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391話:世紀末感

他視点入り

 ヘイリンペリアムに集まる流浪の民と呼ばれる同朋をバルコニーから見下ろし、私は隣の片割れに声をかけた。


「トラウエン、本当に良かったの? 台地の者まで呼び集めて?」

「国に侵入している者以外は遊ばせておいても動く。だったら指揮下に入れるべきだ」


 断言しながらも、トラウエンは悩ましげだ。

 きっと私も同じ顔をしているだろう。


 今はヘイリンペリアム周辺にいた同朋へ魔王復活を広めている。

 ヘイリンペリアムの上層部を押さえたヴァーンジーンは魔王復活を各国に宣言すると言う。

 そうと知ったからには、その後に起こり得る騒乱を機に動くべきだ。見逃すなんてできない。


「でも…………」

「ヴェラット」

「トラウエンもわかっているでしょう? あの魔王は」

「ヴェラット、いけない」


 不安から口にしようとした言葉を、トラウエンはしっかりと私の両手を握って止めた。


 今私たちの側にライレフはいない。

 けれど何処で聞き耳を立てているかわかったものではないのだ。

 そう思えるほどライレフは魔王へ傾倒している。


「森の、者たちは確かにそう思っている」


 濁すけれど触れ合った手からトラウエンの考えがわかる。


 暗踞の森の妖精王を始め、ダークエルフや悪魔たちの反応から、魔王復活に対しては半信半疑だった。

 さらに妖精王は魔王復活に対して冥府に名を封じるという手を講じていたのだ。

 名は命、存在に通じる重要な素因であり、それを持たないあの魔王は紛い物と言ってもいい。


「けれど、力は本物なんだ」


 トラウエンの言いたいことはわかる。

 強国としてこの五百年君臨し続けたヘイリンペリアムが、ここ数日で見るも無残に瓦解している。


 神殿を擁する一帯はライレフの使い魔に封鎖されており、首都機能も麻痺しているため情報はまだ出ていない。

 けれど異変があったことは風に乗って広がる黒煙で誰の目にも明らかだった。

 これをただ一人がなしたなんて、力を疑いようはない。


「魔王石を扱えることは、確かに本当よ。でも一族に伝わる様子とは、あまりにも違うでしょう?」

「いや、だからこそだ。神殿に隠されていた二つの魔王石を得てから、静かだ。足りない部分を補い、完全体になろうとしているのかもしれない」


 トラウエンの考えには頷ける部分もある。

 魔王石を得てから無闇に人間を殺そうとしなくなった。

 ヘイリンペリアムを焼き払う気だったのに、今は豪奢な城と見紛う屋敷で過ごしている。

 そこはかつて魔王が作った城を改修した建物なのだとか。


「統治をするのかしら?」


 確信を持った私の問いに、トラウエンは息を飲む。


 たぶん魔王は統治をしない。

 自分を裏切った人間を繁栄させる気はないのだから。


「…………でも滅ぼしもしない」


 自信なさげに反論するトラウエンも、今の大人しさを本気では信じていない。


 森での怒りは確かに自らを裏切った者たちへの非難であった。

 あれが本性だとしたら、人間という種族自体をもう魔王は憎んでしまっている。


「復活の労を認めてもくださらないわ」

「いや、直言は認められている。これは他に許されていない優位だ」


 私はトラウエンと見つめ合って胸中の葛藤を繋いだ手からぶつけ合う。


 魔王は復活について私たちの貢献を認めてはくれない。

 発端はブラオンだけれど、その後に魔王が自我を確立したのは魔王石を集めるというユニコーンの行動が大きい。

 ユニコーンは特殊だというようなことも言っていたけれど。


「一族の願いは?」

「…………違う」


 私たちとは。


 かつて追われた復讐をしたい同朋は、自らを虐げた者たちを廃して新たな国を望んでいる。

 魔王の力があればできるけれど、魔王はそれをしようとはしないだろう。


「ヴェラット、決めるしかない」

「トラウエン…………」


 手から伝わる思いは切迫、そして戦意だった。


 もう魔王は復活している。そして私たちが動かなくてもヴァーンジーンが動く。

 なら諾々と巻き込まれるわけにはいかない。

 同朋も魔王復活と聞けば走り出す。止まれない。


「…………今この時に、私たちは足場を整えなければ」

「ずっと先、未来のことを考えて」


 お互い、握る手に力がこもる。


「敵対者にその愚を知らしめる示威を」

「本人が動かなくてもその力が本物なら、後ろ盾になる」


 私とトラウエンは意思を統合していく。

 魔王の威を借りて周辺の人間たちを排除。

 北側とは言え、水も乏しく草木も根付かない台地よりこの土地はずっと暮らしやすい。


「ここはかつての魔王の都。私たちの故地」

「一族の安寧のためには得なければいけない場所」


 そのために戦わなければいけない。


 繋いだ手からは奮い立てようという焦りと不安が伝わる。

 もう後戻りできないという恐怖と同時に、決してこの手を放すことはないという確信があった。






「なんだったんだろう、今の」


 僕は心象風景のワンルームで床に座り込んでいた。


 見上げる位置にはぴったりと閉じた窓がある。

 確かに開いたと思ったのに今は閉じていた。


「たぶん、魔王石を触った影響だよね。それで流れ込んできたのは、魔王の記憶?」


 その記憶は戦いの繰り返しだった。

 特別に生まれついたことを知ってからの躍進と挫折。

 出る杭は打たれるを地で行く人生だ。


 悪い大人に利用されて、仲間だと思っていた者に裏切られて、それでも強敵に立ち向かい、他人のために力を振るう。


「なんか、ラノベやゲームの主人公みたいだな」


 どんな困難にも立ち向かった魔王。

 そして貪欲に宝を手に入れ、さらにそれらをより有効活用できる方法を模索し、さらなる困難に立ち向かう。


「なんで東でと思ったら、西で国に裏切られてたんだなぁ」


 強くなりすぎた魔王を恐れた権力者が、排除を目論んだ。

 国を出奔した魔王は好きにやりすぎてまた追われて、そうしてできうる限り最上を求めた結果、争いを憎んだ。


「だからって宝冠作るっていうのは、まぁ、戦い続けて味方も確実に増えてたからできたことだよね」


 一つ解決しても、一つ乗り越えても、次の問題がある、試練がある。

 魔王の人生は本当にゲームのようで、クリアする条件に際限がない。


「でも、怒りがあった」


 ゲームと違い、遊びじゃない。

 失った者は戻らないし、理不尽に必ず報いがあるとは限らない。

 そんな人生に対して魔王は怒りを溜め込んでた。

 不条理や喪失を生む争いが起こらないようにと作った宝冠も、結局争いの種になって、目的を理解されないことにも怒ってた。


 宝冠を取り戻して世界平和を目指した魔王は、その時点では間違ってないと思う。

 けど、千年も生きた中で魔王の怒りは別の方向に移っていた。


「神は何故救ってくれないのか?」


 国を作って、人間に繁栄を広めても終わらない争い。

 その手に戻らない平和の象徴であったはずの宝冠。


 考えた末、魔王は一つの仮定に辿り着いた。

 それは自分が必要悪として生み出されたのではないかという神の意思。


「エルフ王も発展させたって言ってたし、グライフは戦争で発展するのが人間だって…………」


 神の使徒として生まれた、だから世界平和を目指した。

 なのに自分こそが争いの種として生み出されたのだとしたら。


 そんな考えに囚われた魔王は、月を目指した。

 神に人間の在り方を問い質すために。


「もしかして魔王は、怪物や悪魔にシンパシーでも感じてたのかな?」


 必要悪として生み出された存在と言えば、怪物や悪魔だ。

 メディサたちやワイアームは典型的だと思う。

 神に逆らった者はこうなるという見せしめ。

 もしかしたら魔王は、かつて欺瞞などなく神の摂理を覆そうと誘ったのかもしれない。


 あまりいい手だとは思わないけど。

 でも否定する気にもなれない。


「今はドアを開けようとしてるから大人しいけど、たぶんこれ、神に文句言う目的捨ててないよね? 僕の体でヘイリンペリアムを乗っ取って、いったい何をする気なんだろう」


 僕は立ち上がって窓を覗き込む。

 確実に床に落ちてるドアノブの数が増えていた。


隔日更新

次回:魔王の兵器

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