414話:妖精王の可能性
僕はまだワンルームに戻れないままだ。
時間がかかりすぎだと自分でも思うけど、これだけは言いたい。
無数の星の中から一つだけ選べなんて鬼畜すぎると。
心象風景は僕の精神の形らしいからそう離れてないとは言われた。
けどいちいち覗き込んで違うワンルームだと確かめるのは手間だし、あと数が多すぎる。
もうこの神死に過ぎ、転生しすぎだ。
「五千年前は狙われ、千年ほどは戦乱のため十年もたない転生ばかりだった。元よりこの世界の人間の寿命は五十年ほどで、病や戦乱も断続的にあり死亡原因にいとまがない。人間への転生から、人と結んだ幻象種への転生を試みた頃にも長くは生きられなかった」
「当たり前のように心読まないでよ」
「ここは言語や発音の必要なく意思の疎通が可能な場だ。心を読むという認識は正しくない」
「僕が君に思うことあると、口に出してるのも同じって?」
この神はこういう疑問には簡単に答えてくれる。
けどワンルームのことは教えてくれない。
たぶん神は何処にあるか把握してるんだけどな。
これだけ探して見つからないってちょっと変だよね?
「はぁ…………。また時間は経ってるだろうからアルフのほうを見るよ」
できることは覗き見ばっかりだ。
これで魔王にしかけられたらいいんだけど。
一日アルフの行動を見て僕はまた神と対話する。
「思ったよりも別れて進軍するのを人間は嫌がったね」
足並みを揃えられないから、アルフはそれぞれで進撃することを提案した。
確実に敵は潰す経路をアルフは提示して、危険なほうは人間以外が請け負うのに、人間側は渋ったんだ。
「異種への恐怖は強い。だが同時に己の保身への恐怖はもっと強いということだろう」
「保身? だったら人間食べるとかデマのある獣人と一緒のほうが怖いんじゃないの?」
「人間たちだけの力では、ヘイリンペリアムに迫ることさえ困難であった。それは相応の立場の者であればもちろん、一度魔王に敗れた者たちならばなおさら身に染みているだろう」
グライフは人間を爪に引っ掻けても気にしないけど、人間はそれが致命傷になるほど弱く、グライフと一緒にいることは死への恐怖に繋がる。
けれどその恐怖は強者への依存にもなる。
強敵を前に乱暴な四足の幻象種も、目的を持って歩めば戦力だという安心感があるらしい。
「つまり、強い相手と離れるのが怖いんだね」
「分散すればそれだけ弱者は狙いすまして潰される。それをわかっているからだろう」
「あぁ、だからアルフは妖精たちを人間につけるって言ったのか。安心材料として」
「そうだ。戦力の目減りを補う方策を提示しなければ、人間が頷くことはないとわかっていてのことだろう。ルート選択にしても、個での強者を隘路から迂回させて直接強敵を叩く方法もあった」
「それをしないで途中まで一緒に進んで別れるのは、ある程度敵の戦力を削いでから、敵にも強敵を先に潰さないと危ないって思わせるため、か」
人間を狙わせないようにという、アルフにしては考えてると思える作戦だ。
そういう気遣いを普段もしておいたら少しは怒られる頻度減ると思うんだけど。
「…………本来、妖精王はそのようなナノAIだ」
「え? そのようなって、ちゃんと考えてフォローもするってこと?」
神は頷く、けど僕は頷けない。
「えー? だって僕のこの女顔、アルフの悪ふざけだよ? 何処にちゃんとした考えがあるの?」
あ、神が目を逸らした。
やっぱりないんじゃん。
神は言い訳するように言った。
「もともと、妖精女王は情報収集用。多くの情報を収集して送るだけだ。そこに補助として送り込まれた妖精王は、あまたの情報にアルゴリズムを作成、最適化を行う」
「情報整理用のAIだったから、フォローもできてたはずって? けどアルフ全然そんな感じじゃないよ」
こうして話してると神のほうがよほどプログラムっぽい。
僕の考えてることがわかる神は微かに笑った気配があった。
いや、本当に顔動かないな。
顔の筋肉死んでそう。
「我々は情動をプログラムしてはいない。AIとして独自に獲得する可能性はあった。疑似人格のインストールもあり、志向性の獲得は予測された」
「アルフの場合、志向性って楽しいこととか悪戯好きみたいだけど。たぶん神はそんなこと意図してないんだよね?」
「していない。志向性があったとしても元のAIとしての役割を損なうなど破綻する要素は付与していない」
「破綻、まぁ、破綻かぁ。AIなんて結果を見通してその道筋どうにかしそうだし。けどアルフの場合は気になったものに思いつきで手を出して失敗して、あとで帳尻合わせようと慌てるんだもん」
魔王石のダイヤを盗まれる要因にもなった三角関係な男女四人。
あれ、絶対何も考えてない。
結果は良くなったけど無駄な手順多いし、作った薬余ったからって僕に回したりするし。
その上で失敗を反省して、申し訳なかったとも言うし、責められれば恥じ入る。
「アルフはもうAIなんかじゃないよ」
「そうであればいいと思う。本来であればすでに耐久年数を超え、消滅の可能性がある」
「え!?」
消滅!?
耐久年数って妖精の核だっていうナノAIの!?
僕は慌てて目を閉じてアルフの視界を見る。
けど変わった様子はなく、分散するために妖精たちを割り振ってた。
「調子悪そうとかないけど? 待って、妖精王が耐久年数超えてるなら、その前に地上に下ろされた妖精女王も?」
「私たちの当初の予測では、妖精と呼ばれるナノAI群はすでに活動を停止し、地上からは姿を消しているはずだった」
「…………君たちの予測って実は宛にならない?」
「そうかもしれない。私たちは地上に降りる以外の方法で地球だと思われるこの惑星を観測することすら叶わない。全てはデータ、数字の上での理解でしかないのだから」
そんな簡単に肯定しないでよ。
いまいち頼りない神さまだな。
「妖精女王が交渉のために確立した妖精は、もはや地上における一種族として確立したと仮定できる。君を通して妖精王が妖精たちにどのような影響を与えているかも観察できた。これは今までの転生にはなかった大きな発見だ」
「えーと、アルフとか他の妖精がいきなり死んだりはしないって考えていいの?」
「思うに耐久年数を過ぎたナノAIを妖精女王と妖精王は修復し、運用に耐える改良を行う術を身に着けていると思われる」
自分でどうにかできるんだったら大丈夫なのかな?
「妖精女王と妖精王に接触したという月の生存者は、工学系の技能者だったことも関係しているかもしれない」
「あぁ、使徒で実験した人? そっか、頼みごとするならその前に妖精に消えられたら困るもんね」
「だとしても、全てをこの地上で賄えるなどということは私たちの予測を逸脱している。そして妖精王は明らかに疑似人格とも違う人格を持ち、独自の志向性を持っていることに疑いはない」
たぶん疑似人格として地上に下ろした分は真面目な志向性だったんだろう。
途中で失敗した感あるけど魔王も最初は人間をより良くしようと活動してた。
神に物申すなんて発想も、人間という種を憂いてのことだ。
「妖精王と精神を繋いだことで、今の私にもその回路を観察することができるようになった。どうやら月と交信する能力は自ら潰したようだ。このような決断は製作者の意図を越える。そこに私は、妖精という存在への可能性を見出している」
「え、自分で?」
作られた者が作った者の敷いたレールから外れる。
機械にはありえてはいけないことだけど、それが生物なら?
親から生まれた子が親を越える。
それは当たり前で、多くの可能性を孕んだ事象だ。
AIでさえできるのなら、きっと人間にも、魔王にも…………。
「っていうか、君僕のユニコーン生楽しみすぎじゃない?」
「この交通の制限された世界で、君ほど機動力に富み、また好奇心旺盛な個体は珍しい」
「あぁ、うん。人間が住めない場所も走るし、街があったら興味で覗くけどさ」
「前世として知識があるために初見のものに対しても危機感が薄く、本能に支配され過ぎることもないのがいい」
これって褒められてる?
あんまりそんな気がしないなぁ。
神は今まで人間に近い幻象種に生まれ変わっていたらしい。
完全に獣の形をしたのは僕が初めてだと言っていた。
だから世界をこれだけ駆けまわったのも初めてのことなんだろう。
寿命の長いエルフのユウェルも旅なんて珍しいみたいな感じだったし。
ニーオストでも住処を離れたら危険がいっぱいみたいだった。
「君の生には発見が多い」
「だったら僕が体を取り戻す手伝いしてよ」
「君の生を通して楽しんでいるという言葉を否定はしない。また、私のほうが妖精王よりも情緒がないことも認めよう」
「あ、ちゃんとその辺りの心も読んでたんだ」
「だが、それらとはなんの関係もなく、私は君の生死にこれ以上関わる気はない」
「前世思い出しただけでやめるって?」
「そうだ。妖精王は可能性を示した。魔王は疑似人格を得たことで懊悩を招いた。人間を作った私がこれ以上どう手出しをしてもフェアではないと考える」
「それ遅くない?」
僕の突っ込みに神は答えに困る。
自覚はあるみたいだ。
だからこれ以上僕にはってことかな。
けどもう遅い気がするよ。
「うん? もしかして今無闇に喋ってるのって、後で僕もアルフみたいに神のこと気づけないようにするから、今だけだと思ってる?」
気づいた僕に、神はただ黙る。
もうそれが答えじゃないか!
これ忘れるってだいぶ大切なことだよ!?
今後のユニコーン生に大きく関わるし、アルフとの関係だって!
僕が思い浮かべる文句に神は動じない。
「…………だから、ブラインドするって? ほんと、碌でもない」
僕があえて口にした文句にも、神は黙って聞いてるだけだった。
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