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390話:残りの魔王石

 結局ヘイリンペリアムの一部は焼き払われた。

 魔王が首都の中枢を押さえたと知った聖騎士が反攻したからだ。

 火のトカゲが三匹放たれ、聖騎士は歯が立たず街の一部と共に焼き捨てられた。


 抵抗を諦めた人々は息を殺し、悪魔に封鎖された首都に生きてる。

 逃げられた者もどれだけいるかわからないけど、魔王の、いや、ヴァーンジーンの狙いは権力者に限られていた。


「中の者たちはすでに捕らえてあります」


 色んなものが焼ける臭いのする街中を歩きながら、ヴァーンジーンが魔王に告げる。

 目の前には列柱に囲まれた石造りの神殿。


 ここは焼けてないけど、争いの痕が赤く残っていた。

 漂う魔力の残滓はライレフだ。


「誰がここまで汚せと言った」


 床と言わず壁の高い部分まで血がついていることに、魔王は顔を顰める。

 建物には傷一つないのに、戦場にでもなったような荒れ方をしていた。


「この国の中枢には欲深い者が多いのでそれを使えば吾の手の者を消費せずにことを済ませられると言われたので採用したのですが。どうも魔王さまの復活に歓喜するあまり残虐性の箍が外れたようですね」


 明らかにライレフがその能力で争いに駆り立てたのに、ヴァーンジーンが唆したみたいに言う。

 魔王はどちらともなく命令をくだした。


「やめろ。美観を損ねるだけ無駄だ」


 嫌そうにはしてるけど、淡々と魔王は血に汚れた神殿の中を歩く。


 抵抗する者は殺し、生き残った者は捕まえているので、魔王の歩みを邪魔する者はいない。


「悪魔はそれだけで最適解を示す。人間の浅知恵をさしはさんだ分、結果は乱れる。余計なことをするな」

「申し訳ございません」

「その最適解が最善であるとは限らないのですがね」


 素直に謝るヴァーンジーンを横目に、ライレフは含蓄ありげに言う。

 けどこれ、絶対その最善はライレフにとっての善であって、人間にとってじゃない。


 魔王が歩く神殿は森の魔堂に似てた。

 つき従うのは、ライレフとウェベン、そしてヴァーンジーンと妙に大人しいヴァシリッサ。

 双子は流浪の民をヘイリンペリアムに集めるため不在だ。


「こちらへどうぞ」


 礼拝所みたいな広いところには、中央に兵から囲まれた人々が縛られてた。


 中央の人たちは武器を向けられて明らかに捕まってる。

 恰好は宗教の人で、血が滲む怪我をしてる人ばかりだった。


「おぉ、魔王さま…………!」


 兵の一部が平伏して魔王を迎える。

 よく見るとちょっと武装した庶民だ。

 ちゃんと宗教関係の印が入った服を着てる兵は隙なく捕まえてる人たち見張ってる。


 で、兵のほうの目はヴァーンジーンに向く。

 何か言いたげだ。

 けどその意図をヴァーンジーンが汲む前に、捕まってる人の中から声が上がった。


「ヴァーンジーン! 貴様気でも狂ったか!?」

「お久しぶりです、司教さま」

「真偽などどうでもいい! 魔王などを呼び込んでヘイリンペリアムを滅ぼそうとは! 我らは信仰を正すことを目指したはず! こんな暴挙許されるものではない!」


 魔王が腕を持ち上げることに気づいて、ヴァーンジーンが魔王の目の前に移動した。

 まるで攻撃を妨げるように。


「どうか、お待ちを。この司教さまこそ魔王石の封印の管理者なのです」


 すごくするっと暴露された司教は絶句する。

 周囲の捕まってる人たちも驚いて司教を見た。

 どうやらそうとう限られた人間しか知らない秘密だったらしい。


「この者たちを殺すと魔王石の場所が秘匿されることになってしまいます」

「必要ない」


 魔王の答えにヴァーンジーンも予想外だったのかすぐには言葉を返せない。


「…………しかし、神殿は魔王さまでも壊せないのでは? よしんばできたとして、瓦礫の山から魔王石を探し出すのは決して得策とは言えないでしょう」

「やろうと思えばできる。が、壊す必要などない」

「あれをお使いですか、ご主人さま?」


 ウェベンだけがわかる様子で声をかけると、ライレフが興味を示す。


「魔王石の在り処は魔王だからこそわかるということではないようですが」


 ウェベンが知っていてライレフが知らない、あれ?

 何をするつもりだろう?


「範囲としては十分だろう」


 周りを見回した魔王は、片手を上げると頭を触る。

 いや、角を隠す飾りについた小鳥の飾りを触ったんだ。


 瞬間、何かの魔法が発動したのを感じる。


「…………動いた」


 ヴァシリッサが思わず呟く。

 本物のように飛び発った小鳥の飾りは頭上で円を描いていた。


 何かを探す様子を見せるので、魔王は小鳥を見上げて待つ。

 見ていると、作り物だった小鳥は一カ所に向かって飛び始めた。

 それは壁に作られた半円の窪み。

 見上げる石像が窪みに並んでいる一角だ。


「あれか。これはなんの石像だ?」


 白い石に彫られた人物の立像が、実物大よりも大きくそびえている。

 剣を杖のように持っている男性の像に小鳥は飛んで行った。


 聞かれて人間たちは黙り込む。

 ウェベンも知らないらしく逆に聞いた。


「わたくしここにはほとんど来ませんでしたが、これはご主人さまの頃にはなかったのですか?」

「なかった。元より神殿のこの窪みにこれだけの像などなかった。五百年で全てを埋めるとはまた、無駄なことを」


 魔王は呟いて並ぶ像を見る。

 壁沿いに並ぶ窪みはざっと見ても二十以上あり、そこにはすべて見上げる石像が並んでいる。


 石像には細かい服のしわや装飾が施されていて、台座もまた凝っていた。

 どう見てもお金をかけて作ったものだ。

 魔王の目にはそれが無駄な散財に見えるらしい。


「見たところ戦士像が多いようですが…………あぁ、そう言うことですか」


 ライレフは何かに気づいた様子で笑った。

 そして魔王に一つの像の持つ盾に刻まれた紋章を示した。


 ウェベンはそれを見て驚くように大きく腕を広げる。


「おや、あれはご主人さまに牙を剥いた愚かな人間の家紋。ということは、この並ぶ石像はかつての敵ですね!」


 嬉しそうに羽根まで動かすウェベンの声は、天井の高いこの場所では響き渡るようだった。


 魔王は改めて像を見回す。


「…………全く似ておらん」


 似てなさすぎて誰かわからなかったらしい。

 けど武器なんかに注目して見てるってことは、言われたらわかる程度なようだ。

 いや、家紋なんかついてるし、装飾は魔王が知ってる相手と同じってことなのかな?


「あぁ、封印の剣か。ならば、これを抜けば」


 魔王の声に応えてウェベンが動く。

 赤い羽根を使って飛んだウェベンは、小鳥の止まった像の持つ剣に手をかけた。


「当たりのようです。この剣動くようでございます」


 上から押さえている石造の手の下から、ウェベンは剣を横にずらす。

 そして柄を持ち上げると、石でできた剣が鞘から引き抜けた。


「そう言えば切りつけるとその者の力を封じる剣を持つ人間がいましたね。刺し貫くことで相手を仮死にしたり、結界を張ったり」

「わたくし、隠し場所であるならあちらの宝石を触媒に大魔法を放つ魔術師かと。さすがご主人さま、慧眼です!」


 ウェベンは魔王を褒めながら雑に石の剣を放り出す。

 石の床に落ちた石の剣は、激しい音を立てて砕けた。


 そうしてる間にも石像は回転しながら上昇してる。

 石像の台座には窪みが作られており封印の魔法が幾重にも絡み合って、茨のようになっているのが見えた。


「無駄な手間を」


 魔王は面倒そうに言う割に、封印を力尽くで一気に破壊してしまう。

 そうして、台座の中に隠されていた神殿の魔王石を掴み取った。


「もう一つは何処だ?」


 声をかけると小鳥が神殿の外へと飛んでいく。


 追おうとした魔王の背中にヴァーンジーンが声をかけた。


「魔王さま、どうかこの者たちから情報を引き出す役を私にお命じいただけないでしょうか。正しき信仰のためには旧悪を洗い出し白日の下に晒して浄罪をせねばなりません」

「好きにしろ」

「ありがとうございます。つきましては、私の代わりにヴァシリッサをお使いください。ご用件があればなんなりと」


 指名されたヴァシリッサは一瞬驚いてヴァーンジーンを睨むよう見る。

 けれど魔王の視線に気づくとすぐさま平伏した。


「お、お役立てくださいませ」


 媚びるような声は、嫌々従う気持ちを隠すためなんだろうなぁ。

 ケイスマルクでも妙に僕のこと苦手にしてるみたいだったし。


 そんなことを思っていたら覗き込んでいた心象風景の窓に黒い渦が生じた。

 風で窓が開いた瞬間、僕に吹き付ける黒い渦が意識を引き込む。


「これ…………!? 魔王石触った時の!」


 気づいた時には心象風景だった場所は真っ暗になっていた。


隔日更新

次回:世紀末感

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