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44話:悪魔の守る扉

他視点入り

 まさか教会内部で悪魔に出会うとは!

 シェーリエ姫騎士団団長である私ランシェリスは、受け入れがたい現実に剣を抜きながら歯噛みした。

 そんな抵抗の姿勢に、山羊顔の悪魔は鋭利に尖った歯を剥いて笑う。


「全員防御、退避姿勢!」


 私が命じると同時に、廊下のただ中で待ち受けていた悪魔は五つの火球を放った。

 瞬間、一番近くにいたユニコーンのフォーレンが角を振って、なんなく二つの火球を半分に割る。

 するとその後ろにいた姫騎士たちは顔の前に手を翳すようにして指を伸ばし、指輪型のマジックアイテムを発動した。


破邪環フィールドリング!」


 指輪をつけた手に魔法の盾が現れ、火球の残骸から身を護る。

 その間にグリフォンは風の魔法で火球を一つ掻き消した。

 私はフォーレンを見習って、同じように火球を剣で切り裂いて威力を殺す。

 残った一つは狭い廊下ながら姫騎士たちが上手く避けた。


 無傷の私たちを見て、悪魔はさらに歪んだ笑みを深める。


『とんだ狂人に召喚されたと思えば、遊び甲斐のある良い餌場よ』


 悪魔が独自の言葉で何かを言うと、フォーレンは胡乱な顔でグリフォンを見た。それで何か通じたらしくグリフォンは嘴を開いて威嚇する。


「あら、幻象種には悪魔の言葉がわかるの?」

「そうみたい。僕たちのことを餌って言ってるんだ」

「まぁ、怖い。だったら必死に抵抗しなきゃ、ね!」


 ローズが腰の後ろに隠していた鞭を抜いて振る。あれは私が持つ聖剣と同じように、代々シェーリエ姫騎士団の副団長に伝わる縛魔鞭ヴィランスレイヤー

 悪心を持つ者ほど逃れられない鞭で、巻きつけば暴れるほどに食い込み、避けても悪心を持つ限り逃れられない。


『こんなもの』


 鼻で笑って弾こうとした悪魔の腕に、鞭は意志を持つように巻きついた。

 精神体である悪魔さえ捕らえる、シェーリエ姫騎士団の主力武器でもある。


「よし! 第一隊、魅了籠手チャームガントレットを使用せよ!」


 私の命令に応じて、姫騎士の一部が籠手を撫でる。途端に、悪魔の目はその姫騎士たちから離れなくなった。

 魅了にかかって、自分を捕縛するローズを攻撃しようという意識が散漫になっているのがわかる。


「第二隊、聖封縄ホーリーバインド投擲!」


 続く命令に、エイアーナの地下水道でも投げた縄が飛ぶ。

 だが、これは悪魔の体をすり抜けてしまった。

 このことで、悪魔が受肉もしていないことが確認できた。

 悪魔が無闇に魔法を飛ばしても、第三隊が指輪の魔法盾で仲間を守る。


 私は確かな手応えを得て、フォーレンに言った。


「ここは任せて、先に行ってくれ!」

「今なら僕の角で突けるけど?」


 なんの悪気もないから困ることがフォーレンにはある。

 答えに詰まった私にローズが援護を送ってくれた。


「あなたたちの目的は悪魔じゃなく、ダイヤの奪還。私たちはこういう奴を野放しにできない性分なのよ。知ってるでしょ?」


 ローズは悪魔と鞭の引っ張り合いをしながら私に片目を瞑って見せた。


「わかった。先に行かせてもらうね。グライフ、乗せて」


 フォーレンの一言で、アルフと名乗る妖精が少女と見紛う細い肩に乗る。

 グリフォンは不服そうに唸ったけれど、フォーレンを振り落とすことなく走り出した。

 ユニコーンがグリフォンに跨る…………。目の前の光景が特殊事例なだけで、これが普通だと思ってはいけない。

 私はそう自分の心を落ち着けた。


『抜けられたか。まぁ、良い。獣臭い獲物より、こちらのほうが美味そうだ。邪魔な獣がいなくなって好都合というもの』


 何を言っているのかはわからないけれど、碌でもないことだけは伝わった。

 だからこそ、私は湧き上がる闘争心のまま笑みを浮かべる。


「全く、好都合なことに程よい獲物が手に入るなんて」


 私の言葉に悪魔が不快そうに目を細めた。

 どうやらこちらの言葉を理解しているらしい。

 それならこの溜まった鬱憤を聞いてもらおう。


「受肉もしていない精神体で、種のわからない攻撃をするわけでもない。魅了が効いて、魔法武器も有効。なるほどなるほど。さてそれでは、我らを守るこの純白を穢せるかな?」


 私は鎧の下に纏う、白い修道服の袖で拳を覆い、悪魔を殴りつけた。


『ぐふ!? な、何故、精神体の我が身を人間が?』

「どうやら我らシェーリエ姫騎士団と相対する経験がないと見える。これは銀絹衣シルバーシルクと呼ばれる対悪魔装備だ」


 私の言葉と同時に、第三隊が魔法盾とは反対の手で拳を作り、銀絹衣で覆った。


「散開せよ!」


 私の命令に応じて、第三隊は悪魔を取り巻き、指輪をした手を額に広げ、もう片方の手を胸元に構えていつでも悪魔の反撃に備える。


破邪環フィールドリング連結リンク!」


 第三隊が揃って声を上げると、指輪同士が魔力で繋がり、魔法盾が積み上がるように悪魔を包む結界を生成した。

 結界の中には、悪魔と私とローズだけ。


「私たちも騎士なの。功名心はあっても隠すけど、戦う意義を見失わない限り、闘争心を満たすことは許されるはずの立場なのよ。なのに、この欲求不満の日々!」


 逃げられない結界の中で、ローズは一度悪魔から鞭を外し、苛立ちのまま床を打つ。


「…………攻撃も通じない、魅了も通じない、おかしな顔ぶれで徒党を組んで、こっちの立場を推量して行動を決めるなんて!」

「ローズ、気持ちはわかるけど、それはフォーレンに言うだけ惨めになるわ」

「わかってるわよ。だからこうして絶好の獲物を譲ってもらったんじゃない」

「あぁ、そうだな。私たちが日夜鍛えた技が通じる。なんと喜ばしいことか。特殊性もなく、単体で挑むその愚かさが!」


 ローズを窘めた私も、ようやく力を振るえる敵を前に、高揚しているようだ。


「惜しむらくは、私たち騎士団と同数が欲しいくらいね、ランシェリス」

「全くだ。…………だが悠長にはしていられない。私たちが自信を取り戻すため、消えてくれ!」


 敵に飢えた眼光を突きつけると、悪魔が身震いしたのは、きっと気のせいだったのだろう。






 僕はグライフに跨って先を急いでるんだけど、なんかグライフの耳がずっと後ろ向いてる。置いて来た姫騎士団を心配してる…………なんてことはないか。


「皆さん! この先に扉があります」

「けど大変! 悪魔が五十くらいいて守ってるよ」


 いつの間に先行していたコボルトのガウナとラスバブが、天井からグライフの上に降って来た。


「ふむ、確かにいるようだ」


 グライフの言葉に廊下の先に目を凝らすと、暗がりに光る幾つもの黄色い目があった。


「こりゃまた、気合い入れて召喚したもんだ。下級の悪魔にしてもこの数はちょっとすごいぞ」


 アルフにそんな説明をされながら、僕はグライフの上から飛び降りる。

 近づく僕たちに、悪魔たちも警戒気味に身を起こした。


「ねぇ、同じ精神体なら対話でどうにかならないの、アルフ? 確か悪魔の知り合いいるって言ってたよね?」

「いや、俺が知ってんのは名持ちネームドだから」


 アルフの何気ない一言に悪魔たちは戦く。


「なんだ、まだ名持ちネームドの悪魔など生き残っておったか。まぁ、こんな雑魚は倒して進むが早かろう」


 今度はグライフの言葉に悪魔たちは奮起した。

 やる気になっちゃったじゃん、もう。


「姫騎士団のためにも、全部倒して行ったほうがいいよね」

「いや、そうでもなさそうだ」


 そう言って、グライフは今来た廊下の向こうに耳を向ける。


「己らと同数なら歓迎のようだぞ」

「歓迎…………?」


 僕がそう呟いた途端、悪魔たちは待っていられなくなったらしく、魔法をそれぞれが放ってきた。


「アルフー」

「ほいほいっと」


 さっきは古代兵器のほうに気を取られて悪魔の魔法への対処が遅れたアルフだけど、今度は僕の肩から百以上の火球を打ち消した。

 アルフより魔法の腕が良い悪魔はいないらしく、悪魔たちは魔法が発動しないことに驚きを隠せない。


 グライフは羽根を大きく打ち振って悪魔たちに風を叩きつけた。


「仔馬、お前も本性に戻れ。どうやら悪魔が詰まってるだけで扉まで障害はないようだ。走り抜けるぞ」


 様子を窺っただけのグライフだけど、悪魔の一部は風に負けて転がってる。

 仰々しい格好の割に強くない悪魔だったみたいだ。


「じゃ、もう扉ごと破壊して一気に乗り込もう」


 僕はそう応じて人化の術を解いた。

 ユニコーンの姿に戻った瞬間、それまで何とか反撃しようと前のめりになっていた悪魔が一斉に引いた。


「えー…………? 悪魔のくせにユニコーン怖いの?」


 思わずそう言ったら、怒りを戦意に変えた悪魔が殺到してくる。


 ちょっと足止めを受けてしまったけど、僕たちは悪魔の群れを蹴散らした。勢いのまま廊下の奥の扉にそれぞれ攻撃を加える。

 角と爪で両開きの扉の片側ずつを破壊して、開き切らないところにアルフの魔法が炸裂。

 派手な轟音とともに、僕たちは工房へと到達したのだった。


毎日更新

次回:魔王崇拝者

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