402話:月の生き残り
正直今の僕の感想は、妙なことになった、だ。
一つの体の主導権を争っていたはずの僕と魔王。
そんな僕たちは、前文明の生き残りで、神と呼ばれ、今いる人間を作ったという日本人の話を並んで聞いてる。
「魔王、君は妖精が使う見えざる手と呼ばれる力を使うことができるか?」
「それは神が妖精のみに許した能力であると聞いている」
「で、あるなら君もフォーレンと同じ時代の知識で止まっているのだろう。すぎた力は災いだ。滅びを前に前文明は新たな技術と論理を生んだ。あの不安に潰されそうだった時代については何も知らないのだろう。…………その選択の理由は、痛いほどわかる」
なんか神が感傷的になってる?
もしかして僕が知ってる現代知識って神からしたら古いの?
滅びにもがいて抗って、新しいものを生み出しても喜ぶどころじゃない時代。
なんか想像できないくらい息苦しそうだ。
「まず、前文明は君たちが知る時代より二十年ほど前から滅びを予見していた」
「早!? あ、けど大予言とかなんとかあった気がする」
「その頃はまだ公にはされていなかった。権力者たちは情勢不安を起こさないため、秘密裏に世界の滅びを食い止めようと手を打っていたそうだ」
他人ごとってことは、僕が前世の知識で感じていたとおり生まれは一般人。
そんな人間がどうして神に?
「滅びまで十年、長くても二十年もたないとなり、世界に滅びの予測が伝えられた。恐れていたとおりの恐慌がまん延し、同時にそれまでの倫理観や常識の概念を取り払って技術革新が行われた」
「まぁ、人を月に送り込むなんて、僕が知る限り一回しか成功してなかったけど」
その一回も実は嘘じゃないかとか言われてた。
それは置いておいても、人間を作ったりはクローン技術で倫理的問題があるから勧められないって聞いたことがある。
怪物、悪魔や妖精なんて、技術的にも倫理的にも僕の知る知識では生み出せない。
「わかりやすく言うと、倫理的に禁忌とされていた研究が実行され、超能力と呼ばれる力が体系化された」
あ、もしかして僕心読まれてる?
神の目がちょっと申し訳なさそうな色を浮かべた。
なんか顔自体は動かないけど目は正直だな。
「妖精のあれ、超能力なんだ?」
「正確には超能力と呼ばれた力を再現するナノAIの一機能だ」
またなんかファンタジーなのかSFなのか。
「それほどに技術が進歩したというのに、世界を救えなかったのか?」
「救えなかった」
責めるような魔王に神ははっきりと答えた。
「だから人間という霊長を知識、技術、文明と共に保管し、遠い未来に託す計画が立てられた。その計画は複数同時進行され、どれか一つでも残ればという考えの下で行われた。私が月に送られたのも、その一つ」
「じゃあ、月には前文明の人間結構いるんだ?」
文明の保管と言ったら十人やそこらじゃ足りないはずだ。
けど神の答えは無情だった。
「月に作った保管基地は壊滅。運よく生き残ったのは、十人だった」
「少な!?」
「それが、使徒を移し身とした十人の神か」
「そうだ」
僕はわからないけど魔王は何か知ってたらしい。
十人が移し身?
前文明の生き残り十人それぞれが、使徒を一人ずつってこと?
「幸いだったのは生き残った十人が、誰も若く健康であったこと。不幸はその他すべての状況」
救いがない話の気配がするな。
「まず私たち十人は月での生活を成り立たせる必要があった。破損した設備を修復し、残ったプラントを拡張し、現状を知るために管制システムの復旧にも努めた」
神が言うには一つ達成すれば十の問題が新たに判明する日々。
最も生き残りを挫けさせそうになったのは、まず第一に千人以上の死者が発生していたことだったそうだ。
次に地球を観測できたはずの基地からは宇宙しか見えなかったこと。
最初は地球がなくなったと思ったらしい。
実際は月が裏返ってしまっていたそうだ。
「衛星を作り、飛ばしてデータを解析した。地球が存在していることに喜んだのもつかの間。文明の灯は観測できなかった」
つまりは電気に頼る科学文明の滅亡を生き残りは知ったらしい。
「本来目覚めるのは五千年経ってからだった。ところが管制システムが損傷したため、私たちはいったいいつの時点で目覚めたのかもわからず。月であっても時間は二十四時間で一日を数えていた。けれど問題に追われ、襲い来る絶望を乗り越えることに必死で気づくのが遅れた。私たちが地球を観測できた時、ゆうに二十年は過ぎていた」
「え、二十年って。君はどう見ても二十代だよね?」
「精神世界において姿はその者が強く意識する形となる。年老いて精神性が変われば相応の姿になるはずだ。だが年月を経て姿の変わらない長命種に在っては姿の変化はないと言われる」
つまり魔王がここでも僕の姿なのは、名前と一緒に記憶あやふやなせいなのかな?
「そう…………、私たちは不老となっていた。さすがに発展した化学でも老いのメカニズムを解明したからと言ってすぐさま老いを止めることはできなかった。私たち自身もそのような施術は受けていない」
「あ、年取らなくする方法はあったんだね」
思ったより神は僕の知る前世より未来を生きてる。
夢のような力は、確かに神と呼ばれる存在なんだろう。
神は不老になってからまず、生殖という必要であるけれど危険の伴う試みをしなくていいと安堵したとか。
うん、僕とは感性が違う。
「それでも私たちに与えられた使命は文明の継承と復興。新たな担い手が必要だった。とは言え、地球と思われる惑星の状況も判然としない中、時間に限りがなくなったことで緊急性は下がった」
「でも君たちは人間を作って地上に降ろしたんだよね?」
「神の継承者が人間であるなら、何故神は指導者として姿を現さない」
神は僕たちを見つめてゆっくり事実を告げた。
「まず、人間を作ったのは私たちの独断だった。そして、人間が人間を作ることへの倫理的対立が生じた。…………私たちも、結局は人間だった」
そんな神の告白に、魔王が明らかにショックを受けてる。
「倫理観無視するようになったんじゃなかったの?」
「それは世界を救うという建前があってこそ。すでに世界は滅んだと思える中、時間はあり、倫理観を無視する試行を推し進める必要性はない。だからこそ、問題になった」
「ではなぜ、何故人間を作った?」
魔王が責めるように神に問いかけた。
「感傷だ。最初にそれをし始めたのは、月基地の整備を担当する者だった。月表面に残った遺体を有機資源として消費することに罪悪感を捨てきれず、かき集めた誰とも知れない遺伝情報を元に一人の男を作り上げた」
「ゆ、有機、資源って…………有機肥料、みたいな?」
神が頷く。
つまり死体を分解して再利用って?
水もない月で人間の体は確かに資源だろうけど…………。
基地の整備ってことは、基地が壊滅してほとんどが死んだことに対しての責任を感じていた人がいたのかもしれない。
自分のせいで死んだかもしれない者を消費するだけの資源にする。
それが耐え切れず、倫理観を無視して新たな命を生んだ。
確かにその矛盾は人間なんだろう。
「僕にはどっちが正しいとかは言えないや。少なくとも君は、その動きに賛同したんでしょ?」
「男を作る段階で、一人の女性がその試みに気づいて賛同した。そして女性体をもう一体作成するにあたり、私にも声がかけられた。すでに男が完成していたので、女を作ることに疑問はなかった」
「アダムとイブかぁ」
「なんだそれは?」
「あれ、魔王知らない? 前文明で広く信仰されてた宗教に出て来る最初に人間の名前だよ。ま、それはいいか。で、結局対立したけどその人間二人降ろしたの?」
どうやら魔王には宗教的な知識はない。
僕はエンタメだから逆にそういう知識的な括りに関係なく知ってるみたいだ。
「いや、議論の決着としては冷凍保存だった。生み出した責任としてアダムとイブを殺すという意見と、生み出した時点で個人として確立しているアダムとイブを殺すのは殺人だという意見が対立した結果だった」
「あー、うーん? それも倫理の話かぁ」
「何故人間を地上へ? 神同士でも意見の対立があったのなら地上へ捨てたのか?」
魔王の言うことは非情だけど納得してない感じが見え隠れしてる。
「地上をより詳しく観測し、人間が生存可能であるかを検証するため。実験の結果、仮称アダムとイブは十年ほどでバイタルのシグナルをロスト。その際、二人が別々の場所で生命活動をしていたことにより、知的生命の存在を確認した」
「え!? 衛星飛ばしてたりしたのに、一回凍結したアダムとイブを使ってようやくなの? それ、どれくらい時間かかったの?」
「まず、それを説明するには君たちが妖精女王と呼ぶナノAIを投下し、地上観測をしていた結果を話さなければならない」
「妖精女王が現われたのは一万年ほど前。その千年後に妖精王が現われた。それが最初と次の使徒であったはずだ」
魔王の確認に僕もそう聞いたので頷く。
「それは正しくはない。最初、妖精女王は観測機として投下した。活動体や人格と言ったものは与えていない」
「あ、そう言えば妖精女王は最初、歩き回ってただけって。それで、神に通じてたとかなんとか」
「そう。地上の様子を私たちに送信する観測機として送り込んだ。他の妖精も妖精女王を親機とした子機のナノAIだ」
つまり機械?
いやいや、そんな馬鹿な。
…………そう言えばグライフが神の操り人形って。
けどやっぱりアルフに人格がないとは思えないよ。
「あれ? 結局観測機なら幻象種がいるってわかるよね? なんで人間が十年生きたからってようやく確認なの?」
神は目に暗い色を浮かべた。
それは後ろめたさのようだ。
「妖精女王の送る通信には、確かに知的生命と思われるという報告はあった。けれど、私たちの使う機器では、幻象種と呼ばれる未知の生命体を観測することはできなかったんだ」
どうやら本人が言うとおり神は全知全能ではありえないようだった。
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