40話:教会の魔術師
「ダイヤ使っても、人間である限り不老不死なんてのは無理だよ。人間は永遠を生きられるようには作られてない」
なんかすごく落ち込んだ雰囲気のアルフはそう断言した。
その間に、僕たちは教会へと到着する。僕は馬の世話なんかできないから、降りてすぐ教会を眺めた。
…………なんか、こういう柱の並んだ神殿って前世でもあったよなぁ。
けど、柱の向こうは壁ってことはこれ、飾りか。あー、そういう造りの宮殿だったか、美術館だったかがあった気もする。
ぼんやりとしか浮かばない前世に首を捻っていると、ランシェリスが改めてここに来た理由を説明してくれる。
「私たちが使う魔法は、付与魔法の補助があってこそというのはわかっていると思う。どうやって強制解除したのかもわからないが、少々メンテナンスも含めて付与作業を行ってもらうこととなる」
「それ、アルフにかけ直させることはできないの?」
「さて、どう説明したものか…………」
「鍵と鍵穴みたいなもんさ。俺は鍵開け用の特殊な道具を持ってて鍵を開けた。で、鍵穴こじ開けたから、鍵穴が歪んでるかもしれないんだ」
アルフがそんなふわっとした説明をしてくれた。
ちゃんとした鍵で開ければかけ直すこともできたけど、アルフが無理矢理開けたから、専門の鍵屋に行かなきゃいけなくなったってことかな?
「俺がかけ直してもいいけど、そうすると教会の設置した魔法とは別物になるから、使い慣れるまでに時間がかかるんだよ」
「魔法にも慣れって必要なんだ?」
「俺が教えるのとあのグリフォンが教えるのとじゃ、違うだろ?」
「あー、なるほど」
きっと、生き方が違うと根本的に持ってる感覚が違う。だから魔法にも反映されるってことなんだと思う。
「と言うわけで、私たちは関係者以外立ち入り禁止の区画へと行く。ブランカを残していくのでわからないことがあれば聞いてくれ」
「はい、お任せください」
ブランカはやる気十分だ。
姫騎士団所属の従者の恰好をしているブランカといる限り、異種族である僕でも咎められず教会の中を見て回れるらしい。
「ま、教会がどんな魔法陣設置して付与魔法施してるかなんて、知ってるんだけどな」
「え!? 教会の秘術ですよ!?」
ブランカが声を裏返らせると、アルフはマントの中からブランカを見上げた。
「あのな、魔法って技術は妖精女王が使徒として人間に教えたんだぜ? 何千年か前は、人間だけじゃ魔法使えなかったから、妖精との契約必須だったんだ」
「「へー」」
僕とブランカが声を揃えると、アルフは乾いた笑い声を上げた。
「えー? 人間はもうそんなことも忘れちまったのか?」
「いえ、私が不勉強なだけかも…………」
「そう言えばお前、平民出身だろ? どういう経緯で姫騎士団に入れたんだよ? 女しか入れないにしても、姫騎士団って貴族の集まりだろ?」
「その、私は…………」
ブランカは貧しい村娘で、以前想像したとおり、貧しさから髪を売ったそうだ。
なんとか冬を越えるための金銭を用意できたが、そこに盗賊が現れた。それを退治してくれたのが、偶然居合わせた姫騎士団だったらしい。
「そ、それで、私の前の従者の方が靭帯を切る怪我をしてしまって。恩返しに、ランシェリスさまのお世話をさせていただいて。わ、私が、頼んだの。ランシェリスさまのお役に立ちたいから、連れて行ってくださいって」
「わー、恋する乙女みたいな顔してるー」
「フォーレン、見たことないだろ。恋する乙女」
「うーん、イメージ?」
「すごいな、フォーレンの想像力」
一人両手で頬を包んで恥じ入るブランカはどう見ても恋する乙女だ。
そこまでランシェリスに惚れ込む何があったのか。
「私、妖精が見えていて、一緒になって悪戯したりしていたからで、村では悪い子って言われていて。探し物を妖精の力を借りて手伝っても、私が隠したんだろうって疑われるくらいで。家族の中で髪を売ってでも冬の備えをしなきゃいけなくなった時も、最初が私で」
どうやら、妖精が見えることで肩身の狭い思いをしていたようだ。
アルフを見る限り、妖精はあまり人間の身の上に寄り添ってはくれない。
短期的に助けてはくれるけど、末永い付き合いとかきっと考えてない。
「子供、だったの。私も、妖精も。でも、こうして私は大人になって、妖精ってやっぱり子供のままだなって思ったり」
どうやら十代半ばにしか見えないブランカは、この世界では大人の部類らしい。
アルフは確かに後先考えない刹那的な部分がある。
自分の信念ってものがないように思える時があった。それが、神の使命に生きるってことなのかもしれないけど。
「あ、別に妖精が嫌いなわけじゃないの。ランシェリスさまは、神の与えた力だって言ってくださるし」
なんだか恥ずかしげに語るブランカ。
ブランカにも、自分なりに目指すものはあるんだろう。頑張ろう、役に立とうって気持ちは、語らなくてもわかる。
思えばアルフはダイヤ取り戻すことにも、乗り気じゃなかった。目の前のブランカのような使命感を感じたことはない。
アルフは何かしたいことはないんだろうか。
森に帰るまでに、その時だけじゃなくて、生きることを楽しむようになってほしい。そうしたら、もう自分が死ぬことを別の自分が生まれるなんて他人ごとみたいに言わなくなるかもしれない。
「フォーレン、たぶん聞くと長くなる系統の話だぞ、この従者の話って」
「…………じゃ、本題にしようか。アルフ、この中平気そう?」
教会の周りには分厚い結界があったらしい。
エルフの僕を伴っていると言う理由で、人間以外を通さない結界を一時的に切ってもらったのだ。
それでも、入る時には抵抗を感じた。水に潜るみたいな微々たるものだったけど。
「うーん、動きにくい。中まで妖精に対する備えがされてるぜ」
「これでは、姿を消す魔法は使えませんね」
「壁抜けもできそうにないよぉ」
ガウナとラスバブも妖精の能力が制限されてしまう状況を訴える。
「だったら、ガウナとラスバブは屋根の上から人間を避けて動くようにしよう」
「「はい」」
二人はすぐさま動き出す。
僕たちは教会の中を観光しているふりで歩き回った。アルフは気になる方向を指示して誘導する係だ。
「どう、アルフ?」
「中までこう魔力に満ちてると何とも言えないな。他にもこういう場所があったら迷うところだ」
封印された魔王石を隠すには見合っているけれど、教会の付与魔法を与える設備があるなら、魔力が満ちていても不自然ではない。
ここと断定するには早いようだ。
「私は魔法を習い始めてそんなに経っていないけど、ここまで魔力に満ちた教会も珍しいような」
教会の中にある中庭で休憩していると、不意にリィンと涼やかな金属音が鳴った。
「…………妖精が何故?」
音の方向には、聖職者とは違うローブを身に纏った男がいた。
肌が浅黒いくらいで顔かたちにこれと言った特徴はないけど、色んな形をした装飾を身に着けている。金属音も、腰から下げた小さな鐘からのようだ。
「あれ、妖精を見つける魔法道具だぜ」
アルフの忠告に、ブランカが僕を庇うように立ち上がる。
「この方の入場許可は得ております。何か、疑問がおありでしたら、シェーリエ姫騎士団としてお伺いしましょう」
緊張の面持ちでそう言うブランカに、男はさっと目を通す。
ブランカの恰好は騎士の従者としてありふれた格好らしく、すぐに目下だと見定めたようだ。
ブランカを無視して、僕を見る。いや、僕のマントの下に隠れたアルフを見ようとしていた。どうやらブランカと同じで見える類の人間のようだ。
「ん…………? エルフ?」
「遅…………」
思わず呟くと、別の方向から苦笑する声が聞こえた。
「魔術師長ブラオンどのとお見受けする。私は団長のランシェリス=シェーリエ=ラファーマ。私の従者と客が何か?」
「これは、名高い団長どの。お噂はかねがね」
わかりやすくランシェリスには一歩引いてる。魔術師長という偉い人だったようだ。
(たぶん、ランシェリスのほうが身分上なんだろうね)
(ランシェリスは貴族出身だからな。ブラオンて奴は、平民かそれに準じる出身なんだろ)
アルフが繋いだ精神を通じて答えてくれた。
平民に準じる出身というのは、金で権力を買う商人か、貴族の非嫡出子のことらしい。
(フォーレン、あいつだ)
ブラオンという人間から、アルフは魔王石の気配を感じ取っていた。
ランシェリスは事前に情報を得ていたのか、ブラオンにエイアーナからダイヤを持ち帰ってはいないかと、聞き出そうとしている。
けど、ブラオンは小馬鹿にしたような笑みを浮かべて知らぬ存ぜぬと否定するばかり。
(ランシェリスも疑ってるみたいだけど、ダイヤの気配があるって伝えたほうがいい?)
(いや、妖精の言うことなんて信じないとか言いそうだしな。わかりやすく動揺させて墓穴掘らせる方法あったらいいけど)
(また難しいこと言うなぁ)
白切ってるってことは、まだこっちが何も掴んでないと思ってるからだよね?
じゃ、何か知ってんだぞって匂わせたら喋ってくれないかな?
前世のサスペンスドラマとかでも、ばれたと思った犯人が聞いてもないこと喋るみたいにさ。
うーん、それっぽいこと言うだけ言ってみるか。
「ねぇ、知ってる?」
そう言って気を引くと、ブラオンを始め姫騎士団も俺に注目した。ので、意味深に地面を指差してみる。
「深淵を覗き込む時、深淵もまた、あなたを覗き込んでいることを」
「な…………にを…………?」
お? 反応あり?
だったら、次は上を差してみよう。
「明日は、月が綺麗だよ」
ブラオンはさっと顔色を変えた。いや、僕に敵意を向けて来ている。
すぐに表情を取り繕うけど、戦うことを生業としている姫騎士団が、その変化を見逃すはずもない。
つまり、こいつは明日の満月に魔王石を使うつもりだということのようだった。
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