418話:夜明けを待つ
夜、アルフが陣を敷いて前進をやめてる。
一緒にいるのは基本妖精だけど、姫騎士のようについて来てる人間もいるから休憩は必要だ。
スプリガンみたいな見るからに強そうな妖精は人間の軍のほうに回ってる。
妖精を守る妖精だからあんまりお勧めしなかったけど、人間のほうが見た目強そうな妖精がいいって言ったから。
本当は守りの妖精になってるシュティフィーのほうが強いらしいけど、見るからに細身の女性に守られる軍なんてって心の中で言ってるのをアルフは聞いてた。
「こりゃ蟲毒の壷だ」
寝る必要のないアルフは、陣の中で調べ物をしてた。
目の前には妖精たちが持ち帰った醜い顔のような壷が置いてある。
一緒に調べてたのは蛇姿のアシュトル。
「あら、本物? すごいお宝じゃない」
魔王の宝物庫から出て来た道具とは知らず声を弾ませる。
念じたりしてみたけど未だにアルフと意思疎通はできないままだ。
「悪魔にとってはそうだろうな。すでにこの中には苦しみと辱めを受けて死んだ人間たちの思念が放り込まれてる。使われ方を見る限り、凝縮した強い念を壷から出して、殺した人間の負の念をさらに取り込ませる。そして壷に戻してまた凝縮させる。その繰り返しだ」
「妖精たちが言うにはずいぶん拷問染みたことを街でしていたのでしょう?」
「あぁ、戻ったニーナとネーナが街全部焼き払ってほしかったとか言ってボリスに怒ってたぜ」
え、そこまで?
それだけの人間が犠牲になって血が流れたってことだよね。
よく妖精たちだけであの悪魔倒せたなぁ。
「これ持ってた奴が拷問悪魔で良かったぜ。実体のない妖精たちには打つ手がなかった。お蔭でこれが本格的に使われる前に封印できる」
「あーん、勿体ない。それだけ上質な怨念貯えているなら、いい戦力じゃない?」
「駄目だめ。周りにいる人間が軒並み倒れるし、妖精たちが大暴れだ」
アルフの声が渋いのに対して、アシュトルはちょっと楽しそうだ。
きっと碌でもない物なんだろう。
アルフはさっさと魔法で封印を施す。
さらに魔法を重ねがけしてどうやら時間と共に怨念が薄れるように設定したらしい。
「これでよし。ん? …………なんか来たな」
アルフは壷から顔を上げて耳を澄ませるように動く。
アシュトルも気づいてるみたいで鎌首をもたげた。
そこに軽い足音が近づく。
「失礼いたします、妖精王さま」
「おう、メディサ」
アルフがテントの中に招き入れるのは、夜で人間姿になったメディサだ。
「暁闇を待ち、魔王側の人間たちが夜襲に出ました」
「確かに人間たちだけだな。操られてる気配もなし、か。動いてるのと、動いてないのもいるな。こりゃ、時間差で襲ってくる気か」
「あらぁ? 妙な気配の武器を持ってる奴がいるわね。ふぅん、妖精王のいる場所を掴んでるみたいね。ここを襲える位置にいるわよ」
「えー、俺狙いかよ。人間相手ならちょっと幻惑して帰ってもらうかな」
「いえ、妖精王さま。どうぞ我らにお任せを。ここまで移動以外をしておりませんので、そろそろ息抜きが必要であると思っていました」
メディサが美しい人間の顔で勝気に笑う。
夜の行軍組も森の住人。大人しいわけない。
光りを嫌う妖精や幻象種、獣人も入った闇鍋状態だ。
ドラゴンを連れたヴィドランドルが大人しいことと、ケルベロスを従えたメディサが率いることで足並みを揃えていたけどやっぱり無理があったみたい。
「けど、夜明けまで一時間くらいだぞ。向こうもお前らが引っ込むころ合い見計らって今の時間に動いてるんじゃないか?」
「十分です」
「うーん、ま、そうか。なら任せる」
ちょっと考えたけど最終的に軽くアルフに言われてメディサはテントから出た。
そしてアルフはしれっとその様子を遠隔で覗き見する。
アシュトルは音もなくメディサの後を追って覗き見に向かった。
陣の端ですでにスタンバイしていた夜間行軍組がメディサの戻りを待ってる。
戻ったメディサの頷きを得て、手のある者たちは武器を取った。
そして静かに敵が来る方向を向く。
うん、やる気がすごい。
「さぁ、お発ちなさい」
メディサの命令で蝙蝠のような妖精たちが他に伏せてる夜間行軍組の下に報せを運びに飛び立つ。
「そして出ていらっしゃい。闇に隠れなければ敵わないと己の分を弁えているのならば投降なさい」
強気に言うメディサは、人間姿のまま闇に目を向ける。
ばれていると知って、敵も武器を構えた状態で姿を現した。
先頭に出てきた人間が身を隠すためのマントを脱ぎ捨てる。
現われたのは夜目にも目立つ白い法衣。
「化け物が調子に乗りおって。五百年の時を経て復活された使徒に歯向かう世界の害悪よ! 潔く滅びよ!」
あ、この神官見たことある。五人衆の一人だ。
指揮棒のように振るメイスは魔王の宝物庫から与えられた武器だった。
瞬間突然昼日中のような光がメイスから射出される。
信号弾よろしく高く飛んで、陣の別の方向にも飛ばされた。
たぶん別動隊への合図と補助。
この光りには悪しき者を弱体化させるという魔法的効果がついているのがアルフの目を通してわかる。
「く…………! 夜闇に生きることを定められた者がいるくらいは想定済みね」
メディサは眩しさに目を覆ってるけど、今は人間だから影響はない。
ただアシュトルは危機感を覚えたのか、もうアルフがいたテントに逃げていた。
メディサと一緒にいた妖精を中心に悲鳴が上がる。
「はははは! 汚らわしい化け物ども! 神の威光を見たか!?」
「私たちもまた神より生み出された者。あなたに言われなくてもわかっているわ」
メディサがそう言った時、まばゆい光が突然翳った。
「何!? なんだあの黒い影は!?」
「光が弱点であることは自覚しているのよ? 対処を用意していないわけがないじゃない。あれこそ蝕の怪物、太陽に挑む蛇」
撃ち上げられた光りは巨大な影にしか見えない何かに飲み込まれようとしている。
どうやら蝕と呼ばれる蛇の怪物のようだ。
「な、何故そのような者がここに!?」
「森で眠りについていたからかに決まっているでしょう」
知らなかった。
森にそんな怪物いたんだね
「さぁ、ケルベロス! 存分に遊んであげなさい! ぷちっとね」
「タベル、ダメ、プチ」
ケルベロスがメディサの指示に従って太い前足を振り上げる。
瞬く間に目の前で振り上げられた凶悪な爪に、神官を中心にした人間たちも抵抗した。
けど生半可な攻撃じゃケルベロスの毛皮を傷つけられない。
うん、ぷちっなんてレベルじゃないよ、これ。
「さぁ、妖精たちもお楽しみの時間よ! 獣人は近づきすぎないように気をつけて」
メディサの号令で夜間行軍の者たちが襲いかかる。
別の所ではなんだか聞くに堪えない、黒板を引っ掻くような音が聞こえた。
たぶん他の所でも戦闘が始まったんだろう。
神官がメイスを使って強力な魔法を使うけど、暗い中での動きは夜行性の生態を持つ者たちのほうが早い。
これは人間側がどうしようもなく基本的な身体能力で負けてる。
そう考えれば暁闇という時間を選んでばれたら即座に光攻撃って、夜襲して来た神官はちゃんと考えてた。
なのにメディサの備えのほうが上だったみたいだ。
「暁闇に襲いかかるなど、何処の英雄譚を参考にしたの? 腹立たしい。お姉さまたちがいらっしゃったらこの程度では済まないわ」
あ、なるほど。
メディサたちゴーゴンが一度仕掛けられたことある作戦なんだね。
けど神官しぶといな。
単発で強烈な光を発して、メディサたちを近づけさせない。
ただ退路を断つように動いた獣人たちのせいで逃げられもしないみたいだ。
「耐えるのだ! 互いに守り合え! 神は我らを見捨てはしない!」
「愚かな。神がいったい何をしてくれるというの? 大人しく負けを認めなさい」
うーん、台詞的にはメディサのほうが悪役っぽい。
けどなんか神官待ってる気がする。
力を温存してる感じ? 何をする気だろう?
頭上では怪物が大きな光りをようやく飲み込んで暗くなった。
その一瞬の暗転に人間たちは隙を突かれる。
同時に、闇の中の戦いでだいぶ時間が過ぎていたこともわかった。
「夜明け…………。すぐに日の光りで死ぬ者は退避なさい!」
メディサが山際を照らす太陽の気配に命令を発した。
「はははは! これを待っていたぞ! 神の摂理は偉大なり! ここまで入り込んだ我らをもはや妖精王は防げまい! 女! なんの怪異であるかは知らないが、その首妖精王に叩き返してくれよう!」
「…………はぁ、どうして人間は極端に走ってしまうのかしら? いいわ、ケルベロス。退きなさい。誰も私の前には出ないように」
命じられて種族に関係なく、夜の行軍組は従う。
ケルベロスは最後にブレスを吐いてメディサの目の前に炎上網を敷いて守った。
差し込む朝日に目を細めて、メディサは自分の手を見下ろす。
「神の摂理の絶対だなんて、今さら言われるまでもない。けれどこの身を呪い、悔いろと定めた神の摂理に、私は今逆らう」
メディサは日に当たって色を変える手から鎮まる炎の向こうに神官を見た。
「今はこの呪われた瞳さえ誇らしい。奪われた無垢な仔馬を助ける力があるのだから。魔王であろうと、使徒であろうと、私の意思でその前に立てる力を得られたのだから。お姉さまたちの分も妖精王さまの役に立たねば、怒られてしまうわ」
炎が消えたあとには、すでに争いは終わっていた。
ゴーゴンとなったメディサを見た人間たちは、例外なく石になっている。
一人残ったメディサに策ありと見て警戒した結果のようだ。
眼帯をするとケルベロスが日の当たらない木陰からメディサを呼ぶように鳴く。
羽根を広げたメディサは石になった人間には興味がない様子で、労わるようにケルベロスの三つの鼻面を撫でた。
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