401話:神と呼ばれた人間
僕の心象風景は、初めて見た時から白い壁のワンルームだった。
外には闇が広がり、頭上には星空がある。
最近その星空は宇宙で、どうやら中心に月のようなものがあったことを知った。
そしてそこから出て来たのは、白い髪をした日本人。
それを魔王は神と呼んだ。
「まだいたのか」
魔王が僕を振り返って嫌そうな顔をする。
「僕の体だって言ってるじゃないか」
「…………ち、仕込みも突破しているか」
「あの蛸か烏賊かわからない奴ね! なんてもの置いてくれてるんだよ!」
「うるさい」
本当に心底うるさそうにするな!
ここ僕の体の中だってば!
「フォーレン、ここに彼が意識を向けている間は体が無闇に動いて被害を生むことはない。そう思って落ち着くべきだ」
「…………僕の名前、知ってるんだね」
「見ていた」
「まぁ、天井のないワンルームなら見放題だったろうね」
神の声は平坦だ。
思えば周りは感情を素直に声にも表情にも出すひとばかりだった。
改めて見ると日本人って無感動っぽく見える。
けどこの神は全知全能ではないと言った。
そしてハローと僕の知る言語で喋った。
つまり、そういうことなんだろう。
「ねぇ、君は僕の何?」
「わかりやすく言えば前世」
「前世?」
疑問は魔王から発される。
どうやら前世という言葉自体を知らないみたいだ。
「君たちにはない考えだ。いや、そもそもこの世界にはない思想であり、状態だ」
「待ってよ。だったら僕はなんなの?」
「待て、前世について答えろ。それがこのおかしなユニコーンの正体なのだろう?」
僕と魔王はお互いに譲らず睨み合う。
神は片手を挙げて止めた。
「では、二人にわかりやすく話そう。まずこの世界の魂は生物の根幹であると同時に霧散して消え、また集合して魂という形になる気体のようなものだ。人格や記憶はその魂の表面を覆う粘土細工のようなものであり、肉体との接着剤でもある」
「ぼんやり、理解は、した…………かもしれない。つまり輪廻転生なんてこの世界じゃないってことなんだね?」
「そう。不滅の魂に生の全てを記録して、罪を洗い流しまた生物として地上に生まれるということはない。そこで前提となる魂は固体のようなものだ。ただ魂の抜けた粘土細工のほうは場合によっては冥府に安置されることがある。これには自我も記憶もあるけれど魂がない。もし地上に出たなら魔物と呼ばれるだろう」
「不滅の魂? まさか、神がそうだと言うのか?」
僕と魔王は思ったよりも常識が違ったようだ。
この場合、僕がこの世界の常識から違いすぎるんだろう。
そして僕の前世を自称するこの神は、どうやら間違いなく日本人らしい。
いや、もう、前世が神とか訳がわからない。
体が魔王に乗っ取られたことの比じゃないんだけど?
なんでユニコーンになってるのさ?
月にいるんじゃなかったの?
「現状、転生をしているのは私だけだ。同時に、四足の幻象種への転生が成功したのもこれが初めてのこと」
「はい! 使徒って転生者とかじゃないの?」
手を上げて質問すると、神の目が笑う。
「使徒とは違う。死を予見して深く魂の記憶にまで手を伸ばした君に、私も対処に迷いが生じた。私の知ること全てを明け渡すわけにはいかない。それは君の生を歪める。だから与える知識は選別させてもらった。その…………エンタメを中心に、害のないものを…………」
神が言いよどむ。
魔王だけわからない顔してるけど、僕はたぶんすごく呆れた顔してるんだろうな。
「どうりで役に立たない知識ばかりだと思った」
「それでも君はユニコーンとして本来しない選択をしている。今後、同じことがあるようなら知識を与えるべきではないと考えている」
僕が言うより早く魔王が手を上げる。
なんか指の形が妙だ。
でもそれが挙手として通じたらしく、神が魔王に発言を促す。
「このユニコーンが神の転生、者? であるなら、これは神の体か?」
「違う。魂が私であるだけで、そこに生じた人格も宿った肉体もフォーレンのものに間違いはない」
「はいはーい。じゃあ、魔王たち使徒って何? 科学知ってるよね? 月に行こうとしてたんだし、ロケット作ろうとしてたんじゃないの?」
なんで知ってるんだみたいな顔を魔王にされた。
けど残念、物は知ってるけど君と違って作り方なんかまったく知らないよ。
それこそエンタメ知識程度だ。
「使徒は移し身。神の気質が合う者を選定し、人格形成に必要な要因と人類の進歩に必要と思われる知識を与えた存在。地上に生まれ、地上で育つ人間であり、魂もまた地上の規則に従い獲得したものに他ならない」
ってことは転生ではない、けど、人格は神?
魔王に目の前の神との共通点は見いだせない。
それを言えば僕もだけど、それでもたぶん文化的な考え方は同じだと思う。
けど魔王はそこからして違う気がする。
魂の在り方や与えられた知識の違いなのかな?
「うん? あれ? 転生をしてるのは私だけって、それつまり」
「おい、答えを得たなら譲れ」
魔王がなんか言ってる。
あ、律儀に手を上げてた。
けどひとの体乗っ取ってる魔王に言われるのはなんか違う気がするなぁ。
「神は月に在り、月には神の国が存在するのか?」
魔王の質問に神は悲しそうな目をした。
「人間を作った者は月にいる。だが、私たちが与えた知識を作り上げた文明はかつて地上にあった」
「「な!?」」
魔王と被るけどそんなの気にしてられない。
「ここ地球なの!?」
「地上の何処だ!?」
勢い込んで聞く僕たちを、神はまた片手を挙げて止める。
「私と対話をするためにこの深層に潜った君たちには、もはや偽りなく答えよう」
何処か諦めたように神は焦りを宥めた。
「その上で、どのように判断するのかを強制はしない。だが、私を殺そうとは思わないことだ。私はもはやこの地上の理から外れてしまっている」
「わかんないけど、話してくれるって言うなら聞くよ」
魔王は何も答えない。
けど魔王がこの神を殺せるとは思えなかった。
なんて言うか、存在が違う感じがする。
その上で今は僕たちに合わせて話してくれてる感じもした。
つまり相当手加減して目の前にいるんだよね。
幼児を前にした大人のような雰囲気で、もう勝負にもならない気がする。
「ここは私たちが地球と呼んだ惑星、であると仮定される」
「え、そこからあやふやなの?」
「私たちの文明で言えば、君たちがいる地も国があり、人々が生きていた。けれど、現在何一つとして私たちの文明の痕跡を見つけることはできない。観測した限り地形も大きく変わっている」
「神の知識には魔法によらない世界改変の法則が記されていた。そのせいではないのか?」
え、魔王がなんか恐ろしいこと言ってる。
僕の困惑を見た神が基本から説明してくれた。
「魔法は確かに幻象種の業。それを君たちが妖精と呼ぶ者たちを使って人間にも再現できるようにした。その点で言えば魔法は確かにフォーレンの言う科学の力に頼っている。けれど決して魔法を大きく上回るような力ではない」
「僕もそう思うよ。魔法でできないことを科学でできるとは思えない」
僕と神の意見の一致に、魔王は考え込む。
「ねぇ、魔王ってもしかして本当に知識だけ? どんな暮らしで、どんな歴史の上で発展したとかは?」
「それは、私の管轄ではないので答えられない」
「つまり?」
「君が予想しているとおり、神と呼ばれる人間は複数いる。君たちにわかりやすく定義するなら、前文明の生き残りだろう」
神の言葉を信じるなら、ここは地球。
けれど前文明と言われる程度には世界が変わってしまっていて、魔法があって人間がいなくて世界の理とやらも変わっている。
つまり僕の知る世界とは違うここが、異なる世界であることには変わりない。
「じゃ、端的に聞こうかな。どうして滅びたの?」
「わからない。私が生きている時点で要素は複数あった。文明の滅びに直結するものを上げるならば、マントルの異常運動、地殻の深刻な断裂、太陽の高出力フレア、衝突軌道に入った遊星などがあげられる」
駄目じゃん。
たぶん僕が想像しやすいものだけ上げてくれてるんだろうけど、そのどれか一つでも実現すれば地球自体が滅んでもおかしくない。
しかもそれ、神がいうには同時に存在した滅びの原因だ。
全部実際に起きてたならたぶん、地球が残ってるだけましなんじゃない?
「滅びを観測してはいないが予知していたのだな? ならば何故月にいた?」
魔王は考えながら僕たちの話も聞いてたらしい。
「私たちは地球自体の消滅さえ視野に入れ、人間という種の保存のために月で冷凍保管されていた人間だ」
なんかここに来てSFチックなこと言い出した神さまだった。
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