410話:中継の中継
他視点入り
「おや、今日はお一人ですか? 契約者のお坊ちゃん」
僕に声をかけたのはウェベンという名の、全く信に置けない悪魔。
一緒にいるのは、僕たちが召喚した悪魔ライレフだった。
僕の隣にいないヴェラットは今、同朋との連絡のため別行動をしている。
送り出した兵器の使用状況などをまとめる作業もあってのこと。
だいたいいつも一緒にいるわけではない。
いや、確かにケイスマルク以降、ほぼ一緒だったけれど。
それは人間では処理しきれない状況の変化のためと言いたい。
「あなたこそ、魔王さまの側を離れてどうしたのだろう? 魔王さまが何か?」
「ご主人さまは広間から動かれないとのことで少々お側を離れております。またわたくしがご主人さまのために献策をいたしましたところ、それが受け入れられましたのでこうして将軍と」
改めて、この悪魔はわからないと思う。
仕えることが目的の悪魔であるらしく、確かにこれまでの動きは全て魔王さまに寄与しようという意気込みが見える。
けれど元はユニコーンに仕えていたはずの者。
僕には正直、ひどく不忠にしか見えない。
悪魔としては正しいのだろうけれど、ただの人間である僕には信頼するに足りない警戒対象としてしか捉えられなかった。
「将軍がこの者の術をお気に召していた様子なので、直接連れ立って戦場に立たれては如何かと申し上げたのです」
そう言って赤い羽根の悪魔が指す先には、何処か晴れ晴れとした顔のヴァシリッサがいた。
どうやら魔王の側を離れることを許されて気が楽になったらしい。
羨ましいなどと思ってはいけないのだろうけれど、その晴れやかさが憎らしくさえある。
「すでに面白い手の内を見せてもらっているので、確かに気にはなっていました。ただ本人を直接吾の下に、となると、吾も契約者の意向を気にせねばならないので」
ライレフは乗り気で、僕に形式上可否を問いに来たらしい。
この悪魔も気が抜けない相手だ。
それでも契約という首輪があるだけ、神威の知れない悪魔よりましに思えた。
「ほほ。わたくし、あまり荒事には向いていないのですけれど…………。もちろん魔王さまのお力になれるのでしたら、力を尽くしましてよ」
「何を言いますか。この国が隠していた凶悪な幻象種を操ってみせた手腕、見事なものです」
ライレフの褒め言葉に、ヴァシリッサもまんざらではなさそうだ。
神殿は凶悪すぎて封じられていた幻象種を秘密裏に持ち込んでいたのだとか。
その力を有効活用する方法を探していたり、使役する新技術を模索したりと、危険すぎる実験を行っていた。
他の者ならできるはずもないと危険性を重視すものの、ヴァシリッサはかつてコカトリスを提供した実績がある。
確かに操れるのだから、こちらとしてもその力を今さら疑ってはいなかった。
「ヴァーンジーン司祭から了解は取ったのかい? あの巨狼を差し向ける際、ヴァシリッサの代役として死者を向かわせるよう進言したそうだけど?」
死者を使って術の中継をと、ヴァーンジーンはヴァシリッサが直接出向くことに難色を示した。
危うくなれば術を解いて死体に戻すだけで済むので、ヴァシリッサという稀有な人材を失う危険はない。
「他の幻象種も全てヘイリンペリアムから戦場へ連れて行くのならという条件で、司祭の方からは了承を得ています」
どうやらすでに交渉済みのようだ。
従僕を志す悪魔に手ぬかりはないらしい。
「あの司祭は今、何をしているのでしょうね?」
ライレフが探るようにヴァシリッサに目を向ける。
そう言えば、今までライレフはヴァーンジーンに興味を持たなかった。
僕からすれば争いを望んでいるようには見えないけれど、この悪魔が興味を持ったとなれば何かあるのだろうか。
「ライレフにとってヴァーンジーン司祭は争いの種にはならないのかい?」
聞いてみると冷笑が返る。
「あれは争いが手段と割り切っている人間なのです。しかもこれだけの争いを引き起こしておいて私欲がほぼない。とんでもない狂信者ですよ」
「私欲が、ない?」
「まぁ、悪魔の慧眼には恐れ入ります」
驚く僕を気にせず、ヴァシリッサが肯定する。
けれどおかしい。
ヴァーンジーンは自ら魔王石をヴェラッドに渡し、僕たち親子の間に波風を起こしている。
ヴァシリッサを送り込んだ様子を見るにわかっていて親子の間に争いを起こしたんだ。
なのに私欲もなく?
何が目的であんなことを?
「あら、そんな難しい顔をしなくてもそういう人間もいるということですわ」
ヴァシリッサも僕に冷笑を向けた。
「あの方は生まれながらに狂った人間性を抱えていたのです。そこらの羽虫と周りの人間になんの区別もなかったのですわ」
「共感性の乏しい人間は稀にいます。その上、情に流されず信念も拘りもないので立ち回りは誰よりも上手く合理的であったりするのです」
ウェベンが知ったように語る。
どうやら悪魔はその手の人間を見たことがあるようだった。
「そんなあの方が教会に身を寄せることになったのは、いったいどんな皮肉でしょうね。まぁ、わたくしも尼僧をしているのですが」
ヴァシリッサが自嘲を交えて表面上だけなら綺麗な笑みを浮かべる。
「養育を任された方は司祭のお言葉を借りるなら、理想的な聖職者であったそうですわ。神の絶対と人の弱さ、社会秩序における宗教の必要性などをお教えになったそうです」
「なるほど。つまり聖職者として生きるよう、あの司祭に教え込んだ結果、神のために不要な人間を始末しようと今回の件を画策したと」
「ど、どういうことなんだ、ライレフ?」
全く話の筋が見えない。
ヴァーンジーンは理想的な聖職者に育てられ、聖職者として生きることを決めた。
なのにどうして魔王さまによって今ある秩序を壊すことを是としたのか?
「間違っているのでございます。あの司祭にとって、今の秩序は。ですから壊して作り直そうと考えていらっしゃる。なんとも人間らしい卑しくも傲慢な考えではありませんか」
芝居じみた動作で語るウェベンに、ライレフも同意見らしい。
ヴァシリッサは笑って補足した。
「わたくしが知る限り、ヴァーンジーン司祭のお眼鏡に適ったのは姫騎士のみ。できれば、あの小娘どもをヴァーンジーン司祭に辿り着く前に始末したいところですわね」
「ほう、それは面白い。望む手駒を使い捨ての手駒が潰した時、あの司祭はさらなる争いを招いてくれるかもしれませんね」
ライレフの乗り気具合を見るに、どうやらヴァシリッサとは本気で気が合うらしかった。
僕は宇宙に浮かんで神に聞いた。
「ねぇ、アルフの視点で見えるなら、魔王のも見えるんじゃない?」
「君が望むなら」
神の返答は変わらない。
どうやら僕につき合う気らしいんだけど、暇なのかな。
「…………君の力なら僕をあのワンルームに戻すことって簡単なんじゃない?」
「君が望むなら、君の力で叶うはずだ」
「そこは神さまらしくちちんぷいぷいで叶えてよ」
「…………私には、あの魔王と呼ばれる思念をどうすべきかわからない」
「僕を一方的に応援して消し去るじゃ駄目ってこと?」
「それは、君が望むなら。私は君の生き方に干渉する気はない」
「これだけきっちり精神の形作っておいて?」
僕は他のワンルームである星を指す。
全部同じ基本形で、白い壁に扉が一つ、天井はなし。
魔王は神の影響を受けて魔王になった。
思うにこんな風に最初から心象風景に現れる精神の形を規定されてたんじゃないかな。
そんな魔王と僕も似たようなものなのに、今さら生き方に干渉する気はないって説得力ないよ。
「君が望むなら、私が与えた知識を全て忘却させることも可能だ」
「そういうことじゃないんだ。それに今さら消されたって、それこそ今の僕に大きな影響及ぼすことになるよ」
この状態で周囲と関係を築いて来たのに、今さら失くしても今までの僕とは大きく変わるだけじゃないか。
「なんか機械みたいなひとだと思ったけど、そのあやふや感ってやっぱり元は人間なんだね」
「…………私は、人である、つもりだった」
「でも神と呼ばれてるし、神って呼ばれるようなことしてる一人じゃないか。そこ否定すると責任逃れみたいに聞こえるよ」
「違いない。私は月からも逃げて来た。本当なら、彼を止めるべきだったのに」
「止めるって何を? また地上焼くの?」
「地上を焼く、攻撃能力は今も保持されているだろう。今思えば、月に残ってその機構を破壊すべきだった」
「衝動的に飛び出しちゃったのか。なんだかそこは僕に似てるね」
「似てる、か…………」
何処か僕より後ろの遠くを見る神は、独り言を呟いた。
「彼も、理想と責任感が空回ってしまっていたのだろうか」
それに当てはまるのは魔王なんだろうけど、そうじゃない気がする。
「ねぇ、もしかしてさ…………地上を焼いた神の中で率先してやった人って、魔王の人格の元だったりする?」
僕の思いつきに、神は答えない。
けどもうそれが答えだ。
どうやら魔王はどうあっても極端に走る性格だったようだ。
「魔王は今、自らとは別のものを見ているようだ」
「うーん、雑な誤魔化し。けど乗るよ。別のものって?」
「目を閉じて望むといい」
言われたとおりするけど何も見えない。
いや、灯りの具合はわかる。
「何これ? 魔王目を閉じてる? あ、なんか情景が浮かんで」
魔王もアルフのように、今いる所とは別の場所を覗き見しているようだった。
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