408話:混戦の中の策謀
アルフたちの後方からやってきた援軍はエルフとドワーフだった。
連れて来たのは森にいたエルフの若者ブラウウェルとドワーフの長老ウィスク。
「やれやれ、まさかマ・オシェに来る前に海でも怪物退治をしていたとは」
ウィスクが言うのは、魔学生たちと船に乗って南下した時のこと。
海馬とか、海の妖精とかそう言えば色々あった。
その件で僕のことを覚えていた船長がマ・オシェの近くにいたらしく、エルフとドワーフの軍といういろいろ問題があるメンバーなのに快く船を出してくれたそうだ。
お蔭でこの速さでの合流となったらしい。
「何処へ行っても問題しか起こさないのはどうかと思うが」
ブラウウェルがなんか納得できないみたいな顔して言ってた。
そして軍として機能する集団が合流したことで、戦況は一転する。
エルフとドワーフ、人間の軍がそれぞれ敵軍の押さえに回ってくれた。
その隙に個人で強い者たちが剣先のように敵主力を正面から引き裂く。
「げ、あっち人間が主力だと思ったら」
アルフが後方から声を上げる中、グライフたちが敵本陣に迫る。
すると突然、敵本陣の横から巨躯の幻象種が姿を現した。
「フローズヴィトニル!?」
アルフはグライフの首にかけられた木彫りから、新手の敵の正体を叫ぶ。
「あの巨躯の狼を知っているのか羽虫!」
「巨人にも食いつく凶暴な奴だ! 巨人も殺しきれずに封印してたはずなんだよ!」
「なんでそんなのいるのよ!? 巨人でどうにもできなかった狼を、人間は操れるのよ!?」
どうやら昔、巨人と争いあった幻象種らしい。
巨人は滅ぼしきれずに生き残りを封印をしたのに、どうしてかその封印が解かれて魔王に与する人間の下にいるようだ。
「北はとんでもないところだな!?」
「俺も北のことは良く知らないが、ありゃ特殊例だろ」
グライフの側には、エルフを乗せたグリフォンたちがいる。
その中からなんだか場違いな声が聞こえた。
喋ったのは大グリフォンの街で倒したフォンダルフというグリフォンと、僕に蹴られてお腹に消えない痣ができた飛竜のロベロだ。
フォンダルフは僕とグライフに再戦するためにニーオストにいたそうで、エルフの軍と一緒に来てた。
再戦どころの話じゃないんだけど、そこはグリフォン。
なんだか戦う雰囲気あるから一緒に飛んでみてるようで、巨大狼が現われても珍しがってはいても怯えてはいない。
「出番じゃ! でかぶつ行け!」
「食われろ、ワイアーム!」
「尻尾と羽根を千切られろ!」
「頑張れ狼! 飲み込め!」
「黙れドワーフども!」
本性に戻ってたワイアームが、フローズヴィトニルという狼に襲われてた。
大きさ的に噛みつくにはちょうど良かったのかな?
ドワーフたちは自分たちの戦いそっちのけで騒いでる。
ワイアームは牙を立てようとするフローズヴィトニルにブレスを吐きかけつつ、尻尾で適当な土塊を掘り出してドワーフにぶつけた。
「何すんじゃー!?」
今度は抗議のためにドワーフたちが武器と盾を打ち鳴らし始める。
うん、すごくうるさい。
そのせいで次はグライフがドワーフに攻撃しようとするのを、アルフが木彫り経由で止めた。
同時に、フローズヴィトニルが嫌がるように退く。
「あ、そう言えばフローズヴィトニルがまだ自由だった頃、人間たちは襲われないように鍋とか農具とかガツガツ叩いて追っ払ってたらしいぞ」
「それを早く言え、羽虫!」
「なんか巨人がフローズヴィトニル退治に鉄鎖引き摺って捕まえるってことしてたから、金属がぶつかる音嫌いになったらしい」
アルフが呑気に妖精王の記憶を探るように教える。
言いながらも妖精を飛ばして金属音を立てるよう報せてた。
あんまり敵味方の区別がついてないのか、フローズヴィトニルは巨体で近くの人間たちも攻撃に巻き込む。
仲間のはずの人間の軍からも金属を打ち鳴らす音が次々にわき起こった。
本当うるさい。
グライフや耳がいいらしいグリフォンたちは上空高くに避難してしまった。
「はは、こやつ。冷気を放つではないか」
「やめろワイアーム!」
「ざぶいー!?」
「死んでしまうわい!」
フローズヴィトニルが身を震わせると雪が舞い寒風が周囲に広がる。
寒さに弱いドワーフへの嫌がらせでワイアームはさらに身を震わせるようと突いた。
そんな巨大な戦いの横を、ヴォルフィ率いる寒さに強い獣人たちが駆け抜けて敵本陣へ走り込む。
フローズヴィトニルは奥の手だったようだけど、生かしきれずに本陣周辺が混乱してしまう状況になっていた。
「ふむ、どうやらあの巨狼は操られているようだ」
アルフと一緒に後方にいたヴィドランドルが目玉なんてない骸骨の顔でフローズヴィトニルを観察してた。
「本当に人間やめてるな。あれがわかるのか」
アルフが失礼なこと言っても、ヴィドランドルはちょっと笑うように骨の顎を鳴らす。
「妖精王が手を出さぬとなれば、それほどに強力な操作であるのか」
「いや、思考力奪われてる感じだから、本人の精神強めればなんとか。ただ、無理に手を入れると壊れるんじゃないか? 操ってる術者叩くのが早いんだけど」
その術者はアルフでも見つけられないらしい。
そんな話をしてるところに唸り声が聞こえた。
ケルベロスだと思ったら、メディサの困り声が響く。
「待ってケルベロス! どうしたの!? あぁ…………!」
メディサの制止も聞かず、ケルベロスが走り出した。
向かう先は敵本陣。
明るいのは苦手なはずなのに、三つの首は前だけを見てひた走る。
「ごめんなさい、妖精王さま! ケルベロスが、あの巨狼が現われた途端興奮しだして!」
「いや、あの反応は…………。向こうに屍霊術師でもいたんだろう」
「ふ、ふぅ…………。妖精王に良く言い含めてもらっておかねば次は我が身か」
猛々しいケルベロスの疾走に、ヴィドランドルが出てもいない汗を拭うふりをした。
同じイヌ科として思うところがあったのかな?
フローズヴィトニルも、ワイアームからケルベロスに標的を変える。
それが隙となってワイアームがフローズヴィトニルの首を捉えて引き倒した。
「おい、傷物グリフォン。敵の大将捕まえてくれ」
「まだ下は寒かろう」
「ボリスー、寒がりの猫ども温めてくれ!」
少年くらいの大きさになったボリスが、グライフのほうへと飛んでいく。
グライフはボリスが来るのを待って、敵の本陣に悠々と着陸。
温かいせいで他のグリフォンやロベロも一緒について来た。
そこに鎧を着こんだ将軍らしい人が現われる。
周りには決意の顔をした兵も集まってた。
「獣にはわからぬだろうが我らもお国のため」
「敗北も受け入れられぬ愚者がほざくな」
「何!?」
グライフが人間にもわかる言葉で返したせいか、将軍らしい人は目を剥いた。
そう言えばグライフって北の陸地を回って東にやって来てる。
この北のほうの言葉もグライフは喋れるらしい。
逆にグリフォンに乗るエルフたちは、驚いてるとかの感情しかわからないから武器を構えて微動だにしない。
「歩みを邪魔するのならば殺す。敗北を受け入れ道を譲るならば路傍の石など知ったことか」
「命までは取らないと言うのか? …………しかし、国を、妻子を見捨てて浮かぶ瀬もなし!」
将軍は剣を構え直す。
アルフの感覚からすると後ろに魔法使いを隠して不意打ちを狙ってるのがわかる。
さらに後ろににじり寄る存在にもアルフは気づいてた。
「我が口の深きを見よ」
敵将たちの足元に牙の並んだ凶悪な口が開く。
けれどすぐに閉じた口は人間たちを傷つけず、代わりに足元の影が食いつかれて悲鳴を上げた。
「何をしている、森の悪魔」
「こやつらを監視する者がおったので排除したまでよ」
グライフに答えて姿を見せるペオルは、咀嚼する口の中から悲鳴と罵詈雑言が漏れてる。
「ライレフの手の者だ。どうやらケルベロスが狙った者は逃げたようだな。…………わしの目を掻い潜るとはなかなか」
ペオルでも追いきれない屍霊術師がいたらしい。
その上ケルベロスからも逃げ切るってすごくない?
「いない…………? か、解放されたのか?」
敵の将軍らしい人が茫然と足元を見てた。
けど実感がわいた途端に焦りを浮かべてグライフたちに言う。
「貴殿らは妖精王の住まう森の者であろうか? すぐに森に戻られよ! 悪魔に見張られた別の国の軍が東から南下し森を襲撃しに向かっている!」
どうやらアルフの動きに対して、ヘイリンペリアムにいる誰かが別動隊を動かしたようだ。
本拠地を狙われたら無視できない。
けどアルフは余裕だ。
「その動き、予見した老婆がジェルガエって国にいてな。森を敵に回して痛い目に遭った森の東の国を纏めて、共同防衛線を提案した。森の防衛に寄与したなら旧悪は忘れてやるってな」
それってジェルガエのマローとかいう流浪の民の?
息子と孫に恋の妖精が憑いてるからアルフと連絡は取れるのか。
けどなんで積極的に協力してくれたんだろう?
「あの者か。野望が潰えて随分萎れていたはずだが、大丈夫なのか?」
ジェルガエにいたペオルも思い当たる。
「族長がライレフに受肉されてることと、ついでにフォーレンが魔王越えろって言ってたのを話したらなんかやる気になったんだよ。で、向こうから別動隊送られてくるだろうから森の防衛に寄与したいって」
「それでほいほい乗る羽虫の阿呆さ加減よ」
グライフが心底呆れて呟く。
うん、それ野望にまた火がついてやる気になってない?
しかもそれって確か流浪の民の双子に言った言葉だよね? 誰がそれ言ったの?
というかつまり、僕のせい? 森を守れるならいいのかな? 仕掛けてくるならまた潰せばいい?
これは、森に変えれてからも色々ありそうだ。
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