42話:許可はもぎ取るもの
ほぼ丸い月の下、ビーンセイズ王国の王城は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
まぁ、城内に入れてたグリフォンが檻を壊して暴れたら、当たり前だよね。
「思ったより出てくる兵が少ないなぁ」
「そうなの、アルフ? あ、そう言えば夕方忙しそうに移動してたよね、兵」
「教会のほうに兵詰めてるって考えたほうが良さそうだ」
「あ、グライフ。姫騎士団が来たよ」
城の外にある女子修道院で宿泊中のランシェリスたちに、グリフォン脱走の報せが届けられるのは、想定内だ。
「じゃあ、そろそろ行こう」
「む、まだ国王を見つけられていないというのに」
檻に置き去りにされたグライフは、国王をちびらせるつもりだったらしい。
「もう城の奥に隠れて出て来ねぇよ」
アルフは小さくなった僕の背中に跨って笑った。
僕とアルフは、グライフに協力を要請して一緒に行動する係だ。
で、姫騎士団は偉い人から許可をもぎ取る係。
何の許可か? そんなの決まってる。
「皆、負傷者を連れて下がれ! ここからは我らシェーリエ姫騎士団が対処する! 宰相閣下よりの委任状だ!」
「グリフォンが何処に逃げようと、私たちが追いましょう!」
ランシェリスが巻紙を広げると、ローズが夜の暗さに紛れて僕たちに片目を瞑ってみせた。
「よし、これで何処に殴り込んでも文句はないね。行こうかグライフ、こっちだよ」
「ふん、茶番よな」
とか言って、小さくなって屋根の上を走る僕の後をぴったりついてくる。
足の長さないから、グライフ置いて行けるほどのスピード出ないな。
もちろん行く先は、ブラオンが焦って守りを固めた教会だ。
「アルフ、姫騎士団ついて来てる?」
「あぁ、こっちも見ずにな」
「行く先はわかっているのだ。それより、教会の結界とやらは大丈夫なのだろうな?」
僕の背中に乗るアルフに、グライフが唸りを向けた。
「お前、魔法に関して妖精疑うなっての。ちょっと面倒な作りの結界だけどな、中入ってまで見たんだ。ちゃんと基点が何処かわかってるって」
「基点がわかるとどうなるの?」
「そりゃ…………そこぶっ壊すだけで結界が役に立たなくなる」
「壊すのは誰のつもりだ、力なき羽虫」
僕に続いてグライフが聞くと、アルフは僕の首を叩いた。
「…………え、僕!?」
「その角で一発、壁に穴けてくれ!」
「何も聞いてないよ!?」
「今から言うからな!」
で、直前に聞かされたのは、とてもシンプルでパワフルな方法。
僕の角に魔法かけて結界に干渉できるようにするから、後は力任せに基点近くの壁を壊せば、建物自体に固定された結界が崩れる、ということらしい。
「別に角でやる必要なくない? グライフの爪でもいいじゃん」
「どっちが硬いよ?」
僕です。
アルフは僕の角に魔法をかけて、狙う壁の位置を精神を伝って教える。
「じゃ、さっさと行くよ!」
僕は屋根から飛び出し、体の大きさを元に戻すと、そのまま壁に角で一撃を加えた。
ゴッ! と鈍い音を立てて角の三分の二が埋まる。
角を引き抜くと、壁には丸い穴が開いていた。
「あれー? もっとガラガラー! って崩れるかと思ったのに」
「阿呆。一点に集中した強力な一撃は、無駄な破壊など起こさん」
「あ、壁崩したほうがいいの? だったらちょっと待って」
「それくらいなら俺でもできるわ」
「もう結界消えたから、俺にもできるぜ!」
なんて言いながら、僕は後ろ蹴り、グライフは嘴と鉤爪で襲いかかり、アルフは炎の魔法で爆破した。
「アルフー!」
「羽虫め!」
「あ、ごめんごめん!」
火の粉と瓦礫を浴びた僕たちの抗議の中、姫騎士団が追いついて来た。
「これは、また…………すごいな」
「人間の作った壁なんて、幻象種には無意味なのね」
ランシェリスとローズの声に、改めて壊れた壁を見た。
回廊付きの中庭が綺麗に見える。
うん、グライフが羽根広げてもまだ僕が並んで入れるくらいの幅が崩落しちゃった。
「みなさん、無茶しますね」
「あは、広ーい。んー、誰か来たよ」
隠れて辺りを見張っていたガウナとラスバブもやって来た。
けど、なんか別の人も来たみたい。
「な、なー!? なんだこれは!」
「おい、貴様らどういうことだ!」
無駄に大声を上げるのは、外から駆けつけて来た騎士団。昼間に会った奴らだ。
ランシェリスを見ると、にっこりと作り笑いを浮かべてる。
その陰でローズが僕たちを追い払うように手を振ってた。
姫騎士団は無言で次々に馬を降り、得物に手を添えている。
「怖い…………」
「うーん、同意」
「なんだ、知り合いか?」
「なんでもないよ、グライフ。中入ろう」
僕たちが教会の中に侵入すると、騎士団は騒ぎ出す。
「そのグリフォン、まさか!? な、何故ここに!?」
「おい、おいおいおい! あれはユニコーンじゃないのか!?」
「下がってください。対処は我々が一任されております」
「慣れない素人がいると邪魔なの」
「何ぃ!?」
冷淡に告げるランシェリスと、煽る気満々のローズに、騎士団は簡単に乗せられた。
「錯乱した素人の保護もしょうがないがやっておこう」
「えぇ、そうね。錯乱して余計な怪我をしてもいけないものね」
「え? おい、何故剣に手をかけてこっちに…………?」
昼間の五人以外にも騎士団いたんだけど、みんな仲良く姫騎士団に保護された。
「あれは保護とは言わんぞ、仔馬。集団暴行だ」
「いや、さすがにわかるよ。保護を名目に昼間の憂さ晴らししてるってことくらい」
「やー、性別的な肉体の不利を感じさせない手際だ。さすが実戦経験豊富」
騎士団を気絶させて縛り上げた姫騎士団は、いい笑顔で僕たちの後を追って中庭に踏み込む。
「それでは、工房とやらに」
「あれ、この臭い」
なんかランシェリスの指示を遮るみたいになっちゃった。
僕は人化してランシェリスに視線を合わせる。
「えっと、あっちから昼間教会に入る時出迎えで会った司祭さんの臭いがするよ」
「あら、ちょうどいいじゃない。吐かせましょう」
「副団長、縄の残りはこれだけになりますが」
「大丈夫だ、ブランカ。司祭の服には縄代わりになる丈の長い衣服を重ねて着ているからな。良く見て覚えるといい」
えっと、姫騎士団って幻象種とかを専門にしてるんじゃなかったっけ?
なんて思っている内に、寝室に籠っていた司祭を引き摺り出して、中庭の月明かりの下で縛り上げた。
結論から言うと、この司祭さんは魔王石のこと知ってた。
知った上で、場所を提供して黙認。ヘイリンペリアムっていう教会の元締めにも報告してなかったんだって。買収と地位の安堵で司祭は靡いたようだ。
で、こんな司祭だったから、その下にいた誰かがランシェリスの上司に当たる人? に密告していたらしい。
「く、くぬぅ。いったい、誰が私を裏切ったのだ! うぎゃ!?」
縛り上げられた司祭さんは、膝立ちさせられた背中を蹴り倒される。
「裏切ったのはあなただ。このような邪悪な企みに加担しておいて、悔いることもないとは、救いようのない」
「え、英邁な王が不老不死を得て楽土を築く! これの何処が裏切りだと、ぎゃ!」
ローズに引き起こされて、また口答えしたせいで横面を張られる。
「不老不死など幻想。神は人にそのようなことは望まれてはいない。まして魔王石を使えば叶うほど、簡単なことではない」
「ダ、ダイヤだ! 妖精王が独占していたダイヤさえあれば!」
暴行を予期していた司祭は、何もされないことに驚いてランシェリスとローズを見る。
けど二人はアルフを見ていた。アルフは僕が人化すると同時に可視化してる。
「ご意見は? 所詮、金に目の眩んだ俗物の世迷言ですが」
「無理だな。ダイヤの性質を考えればそういう発想になるのはわかるけど、宝冠で考えると不老不死に適してるのは宝冠に使われた金属のほうだぜ?」
「専門家が言っているのなら、魔王石での不老不死なんてただの妄言ね」
アルフって専門家なの? あ、魔法は妖精の得意だから?
「さて、今度こそ工房へ行きましょう」
「ランシェリス、その司祭さんは連れていくの?」
「教会によっては泥棒避けの罠が仕掛けられていることもあるから、先頭を歩かせるのよ」
ランシェリスが当たり前のように説明してくれた。
さすが異世界のアマゾネス。怖い。
「な、何故工房の存在を!?」
司祭さんが剣で背中を突かれつつ歩かされてる。
適当に近づいてくる兵を吹き飛ばしていたグライフが、移動に合わせて戻って来た。
「人間はそんなことも知らぬのか?」
「ひぃ、喋った!?」
「妖精は隠すのも暴くのも得意なんだよ」
グライフに驚く司祭さんに、アルフが翅を揺らして教える。
「とんだ悪趣味ということだ」
「お前、本当に悪意あることしか言わねぇな」
「俺からすれば、悪意もなく悪を成す貴様が腑に落ちんぞ」
「悪意っていうか、結果を考えずに面白そうなことするからね。たちが悪いんだよ」
「フォーレン!?」
「ふふん、貴様もわかって来たか」
「ほら、仲良く喧嘩してないで、進もうよ」
僕たちの会話に、何故か司祭さんはおどおどしてた。
今のは比較的和やかな会話だったと思うんだけどなぁ?
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