412話:魔王の宝物庫
体を乗っ取られ魂に別の持ち主がいた僕は、予想以上に無力化させられてる。
その上で神は望むならとしか言わないけど、どうやら手があることはわかった。
となるとこの宇宙空間からワンルームに戻って精神の一部を保持するには、神から情報を引き出すしかない。
そのためにちょっと話してみようと思う。
さっきは魔王が覗き見するヴァーンジーンを覗き見したら、なんだか聖職者たちが喧嘩をしていた。
一応相手は神だしそこを突いてみよう。
「神さま大人気だね。当人としてどう?」
「ノーコメント」
終了。
魂に触れているらしい宇宙で神と漂ったまま会話が続かない。
また話を逸らすためにヒントくれないかと思ったけど、そう簡単には乗ってくれないようだ。
「私は地上に生きる者たちの思想を否定も肯定もする立場にはない」
「けど神をだしにしてるわけで。違うなら違うって言っていいと思うよ?」
ヴァーンジーンは信仰のために人殺しを厭わないけど、たぶんそんなこと、この神は望まない。
それで平気なら五千年前に大地を焼いたショックで降りてこないだろうし。
少なくともこの神の心にヴァーンジーンは適わないんだと思う。
他の神は知らないし半数消えてるそうだけど。
「彼の言葉で肯定すべきは、神を信仰する者には相応の理由があるということだろう」
「魔王で世界を乱して人間に信仰心取り戻そうって? あー、うん。幸せな人は神に縋らないって、カルト関係とか洗脳とかと一緒に思い浮かぶなぁ」
この神の知識どうなってるんだろう?
エンタメにしても何が出典なんだか。
「あの司祭にも、神に縋る理由があるのだと思う」
「理由ねぇ」
僕はヴァーンジーンを良く知らない。
でもランシェリスたちの上司で魔学生にも慕われていたのは知ってる。
それなりに若そうなのにたぶん偉いし、世渡りが上手いなら今後出世の目もあるんだろう。
なのにヴァーンジーンは今の秩序を壊すことにした。
その考えに至るまでの屈折、挫折があったんだろうと想像はできる。
「僕はそんな物知らないし、知ろうとも思わないよ」
知ったらなんかやりにくそうだ。
流浪の民と組んで森を攻撃したのは変わらないし、ヴァシリッサの上司なんだってことがわかってればいい。
笑顔で魔学生を囮にするような人、事情とか考えるだけこっちが気疲れしそうだ。
だいたい今、自分の身が自由にならない状態で何言っても魔王の言うとおりできもしないことでしかない。
「私は可能ならば知りたい。地上の人間が神に何を願い、何を成そうとしているのか。残念ながら、今までの転生で人間の宗教に関わる生はなかった。君にはこれからもできる限り多くの経験を得てほしい」
「でばがめする気満々だぁ。僕は僕として生きることしかしないよ」
「それでいい。実り多きことを願う」
なんだかなぁ。
覗き見しかできない今、だいぶ無理なお願いなんだけど。
「応援してくれるならワンルームへの戻り方教えてよ」
「元は君の肉体であり精神の世界だ。そしてここは間違いなく君の魂の内。少し手を施されただけで何一つ君の存在を揺るがす事象は起きていない」
「だから魔王の企みもあえて放置って?」
この状態ですぐさまの危険はないし、僕が安全なのはわかった。
だからいいってものでもないけど。
「はぁ、結局できるのは僕もでばがめか」
他にすることも思い浮かばず目を閉じた。
見えるのはまた魔王の視点だ。
もう魔王の定位置と化した広間の椅子の上で、目の前には五人の見知らぬ人たちが深く頭を下げている。
「我ら五人衆、ご挨拶の遅れましたことお許しください」
「期待はしていない。お前たちも好きにしろ」
魔王素っ気ないんだけど五人も気にしない。
どころか声をかけられただけで喜んでる人いるなぁ。
うん、人だ。
受肉した悪魔もいるけどそのまま人間が混じってる。
人間に受肉した悪魔二体に獣人、幻象種、そして人間だ。
「数は力。それをあなたもわかっているのでは? 一定以上の力を持つ手駒はいても邪魔にはなりません」
あ、ライレフがいる。
双子はいないな。
なんだかヘイリンペリアムに来て別行動増えた?
あれ、ヴァシリッサもいないや。
「西の数にやられたことを教訓にするならば、この者たちで削るのは有用ではありますね」
ウェベンは相変わらず魔王のすぐ側にいた。
そしてヴァーンジーンはいるし、魔王共々何ごともなかったようにいつもどおりだ。
五人衆はそれぞれ魔王に抱負を述べる。
「必ずや、魔王さまに敵対する愚か者を打ち取ってまいりましょう」
いの一番に発言するのは完全人間だけど、なんかすごい熱狂的な目をしてる。
「数は脅威となるが、攻めて来たエルフもドワーフもかつて魔王の前に立つこともできなかった臆病者。敵ではない」
尖り気味の耳に喋る度に見える牙って、この幻象種は吸血鬼なのかな?
「妖精も有象無象なら、北の敗残兵が集まって数を増したところでなんの問題もないだろう。攻めて来るならば受けるまでだ」
毛深い前足を見る限りたぶん獣人なんだけど、頭からマント被ってて黒い鼻先しか見えないからなんの獣人かはわからなかった。
「魔王さまに歯向かう者が今後出ないように、あっちが全て吹き飛ばしましょう。あぁ、久しぶりの体。高鳴る胸!」
女の子の姿をしてるけど、受肉してテンション高くなってるのは悪魔だ。
「任されたからには守りましょう。妖精には怨みもある。そしてあなたには大恩がある。命に代えても抜かせはしません」
営業スマイルみたいな顔で無難な言葉を選ぶ魔術師っぽいこっちも悪魔が憑いてるけど、なんか魔王に恩を受けた人間らしい。
それぞれ思うところがあるみたいだけど、魔王はやっぱり気にしない。
けどウェベンが点数稼ぎなのか進言をした。
「ご主人さま、ご主人さまの宝物庫には今や不要の品が幾多もあるとおっしゃっていましたが、下賜してはどうでしょう? ただ廃棄するにも面倒な物品もあることですし」
魔王の宝物庫?
僕はわからないけどライレフやヴァーンジーンも反応する。
「おや、まだ残っていたのですか?」
「それは確か、入り口のない宝物庫であり、何処にあるかさえわかっていなかったはずでは?」
「ふん、俺の物であり俺以外が開けることは叶わない。見つけたところで意味はなかろう」
そう言いつつ魔王が魔法を起動した。
魔王と五人衆の間の空間に柱のような多重の魔法陣が現われ、次の瞬間にはルービックキューブのように光が分解していく。
光がなくなると、そこには黒い円筒の状の部屋が現われていた。
「これが、宝物庫…………?」
五人衆の誰かが呟いた。
真っ黒で窓も扉もない部屋は、中に何が入っていても取り出せないように見える。
継ぎ目もない滑らかな表面はそう簡単に破壊できそうにもない硬さを感じさせた。
「お前たちに使えるのならば、この辺りか」
魔王が指を向けた瞬間、黒い円筒の表面が波打って一振りの剣が現われた。
続いて銃、籠手、兜、金属のこん棒が現われ、五人衆一人ずつに浮遊していく。
「あとは、ふむ。これは俺が使う予定もない。使える者がいたならば回せ」
そう言って新たに宝物庫から現れたのは、宝石のついた縄、醜い顔のような造形の壷、大砲にしか見えない金属の筒、一抱えもある硝子の筒の中で脈打つ肉塊だった。
うん、どう見てもヤバい物ばっかりだ。
「これは羨ましい。ご主人さま、僭越ながらこの僕にも宝物を分けてはいただけませんか」
「何をする気だ?」
わー、ウェベン相手には警戒ぎみだ。
さすがに知能派だった悪魔だからかな?
僕を主人と呼ぶようになってからは全くその知能いかせてないけど。
「ご主人さまへ献上する装飾をば進呈させていただきたく!」
そう言えばウェベンの腕輪って、魔王がヴァシリッサに投げ渡してた。
赤い羽根を広げるウェベンは、魔王の持ち物から作れば捨てられないと思ったのかな?
「…………いらな」
「ご主人さま! 毒など効かないのにいつまでもあの料理人の飾りは大事にお付けになっておられるのは何故でしょう!?」
否定されるよりも早く、ウェベンはハンカチを噛んでまで悔しがるふりをする。
あまりの行動に驚いたのか、魔王も無意識で耳の飾りを触った。
コーニッシュから貰った食べ物の材料がわかる装飾品だ。
「毒など調べん。まぁ、盛る阿呆もずいぶんといたが。それよりも食材にもならない物を混入する愚か者がうっとうしい」
「あぁ、鼠を出す不届き者がいたと聞きましたね」
ライレフが笑って言うと、五人衆で人間と少女の姿の悪魔だけが怒る。
悪魔も一律で魔王派ってわけでもないのは知ってるけど、首を傾げたっぽい獣人はもしかして鼠食べる系なのかな?
それにしても、コーニッシュの飾りは魔王が有効利用しているようだ。
ウェベンは羽根をばっさばっさと振ってアピールしてる。
「はぁ…………。妙な真似をしたならば、貴様は深淵に帰す」
「お任せください! 必ずやご主人さまのお役に立つ逸品を献上させていただきます」
ウェベンはやる気と同時に、すごく洗練された動きで礼を取る。
魔王は宝物庫から宝石箱を取り出した。
開いた途端、周囲に魔力が溢れるように光を放つ。
悪魔も目を瞠るほどの光だ。
「この辺りの小粒で良いか」
「おぉ、ありがたき幸せ!」
「そんな工芸をするくらいなら、自律兵器をもっと作ったほうが魔王のためになるのではないかと吾は考えるのですが?」
「将軍、ご主人さまの猿真似は流浪の民にやらせておけばよろしいかと」
戦争に引っ張り出したいライレフに、ウェベンは従僕の立場を放棄する気がないことを笑顔で明示する。
どうやらウェベンが簡略化した兵器を流浪の民が量産中らしい。
これどうにかアルフに伝えられないかな?
うーんどうやったら僕は戻れるんだろう?
情報は集まるんだけど…………困った。
でばがめって案外もどかしいものらしい。
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