394話:ジッテルライヒへの進軍
僕の心象風景である白い壁のワンルーム。
僕はその入り口に手をついてふらふらになりながら戻った。
「はぁ、はぁ…………。グライフの言葉に乗るんじゃなかった」
モッペルが消えたのがショックで、ちょっと暴走しちゃった。
悲しいんだか怒りたいんだかわからない気持ちを紛らわせるためにも、願いがあるなら自分でというグライフの言葉を実践しようとしたんだ。
「外にいたタコかイカかわからない黒いの、なんとか、倒せたけど…………早まったな」
このまま見てるだけじゃ何も変わらない。
けど今の僕は外に干渉できる状態じゃなかった。
だったら今相手にできるのは、ここへ逃げ込むことになった何者かを倒すこと。
そんなことを冷静じゃない頭で考えて実行してしまったんだ。
「まさかあんなに触手? 足? が伸びるなんて。運良く戻ってこれたから良かったけど」
もしかして僕、このワンルームの外に出たら二度と戻ってこれないんじゃない?
外は何処まで続くかもわからない闇だった。
距離もわからないし、何処まで走っても果てがない。
本当に宇宙のように広大だ。
「ワンルームの白い箱っぽいのも、タコイカに絡まれてほぼ見えなかったし」
外から見てわかったけど、このワンルームがっしり掴みかかられてた。
闇に溶けるような真っ黒な怪物なので遠目から見えるなんてこともなく、距離を測りかねて苦戦したんだ。
ワンルームから出てタコイカの足を掻い潜って距離を取ったまでは良かった。
本体に回り込んだあと引きはがしてまた走りながら戦う羽目になって、そのままワンルームから離れる形に。
「えっと、変わったことは」
僕は改めてワンルームを見回す。
目に留まるのはちぐら。
「あれ、そう言えば。これってウーリもワンチャンある?」
今さらだけど、モッペルの記憶をアルフが確保したことで復活の可能性が残るなら、たぶんこのウーリもいけるんじゃない?
「これは、なんとしてもアルフと連絡とらなきゃ」
僕は意気込みも新たに拳を握る。
疲れて戻ったけどやる気になったらなんか楽になった気がする。
「そっか、気分で強さ変わるんだっけ」
精神体の混じる幻象種や怪物はそういうものだと教えられた。
僕が格上に負けずにいられたのはやる気を削ぐことで相手を弱体化させたことが有利に働いている。
「…………これって、僕にも有効ってことだよね?」
となると、僕の体を使ってる魔王にも有効なんじゃない?
「けど魔王のやる気を削ぐってどうすればいいんだろう?」
僕は考えながらパソコンに向かう。
アルフの様子が気になった。
「うわ、また数日経ってる。もう森出てるじゃん」
画面に集中すると意識が引き込まれてアルフの感覚を共有できた。
アルフはスプリガンに囲まれて輿のような物に乗ってる。
気になるのか、アルフは輿の上で右手方向を見てた。
あ、魔法まで使ってる。
そこには人間の一団が元気に喋りながら固まっていた。
「よっしゃあ! 頭と姐さんの未来の子供のためにやるぞお前ら!」
「「「おおー!」」」
「何勝手言ってんだい!?」
「待て待て、ウラ! お前の力で殴ったら吹っ飛ぶ!」
騒ぐ冒険者らしき人間たちを、殴ろうと拳を振り上げるウラと止めるエックハルト。
なんでかアルフに合流してるのは金羊毛だ。
見たことある顔いるし、たぶんオイセンに残った金羊毛もいる。
話の内容からしてアルフへの貢献でウラを若返らせてって話を知ってる感じ。
そして側には姫騎士が金羊毛に警戒の目を向けていた。
「団長、本当に同行を許して良かったのですか?」
ランシェリスにクレーラという姫騎士が聞く。
一緒に旅した一人で僕も知ってるけど、立ち位置が以前よりランシェリスに近い。
なんだかローズがいないことにまた気持ちが萎みそうだ。
「判断するのは妖精王どのだ。聞けばオイセンでの戦い以降、行いを改めずいぶんとフォーレンに手を貸したという。ケイスマルクでの出来事を聞いて、こうして集まり妖精王どのに志願し受け入れられた。私たちが口を挟むべきではない」
どうやらオイセンに残った分裂金羊毛はケイスマルクにいたようだ。
色んな競技大会やってたから冒険者が稼げるものもあったのかもしれない。
「お前ら騒ぐな! …………だ、だいたいな、俺は一度振られ、て!?」
エックハルトが背中を叩かれて声を詰まらせた。
叩いたのはなんとエノメナだ。
なんか目が座ってる?
「馬鹿なこと言ってんじゃないよ。ここで男見せないでどうするんだい? それともウラに言わせたいのかい? 金羊毛の頭が女々しいこと言ってんじゃない。良く考えな? 若返ったウラが別の男と腕組んで歩いてるんだ。あんたそれ、許せるのかい? 許せないだろ! だったら今掴み取らないでいつ手に入れるってんだい!? 時間が解決してくれるなんて奇跡、そうそう起こっちゃくれないよ!」
「お、あ、え…………エン婆…………」
なんかエノメナが久しぶりに本性? 出した感じ?
どうやらエノメナの発破が効いたようでエックハルトがウラの手を掴む。
アルフはそれをじろじろ魔法使ってまで見てるって、絶対面白がってるな。
「楽しそうですね、妖精王さま」
声をかけたのは同じ輿に乗ってるシュティフィーだ。
たぶん何かの魔法かけて歩いてる全員が騎馬くらいの速度になってる。
話ながら一団がすごい勢いで動いてるんだよね。
その中でもともと機動力のないシュティフィーはアルフと一緒のようだ。
シュティフィーの膝で寝てるクローテリアは単に眠いからなのかな。
「はは、フォーレンだったらまた覗き見とか言うんだろうけどな」
そう言ってアルフが辺りを見回す。
姫騎士や金羊毛の上では魔女の一団が箒で飛んでる。
獣人たちは獣王を囲んで綺麗に隊列を組んでた。
その隣に並んだアーディやダークエルフの混成の列が物言いたげにベルントの頭の上を見てる。
うん、鶏冠の光るニワトリの妖精がベルントの上で丸々と座り込んでた。
「気づかれたら銀牙辺りが怒りそうだな。シュティフィー、銀牙来たら守ってくれ」
「承りますけれど、せめてあの妖精を肩に移動させては?」
「いやぁ、あいつあそこがいいって気に入っちまったみたいでさ」
妖精たちはアルフの輿の周りを飛び交ってる。
百以上いるらしくて人間にも見えるし辺りには燐光が舞い踊っている。
ボリスやニーナとネーナはもちろん、ガウナやラスバブもいる。
ロミーもいればフレーゲルもいて、姿形もバラバラなせいで百鬼夜行みたいだ。
「羽虫、どうやら戦闘中だぞ」
上から降りて来たグライフがそう言った。
アルフが上を向くと上空にどうやら干物ドラゴンがいる。
そこにはヴィドランドルが乗ってるんだろう。
並行して飛ぶのは本性に戻ったワイアームだ。
「夜行性の奴らはまだ後ろのほうだけど、もう始まってるなら突っ込むべきか止めるべきか。どれどれ…………?」
アルフが魔法で遠見をした。
姿の見えないケルベロスやメディサは夜行性の後続なんだろう。
アルフの目の片方が望遠鏡のように遠くを拡大する。
街道を猛進する先に見えるのはジッテルライヒの副都で、ずいぶん早い到着だ。
「ちょうど攻められてるな。やっぱり冥府の穴狙いか?」
人間だろう軍と魔王の兵器が戦ってるんだけど、魔王の兵器の側にいるのも人間だ。
「ライレフの奴はいないわぁ」
「使い魔程度はいるがな」
アルフに報告するアシュトルとペオル。
コーニッシュは回復したはずだけど、どうやら姿が見えない。
後続のほうにいるのかな。
アルフたちより先に悪魔たちは進んでいたようで、戦況を伝えにやって来たらしい。
「馬上にて失礼。何かあっただろうか、妖精王どの?」
アルフの周辺の動きに気づいてランシェリスが馬を使って寄って来る。
「うーん、ちょうど今、副都で戦争やってるんだ。けど、こいつら向かわせると駄目だよな?」
アルフがアシュトルを指す。
すごい笑顔になるアシュトルにランシェリスはすごく嫌そうな顔を返した。
「か、可能なら、我々がまず」
「あーら、そんな悠長なこと言ってられない感じよぉ?」
「何が起きているというんだ!?」
「おいおい、味方同士で争うな。どうもな、子供も動員するくらいヤバい感じなんだよ」
アルフがざっくり言うと、それでランシェリスは何かに気づく様子があった。
「魔法学園の生徒か。正規軍…………いや、副都まで来ているということは北の王都はもう落ちているのだろう」
悪い状況にランシェリスは覚悟を決めたようだ。
「妖精王どの! どうか救援を!」
「それはいいけど、うーん。ここで人間に警戒されても面倒だな。おーい、ユウェル何処だ? あ、お前は適当に兵器と遊んで来いよ」
「ふん! 言われずとも」
アルフの雑な指示に、グライフがまた高く飛んで行った。
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