395話:森の勢力
他視点入り
ランシェリス・シェーリエ・ラファーマの名前を得てから、数々の魔物と戦った。数々の戦地を回った。
「まさかこんな形で戻ることになるとは…………」
ジッテルライヒ副都は、ヘイリンペリアムを出て以来の本拠だ。
ローズの訃報から近く戻るつもりでいたけれど、妖精王率いる魔物と呼ばれることもある幻象種、怪物、悪魔、妖精と轡を並べて、戦場となった副都に戻るとは誰が想像できただろう。
その戦場も私の常識を覆す様相を呈してるなんて。
「相変わらずおもちゃのように破壊しますね」
そういうのは副団長代理のクレーラ。
見つめる先には魔王の恐るべき自律兵器に爪を立てて転がす傷のあるグリフォンがいた。
競うように兵器を上空から落として壊すのは名高いドワーフの国のドラゴンだ。
好戦的ではないのか、かつては人間だったという骸骨の魔術師は天空高くを干からびたドラゴンと旋回しているだけ。
「さぁて、ここは一発かっこいいところ見せなきゃな」
小妖精であった時と変わらない軽さで、妖精王が輿から降りる。
…………嫌な予感しかしない。
「何をなさるおつもりか?」
「そんなに警戒するなよ。ちょっと全員すっ転ばせようかと」
「全員?」
「あの一帯にちょっと魔法かけてさ」
「それは敵味方の区別は可能なのだろうか?」
私の問いに妖精王が目を逸らす。
「ちょっと痛いだけだし良くない? 駄目? じゃあ、どうするんだよ?」
そうだった。フォーレンがいないと余計なことをする方だ。
聞いておいて良かった。
そして森ではないためか今回はこちらの意見を聞いてくれるようだ。
「すでにジッテルライヒの軍は、こちらを敵と誤認して陣形を変えようとしています。ここは決してジッテルライヒ側に傷を負わせず敵勢力のみを削るべきでしょう。あの傷のグリフォンのように」
「あいつ単にあの自立兵器で遊ぶのが好きなだけだろ」
否定はできない。
けれど現状、逃げ惑うだけの人間に興味を示さず、ジッテルライヒ側にとっての脅威を排除してくれているのだ。
私が妖精王を説得しようとする場に獣人たちが寄って来た。
先頭の獣王は牙を剥くように笑う。
「か弱い女子かと思えばなかなかわかっているではないか。妖精王は後方で座らせておくに限る」
「私たちの王にも森に残っていた欲しかったんですけどね」
「パーディスだけでなくお前も残れば良かったんだ、ベルント」
熊の将軍の苦言に、同輩か、何者かの名前を出して狼の将軍が睨む。
「この獣王もお目付け役だけ国に残してきてるんだよ」
妖精王がそう教えてくれた。
すでに個性豊かすぎてどうしていいか困る。
人数が減らされていると胸を撫で下ろすべきか、戦力が少ないと嘆くべきか。
フォーレンは良くあの森で上手くやれていたものだ。
いや、今はそれよりも…………。
「私たち姫騎士が事情を説明に向かいます。然るべきのち、暗踞の森の方々を味方としてお迎え」
「それは無理そうよぉ?」
かつて敵対した悪魔が楽しげな声を上げて現れた。
一人に見えるが配下を連れているというので油断はできない。
「あの人間たち、あなたたちの旗印を確認した上で敵勢力と判断したみたいなのよねぇ」
「そんな馬鹿な!?」
「どうもね、あなたたちの上役が魔王に下ったそうよ」
「…………ヴァーンジーン司祭」
まさか、とは思わなかった。
ヴァシリッサが敵の時点で疑ってはいた。
同時にローズの死に対して思うところがあったのだ。
そんなことができる者は限られていたから。
「フォーレンがビーンセイズで会ったっていう奴か。ふーん、きな臭い感じだったらしいけど、五百年経ってまだ魔王につく人間いるもんなんだな。何企んでる奴だか」
妖精王は何処か遠い目をして呟いた。
「フォーレンとヴァーンジーン司祭が?」
ジッテルライヒに行った時には、教会関係者とは関わらずローズたちにも会っていないと言っていたのに。
フォーレンがその前に行ったのはビーンセイズやシィグダム。
シィグダムには私たちがいたのだから、ビーンセイズ?
そう言えば元はヴァシリッサはビーンセイズにいた。ケイスマルクとも近い国だ。
ヴァシリッサに指示を出しつつ、水面下で本人が直接動いていたということだろうか。
私が思考に没入しそうになっていると、エルフとダークエルフがやって来た。
「妖精王さま見つけました! 魔術学園のエルフ先生も戦場にいます!」
傷のグリフォンを主人と呼ぶ眼鏡のエルフが知り合いを見つけたらしい。
色違いの瞳をした女性のダークエルフも報告をする。
「鏑矢で合図をしたところあちらも気づきました。どうやら指揮を執る人間の下へ向かったようです」
エルフ先生なら私も知っている。
魔術学園は副都でも大きな権限を持つ組織だ。
さらにその魔術学園の教育課程を形作った功労者であるエルフ先生は有名で、教育現場以外にはほとんど顔を出さない。
けれど副都の知事になった者は必ず挨拶に向かうという重鎮でもある。
「いったいいつの間にエルフ先生と?」
私の疑問に妖精王は笑顔になった。
「いや、実はフォーレンがさ」
ジッテルライヒでの魔王石回収は聞いていた。
その後にドワーフの国でのことも聞きかじってはいる。
けれどまさかそこに魔学生が関わり、魔学生の引率のためにエルフ先生が引きずり出されているなど知る由もなかったのだ。
アルフがドワーフの国でのことを面白おかしく話すと、ランシェリスとクレーラは撃沈するように項垂れてしまった。
なんかエルフ先生って僕が思うよりも偉かったらしい。
ティーナが音の鳴る矢を送って合図したら、エルフ先生がたぶんジッテルライヒ軍の偉い人に掛け合ったんだとか。
そして森のみんなに向けていた武装が解かれたところからアルフが動く。
「よーし! 一発驚かせてやるか!」
言った途端両手を打つ。
それだけで辺りには今までの倍以上の妖精が集まった。
中には僕がジッテルライヒにいた時に魔学生を手伝ってもらった妖精たちもいる。
「ちょっと飛んでびびらせて来る!」
「妖精王! 狡いぞ!」
「獣王さまは大人しくしていてください」
空を飛ぶアルフに獣王が吠えるのを、ヴォルフィとベルントが両脇から止める。
「あ、ルイユは行って」
「了解しました」
一緒に来ていたリスの獣人ルイユは、小柄な体と早い足で人間たちの死角から回り込んでアルフを追う。
たぶんアルフが何するか報告するんだろうな。
飛ぶアルフを中心に、百以上の妖精たちが光の帯を作ってジッテルライヒ軍の上を行く。
口を開けて見上げる人間を見てアルフや周囲の妖精たちは笑っていた。
「さて、俺も入れさせてもらうぜ!」
「何をしに来た羽虫!」
「ぬ、妖精王ではないか。余計なことをするな!」
近づいた途端に、グライフとワイアームから文句が飛ぶ。
けど妖精たちは大はしゃぎだ。
その様子にグライフとワイアームのほうが嫌な予感を覚えたらしく距離を取る。
「よーし! やるぞ! 魔法使いは離れてろよ!」
アルフも狙いは魔王の兵器だった。
歩兵型、騎兵型、魔法使い型、将軍型と揃ってる。
砲台型がないのはそれだけ貴重だからかな。
アルフが大きく腕を開くのに合わせて、目の前の広範囲に妖精が広がって円を描く。
笑いながら踊る妖精たちは、口々に歌ったり演奏したり。
楽しそうな様子だけど、その中で起こる怪奇現象に人間たちは悲鳴を上げた。
「魔力が!? ぐぅ、魔力が暴走する!?」
「ひぃ!? この光の輪の中にいると危険だ!」
暴発する魔法に魔法使いたちが自爆していく。
妖精の踊りと笑い声が高くなるにつれて、魔力暴走は手が付けられなくなるようだ。
体の不調に顔を歪めながら、人間たちは二つに分かれる。
北へ逃げる者とジッテルライヒ軍側に走る者。
残されたのは逃げるなんて行動が規定されてない兵器だけ。
「そーれ!」
人間たちが逃げたのを確認して、アルフが手を打ち衝撃波のようなものを出す。
瞬間、兵器はほぼ同時に内側から爆発した。
高まる魔力は見えてたから、たぶん魔力暴走中に衝撃を与えたんだろう。
これ、人間が範囲内にいた場合どうなって…………うん、考えるのはやめよう。
「なんだこのふざけた技は?」
グライフがアルフの側に退避して不機嫌そうに聞く。
「え? 魔力磁場を狂わせただけだぜ。技ってほどでもねぇよ。生き物だったらちょっと気絶する程度だ。自壊しちまうのは融通の利かない兵器だけだな」
「妖精の踊りに巻き込まれた人間は、時間感覚を失い失踪する者も出る。見ろ、強力な魔力磁場の狂いでのみ生じる茸が生えたぞ」
ワイアームの言うとおり妖精が踊った円に合わせて白いキノコがいきなり生えてる。
魔女は喜んだ声を上げてるけど、ジッテルライヒの人間たちは完全に怖がってざわついてた。
アルフの耳に届く魔女の声から、薬の材料になるレア茸らしいけど。
うん、体取り戻せたらもうこの技はやっちゃ駄目ってアルフに言わなきゃな。
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