392話:魔王の兵器
魔王の記憶を見た僕は、改めて疑問に思う。
「転生者、なのかなぁ?」
魔王となる少年はある日突然未知の知識を手に入れた。
それは最初から頭の中にあって、少年が受け入れられるまで成長するのを待っていたようだ。
「けど前世を思い出す、とか特に言ってないからなぁ」
僕が見たのは魔王視点だけど特に感情なんかがわかるわけでもない飛び飛びの記憶。
状況的に転機があって、そこから行動が一変した感じだ。
それを魔王は使徒としての使命を受けたと周囲に言っていた。
「住環境良くして行って、偉い人に目をつけられて、悪を妥当しながら冒険に出てって、絵に描いたような転生ものだけど…………」
行きつく先が魔王かぁ。
科学文明の知識は使い方によってはチートになる。
魔法という特別な力が当たり前のこの世界では、科学を知っていることは一種未知の力だ。
使徒として神に与えられた世界の真理なんて言えば、それっぽいチート能力だろう。
けどチートがあるからってなんでもうまくいくわけじゃない。
少なくとも魔王は挫折の連続だった。
そして周りに敵と味方が綺麗に別れて西にいられなくなった。
「わっかんないなぁ。少なくとも僕とは違うっぽいんだけど。あれ? 外から見たらあんまり変わらないのかな?」
僕だって転生なんて言ってない。
幻象種だから使徒は除外だけど、生まれてから知れるはずの知識を越えたことを知ってて、実力が上の相手でも倒して回ってる。
よく考えたら僕もそれっぽいな。
けど転生ものならもう少しうまくやれるものじゃないのかなぁ?
最初に出会ったのが妖精王で女顔になっちゃうし、次に会ったのはユニコーンの捕食者のグリフォンで今も突かれるし。
やっぱり現実はそう甘くないのか。
「うーん? よく考えたらここにいた魔王、パソコン触ってたんだよね?」
もしかして魔王のほうは僕が使徒に近い何かだってわかってる?
「話してないから僕のことどう思ってるかよくわからないし、すごく邪険にされてることしか」
僕は言いながら窓の向こうの魔王の視点を見る。
すると双子が魔王の下へやってきたところだった。
魔王がいるのはなんか広間っぽい場所で、魔王が高い位置にある椅子に座って双子は床に膝を突いてる。
「快勝のご報告をお持ちいたしました。お喜びください。すでに六つの国が魔王さまへの恭順を願い出ております」
「北辺に位置する国々は我らが手に落ち、魔王さまの威徳に服すこととなりました。さらに三つの国も落ちるのは時間の問題となっております」
辺りに他の人はいない。
いるのはウェベンとライレフという悪魔だけ。
部屋の広さ的に謁見の間っぽいけど人の少なさが異様だった。
魔王の経歴をざっと見た今となってはしょうがない気もする。
あれだけ裏切られることを繰り返してたら、自分でどうにかできる数だけ側に寄せることを選ぶかもしれない。
「東の台地より同朋が、魔王さまの復活を喜びはせ参じよと勇み剣を取りまして快進撃を行っております」
「ヘイリンペリアムと合わせての挟み撃ちにより数日でこの連戦連勝。我が一族の忠誠を、下した国と共にどうぞお受け取りください」
あれ?
もしかして僕が見てた時より数日経ってる?
魔王石手に入れた時って、ヘイリンペリアムから戦争仕かけるなんてしてなかったよね? え? 数日で国落としたの?
流浪の民の本気怖…………。
「面白い見世物でした。魔王もご覧になれば良かったでしょう。内側から食い破られる国々の対応はそれぞれ違って、下手な手を講じた国はこの者たちの一族と共に民が反乱を起こしたのです」
ライレフも上機嫌ってことは、絶対碌なこと起こってないな。
「興味がない」
魔王は本気っぽいけど止める気もない。
トラウエンは反応の良くない魔王に怯みつつ、下から窺うように話を進めた。
「つきましては魔王さま、我らが遺産のほうは…………? もちろん魔王さまの開発された物でありますが、何分強力な兵器ですので、強力な盾にも矛にもなります」
「あのガラクタか。いや、五百年を経てあれだけ形が残っているのは褒められるべき強度かもしれない。だが補修に無駄が多すぎる」
「申し訳ございません」
ヴェラットが即座に謝ると、魔王はうるさそうに片手を振る。
するとウェベンが動いた。
双子に近づく手には巻紙を持ってる。
「こちらは魔王さまが解体の上、記された必要部品の目録となります」
ウェベンが差し出す巻紙に、双子の顔が引き攣る。
「か、解体?」
「部品、ですか?」
「五つを解体し、正常に使える部品を抽出したのち、魔王さまは一体を完全な状態で組み直されました。物は後でご案内します。好きに使えとのことですが、いかがいたしますか?」
ウェベンの言葉に双子は目を見開き、ライレフも反応を見せる。
「五百年前の最新型をいくつか欲しいところですが、あの頃のように動ける兵器があるなら一層戦場は面白いことになるでしょう」
そこでウェベンは羽根を広げる。
「将軍ならばそうおっしゃると思いまして、現状手に入れられる材料を使い、この部品目録に従って新たに一体組んでございます」
「新たに作ったのか!?」
「今の技術で可能なの!?」
双子の驚きにウェベンは得意げに羽根を動かす。
けれど魔王は冷淡だった。
「劣化品だ。あれでは一年もつまい」
途端にウェベンは羽根を畳む。
けれど双子は興奮ぎみに答えた。
「いいえ! それだけ持つならば十分現状においては有用です!」
「性能が劣ろうとも魔王さまの技術であるならば間違いございません!」
僕からは魔王が見えないけど、視界の歪み方から不服そうな顔してるんだろう。
アルフやゴーゴン曰く完璧主義だ。
劣化版を作られたのが嫌なんだろうな。
「使うならばそいつも連れて行け」
魔王は追い払うようにウェベンを指す。
途端にウェベンは赤い羽根で飛んで魔王の足下へと膝を突いた。
「そんなご主人さま!? わたくしはあなたにお仕えする悪魔! お側に控えております!」
「側仕えが必要でしたら我が同朋にご用命ください」
「分業したほうがより良く魔王さまにお過ごしいただけると愚考いたします」
双子が口を挟む間も、魔王の側にはこの四人しかいない。
そう言えばヴァシリッサはどうしたんだろう?
あ、階段の影の所に気配感じる。
ずっとそうして隠れてるの?
「わたくしの本分を奪うと言うなら、敵でしょうか?」
ウェベンが今度は羽根を広げて威嚇する。
途端に双子が怯えると、さすがにライレフが庇った。
「やれやれ、魔王の下でならその科学知識を網羅しているという性質を有効活用できるでしょうに」
「わたくし、主人に仕えることを喜びとする悪魔なれば」
暗に戦場に出るべきだというライレフにもウェベンは不服そうに返す。
仕えた上で堕落させる悪魔のはずなのになんで科学知識?
そんなのいる?
あ、有用性を見せつけるには、物理でも化学でも日常生活には基本科学は必要か。
だったらウェベンには必要な能力なのかな?
「ふむ、それではそちらを任せるとして、手の空いた時にでも毒物の生成をしてくれませんか?」
「なんの毒かを指定しないのであれば、ご主人さまが整備に必要とした薬剤や、わたくしが作った兵器に使った薬剤が残っていますのでお好きに。飲んだら確実に死にますし、粘膜に触れるだけで人間ならば機能不全になるでしょう」
「それはそれで面白そうですね。あぁ、そうだ。いつだったか消えない炎を放つ薬剤を作っていましたね。あれはできますか?」
「あれには専用の施設が必要ですし、扱いが難しいのでご主人さまのお世話を放り出してまで作る気はございません」
「世話などいらん」
「そんなご主人さま!」
「かつてお前を呼び出したのもその知識を得るためだ。最初から世話など求めていない」
魔王にきっぱり拒否されたウェベンは、芝居がかった仕草で縋るふりをする。
「それと消えない炎を作るのは禁じる。あれは資源全てを燃やし尽くす。使うだけ無駄だ」
今度はライレフのほうが不服そうになった。
よほど人々が混乱して争いに拍車をかけることになる兵器のようだ。
悪魔って結局魔王相手にも癖が強いんだな。
「うーん、まずいことになってるな。いったいどれくらい僕は魔王の記憶に囚われていたんだろう? アルフはどうしてるかな?」
たぶん争ったなら話題に上る。
それがないなら無事だと思うけど。
僕はワンルームの中を改めて見る。
特に変わったことはない。
まるで時間が止まってるみたいだ。
「外の様子を見る限り錯覚だけどね。アルフは何をしてるかな?」
僕はパソコンの前に移動して画面をのぞき込んだ。
そこに移り込んでいるのは森にある館。
どうやら忙しなくひとが出入りしているようだった。
隔日更新
次回:モッペルの願い