420話:精神の涵養
ワンルームを見つけた僕は吸い込まれるように引き寄せられた。
気づいたら手鏡は消えて、心象風景であるワンルームの中に立ち尽くす。
「…………え、ここ本当に僕の心象風景?」
ワンルームの中身は様変わりしていた。
単身用ワンルームみたいだったのがまるで小売店だ。
そう思わせるのは商品棚に並んだ灯りの数々。
「うん? 灯りの形変わってる? この蜂蜜色は瞳の色でアルフ? こっちのメノウみたいな置物は羽根の模様でグライフ?」
そうとわかる形はアロマキャンドルっぽい姫騎士だけだったはずなのに。
それが今では僕が関わった誰であるかを思いつけるくらいの特徴のある物に代わっていた。
「形が同じで緑、青、黒のこれはメディサたちだよね。葉っぱ模様の照明はシュティフィーで、水を閉じ込めた間接照明? これロミーかな? あ、鱗模様ならアーディか」
色々あって本当にこういうおしゃれ照明を売ってる店みたい。
一通り見た中でウーリのちぐらはそのままだった。
「パソコンは会計するカウンターみたいなところに移動してるし、鞄もカウンターの所にある。窓の位置は同じで中も…………同じか」
手前から覗き込んで行ったけど、どうやら魔王はいない。
「あれ? 床が芝生じゃなくなってる。壁は白いままだけど生活感がなくなったっていうか、元から生活感的に変だったけど、うん」
いっそ店風になった今のほうがしっくりくる。
「魔王は相変わらず座りっぱなしか。バイコーンはユニコーンと違って走るの好きじゃないのかな?」
魔王の視点が映るスクリーンを確認して、僕はパソコンの中身を改めた。
どうやら内装は随分変わったけど他は変わらないようだ。
「ねぇ、どうしてこんなに変わったの?」
神に呼びかけてみるけど反応なし。
思いついてパソコンで神を探すけど、ヒットなし。
「今さら知らないふりしても遅い気がするんだけどな。これで調べてみるか。えーと、精神とか、魂とか?」
思い当たるキーワード入れてアルフの知識で検索をかける。
アルフ色々抜けてるし、僕だいぶ特殊な存在だったし、この状況の変化を説明する項目があるとは思えないけど。
ただこれが魔王の手によって替えられたなら問題だと思う。
「僕が放りっぱなしにしてたよりずっと整理されてるからいい方向に変わったとは思いたいな」
幾つか検索候補を眺めて、僕は読めない漢字に目を止めた。
「これなんて読むんだろう? 精神の、なんとか養? 函館とは違うか。…………あ、こういう時こそ辞書だよね」
鞄から電子辞書を出して確かめると、普通に国語辞典が入ってる。
「いや、まずは漢字辞典で読み方を…………。サンズイと、画数と…………あった。かんよう? うん、知らない。よし、国語辞典だ」
どうやら精神の涵養というのは精神を日々の中で育てる方法ということらしい。
開いてみると、なんだかアルフの知識の割に小難しい。
いや、たぶん検索して単品で開いたからだ。
折り畳んで順序良く説明してくれる仕様を飛ばしてるせいだと思う。
「魂の形を知ることで精神をより効率よく? 幻象種は精神と肉体が一致。人間と違って精神がそもそも生きるために最適化してる? これを人間に適用するには?」
どうやら妖精として魔法を解析した結果至った構想のようだ。
人間が魔法を使うために足りないもの、幻象種との根本的違いによる魔法の適性と威力の差異、そこから精神を幻象種のように育てるには、と進んでいく。
「うん? 魂を知って精神を育てる? もしかして僕、魂である神と対話して精神育ったの? その結果がこれ?」
生活感なくなったけど整理はされてる。
機能的にはなったから育ったって言える、のかな?
検索を消すと、僕は折りたたまれた映像メディアのアイコンに気づく。
開くと仕様が変わってた。
「あれ? サブでウィンドウが開いてる? あ、これもしかしてアルフが覗き見してる風景? えぇ? いったい幾つ同時に覗き見してるんだよ」
アルフ本体の視点は移動中。
なので僕は別の映像を一つ開いてみる。
そこは街中だった。
忙しく動く人間たちには見覚えがある。
エフェンデルラントの冒険者、金羊毛だ。
「なんかフォーさんと縁のあった魔学生の子供たちが大手柄らしいっすよ」
金羊毛の中でも若手で口が滑りやすいエルマーが、特殊な工具を頭のエックハルトに渡しながら言った。
どうやら情報整理を担当する最年少のニコラから聞いたと話してるようだ。
「なんだなんだ? 派手にぶちかまして危険に突っ込みたいのか?」
「…………地味でも堅実に」
茶化す頭のエックハルトは慣れた様子で何かを解体し、それを手伝うジモンが窘める。
「聞いた話では妖精の手助けを得てのようですよ」
元老婆だったとは思えない女性、エノメナがやって来て新情報をもたらした。
さらに一緒にいたウラが茶化すように笑う。
「あたしらも妖精王さまに頼ってみるかい? 派手な手柄立てるためにお情けをって?」
「ばーか。これらは俺らがやらなくて誰がやるんだよ」
ちょっと頬を染めるエックハルトに、つられてウラも軽口から一転気恥ずかしそうに横を向く。
周りにはオイセンで別れた金羊毛たちもいて、二人の様子ににやにやしてる。
「おら! 罠解除したぞ! お前ら働け!」
エックハルトが仲間の視線に気づいて工具を振り回す。
「そうだよ。あっちに幻惑かけられた建物見つけたんだ。他の冒険者は見逃してたみたいでまだ敵が潜んでるかもしれない。魔女の薬はたんまりあるからね。さっさと幻惑破って突入しようって言いに来たんだよ」
「よし、だったらこっちは他の冒険者に任せるか。おーい!」
エックハルトが呼び留めたのは、ビーンセイズの冒険者組合のおじさんだった。
「どうした? やっぱり無理そうか?」
「いや、罠の解除は終わった。もう扉開けて大丈夫だぜ」
「もうか!? いや、助かった。まさかギルド内部から罠張って、出られないし入れもしないなんて馬鹿なことになってるとは思わなくてな」
「…………それだけ、必死だった」
「あぁ、そうだな。口が過ぎた。難しいだろうが、これから生存者の探索をする」
「けど外から声かけても返事ないんじゃ難しいっすよね」
「生き残りの話じゃ、備蓄は地下にあってそこなら見つからずにまだ生存してる可能性があるそうだ」
「なんだい。だったらこっちに数を回して生存者退避させてからのほうがいいかね?」
「なんだ? また何か問題か?」
「いえ、敵が潜んでいるかもしれない場所を発見しましたので、その制圧をと」
「あ、皆さん! 良かった、まだ向こうの見逃してた建物にはいってなかったんですね」
そこにニコルが走ってやって来た。
「魅了系統の術を行使する悪魔が確認されました! すぐに対処をお願いします!」
「また面倒なのが。おう、行くぞ野郎ども! 森の妖精ほど厄介なのはいないだろうが、対策怠るなよ!?」
エックハルトが拳を振り上げるとオイセンとエフェンデルラントの金羊毛から力強い返答が返る。
全員が当たり前のように装備を変えて薬を含んだり覆面をしたりしながら移動を始めた。
直ちに急行する金羊毛を見守るビーンセイズのおじさんは顎をしゃくる。
「頼もしいったらないぜ」
金羊毛を見送りながら、他の冒険者たちも頷いてた。
「南のほうの国なんて小競り合いばっかりしてるってくらいの印象しかなかったのにな」
「北じゃ冒険者なんて騎士になりそこなった乱暴者の集まりってのが普通なんだが」
「自分たちの腕一本で森から希少な薬の材料取って、幻象種相手にも立ち回ってよ」
「一時は森を攻めて敵対したってのに、妖精王にも働き認められてんだろ? すげぇ」
「魔女や獣人相手にも退かないんだぜ? あれこそ冒険者ってもんだよな」
なんかすごい晴れがましい顔で金羊毛たちを見送ってる?
どうやらこの北のほうの国では冒険者は三流扱いのようだ。
そう言えば聖騎士って全員ヘイリンペリアムに所属してるってランシェリスが言ってた。
妖精でも幻象種でも、この辺りで悪さしたら聖騎士が出て来るんだろうなぁ。
ビーンセイズで悪いことしてた聖騎士も、腕は悪くなかったし冒険者の仕事は少なそうだ。
「おい、俺たちも冒険者組合って同じ括りにされるんだ。あそこまでとは言わなくても、少しくらい働くぞ」
ビーンセイズのおじさんが檄を飛ばすと、勇んでギルドだという建物に入っていく。
映像はそこで途切れた。
アルフが覗き見をやめたようだ。
移動してる本体の映像から音声が聞こえる。
「知らぬは本人ばかりなりってか、くく」
「妖精王さま、また覗き見ですか?」
「またって言うなよ、ロミー」
「そろそろエルフとドワーフの軍が砦攻めとおっしゃっていませんでしたか?」
「あ、そうそう。じゃ、お前たちも見るか?」
シュティフィーに言われてアルフは気軽にジオラマを作る。
相変わらず妖精が担ぐ輿に乗って、足を速くする魔法か何かで素早い移動をしてるんだけど、器用だ。
呆れたような顔しながらジオラマが見える位置に移動するグライフもいる。
「ほら、お前らもあの傷物グリフォンの所行けよ!」
「火の精! もっと大きくなれよ!」
「そして風の精は寄ってくるな!」
「何それひどい!」
「あんまりです」
上空では寒さに弱い飛竜のロベロと南のグリフォンのフォンダルフが、ボリスで暖を取ろうと追い回してた。
そのボリスを大きくすることができるニーナとネーナは邪険にされて怒っている。
「あの、暖を取りたいのでしたら魔女の里に伝わる血行促進の塗り薬を」
「マーリエ、興奮した猛獣の気を引くのは感心しない」
マーリエがボリスを助けようと声を出すけど、ランシェリスが片手を上げて止めてた。
肩にとまったフクロウ姿の祖母オーリアも、ランシェリスに同意して頷いてる。
アルフの見える範囲では、目立った傷を負ったひとはいないみたいだ。
どうやら僕が神と対話してる間にアルフたちは手分けして順調に歩を進めているようだった。
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