429話:鼠の隠れ家
他視点入り
「ふふ、ふふふ。こんなに楽しくていいのかしら?」
私は白い髪を背に払って嘯く。
あぁ、楽しい!
ヴァーンジーンの下を離れて自由を手に入れたのがこんなに楽しいなんて!
これまでも自由にしていたつもりだったけれど、自分で思う以上に窮屈を感じていたみたいね。
「そう、力を思うとおりに振るえる開放感。幼い頃に覚えたあの快感を忘れていたのかもしれないわ。あの悪魔も争い好きなお蔭で束縛はしてこないし、ふふ、これからは誰をおもちゃにしようかしら?」
私を借りたライレフという悪魔は、人間同士を争わせることを喜びとしてヘイリンペリアムを精力的に乱している。
私は争いに乗り気な悪魔を呼び出しライレフの下へ送り込むため、受肉を助け、配置される場所に悪魔を強める結界を設置して回った。
短期間で悪魔はその力を十全に発揮できるのだから、私をわざわざ襲う者もいない。
思いつきで魔王配下に下った者たちを狙っても文句も言われない。
逆に悪魔には少し手を貸しただけで面白いものが見られる。
「あの子供好きの悪魔のいた街はとんでもないことになったわね。子供を差し出す親と、差し出された子供の殺し合い。ふふふ。結局はどちらも食べられるのに」
私を生んだ女を陥れた時を思い出す愉快さだった。
醜悪で矮小な人間の生き汚い姿は、憐れすぎて笑いが込み上げる。
「子を親が…………あの双子も、結局はあの悪魔に食べられるのかしら?」
争いの悪魔を召喚した双子は、どう見ても手に余っている。
何か対処しようと動いているらしいのは知っているけれど、争いの悪魔ももちろん承知の上なのだから、今さらあの双子が逃げられるとは思えない。
「その時はぜひ見せてほしいけれど。あの双子も悪魔もユニコーンに目をつけられるくらいには敵に把握されているもの。近づくなんて下策ね。私は役目を果たしながら、楽しみつつ機会を待ちましょう。まずはやられた悪魔の補充ね」
ヘイリンペリアム奪還を謳う軍が北上し、ちまちまといくつかの街を解放した。
その際に悪魔と戦い被害が出ているので、悪魔が倒されたところでこちらは黒字だ。
「血を流して倒した悪魔が、もう一度投入された時の顔が見ものね。悪魔の根幹に通せる攻撃なんて人間はできないでしょうし、再召喚は容易。けれど、もうひと遊び欲しいわね」
人間相手には余裕の防衛。
けれど森の者たちには上手くいっていない。
魔王に自ら膝を折り、魔王の宝物庫から武器を下賜された五人衆が破れている。
しかも中にはほとんど的に被害を出せずに敗れた者もいるほど。
あのユニコーンの仔馬を従えていた妖精王には、いったいどれだけ規格外の戦力がいるのかしら。
「あの鼻の長い巨大獣人を手中にできれば、敵味方の中を暴れさせたのに。妖精は無理でも獣人なら死体を操って妖精王に嗾けることもできたわ」
もし巨大獣人を倒しても、中に悪魔召喚の術を忍ばせて即座に強力な悪魔と連戦、そういう構想だったけれど、森の獣人に気づかれてしまった。
「せっかく私自身があんな獣臭い所へ行って匂いに馴らさせたというのに。本当に森の者には常識が通じないのだから」
獣人に獣人をぶつけ、同族同士で潰し合えなんていい趣味をしている命令だったのに台無しだ。
エルフやドワーフの軍は一度見られているので避けたけれど、どうやら同じ魔王軍にいた者同士の戦いとなり素敵な愁嘆場だったようだけれど。
残念ながらその時私は近くにはいなかった。
ライレフの使い魔を経由して情報を得た時には悔しくて仕方がなかったほど。
ここは何か気晴らしになる素敵な苦悶と屈辱を見たいわ。
「そう、せっかく隠すことなくこの力を振るっていいのですもの。破滅願望があるように見えて、なかなか力を振るう機会はくれなかったあの方とは違って」
折角ヴァーンジーンの手から逃れたのだ。
天罰を受けるなんて真面目に言えるあの上司につき合う気はない。
「私は神の手からせ逃れてみせる」
ほどほどに働いて争いの悪魔を満足させ、私も楽しむ。
逃げるならきちんと時期を見て、首都に敵が到達するようなことになれば逃げ時だ。
どう転んでも事態は動くのだから隙はできる。
「魔王の力は本物。そんな方の近くなんて、私のようなか弱い存在ではとてもとても」
私は誰にともなく弱者のふりをして嘯いた。
ヘイリンペリアムから逃亡可能な場所で働いているふりができれば好機はくる。
今は悪魔に使われつつ、ほどほどに成果を上げなければ。
「そうね。港なんてどうかしら? 人間たちは必ずそこを押さえに行く。港湾都市に敵が解放を目的に入ったところで海に悪魔を召喚して…………」
今後のためにも使おうと思っていた港が悪魔の住処になれば、人間たちはどれほど驚き、どれほど己の徒労を呪うだろう。
「ふふ、ふふふ。あぁ、楽しみ」
先の計画を立てながら、誰にも見られず移動するのは首都前の穢れた地。
放っておいても広がる不死者の群れはいいできだ。
「悪人を引き寄せる土地の形成なんてふざけた術、提供してくださったことには感謝をしなくては」
ヴァーンジーンの所属する秘密結社が作った秘術であり、あらゆる負の感情を食虫植物のように招き寄せる土地を作る。
広範囲が酷く穢れ、不死者が発生し悪魔召喚に適した土地となるため秘されたとか。
本来一カ所に穢れを集めて祓うためだけれど、今は私が有効に使わせてもらっている。
「あら?」
私が陣地とする土地に入ると異変が起きていることがわかった。
戦っている者がいるようだ。
生者と、よくわからない…………これは物質体以外の生き物かしら。
「こんなに早く首都に到達しようという者が? …………あれは、傷のグリフォン! 妖精に囲まれているあれが、妖精王?」
代理は見てたけれど本人は初めて。
森に行った時に同じ線上にいたはずだけれど、見る余裕などない逃走戦だった。
影に隠れて窺えば、溌剌とした美丈夫である妖精王は、少女と見紛うユニコーンとは対照的な外見だ。
「姫騎士はずいぶんと妖精王にも気に入られているみたいね。ふーん、目の前の不死者を一掃して首都を目指すつもりなの」
首都を前に揃った者たちが力押しで道を作ろうとしてるようだ。
姫騎士の近くには悪心を持って付近に来ていただろう悪漢たちが捕まっている。
「…………いいじゃない」
姫騎士はできる限り土地を浄化しようと無駄なことをしている。
そしてそれを眺める悪漢の悪心は衰えていない。
強力な人外たちは前進に注力して姫騎士の動きに注意を払っていないように見える。
「この土地にいる限り私の気配は紛れる。地下の主もドラゴンの上で土地には触れていていない。ふふ、こんな好機見逃せないわね」
狙うは姫騎士。
首都を前に斃れたと知ったら、あの上司の笑顔は少しでも崩れるだろうか。
今から想像して笑いが漏れた。
首都前のゾンビ地帯がすごいことになってた。
上空からはグライフ、ロベロ、フォンダルフたちが滑空してはゾンビを引き裂く。
干物ドラゴンはその合間に上からブレスで広範囲のゾンビを焼き払った。
怪我を理由に人化して動かないワイアームの代わりに、アーディと一緒にゾンビを水流で押し流すのはこの辺りのドラゴンの一種らしいヴルム。
「派手にやれー」
アルフが周りの妖精に声をかける。
ボリスが焼き払い、ニーナとネーナが風で転がし、シュティフィーは太い蔦で巻きつけへし折る。
ロミーが水の銛で突いて回り、フリューゲルはガウナとラスバブと協力してゾンビを深い穴に落としていった。
魔女たちが設置した魔法のサークルに入るとゾンビは砂になるし、スヴァルトたちは確実に背骨を矢で折って動けなくする。
「人間だけだと早いんだろうけど。幻象種混じってるの面倒だな」
そう言ってアルフが上空を見ると、いつの間にか巨鳥ガルーダのゾンビが現われてた。
良くいるな、この幻象種。
ユニコーンと生息域近かったはずなのに。
飛べる分こっちに逃げて来てる個体多いのかな?
他にも骨になってる飛竜も現れてた。
「げぇ、男も女も関係なく骨がつぎはぎされてるじゃねぇか!?」
「この手の死に戻りの魔物は南にもいたが、ずいぶん大掛かりな」
ロベロが喚くとフォンダルフが珍しそうに眺める。
グライフは辺りを見て鳴き声を上げた。
「ふん、どうやら鼠が現われたようだ」
明らかにアルフたちに向かってゾンビが集まって来てる。
しかも強そうな幻象種を先頭に。
うーん、こういうゾンビ映画とかゲームとかあったなぁ。
ただ迎撃する側も人間じゃないからハラハラはしない。
「さて、そろそろこっちが消耗したとみて動くか?」
アルフの予測は正しく、ゾンビたちの中で変化があった。
激しい騒音を立てて骨が集まると、見る見るうちにドラゴンほどの大きさに山となった。
そこから巨大な骸骨が立ち上がり、人骨に限らず骨の集積でできてる巨人が三体現れる。
「ぶるわぁばばばば!?」
「あばぼぼぼぼぼぉ!?」
「えへぇはへへええぇ!?」
同時に捕まえてた悪漢が突然奇声を上げて、完全に目がいっちゃった。
「どうした!? 待て! お前たちそちらは危険だ!」
ランシェリスの制止を聞かずに骨の巨人から離れるように走る悪漢。
向かう先は一時的にゾンビがいなくなってるけど、ゾンビ地帯の真ん中だ。
「追うぞ! 馬は置いて行け!」
ランシェリスの号令に姫騎士が走り出す。
骨の巨人と戦うアルフたちから離れて、悪漢を保護しようとしてた。
強敵を前に動けないアルフたち種戦力と、そこから離される姫騎士たち。
さて、ここまで計画どおりだ。
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