二頭の馬は骨だけど、生前の習慣か羽根を使って空を飛んでた。
「炎の矢を防げ! 戦車に轢かれるな!」
ランシェリスたちは完全に分断されて苦戦を強いられている。
追って来た悪漢たちはとっくにやられてるのに、空飛ぶ戦車に囲まれてアルフたちの所へ退けない状態だ。
機動力が違うし見たことない幻象種は炎の矢を上から振らせて来るから厄介、っていうか羽根の生えた馬ってもしかしてペガサスかな?
骨、馬っぽいけど、生前本当に馬だったかはわからないなぁ。
「どうかしら? これはペルンと呼ばれる幻象種で、かつて周辺を治めていたそうよ」
「ヴァシリッサ!?」
勝利を確信して姿を現したヴァシリッサ。
ランシェリスもペルンの戦車から仲間を守るのに必死で確保に動くことはできない。
「羽根の生えた馬もペルンの戦馬と書き記されているだけで、幻象種なのかそういう生物だったのかわかっていないの。だってここにある骨しか残っていなかったのだもの」
「これ以上の死者の冒涜はやめろ!」
「ほほ、幻象種相手にもお優しいこと…………反吐が出るわ」
かつて治めたペルンが骨しか残っておらず、今ここに今住んでるのは人間だけ。
滅ぼした側が何を言うとヴァシリッサは吐き捨てた。
それはわかるけど、ヴァシリッサの顔には嗜虐が浮かんでるから、たぶん本気で責めてるんじゃなくて、姫騎士を嘲笑うためだけに言ってる。
ペルンの衰亡なんてどうでもいいんだろう。
「悪心に満ちた人間なんかを救おうだなんて身の丈に合わないことをするからこうして誘き出されるのよ。ほぉら、あなたたちの聖心なんて大多数の悪心に対してなんてちっぽけなのかしら」
死んだ悪漢から黒い気体が溢れ出す。
それは地面に溶け込んで沼のような悪意を具現化させた。
炎の矢を避けて悪意の沼に足を踏み入れた一人の姫騎士は、瞬く間に膝まで沈んで抜け出せなくなる。
その上精神的な攻撃効果があるらしく、沼にはまった姫騎士は苦しみ暴れ出した。
「祓え! 足を踏み込むな! 守りを固めろ!」
「ほほ、そんな時間稼ぎをしても苦しみを長引かせるだけだというのに。さぁ、生きながら焼き殺されるのと、燃えるような悪意に内から焼き殺されるの、どちらがお好みかしら?」
ヴァシリッサは勝利を確信して笑う。
けどランシェリスももう耐える必要がなくなったことを知って笑い返した。
「あぁ、全くだ。もう時間稼ぎはいらない。あれだけの者たちが集まっているのに、よくも餌に食らいついてくれた」
「なんですって!?」
ランシェリスはマントの下に隠してたグリフォンの羽扇を取り出すと、大きく腕を振って上空の戦車を吹き飛ばす。
風の行方を追って空を見たヴァシリッサは、異変が起きていることに気が付いた。
「いつの間にこんなに厚い雲が!?」
空は薄暗いくらいの曇天、暗い台地には響き渡る三つの遠吠え。
ヴァシリッサが大きく身を震わせて振り返ると、そこには三つの首を持つ冥府の番犬が姿を見せた。
「ケルベロス!? そのために日の光りを隠したのね!」
「シシャ、ウバウ、テキ!」
悪魔に対しても同じことを言って襲ったケルベロスは、一足でヴァシリッサに迫る。
けどヴァシリッサが影に潜るほうが早かった。
「ユニコーンの嗅覚と、どちらが上なのだろうか?」
ランシェリスが呟きながら視線を向ける先で、ヴァシリッサはひたすら逃げてケルベロスは地面を這うように後を追った。
ヴァシリッサは影の中を素早く移動して一つの小屋の残骸へたどり着くと、息もつかずにそこから地下室へと逃げ込んだ。
同時に地下に溜まった邪悪な力を使って地上に悪魔を呼び出し、ケルベロスの足止めにぶつける。
まぁ、こうして僕が見えてるってことはアルフにしっかり追跡されてるんだけどね。
ケルベロスに追われたという恐怖からか気づけていないようだ。
いきなり呼び出されて目の前にケルベロスがいる悪魔が可哀想なだけだった。
「やれやれ、鼠の巣穴らしいと言えばらしいが、少々手狭だ」
「誰!?」
逃げ込んだ地下で別人の声を聞き、ヴァシリッサが声を上げる。
同時に天井が破壊された。
地下の屋根や石積み毎大きな三つの口で引きはがしたケルベロスの仕業だ。
なんの悪魔だったかも主張できず、ヴァシリッサに召喚された悪魔は秒殺されたらしい。
ヴァシリッサが状況を飲み込めない内に、地下の四方にはそれぞれ影が差す。
「久しぶりだな、ヴァシリッサ」
「エルフの国ではどうも」
手に弓を番えたブラウウェルとユウェルが一方から弦を引き絞って声をかける。
隠さない敵意に射抜かれながら、それでもまだヴァシリッサには脱出を考える余裕があった。
「まさかまた会えるとは思わなかったぜ」
「逃げるならば逃げてみせよ。今度は逃がさん」
けど続く声に顔が引きつる。
ヴァシリッサに捕まってエルフの国に行ったロベロと、一度逃げられたグライフが別の一方に現れていた。
「話しには聞いているわ。森で私を殺した流浪の民を逃がしたそうね」
髪の蛇が威嚇するメディサも別の一方を押さえて声をかける。
そう言えば、森にいたヴァシリッサとメディサは会ってないんだっけ。
あの時ヴァシリッサが邪魔しなければトラウエンを捕まえられんだし、メディサからしてもヴァシリッサは敵対者に違いない。
「実際こうして顔を合わせるのは初めてだな。俺の友達が世話になったみたいだが、覚悟はできてるか?」
そして残る四方の一角でアルフがヴァシリッサを見下ろした。
囲まれてる中、ヴァシリッサはようやく目の前の相手を確かめることを思い出したようだ。
そこにいたのは元人間のヴィドランドル。
白骨の顔に、ヴァシリッサは本当に震え上がった。
「上空に、いたはずじゃ…………」
「地におらねば術に影響されまいと高をくくったか。我が盟友の上に案山子を乗せた甲斐もあったものだな。なぁ、鼠」
ジッテルライヒの地下で、ヴィドランドはヴァシリッサを知っていた。
包囲されて力量差も明白な中、それでもヴァシリッサにはまだ逃亡を諦めた様子はない。
その不屈だけは評価できるとは思うけど。
「まだ私には魔王から下賜された兵器が!」
どうやら奥の手があるようだ。
上にいたアルフたちが何かに気づいたように同じ方向を見た。
「砲撃だ! 実弾に魔法纏わせてある! 避けろ!」
アルフが叫ぶと全員が動く。
そう言えば魔王が宝物庫から出した武器の中に見るからに大砲があったけど、見たままだったらしい。
ただし密集したところに撃ち込まれてるからヴァシリッサも危ないはずなんだけど。
「ほほほほほ! 全て吹き飛ばされてしまえ!」
うわ、自爆か!
グライフとロベロはすぐさま真上に飛ぶ。
ケルベロスは三つの首から火炎放射で砲撃を減衰させようとした。
その間にメディサ、ブラウウェルとユウェルはケルベロスの下に退避。
アルフは冷静に攻撃の質と威力を推し量ってケルベロスの下へ向かうようだ。
「そのままだとお前も大怪我するぜ。本性に戻れ、ケルベロス!」
アルフがそう命じた途端に、ケルベロスの毛の下から鱗が生え、角が生え、牙も大きく伸びて凶悪な姿になった。
そしてケルベロスの変化が終わると同時に着弾し、暗い中で大きな振動と衝撃だけが伝わる。
「…………ほほ、素晴らしいわ!」
僕が見られる画面の別窓に映るのは、吹き飛んだ土砂の積もった地下から這い出て来るヴァシリッサ。
中心だったはずなのに無傷なのは、どうやら魔王が与えた大砲の性能で使用者の周囲だけは攻撃範囲に含めないためらしい。
その証拠に這い出したヴァシリッサの真後ろには無傷のヴィドランドルがくっついていた。
「さて、まずはこちら側へ来てもらおう」
「え? か、は…………?」
力の余韻に浸ってたのに、容赦なく冷淡な声が告げる。
同時に背中からヴィドランドルがヴァシリッサの心臓に骨の手を差し込んだ。
衝撃に驚き、慌ててヴィドランドルから離れたヴァシリッサ。
けどヴィドランドルの手に握られた肉塊を見て顔に恐怖が貼りつく。
「わた、私の心臓!?」
「さて、不死者になった気分はどうだ?」
「返…………!」
「鼠は大人しく地を這え」
冷淡なヴィドランドルの命令に、ヴァシリッサは押しつぶされるように這いつくばる。
「な、にが!? げぇ…………!」
口に土が入るのにヴァシリッサは立ち上がれない。
その間にケルベロスの下からアルフたちが出て来た。
上空ではグライフとロベロが、地を這うヴァシリッサを眺めている。
「魔術師どの、ヴァシリッサを使役できたのか?」
「使役!? この私を!?」
ブラウウェルの言葉でヴァシリッサは自分の状況を理解したようだ。
「この場は悪心を持つ者が死ぬと即座に地に施された術に囚われ不死者と化す。その権能は今や我が手にある。となれば、術者でなくなった鼠も辿る道など想像がつくだろう」
「誰が、使役なんか! 私は私のためだけにあるのよ!」
「うるさいぞ、鼠。我が許すまで口を閉じよ」
抵抗しようとするけど、ヴァシリッサはもはや逆らえず歯ぎしりするだけ。
そんな見苦しい姿を見下ろして、ユウェルは事務的に声をかけた。
「あなたには聞かなければいけないことがあります。少なくとも、私の教え子たちが無事戻るまで決して解放されないことを覚悟してください」
その宣告にヴァシリッサは屈辱に体を震わせる。
けれどもう声に出すこともできず、ただヴィドランドに使役されるしかない。
今までどおり逃げるには、社会という隠れ蓑を破壊してしまった後だ。
この場には逃げむ場所などもない。
ヴァシリッサは魔王側についた時点で、もっと逃げ隠れすることを優先しなければいけなかったんだろう。
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