405話:答える誠意
フォローのつもりが魔王が不機嫌になって、神も困ってる。
僕は話を変えるために気になったことを聞いた。
「冥府には転生に対して具体的にどんなメリットがあるの?」
「冥府はどうやら魂が精神の膜から離れて霧散する時に放出されるエネルギーによって維持される場所だ。冥府は魂から精神を剥がしてエネルギーを取り出すことができる。だが、魂の在り方が違う私からは無理だった」
「他の神は体も精神も魂さえ消えて、世界を改変する魔法を使ったんだっけ? でもそれをすると君の生存が無理になる」
この神は生きていることで、五千年前のように地上を焼かせないようにしている。
初日に致命傷を受けたのはどうかと思うけど、運良く冥府という死を遅延させられる環境にいるので今もその目的は続けていた。
そして殺しても冥府は膨大な力を持つという神からエネルギーは得られない。
神が自らその存在を無にした時初めて魔法が使えるように、冥府が求めるエネルギーもその時になってようやく得られるんじゃないかな?
けれど話を聞く限り冥府は生を望むこの神に対して協力的だ。
「冥府という魂がなくとも肉体が生存できる場所であったのも良かったのだろう。私は魂だけを肉体から遊離させることができた。そして地上にて新たな肉体を得る。そこに精神が育ち、肉体が死して冥府へ至る。すると元来私の物でない精神は剥がれる。その際、冥府が求めるエネルギーを得られることがわかった」
「つまり、ただ冥府にいられるよりも、転生して力を発散してくれるほうがいいってことか」
どうやら僕が死ぬと冥府へいくようだ。
そして神と分離する。
死んだあとのことは今はいいか。
まだすぐに死ぬ気はないし。
「君は、僕にどう生きてほしいとかはある?」
「いや。この生はフォーレンのものだ。私はただ君の経験を通してこの世界を知り、そして幻象種という系譜を異にした地球の霊長について知りたい」
「ならば…………!」
魔王が怒りを孕んで声を上げた。
「他人の生などを利用せず、己のままでいれば、行動を起こせばいいだろう…………」
「いや、魔王。この神は死にかけなんだし」
って言っても魔王には関係ないのかもしれない。
言いたいだけだ。
だって魔王を使徒にした神はもういないらしい。
そしてこの神とはたぶん目的が違う神だった。
「五人目の性格からして、決して他人を無為に利用して貶めるような性格ではない。実験とは言ったが、その根底には私たちの不如意によって地上に放置することとなった人間たちに対する救済も考えていたのではないかと思う」
「作って遺棄し、後から中途半端に手を入れて何を言う」
魔王は見るからに苛々してる。
怒りをぶつけたい相手が別人だってことはわかってても、目の前の神の言葉を受け入れられない気持ちが強いんだろう。
これ、まずいかも。
「確かに知識を与えた。性格についても私たちが身に着けた倫理観に沿うよう手を入れた。けれど、知識の使い方についてはなんの強制もない。君が望んで行動したことを否定することはない」
神は肯定のつもりでいったんだろうな。
でも違うんだよ。
魔王が怒っているのはやるせなさや悔しさからだ。
自分の失敗の原因を求めたのに、もう答えを知っていただろう神が存在しないなんて、ここまでやって来たすべて否定された気分なんじゃないかな。
「俺は…………無駄だったのというのか…………」
魔王の無念は、魔王石から復活するほどの強い思いだった。
それはいっそ神へ縋った最後の願いと言えるかもしれない。
魔王は神に会いたかった。
それで何か解決すると縋った。
それが今、断ち切られたんだ。
「私は、きみの救いにはなれない。故にもはや隠すことなく私たちの過ちを告げ、答えた。それが、せめてもの誠意だと思っている」
「ふざけるな!」
わー、この神逆撫でするぅ。
そんな困った目をして僕を見ないでよ。
あ、魔王が怒りのままに魔法撃った。
いや、ここ精神世界だし魔法じゃないのかな?
うん、問題はそこじゃないか。
「うわ!?」
僕には避けもしない神が爆発したように見えた。
魔王の攻撃に気づいても避ける素振りもない。
それは魔王も気づいていて直撃した後も攻撃の手を緩めない。
剣状の炎が爆発する。
雷の矢が降り注ぐ。
氷の槍が抉るように回転し、鉛の球が秒速で飛んだ。
「…………無傷?」
魔王が攻撃をやめて様子を窺った先で、神は無傷だった。
怒るどころか申し訳なさそうな目をする神。
「ここは私の魂の内。どうしても私を許せないと言うのなら、この空間全てを吹き飛ばすつもりでやるべきだ」
「ちょ!? 君が死んだらたぶん僕も死ぬよね!? やめてよ!」
何殺し方教えてるのさ!
僕は保身のために神と魔王の間に入る。
すっごい殺気立った顔で魔王に睨まれた。
「君も目的なくなったなら体返してよ!」
「それは…………」
神が困ったように声をかける。
けど魔王のほうが早かった。
「断る!」
あー! 僕が攻撃対象になっちゃった!
爆発する炎の剣が投げつけられる。
神は無傷だったけど僕はそんなんじゃすまなかった。
「痛…………!」
熱波や爆発の衝撃は生身と同じに感じる。
咄嗟に両腕で防御したんだけど。
「痛いのに、怪我はない?」
「ち、この程度ではお前も削れないか」
「削るとか怖いこと言わないでよ!」
「精神の状態であるため、一定以上精神力を削られない限りその身は損なわれない。痛みを感じるのは気分だ」
神の説明でわかったのは、攻撃を受け続けるのは危険だということだけ。
「つまり痛み失くすこともできるんだね?」
「推奨はしない。慣れない君にとって痛みは己の損傷具合を計るバロメーターとなる。損傷がないので動きに支障はないはずだ」
そうかもしれないけど。
「うわ、また!」
今度は雷の矢が降り注ぐ、
さすがに受けることはせずに避ける。
けどここってどうやって動けばいいんだろう?
神との間に割って入ってワンルームから離れた。
なんとなく跳んでみたらさらに離れる方向に移動してしまう。
しかも止まる様子がない。
「もしかして無重力なの!?」
「ここにそのような法則は存在しない」
神から離れ続けてるのに声は聞こえる。
そして攻撃しても甲斐のない神から離れて魔王が僕を追って来た。
「ねぇ、もうそれ、八つ当たりだよね!?」
「それがどうした!」
開き直った!
魔王は鉛の球を撃ち込んでくる。
避けるのに必死になってたら距離を詰めて氷の槍を突き出してきた。
咄嗟に槍を蹴って避ける。
「僕を殺してどうしようっていうんだ!」
「ともかく目障りだ! 消えろ!」
「ひどい! 誰が消えるか!」
手近なワンルームの壁を蹴って方向転換した僕は、魔王を角で薙ぎ払った。
防御に使った魔王の氷の槍は折れて消える。
「君が僕の仲間を傷つけるだけなら、絶対に体は取り返す!」
「できもしないことをほざくな!」
魔法じゃ勝てないから距離はあけずに僕は蹴りを試みた。
けどなんか踏ん張り効かない。
魔王はそれがわかっていたように足を掴んで拉ぎをかけようとする。
僕は重力なんてない状況を使って、もう片方の足を魔王の首にかけて抵抗した。
バランスを崩した魔王が足を放して僕を投げる。
うん、体術でも勝てる気がしない!
「生前みたいに世界を良くするつもりもないならもうやることないでしょ!」
「…………うるさい!」
もう反論もなしか。
魔王は本当に八つ当たりのためだけに僕を襲っていた。
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