411話:神殿の秘密結社
魔王はどうやら別の場所を目を閉じてみてるらしい。
何かの魔法かな?
アルフもできるし、できるひとにはできるみたいだ。
僕も意識を集中して見ると、石造りの廊下が見える。
片側には鉄格子が並んでて、典型的な牢屋って感じの場所だった。
「シェーン、いったい何を考えている?」
責めるように牢屋の中の人が声を上げる。
それに答えるのは牢屋の外にいる司祭服の男。
「私はいつでも、この世界を神の御心に適うよう願っております」
答えた声はヴァーンジーンだ。
よく見ると牢屋の中に見覚えのある顔がいる。
たぶん神殿で捕まってた人たちだろう。
「確かに魔王復活に応じて使徒の是正は議題に上がった! ただしく使徒としてお迎えできるのであれば、復活の法を模索すべきだと! だが信徒の城であるヘイリンペリアムを滅ぼしかねない現状は看過できん!」
え?
魔王復活ってヘイリンペリアムでも肯定だったの?
「ましてやこんな各国を妥当し、民草を苦しめる戦争など教義に反する! 何故秘密結社と呼ばれると思っているのだ!?」
秘密結社?
なんかよくわからないんだけど、どうやら魔王が覗き見する程度には問題がある状況なのはわかった。
「どういうことだね、神殿長?」
別の牢屋から詰問の声が投げかけられる。
そこにいるのも見た顔だ。
最初に火のトカゲを嗾けられた人たちの中にいたと思う。
うん、たぶん他の人を庇っていた偉い人だ。
「まさか君は、ヘイリンペリアムの暗部『月に祈る者』か!?」
なんか別々の牢屋同士で言い合いが始まった。
話を纏めると、神殿長と呼ばれた人とヴァーンジーンは秘密結社、『月に祈る者』の構成員。
その秘密結社は魔王統治の頃に色々遺した神に関する情報を秘匿する暗部なんだとか。
魔王が使徒として残した功績さえ管理する者で、表向き魔王は使徒から外されているから秘密結社として保持していたそうだ。
「今この状況を見て、使徒の是正だと? 魔王は戦乱を招く悪でしかない!」
「それは違う。魔王が使徒として志した人間という種の発展は決して間違いではない。その本意は戦乱にあらず」
「いいや! 欲に神の道を曲げたのだ! もはやそのような者、神の代弁者たる使徒であるものか!」
「その決めつけがそもそもの間違いなのだ! 当時の時代の流れを無視して今の倫理を押しつけるものではない。魔王は西より人々を率いた指導者。争いは西の人間たちによる侵略なのだ」
なんか牢屋の中でおじさんたちが言い争う。
魔王は絶対悪の主張と、魔王も結果的には悪だけどそこには理由があったんだという主張らしい。
どうやらヴァーンジーンは理由があったんだ派。
しかもその派閥の中でとんでも強硬策をやらかして、今に至るらしい。
「神を思い出させるには、神に縋るべき状況を生む以上の合理策がありますか?」
言い争うおじさんたちにヴァーンジーンは涼しい顔で暴論を投げ込んだ。
「な、な…………何を言っているのだ貴様!? このような非道を合理だと!?」
「シェーン! それはあまりにも不遜だ! もはや神のためなどではない!」
「非道ですか? 今私の行いで死んだ者と、死した者が直接間接を問わず殺した者、一体どちらが多いのでしょう?」
えっと? つまりヴァーンジーンが殺した相手と、殺した相手が死に追いやった人の数はどっちが多いか?
なんでかそう聞かれた牢屋の中の人は答えられないようだ。
つまり、ヴァーンジーンのせいで死んだ人のほうが、もっと酷いことしてたの?
「確かに、他種族の違法な売買や、民衆から過酷な献金の取り立てを、していた者もいる」
「だから殺したと言うのか!? なんたる暴虐だ! どう言い繕っても正統性なぞあるものか! 法と理性によって裁くべきだろう!?」
「それで裁けたのですか?」
ヴァーンジーンは変わらず笑顔だ。
また黙る偉い人たち。
うん、これは…………。
悪いことをしてる人がヘイリンペリアムには大勢いて、それを正攻法じゃ罰せなかった。
それだけヘイリンペリアムという国は、自浄作用を失っていたらしい。
だからヴァーンジーンは魔王を引き込んで力尽くで殺し、罰を下した。
「…………待て。まさか、ここにいない者たちは…………?」
神殿長が何かに気づいた。
怒ってた偉い人も息を飲む。
「神を望む人々を導くには至らない者でしたら、旧悪を吐かせた後処分いたしました」
「処…………分…………? い、いったい何をした!?」
「何ということも? 素体としての質は良かった者は、配下の屍霊術によって禁術の媒介に。それ以外は悪魔召喚のための肉にしました」
変わらない調子のヴァーンジーンに牢屋が静まり返る。
いるのは神殿長たちだけじゃないのに、誰も息を殺したように静かだ。
気まずい沈黙の中、いっそヴァーンジーンは晴れやかに告げた。
「もし私の行いが神の御心に沿わないのでしたら神罰が下るでしょう。ですが、今のところその兆しはありません」
「神を、愚弄するか…………」
偉い人が勢いを失くしながらも非難を口にする。
宗教者としての怒りはある。
けれどそれよりも人間として理解できないヴァーンジーンに怯んでるみたいだ。
うん、僕もちょっと引く。
だって神って今僕の側にいる神とその仲間のことでしょ?
いやー、たぶん御心関係ないと思し、神罰とか言ったらヘイリンペリアム全部焼き払うことしそう。
「いいえ。私は神の絶対を信じております。ですから、いずれ私には相応の罰が下るでしょう」
「わかっていて、やめないのか?」
神殿長が何処か憐れむような声で聞いた。
正直ヴァーンジーンがしてるのは遠回しな自殺に見える。
他の人にもそう感じられるのかもしれない。
「私一人の罪で世界がより良く神の御心に適うよう変革できる可能性があるというのに、何故やめなければいけないのでしょう?」
うわー。
この人、うわー。
死ぬことを恐れてない。
その上で巻き込まれる人々の犠牲を悼みはしても惜しみはしないのが嫌でもわかった。
「使徒である魔王が育んだこの東の地の繁栄を食い潰す害獣を駆除していると考えていただきたい。獣にも知恵はある。時にはこちらが血を流すこともあるでしょう。卑怯と思われる策で罠にはめることもあるでしょう。ですが、害獣が排除された後には人々の安寧があるのです」
そう言えばビーンセイズでもそうだった。
魔学生を使って聖騎士の悪事を明るみにすることで、放置なんかできない状態に持って行ったんだ。
あれは僕たちが餌で、食いついた聖騎士が害獣ってことなんだろう。
あの時僕がいなくて魔学生が犠牲になったとしても、ヴァーンジーンは必要な犠牲だったと悼むだけ。
後悔なんてしないんだ。
「解き放たれた魔王はどうするつもりだ? あれは人間を慈しむつもりなどないぞ」
偉い人に神殿長も続けてヴァーンジーンを説得しようとする。
「当初から流浪の民の計画が上手くいくとは考えていなかったはずだ。あれは本当に使徒か? 神の移し身であると言えるのか?」
「さぁ? きっと善性で言えば、依代となった少年のほうが勝っていたのではないでしょうか?」
あんまりな答えに偉い人たちは怒りが再燃したようだ。
「何を言っているのかわかっているのか!? それでは神の道さえ断ち切る行為に手を貸しているも同然だ!」
「シェーン! はやる気持ちはわかる! だがこれはあまりにも拙速と言わざるを得ない!」
非難されてもまだ変わらない表情のヴァーンジーン。
もう僕の体を乗っ取った魔王が本物かどうかなんて気にしてないんだろう。
ヴァーンジーンにとって、既存の権力を揺さぶり打ち砕く暴力装置でさえあればいいんだ。
でも、その後は?
ヴァーンジーンが言うことを信じるなら神のため、そして人間に信仰を取り戻すためにやっていること。
その人間がいなくなったら意味がない。
「神は私たちを見放しません。救世主であればすでにいます。その目で確かめたいようであれば、どうぞ」
ヴァーンジーンは鍵を取り出して牢屋の中に放り投げた。
「な、にを?」
神殿長は訳がわからず、鍵とヴァーンジーンを見比べる。
「暗踞の森にて長く座していた妖精王が腰を上げました。妖精、人間、獣人、怪物、幻象種、悪魔。種族の別なく手を取り合い歩調を合わせて巨悪に立ち向かうため北上しています」
牢屋からは希望の滲む声が漏れる。
けれど神殿長は苦い顔でヴァーンジーンを見た。
「それが、救世主か? 確かに妖精王は使徒だが…………」
「いいえ」
ヴァーンジーンは笑顔で否定するけど、続く言葉が僕には聞こえない。
視界が切り替わる。
魔王が瞼を開いたんだ。
「…………狂っていたのか、狂ったのか」
一人呟くその声に怒りや驚きはない。
利用することを明言したヴァーンジーンにさえ思うことはないらしい。
「神の心など、知ったところで決めるのは自分だというのに」
まるで自分に言うように魔王は手を見つめた。
そして僕も宇宙空間で目を開けて自分の手を見る。
「決めるのは自分…………か」
ここでは思うように体が動かない。
神に聞いてできることはわかったけど、どうも魔法も使える気がしない。
どうやらここではヴァーンジーン以上に僕は何もできないようだ。
体は乗っ取られてるし、精神はワンルームに戻ることもできない。
できても魔王をどうにかできる手は思いつかないし。
「…………君の生に干渉するつもりはない」
魔王あしらった神の力あったら楽なのに、なんて思ったらそんなこと言われた。
というかこの魂の中だって言う宇宙空間を支配してるのはこの神だ。
僕じゃない。
僕に与えられているのはワンルーム一つ。
ワンルームに戻らないとたぶん魔王から体を取り戻すこともできない。
だから魔王も僕をここから戻れないようにしてるはず。
「僕にできることをやるしかないか」
そう呟いて、僕は非協力的な神に向き直った。
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