4話:悪戯の代償
大自然の中を、フォーレンという名前を得た僕は、背中に妖精を乗せてただただ歩く。
特に嘶いたり、走ったりもしてないのに、動物たちは鬼気迫る勢いで逃げて行った。
「ユニコーンって、嫌われものなの?」
「いや、普通に勝てない相手は避けるだろ?」
転生して、妙に動物や魔物に懐かれるなんて前世の知識が浮かぶ。どうやらユニコーンに関しては、そういう魅了スキルは搭載されてないようだ。
「また考え込んでるな? あんまり気にするなよ」
「アルフって僕に声かけたあたりからして適当だよね」
「なにおー! 俺は深淵で理知に満ちた考えをもってだな」
「そう言えば、アルフの探し物ってなんなの?」
「フォーレン、お前ただ歩くのに飽きただけか」
僕がアルフの気持ちをぼんやりわかるように、アルフにも僕の考えは伝わってる。
目の前で母馬が殺されるなんて体験をしてしまったけど、こうして気を紛れさせてくれるアルフに出会えたのは幸運だと思う。
「また何考えて、うー、いいや…………。いいか、フォーレン。俺が探してるのは、ずばり、ダイヤモンドだ」
「森を荒らした人間が盗んだ大事な物って、宝石なの?」
人間が宝石を欲しがるのはわかるけど、なんで森にダイヤ?
そう考えると、出てきたのはダイヤモンドがどんな宝石かという情報。
いや、それは知ってるから。なんだったら漢字で金剛石って書くのも知ってる。
僕が別のことを考えてるとわかったアルフが背中を叩く。
感触があることを不思議に思って振り返ると、なんだかほのかに光って見えた。
「精神体って、物触れるの?」
「あぁ、触るっていうか周りの空気動かしてるだけだぜ」
アルフの体から光が消えると、背中を叩く動作に変わりはないのに感触はなくなる。
また光を発したアルフは、手近な小枝に指を向けた。
途端に、枝はアルフの指の動きに合わせて折れ、その小さな手に引き寄せられる。
「それって魔法?」
「これは違うなぁ。妖精が生まれながらに持つ特殊能力ってやつ?」
どうやら魔法ではないようだ。念動力と呼ぶほうが近いのかな。
「手を使わずに物動かすって、僕にもできる?」
「どうだろう? これって本当に生まれつきだから、まず俺が教え方わからないぜ?」
残念。指のないユニコーンの体だから、意志のままに細かく物を動かせるなら便利だと思ったんだけど。
「まぁ、魔法はゆっくり教えてやるって。覚えること多いから、教えてすぐに使えるわけじゃないしな。今はダイヤのことを教えてやるよ」
「そういえば、そもそも誰から盗まれたダイヤなの?」
「基本として、妖精には親みたいな存在である、妖精女王と妖精王がいるんだ。俺の居た森は妖精王が管理してる場所で、盗まれたダイヤは妖精王の冠についてたんだよ」
「王さまの冠から宝石盗んで行ったの? どうやって?」
「うーん、冠外してる隙に、冠の台座を軽く破壊して」
え、この世界の人間って怖…………。
「そんな乱暴な相手を、アルフ一人で追ってるの?」
「うん、まぁ…………。そういう罰だからな」
「罰にしてもひどくない? 弱って死にそうになるようなことしたの?」
「いや、そこまでじゃないけど。俺は他の妖精よりも長く森を離れていられるんだよ。ただ今回は、離れてる期間が長すぎてさ。さすがに一年もかかるとは思ってなかったんだよ」
つまり、アルフは何かの罰で人間に盗まれた妖精王のダイヤを、一年前から追ってるらしい。
「最初は森から出た狩人追うだけだったんだ。それが、瞬く間に人間たちの手を移動して、こんな森から離れた所まで来ちゃってさ。コロコロ持ち主が変わって最終的に今は王都にあるんだよ」
「じゃ、アルフが一人で追うことになったのは、妖精王がダイヤ取られて怒ってるから?」
「うーん、怒ってはいないなぁ」
「でも罰なんでしょう?」
そう聞くと、背中で何やら動く気配があった。
ちょっと首を回してみると、座っていたアルフが肘を突いて寝転がってる。
アルフは僕の背中でうだうだし始めた。
「ダイヤとか、妖精にはあんまり価値ないんだよ。光物好きな奴もいるけど、あれそんなじゃないし。回収するならもういっそ色んな所に声かけたほうが早いんだけどさ、あんまり公にすると争いの種になりかねないし」
なんか不穏なこと言い出してる。
「争いが起こるくらい、珍しい宝石なの?」
「珍しいっていうか、人間は力の源ぉとか言って欲しがる類のものではある」
妖精王の宝石とか、アイテムにあったらレアそうだなぁ。マジックアイテム的な?
「もしかして、人間が持つと妖精みたいに魔法が得意になる、とか?」
「確かに魔法強化する力もあるし、時間に干渉したり、便利って言えば便利に使えるけど、うーん…………。いい意味でも悪い意味でも、すごいと言えばすごいお宝ではある」
呟くように答えるアルフの声には、何処か真剣な雰囲気があった。
いいものだと明言できないほど、悪い点が顕著だと考えるべきなのかもしれない。
「…………もしかして、呪いのアイテムだったりして」
「うぉ、良くわかったな」
「え!? 本当に?」
「いやー、妖精王が封印してるダイヤだったんだけど、人間は危険性すぐ忘れて、いいことしか覚えてないんだよなぁ」
「いや、そんな軽く言うこと? っていうか、封印しなきゃいけない呪い付きって…………。ねぇ、それアルフが取り返したとして、呪われたりしないの?」
「心配するなって。俺なら大丈夫だから、こうして探して来いって言われてるんだ。…………欲の少ないフォーレンも、きっと大丈夫だと思うぜ」
いまいち不安。
「呪われた宝石回収とか、本当になんの罰なの?」
改めて聞くと、アルフは不自然に黙る。けど精神が繋がってるから、誤魔化そうというアルフの魂胆は伝わって来た。
「ここで誤魔化すようなことなら、悪いのはひたすらアルフだと思うことにする」
「えー! 俺にだって言い分ってもんが…………少しは…………ちょっとくらいは…………ささやかだけど…………その、ある」
滅茶苦茶尻すぼみじゃん。
これはこんな無茶な罰を下されるに値することをやらかしてるな。
「良く考えたら、妖精の王様が冠外してそこから宝石が盗まれるなんて、すごく不自然な状態じゃないの? さすがに妖精王が一人でうろついてたわけでもないんでしょ?」
「…………や、それは、その」
言いづらそうに、アルフは言葉を濁す。
「そんなに言えないことしたんだぁ。うわぁ、ひどいなぁ」
口を割らないアルフにそうかまをかけると、あっさり事実を叫んだ。
「ちょっと悪戯失敗しただけだよ!」
「そのちょっとが悪戯の規模か、失敗の仕方にかかるかで、僕の心象はだいぶ変わる」
「うぐぐ…………本当のところさ、あんまり悪戯のつもりでやったわけでもないんだよ」
「つまり失敗がひどすぎたってこと?」
「う…………。うーん、隠してもしょうがないし、教えるけど。これだけはわかっててくれ。俺は良かれと思ってやったんだってこと!」
「話を聞いてから、アルフの言い分を再考しようと思う」
今はともかく話を聞かなくちゃ、アルフの言い分には頷けない。
アルフを振り返れば、蜂蜜色の瞳で木々を見上げた。
「最初は、ダイヤを盗んだ狩人とは、全く別方向の話で、まさかダイヤが盗まれるなんて誰も、妖精王も思ってなかったんだよ。森っていうのは昔から、迫害された者や逃げ隠れしたい者が避難してくる、外とは理が違う領域なんだ」
実際、そうして逃亡して来た者が今でも住んでいるとアルフは言う。
その上で、妖精王の住む森は、妖精王の領域として不可侵が約束されているらしい。
「だから、手を取り合った恋人たちが、生まれた町も家族も捨てて逃げてくるなんて、たまーにあることではあったんだよ。つまり、ある日人間が駆け落ちして森に入って来たんだ」
駆け落ちした二人は一目惚れ。その日すぐさま、親に相談して婚約を願ったらしい。
お付き合い、じゃなくて親を挟んでの結婚の前段階に踏み込むなんて、人間相手でも前世の常識は通用しないみたいだ。
「で、父親同士が不仲で婚約を認められることなく。別の婚約者連れて来たんだが、こいつは小さい頃から駆け落ちの女のほうにずっと一筋」
おっと、雲行きが怪しくなってきた。なんて考えていたら、妖精は好奇心旺盛で、楽しいこと、恋の話、美しいものが大好きだという情報が浮かぶ。
つまり、妖精たちもこの三角関係を興味津々で見ていたということなのだろう。
「もちろん振ったわけだけど、親が決めた婚約だから反故にはされなかった。どころか、親の言うことを聞かない悪い子として、家に閉じ込められてしまったんだ」
「となると、その状況を知った恋人が、単身乗り込んで救出。二人手を取り合って、森へと逃げ込んだってところ?」
「おー、なんか俺の渡した知識で学んだ? そのとおりだよ」
ちょっと面白くなさそうにアルフは肯定する。
けれど、一つ咳払いするとまた面白がる口調で続きを語り出した。
「で、恋人たちを追いかけたのは、一組の男女。なんと、惚れてたほうの幼馴染みの女の子で、幼い頃から片思いの男を慕い続けてたんだ。ただ献身的に気を引こうとしたせいで、手下のような位置にしか付けなかったんだけどな」
「…………ねぇ、それって、もう追って来た二人がくっつけば、解決じゃない?」
「そう思うだろう! あんまり森の奥行くと、人間迷って出られなくなるし、追っ手の男のほうから婚約断れば、不幸な恋人たちも故郷を捨てる必要なくなるしさ」
「ま、そうだよね。けど、そうならないから森まで追ってきちゃったんでしょう?」
あと、手下扱いしかしてもらえない女の子も。
女の子がもう少し相手の気持ちを掴む手管でも持ってれば良かったのかなぁ。
なんて思ったら、妖精はもっと力技でことを治めようとしたらしい。
「妖精王も恋人たちを助けようって気になって、『恋の霊薬』を作ったんだ」
「『恋の霊薬』って、名前からして惚れ薬?」
「なんか、フォーレンどんどん知識吸収してる? 契約からまだ経ってないのになぁ」
アルフは自分が与えた知識だと思ってるみたいだけど、これは自前の知識だよ。
けど、確かに生まれて一年もしてない僕が知ってるにしては、色々物わかり良すぎるよなぁ。だからアルフも僕が賢いと思い違ってしまってるし。
ちょっと大人しく話を聞こうかな。
「『恋の霊薬』ってのは、目に垂らした後見た者を愛さずにはいられないって薬でさ。夜寝てる内に、追っ手の男の目に薬を垂らして、起きたところを一緒に入る幼馴染みと顔合わせれば万事解決! …………だったはずなんだけど。失敗したんだよ」
「え、そこで!? ちょっと、嫌な予感しかしないんだけど」
あまりのことに振り返ると、アルフは決まり悪そうな顔で頬を掻いていた。
「男二人がさ、どっちも黒っぽい髪の色してて、年齢も変わらないし、身長も似たもんだし…………。間違えたんだよ。間違えて、恋人のほうに『恋の霊薬』仕込んじゃった」
「そ、それなら、元から惚れてる相手と絆が深まるだけ、だよね?」
「あー、うん。…………片思いのほうの女の子がさ、追っ手止められないから、逃げ果せてくれって、早朝に二人捜して言いに行っちゃってさ。はは、ははは」
なんということでしょう。思ったよりも悲惨なビフォーアフターだ。
女の子は早朝、『恋の霊薬』を仕込まれた恋人同士の男のほうを揺り起こすという悲劇が起きてしまったらしい。
「うーわー…………」
呆れてものが言えない。
取り違えが、致命的な過ちになってしまったようだ。
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