41話:大義名分は作るもの
他視点入り
なんなのだ、あのエルフ!
私は教会の石壁を殴って動揺を鎮めようとした。
白金の髪に白い肌。整いすぎて精気の感じられなかった顔の中で、深い青の瞳だけが私の全てを見透かすように強い視線を向けていた。
「魔術師長どの…………?」
監視を命じた部下が戻り、私の苛立ちを察して怪訝そうに声をかけて来た。
「戻りましたか。あのエルフは、教会を出たんですね?」
「はい、姫騎士団と共に。滞在は女子修道院のほうだそうです」
大人しく離れたと言うことは、あの意味深な発言はただの戯言だったのか?
仲間から、エルフが動いたなどと聞いてはいない。
しかし、エルフ一人では情報網に引っかかりにくい。しかも早い内に姫騎士団と行動を共にしていたなら、聞こえないこともあるか。
もしや、グリフォンを生け捕りにしたのはあのエルフの助力あってこそ?
あの姫騎士団団長が客と言っていたのなら、相応の実力者か家名の出身であるはず。
「怪しい動きなどはありませんでしたか?」
「怪しい、と言いますと?」
「エルフは秘術を使うそうです。何か、術を施していた形跡は?」
「さ、さぁ? 秘術を見たことがないので、なんとも」
確かにエルフの秘術に詳しくなければ、魔法を仕かけられても気づかないことはあるだろう。
だが全くそのことを警戒さえもしてない無能さに、今はただただ腹が立った。
ここは私たちの知らない秘術で今回のことが露見したと考えるべきか。
「城から姫騎士団が来ることは報告があったはずですね? 何故エルフの同行が私の耳に入っていなかったのでしょう?」
「わかりません。あれだけの容姿なら目にもとまるでしょうが」
恥ずかしげもなく答えるとは、使えない。
この国の人間、特に権力者に近づこうとうろつく者ほど、追従するだけで判断を他人任せにするから使えないのだ。
ここにきて計画を延期などはできない。
すでに明日のために準備は終えているのだから。
「いや…………そうか…………」
「魔術師長どの?」
準備は整っているのだ。
満月で得られる魔力と時の増幅力。それらを補うに相応しい材料も、今、揃っているではないか。
何を怖じる必要がある?
いや、しかしあのエルフの意味深な言葉が気にかかる。
「深淵とは知恵深きあの方か? あの方と繋がるのは、魔王石? 魔王石同士に何かしら繋がりが? しかしトルマリンの変化は報告されていない。確認は後に回すべきか。それよりも人員の再配置を…………」
「魔術師長どの。いったいどうなさったのですか」
「うるさい」
「な…………!?」
これからの段取りを必死に考えているんだ。
口だけ無駄に動かさないでほしい。
いや、もう口も動かさないよう先に…………。
「そ、そのような言い方はないでしょう。魔術師長などという位に登って、浮き足立つのもわかりますが、あなたは生まれが元より低いことを」
「うるさいと言っている」
「…………ぐふっ」
私は言うと同時に、腰の短剣を目の前の魔法使いに刺した。
すぐに死なれては困るので、喋れなくするために肺を狙った。
愚かな部下だった者は、私が離した短剣の柄を握り込む。
「抜くと死期を早めるだけだぞ」
「あ…………、あぁ、あ…………?」
言葉を忘れたように喘ぐだけなら、静かでいい。
「魔力を絞った後に、血も使えるか。肉は贄として、魂は召喚の代価に…………」
「な、に…………を…………?」
壁に背を押しつけてなんとか立っているかつての部下が、もはや私にはただの素材としか映らなかった。
そんな心境が読み取れたのか、逃げるように足を動かして、痛みのあまり座り込んでしまう。
「さて、死なない内に絞らねば。その後は部下を全て呼び出し…………しまった」
私は足元の素材を改めて見た。
「呼び出すための連絡係がこれだった。…………まぁ、代わりはいくらでもいるか」
ただ呼び出すのが面倒なだけで。
今は時間が惜しいがしょうがない。
私は指を一つ鳴らし、低俗な人間相手には見せない下僕を呼び出す。
私の視線の先には、音もなく真っ黒な影が浮かんでいた。
「それを工房に運び、私が戻るまでの延命をせよ」
下僕は無駄口を叩かず、もう喘ぎすら上げられなくなった素材を抱えて消える。
瞬間、何かの動く音を聞いた気がした。
「誰です?」
目撃者は消すつもりで片手にナイフを握って振り返るが、人影はない。
目だけを走らせても何者の気配も感じられない。
「…………急ぎましょう」
私はまず新たな連絡係を呼ぶため、まだ生きている部下がいるだろう教会の奥へと足を向けた。
「やれやれ、あの魔法使いは手慣れてましたね」
「工房ってところの場所も確認したよ」
僕は宿泊場所として宛がわれた女子修道院の中で、ガウナとラスバブの報告を聞いていた。
男子禁制の女子修道院に僕がいていいのかって?
僕が聞きたいよ! 姫騎士団の誰も言わないし、出迎えてくれた修道女さんも聞いてくれなかったからね!
「予想以上にまずいな」
「妖精どの、その、この者たちが面白半分に話を盛っているということは?」
僕の膝の上で顎を掴んで考え込むアルフに、ランシェリスが申し訳なさそうに聞いた。
「そういう妖精もいるけど、こいつらは違う。たまに詭弁使うくらいだ」
「僕は嘘吐かないよ。住処を荒らす泥棒殺すくらいだよ」
「天邪鬼と言っても、明確な敵対者でなければ陥れません」
「怖いよ」
思わず言ったら、僕の発言のほうがびっくりされた。
うん、ユニコーンだからでしょ? けど、いきなり小さな妖精が人殺すなんて言ったらギャップが怖い。
「こほん、と、ともかく。フォーレンの言葉に動揺して、企みを前倒しにすると思っていいのだな?」
「その上、魔術師長本人は、教会から出ようとはしなかった、ね?」
ランシェリスの確認に、ローズも続く。
もはや、あの教会にダイヤを隠しているのは確定だ。そうでなくても、今夜魔術師長ブラオンの下にダイヤが運ばれてくると考えていい。
「す、すごい! あんな咄嗟に、敵を攪乱するひと言を思いつくなんて!」
「そうだろう、そうだろう? なんせ俺の友達だからな、フォーレンは!」
感嘆してくれるブランカに、丸投げしたアルフがご満悦だ。
「ふふ、深淵を覗き込むという言葉の真意を教えてはくれないかしら?」
ローズが笑顔で声をかけてくるけど、うん、あんまり本気で笑ってないなぁ。
っていうか、警戒継続されてる感じ。ランシェリスに命は預けてても、危機管理は自分の基準でしてるんだろうな。
「深淵は深み、清濁併せもつものの例えで、何を想起するかはその人の判断」
みたいなことを、前世で聞いた気がする。
確か元の言葉では、怪物を倒す英雄もまた怪物だ、みたいな言葉が並んでいたはず。
「なるほど。あの魔術師長が覗き込んだ深淵は、己の後ろ暗い企みだったわけか」
「心に負い目がある者ほど、深淵という言葉に翻弄されるなんて、本当に良く思いついたわね」
「あー、えっと…………、僕の考えじゃないっていうか、そんなに物知りでもないし」
前世の知識ですとも言えないしな。
と思ってたら、どうやらランシェリスたちは僕がアルフの知識を得ていることを思い出したようだ。
視線を向けられたアルフは、どんな知識から思いついたのかわからず首を捻った。
「妖精って、確かに深淵っぽい…………」
「む、なんかその言い方恰好いいな」
ブランカの呟きに、アルフが反応する。
けど、そんなこと言った途端に恰好良さ何処かに吹き飛んだよ、アルフ。
深掘りされない内に今夜の手順を話し合おう。
「それで、みんなはどうする?」
「どうするとは、フォーレン?」
「え、ブラオン止めるなら教会に押し入らなきゃいけないでしょ? 姫騎士団がそんなことしちゃいけないんじゃない?」
「そうね。魔王石を残してくれるなら言い訳は立つけれど?」
ローズが意味深にアルフを見る。
魔王石が教会に持ち込まれて、危ない術に使われてるって理由で押し入ったなら、証拠品として魔王石を姫騎士団が入手しなくてはならない。
「わかってんだろ? お前たちの手に魔王石が転がり込めば、ヘイリンペリアムがどうやっても奪いに来るって」
「言い方は悪いが、そう、ですね。教会としてはダイヤの保護を名目にすぐさまヘイリンペリアムへ移すよう命令するでしょう」
ランシェリスの肯定に、アルフは予想していた様子で笑った。
「そうなると奴らは妖精王に魔王石の返還なんかしないだろ?」
誰も肯定しないけど、否定もしないのが答えだろう。
「そういうことだ、フォーレン」
「ん?」
「こいつらが教会に押し入る大義名分作ってくれ」
「大義名分って作るものなの? っていうか、僕に丸投げすればどうにかなるって最近思ってない?」
「いやー、本当俺の強運には驚くね! こんな友達作っちまうんだから!」
この楽なほうに流れる感じは、妖精の性って言うよりアルフ独自の怠惰さなんだろうな。
「…………すぐ思いつくのは、グライフだね」
「「「あぁ!」」」
「あっはははは! 忘れてたな、あいつのこと」
「忘れてあげないでよ。っていうか、それグライフに言っちゃ駄目だからね」
絶対へそ曲げる。へそがあるのか知らないけど。
「協力を要請してもらえるだろうか、フォーレン?」
「協力するって言質は取ってるから、そこは大丈夫だとおもうよ」
「市民への被害はなしの方向でよ?」
「グライフ、意地になって追いかけてくることはあるけど、基本的に弱者に興味ないよ」
ランシェリスとローズに答えつつ、僕は膝の上で考え込むアルフを見下ろす。
「どうした、フォーレン?」
「教会の結界は任せて大丈夫?」
アルフは悪戯を思いついた悪童のように笑った。
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