415話:嵐の五人衆
アルフたちがそれぞれ進軍することになった。
人間の軍、エルフとドワーフの軍、獣人の軍、ワイアームやヴィドランドルと言った個人で軍に匹敵するひとたち。
そして五つあるルートのもう一つは開けてある。
夜になったらメディサ率いるケルベロスたち夜行性の者たちが進むためだ。
ケルベロスが従っているせいか、夜行性の獣人や妖精もいるんだけど、案外大人しくメディサの指示に従うらしい。
「さーて、お前らは俺らと一緒で良かったのか? 下手に人間と一緒だと動き悪くなるかもしれないぜ」
アルフが一緒にいるランシェリスに声をかけた。
アルフは人間の軍と一緒にいるけど、途中で別れる予定だ。
姫騎士団は人間の軍と別れた後、アルフのほうに着いて行く。
ワイアームやヴィドランドルは、また後で合流し直す予定だ。
メディサたちも夜の間に移動して、必要なら合流するのは同じなんだけど、夜行性のほうは元もと森の住人だからアルフが監督するのは当然だと思う。
ただワイアームなんかは、そうしないと目が行き届かないしその内勝手をするからって。
「いや、ここで率先して別行動をすれば疑心を煽るだけ。それに妖精王どのがフォーレンを取り戻すために行動することに疑いはない。動きが悪くなることなどないよう考えた上での現状だと見るが?」
「まぁな。俺は真っ直ぐ首都に向かう。その点で言えば五人衆とかいう奴らと遊ぶ気の奴より早いかもな」
アルフが見るのはなんでか一緒にいるグライフだ。
ワイアームたちのほうにはいかず、ロベロとフォンダルフというエルフ軍にも収まらない二人と一緒に頭上を飛んでいた。
「傷のグリフォンどのは何故こちらに?」
ランシェリスが比較的親しい妖精のシュティフィーに聞く。
「それが五人衆という敵の中で、嵐を司ると言われる者がいると聞いて。彼らはその者を狙っているそうなの。この道筋が最もその五人衆に近いそうよ」
「ぷぷ、こいつらグリフォンの精霊はリル、嵐の精霊だからな。どんな雑魚でも食いつかなきゃ気が済まないどうしようもない奴らなのさ」
ランシェリスとシュティフィーの会話が聞こえてたらしく、ロベロが上から嘲笑う。
途端に襲いかかる羽根の音。
エルフの国からここまで勝手について来たグリフォンのフォンダルフだ。
「悪風の精霊などをありがたがるトカゲが! 穴倉の中で寒さに震えていろ!」
「畏敬の念と言え! 拝んで大人しくしてもらえば害がないのを無闇に突っかかって行く馬鹿鳥ども!」
宗教関係なのか元が仲悪いせいなのか、ともかく喧嘩を始めるロベロとフォンダルフ。
ロベロとフォンダルフはエルフ王に従ってるわけではないからこっちにいても問題ないらしい。
ただロベロは完全に面白がってて、フォンダルフはグライフと同じく、嵐の五人衆が気に入らないからアルフのほうについて来てる。
足並み揃わないからいっそばらけようって話だったのに。
「おい、あんまり騒ぐな。やるならもっと高いところ行け。人間たちが怯えるだろ。…………いっそこれだけ騒がしいと五人衆が狙って襲ってくるかもな」
アルフは雑に上昇気流を魔法で生み出してロベロとフォンダルフを吹き飛ばす。
そこに何か異様さのある強風が襲った。
「うげ、なんだこれ!?」
「ぐぐ!? 力の、制御、が!」
ちょうどバランスを崩していたロベロとフォンダルフが錐揉み状態であらぬ方向へと吹き飛ばされた。
そこにニーナとネーナが飛んでくる。
「妖精王さま、大変たいへん!」
「五人衆がこっちに来てます!」
「えぇ、本当に向こうから来たのかよ」
「呑気に言っている場合ではないぞ、妖精王どの! すぐに前軍に報せを!」
ここは人間の軍の中でも真ん中。
後ろのほうに人間の偉い人たちがいて、前のほうには町を解放しようと逸る人間たちがいる。
軍の中で一番動きにくい場所っぽいんだけど、敵は軍の分断を考えたのかアルフたちを狙い撃ちに襲って来たらしい。
「ここまで風吹いてるならもう遅いだろ。それに、向こうは雑魚に興味ないみたいだ」
アルフがそう言って空を見る。
大抵の人間は巻き起こる強風に顔も上げられない。
本当に突然の嵐に巻き込まれたような暴風が吹き荒れた。
ところが突然、その風が止んだ。
アルフの目には雲が円形に青空を囲んでる。
たぶん台風の目だ。
そしてその青空に一人の少女がいた。
「けひひひ! あれ、強い魔力を感じてみれば。そこにおるは今代の妖精王かや?」
「おう、そうだよ。お前はなんの悪魔に取り憑かれてるんだ?」
「けひ、けひひひ! 取り憑かれている? 否いな、否や。あっちはこの娘ごの復讐を成就させ、契約満了をもって受肉した悪魔やえ」
見た目は十代半ばの女の子。
けど表情はそんな若い子がするには不自然な臈長けた雰囲気があった。
少女は風に舞う木の葉のように揺れ動く。
けれど決して地にはつかず飛び続けていた。
「あの少女は生きているのだろうか?」
ランシェリスが迷うように聞く。
「どうだろうな。うーん、難しいだろうな。悪魔と契約終了して肉体明け渡したなら、もう魂は食われてるか冥府に降りてる」
「つまり、肉体を取り戻したところで」
「あの人間はもう魂を失った抜け殻だ」
アルフの言葉でランシェリスが雰囲気を変える。
「シェーリエ姫騎士団! 抜剣! 目標、受肉悪魔!」
姫騎士が戦闘態勢に入った。
抜剣の命令だけど、二つの隊は弓を構える。
それを少女の姿をした悪魔が楽しそうに見下ろしていた。
余裕の表情にランシェリスは警戒を強める。
それでも手の内を見るために弓と魔法を放つよう命じた。
「避けた!? いや、風に乗っているのか。攻撃の風圧さえ自らの守りに使うとは」
「けひひ、この高さに届くとは良い良い」
少女悪魔が上機嫌に笑うと、アルフたちとは別方向から風の魔法がかまいたちを纏って放たれた。
「やってくれたな、悪魔如きが!」
「妖精王! 邪魔をするなら貴様も敵だ!」
「えー?」
吹き飛ばされて怒ったロベロとフォンダルフが、攻撃的な鳴き声を上げながら嵐の中を突っ切って来る。
「けひ、良い良い! ちょうど魔王さまより下賜された宝物の相手に足る者を探しておったのよ!」
嬉しそうに言って取り出すのは黒い筒が二本並んだ銃。
グリップから銃身までほぼ真っ直ぐで、銃身には金が模様のように象嵌されてる。
けどその模様は威力を増すための魔法の文様なのがアルフの目でわかった。
「げ!? 散弾銃! お前ら固まって守れ! あの攻撃は四散する!」
散弾銃!?
アルフが結界で周囲を覆うと、姫騎士たちも自前の結界を張った。
「けひひ! 食らえい!」
少女の細い片腕で銃を撃つ悪魔。
着弾を見ずに銃身をグリップから折るように外して弾込めをする。
どうやら連射はできないらしい。
けどアルフの周囲で起きた銃撃音の激しさに威力を舐められないとわかる。
「ぐあ!? 痛ぇ!」
「何が…………!?」
アルフの忠告を聞かず爪をかけようと迫っていたロベロとフォンダルフは、散弾がかすって血を流してた。
アルフたちとは違う方向にいたからかすっただけだけど、今度は弾を込め直した少女悪魔が二人に銃口を向けた。
「お前ら下がれ!」
アルフが咄嗟に風の塊をロベロとフォンダルフに当てて、嵐の向こうへと吹き飛ばす。
文句の声が聞こえた気がしたけど、それどころじゃなかった。
飛竜の鱗を貫いて血を流させるって、絶対これ普通の散弾銃より威力強い。
それに機構はすごく古い感じなのに散弾の範囲の広さがおかしい。
「けひ! 良い良い。この力を振るえる機会は多いほうが良いわえ。そぉれ、いつまでもつか、あっちを楽しませぇ」
「おい、貴様。嵐を司るなどと誇大な評価を受けた五人衆か?」
いつの間にか少女悪魔の頭上を取っていたグライフが傲然と見下ろしていた。
散弾銃の銃口を向けられても気にしない。
「答えろ」
「…………けひ、ひ。そう、そのとおり。あっちは嵐の唸り、嵐の影、嵐その者の悪魔よえ」
「ふん、やはり誇大表現か。ただ風を渦巻かせるだけのつまらん芸だな」
悪魔は少女の顔を怒りに染めて散弾銃を撃つ。
本人は上下左右に木の葉のように揺れ動いてるけど、範囲攻撃なので狙いすます必要もない。
本来なら相当厄介な攻撃も、グライフは羽根を大きく振って急上昇で避ける。
散弾が追いつかない勢いで射程範囲から逃れた。
「やはりつまらん。風を外へと向けることによって、無風だからこそその筒からの攻撃は狙いどおりになり、上空の優位があるから攻勢を保てる。嵐であるなどと名乗ることさえおこがましい」
「い、言わせておけば!」
少女悪魔は素早い弾込めで散弾を乱れ撃ちし始める。
同時に嵐の強風が気流の乱れを作ってグライフの羽根をたわませた。
「落ちるが良い!」
嵐がグライフ一人に集中する。
魔王から下賜されたという散弾銃を囮に、グライフを嵐の中に閉じ込めた。
上空に逃れられもせず、巻き上げられた土埃で姿が見えない。
周囲に波及する風の強さが、集約した嵐の威力のすさまじさを教えた。
「妖精王どの! すぐに救援を!」
「いや、ありゃ勝負あったな」
焦るランシェリスにアルフが答えた途端、中から別の風が吹いて集約していた嵐を引き裂く。
「何!?」
嵐を消されたこと以上に少女悪魔はグライフの姿がないことに目を剥いた。
「何処にいっ!?」
獲物を探して散弾銃が空中に振られる。
けど少女悪魔が迫る風切り音に気づいた時には遅かった。
「脆い」
グライフは嵐に捕まる前に自分から急降下。
嵐を抜け出して死角から少女悪魔の頭上に急上昇していた。
そのまままた急降下でアダマンタイトのついていない爪で少女悪魔の背中を引き裂いたんだ。
「が…………ごぼぉ…………!?」
「空に生きる道理もない肉の器で分不相応な名乗りをするからだ。消えろ」
グライフは鳴き声と共に風の魔法で少女悪魔の首を掻き切る。
悪魔の宿っていた少女の体は腐るように黒ずみ、地面に落ちる時には脆く崩れ去っていた。
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