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426話:愛ある争い

他視点入り

「トラウエン! 五人衆が全員やられたわ!」

「なんだって!?」


 人々が息を殺すヘイリンペリアム首都で、ヴェラットが部屋に飛び込んでくる。

 手に握っている紙を僕に渡して内容の確認を求めた。


 ライレフが貸し出した使い魔が持ってきただろう暗号文には、確かに戦況を監視していた同朋からの報告がつづられている。


「獣人たちは代表者による決闘で敗北の上、大多数が抵抗もせず降伏? つまり、大した被害も与えていないのかい?」

「それだけじゃないわ。あちらに被害と呼べるものを与えたのは吸血鬼を頭にした幻象種の連合くらいよ」


 南の山脈を越えてやって来たエルフとドワーフの軍を相手にずいぶんと奮闘し、暗号であっても激闘が行われた様子が書かれている。

 そして吸血鬼は森のダークエルフと激しい戦闘を行い敗れ、エルフとドワーフにそれなりの損害を与えたようだ。


 他に敵への損害と言えば悪魔を取り込んだ魔術師が、ワイアームという魔王と戦ったと記録に残るドラゴンに痛手を負わせた程度。


「それでも、妖精王は無傷で進軍を続けている、か」

「他の五人衆を撃退した傷のグリフォンもゴーゴンも無傷よ」

「あのユニコーンがいなくても、化け物ぞろいすぎる」

「せめてジッテルライヒの北の国にもっと同朋を潜ませておければよかった」

「人間が主体の軍は別れたというのに妖精が助けてる。潜んで近寄っても、同朋の偽りは看破されるだけだ」

「まさか妖精の数を絞った妖精王にさえ届かないなんて。森に向かわせた者たちからも、はかばかしい報告はないわ」


 妖精王の後背を突くために、制圧した北の国々の軍を再編して国内の人間を人質に暗踞の森へ侵攻させた。

 内乱の国を避けて南下までは良かったけれど、何故か妖精王にやられたオイセンがエフェンデルラントと組んで、南下する軍に抵抗を行ったのだ。

 さらに南のアイベルクスやジェルガエからも救援があり、結局森へは近づけないまま。


「それに森へ少数で火付けに向かった者が、雷に打たれて死んだそうよ」

「雷? ただの不運というわけではないんだね」

「えぇ、森には天の力を使役する何者かがまだ伏せている」

「妖精王を襲っても出てこなかったのに、か?」


 森は人間の領域ではないので底が深いことはわかっていた。

 けれど数度の侵攻で出て来る戦力のおおよそは掴んだと思っていたのに。


「雷と言えば巨人がそうだと聞きますね」


 僕たち以外の声は、ヴェラットが閉め損ねた扉の向こうにいるヴァーンジーンだった。


「西にいた巨人は雷を操っていたそうですよ。それかもしれませんね」

「それが、なんだというんだ。そんなの五人衆でも」

「えぇ、確かに。五人衆が残っていても雷を操る姿の見えない者の対処など無理でしょうね」

「ヴァシリッサはどうしたの? 幻象種を操れるでしょう。それを使って森に」


 言い募ろうとするヴェラットにヴァーンジーンは微笑む。


「すでに私の元から離れたヴァシリッサを捕捉できるようでしたらどうぞ」

「な!?」


 従僕悪魔に言われてライレフに貸した時点で、ヴァシリッサが独自で勝手に動くとヴァーンジーンはわかっていた。


 その上で特に手綱もつけていないとは、上司としてどうなのか。


「わかっていてあのヴァシリッサを手放したというの? とんでもない戦力になる凶暴な化け物たちの使役を許した上で?」


 ヴェラットが責めるように言葉にすると、ヴァーンジーンは首を傾げた。


「やはりあなたたちは素直ですね」

「なんだと…………?」

「見通しが甘く、利用しやすいと言ったのです」

「ヴァーンジーン!?」


 ヴェラットと同時に僕は腰の後ろに隠した得物を握る。

 けれどヴァーンジーンは表情を変えず敵意さえもない。


 僕たちはお互いを庇い合うように身を寄せる行動にも、ヴァーンジーンは目元を和ませた。


「一つ、忠告です。恐れるほどの力ならば、いっそ手放してしまいなさい」

「何を」

「私が来たのはお知らせを持ってきたからですよ」

「なんなの、あなた?」


 こちらの話を聞いていない気がしてくるほど、ヴァーンジーンは一方的で説明さえする気がない。


「魔王さまに動きがあります」

「「え!?」」


 さすがに聞き流せない言葉に警戒も霧散する。


「五人衆の敗北など魔王さまには些事。最初から期待はしてなかったことくらいわかっているでしょう?」


 確かに、そのとおりだ。

 今さら騒いでも遅い。


「五人衆が首都を出てから、魔王さまはこの屋敷にある古い機構を修繕していたそうです。全く動いていないようで、魔王さまはよくうろついておられる。知っていましたか?」


 知らない。

 けれどそんなこと言えないので僕はヴェラットと一緒に黙る。


「私もあの目立つ赤い羽根の悪魔が一緒のため追えたのですがね」


 種を明かすように肩を竦めてみせるこの司祭は、何者なのだろう?

 そんな今さらな疑問だけれど、暗躍を続けていた僕たちよりも手慣れているのは何故か。

 ここが古巣だからということもできるけれど。


 まるでずっとこの時を待っていたかのような動きだ。

 こんな、追い詰められるような状況を。


「五人衆の敗北を機に、妖精王への対処はするようです。安心できましたか? まだ焦るには早いでしょう」


 心を読まれたようで悔しい。

 触れたヴェラットから逃げたい思いさえ読まれているのではないかという不安が伝わってくる。


 けどここで恐怖に立ち止まっているわけにはいかない。

 五人衆という戦力が破れ、魔王さまが動き、このヴァーンジーンは信用できない。

 逃げるためにも、ただ翻弄されるだけではいけないんだ。


「誰も魔王に並ぶ力を持つ者はいないのですから」


 ヴァーンジーンはまるで、並ぶ者の存在を希求するように呟いたのだった。






 アルフたちは五人衆の魔術師を倒して、一日砦の周辺に留まることになってしまった。

 ワイアームが盛大に揺らしたせいで、砦がいつ瓦礫になるかわからないから撤去しないといけなくなったんだ。

 そうして二日目になると他のひとたちの戦況が伝わる。

 どうやら吸血鬼は倒して獣人の五人衆は降伏したけど、まだ抵抗を続けるひともいるみたいだからすぐに合流は無理らしい。


 そんな中、アルフはまた覗き見をしてる。

 けど今度はほど近い場所を。


「まさしく愛よ!」


 砦から離れた沢でロミーが叫ぶと、無理矢理人間の体に取り憑いた悪魔が身構えた。


「あなたが抱えたその二つの愛の魂を渡しなさい!」

「ロミー、いきなりそれは…………まぁ、一言で要求はわかるからいいかしら?」


 一緒にいたシュティフィーが諌めるのをやめる。


 二人の前にいるのは五人衆の魔術師に憑いていた悪魔で、魔術師が死んだ後はその妻らしい女性に憑いてた。

 そして女性が死んだあとはアルフと話し、砦の中で気絶していた人間の体を奪って逃げ出している。


「これはそれがしが正しく対価として得た物である。それを奪おうとは不埒なる妖精であることだ」

「不埒!? 私は愛の妖精、ロミー! 愛し合う魂を冥府まで添い遂げさせることの何が不埒なのかしら!」


 怒るロミーだけど悪魔のほうが訴えとしては正しそうに聞こえる。


「ごめんなさいね。ロミーは言い出したら聞かないから」


 謝りつつシュティフィーもロミーの味方で、沢の周囲を木の枝葉で覆い尽くして逃げられないようにしていた。


 悪魔の憑いた人間の顔が、口だけの謝罪に引きつる。

 うん、理不尽だよね。


「なんという悪逆!? 神とてこれほどの無道を悪魔に強いはせぬものぉぉおお!」

「愛のために成、敗!」

「ごめんなさいねぇ」


 しかも何か言ってる途中、二人がかりで悪魔は倒された。

 可哀想に。

 きっとこの悪魔、今後妖精相手への覆しようのない不信感を抱くんだろうな。


 その手から解放された魂二つが絡み合うように螺旋を描いて消えて行く。

 それを眺めていた二人の妖精に、馬の鳴き声が文句を言った。


「うるさい人魚もいないで湖走り回ってたのに。なんで俺は結局こんな寒い所に呼ばれたんだよ!?」


 抵抗する悪魔が魔法を使ったせいで、周辺は気温を低くされ霜が降ってる。

 沢での機動力として召喚された馬の幻象種ケルピーがぼやいた。


「なんだ、まだあの仔馬いないのか。魔王に乗っ取られるなんて軟弱さを笑ってやろうと思ったのに」


 ロミーとシュティフィーに現在地を説明されたケルピーがひどい。

 いや、殺す気満々のグライフたちに比べたら優しいほうなのかな?


 なんか幻象種の基準が改めてわからなくなってきた。


「あ、そう言えばここ、森とは水の流れが全然違うから走って帰る必要があるわね」

「そんなところに呼ぶなよ! せめて同じ水源の上に呼び出せ!」

「妖精王さまなら何か手を知ってるかもしれないわ。戻りましょう」


 機動力の低いシュティフィーは、ちゃっかりケルピーに運ばせる気満々だ。

 妖精たちはアルフのいる方向がわかるので、文句を言うケルピーに乗ると沢を突っ切って破壊された砦のほうへ向かう。


 瞬間、画面が乱れた。


「え!?」


 心象風景でパソコン画面が次々ブラックアウトしていく。


 ロミーたちを覗き見る画面に最後に映ったのは、向かう先で起こった大爆発と木々を薙ぎ倒すほどの衝撃波だった。


毎日更新

次回:魔王の宣戦布告

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