386話:魔物の言い分
他視点入り
とんでもないことになっている。
私は仔馬の館と呼ばれる森の建物に着いて、揃った顔ぶれに圧倒された。
人間との争いを厭わない人魚の長、国との戦争も厭わない獣王。
人狼ではない狼の獣人は実用に耐える爪牙を持ち、静かに立つダークエルフには歴戦の威風が漂っていた。
当たり前のようにいる受肉した悪魔を顧みることなく、話は進んでいく。
見知った妖精王と傷のグリフォンに劣らない存在感を森の住人たちは確かに持っていた。
「魔王出てったし、一回森の中に報告回ったほうがいいだろ」
ぞんざいな妖精王の言葉で、強者であることに疑いのない森の住人たちが館を出る。
「で、姫騎士。お前らな」
室内の威圧感が軽減して息を吐いたのもつかの間、妖精王が私たちに声をかけた。
それに異形と化した骸骨が反応する。
ブランカとシアナスが構える様子を見せるので、私は片手を挙げて抑えた。
話していた様子から、この真性の魔物は理知的であり、少なくとも傷のグリフォンや人化したドラゴンよりも穏健だ。
「ジッテルライヒ地下に住んでいた魔物であっているだろうか?」
「うむ、エルフの国の大妖精から聞いている。我が去ったのちに人間が踏み込み死者が出たとか。…………腕前のほどはどうなのだ?」
異形の骸骨は私とブランカたちを見比べて聞いた。
「そちらのシアナスと一緒にいた、私と同じくらいの腕を持つ者がやられた。地下には何がある?」
「…………何がいる、ではないのか。清らかな乙女であるなら惑うこともなかろうが」
「何かあるなら教えてやれよ。っていうか、お前が縄張りにして魔王も攻めきれなかった所なら何かあるんだろ?」
妖精王が私たちを取り成すように促してくれた。
「ほう? 妖精王も知らぬか。あそこにはな、冥府への入り口がある」
黒い小竜が何か鳴くのに、妖精王が通訳を入れてくれた。
「つまり埋まってるのよ? それもう入り口として機能してないなのよって言ってる。そう言えばこいつ、フォーレンと一緒に行ったからな。そんなに深いのか?」
「この館程度の建物が二段重ねたくらいは埋まっているぞ。その上、我が縄張りにしていたのは上階のみ。下階は完全に土の中だが、冥府の入り口だけは地上の人間が管理していたので道はある」
「人間が管理していた!? それはいったい誰が!?」
思わず私が声を大きくすると、異形の骸骨は威圧的な見た目の割に不快さも見せず親切に教えてくれた。
「聖職者ではないかと考えていた。我の生きた時代からあまり形の変わらない服を着ていて、似た聖印を身に着けていたからな」
「聖職者…………」
ブランカが青い顔で呟く。
その隣でシアナスも受け入れられないように俯く。
けれど私は異形の骸骨の言葉で確信を得た。
「ヴァシリッサの時点で関与は疑っていた。どうやらジッテルライヒの聖職者に裏切り者がいる」
「ラン、団長!?」
ブランカが言い直すけれど、その声には動揺がありありと浮かんでいる。
あまり驚いた様子のない妖精王は、異形の骸骨を計るように眺めた。
「こいつ本体がいるならともかく、冥府の入り口近くとは言え、自然発生した知能のない魔物に簡単に殺される奴でもなかったしな」
「ふーむ、我が封印から目覚め、封印を弱めるために活動し始めてすぐは人間もいなかった。だが、冥府の入り口へは最初から埋まった道があったのだ。それを地上の人間が掘り返して発見した。とは言え、出入りが頻繁になったのはここ数年の話だと思うぞ」
異形の骸骨は地中に長くいたため、あまり時間の概念がないらしい。
それでもさすがに出入りする人間がいれば観察していたと言う。
「…………私の仲間を殺したのが、あなたの手の者でないと言い切れるか?」
「下手なこと言わないほうがいいぞ、リッチ。姫騎士、フォーレンと仲いいからな」
妖精王の援護を聞いた途端に、異形の骸骨は慌て出した。
「知らん知らん! 上にある子供の学び舎に害がないようにとあのユニコーンの仔馬に言われてできるだけのことはした! 下手に調査の者が迷い込んで危険となるような場所は埋めた! だからそれを掘り返すようなことをしたのだとしても我を責めるな!」
黒い小竜がなにがしかを鳴くと、異形の骸骨は激しく首を縦に振る。
「冥府の入り口のことは初耳なのよ。でもあのユニコーンとひと回りしたから即座の危険がないのは確認してるのよ。だとよ。となると、あの副団長は人間にやられたのかもな」
妖精王の言葉に私はシアナスを見る。
シアナスは大きく唾を飲み込んで、顎さえ震わせながら答えようと声を絞り出した。
「わ、私は…………」
「ヴァーンジーン司祭が剣状の物で刺されたのを見たのだったな?」
「は、はい。そう、聞き、ました」
今度は異形の骸骨を見ると、察し良く答えてくれる。
「さて、我が術によって使役した魔物であれば武器を扱えるだけの能力は有していた。だが、引き払うにあたってそんな力を残していく利点もない。魔物は全て術を解いたのち、ただの躯となっているはずだが」
「うーん、魔物化する器としては完成されてた躯が放置か。冥府の入り口から漏れる力で動くことはあるだろうけど。あの副団長が逃がすしかなかった、ほどの…………あ、複数いたとか?」
妖精王の思いつきに、シアナスは首を横に振る。
「ヴァーンジーン司祭は、そのようなことは」
そう言えば私も冷静さを失って、詳しく聞けていなかった。
駄目だな。
いや、こうなってはもはや存在の不確かな魔物の襲撃を疑うほうが不自然だ。
魔物の襲撃を異形の骸骨は違うと言うし、敵が複数ならばシアナスが目撃していないのはおかしい。
「ふむ、鼠かもしれん」
呟いた異形の骸骨はがらんどうの目で私を見たようだった。
やっぱりヴィドランドルは違うよね。
で、埋めたところを掘り返すような無謀をローズもしそうにないし。
僕はアルフの目を通してランシェリスとヴィドランドルの対話を見つめる。
意味深に呟いたヴィドランドルに、ランシェリスが反応した。
「地下に出入りする者の中に、屍霊術を修めた魔女がいたぞ」
「魔女?」
ブランカが困惑してあらぬ方向を見る。
連絡のため魔女の里に戻ったマーリエが去った方向かな?
「おーい、たぶん森の魔女じゃねぇよ。お前が言うのは魔法使いの女か? それとも神の摂理に逆らう女か?」
「両方の意味だ、妖精王。我が縄張りの端をちょろちょろしていたのだ。出入りしていたのは地上の人間が管理していた場所であるから、聖職者なのだろうな」
「その者が何をしていたかは?」
神妙に問うランシェリスに、ヴィドランドルはこともなげに教える。
「冥府の入り口から漏れる霊気と我が縄張りより生じる上質の怨念を使って屍霊術を行っていた。我も知らぬ術の形態であったため、ずいぶんと興味深く観察させてもらったがな」
「お前、それ絶対術盗むつもりで放置してたんだろ?」
「しかも仔馬からはそれらしい術を使ったとは聞いておらんな」
「盗めなかったのよ」
「えい! うるさいぞ!」
アルフに続いて茶々を入れるグライフとクローテリアに、ヴィドランドルは骨の腕を振って抗議する。
「よくよく見れば基礎は我と同じ! ならば特に今さら活用することもないと見たまで!」
「ならば結局は仔馬に通じずに終わったわけだ」
「ずっとあのユニコーンに舐められて終わったのよ」
「うるさいというに!」
短く鳴き交わして腐すグライフとクローテリアに、ヴィドランドルは怒るけど、二人は気にしない。
その間にランシェリスが難しい顔になっているのをアルフが気づいた。
「魔王の狙いはヘイリンペリアムだ。お前らも行くだろ?」
「…………今から行ってももはや遅いのではないだろうか? いや、もちろん魔王の復活となれば人々のため手を尽そう。だが、聖職者の中に裏切りがあるとなれば」
「人間は信用できぬと言うつもりか、小娘」
グライフがランシェリスにもわかるようにして声をかける。
「そのとおりだ。ヴァシリッサは明らかに向こう側。彼女はビーンセイズにいた。そしてジッテルライヒにその動きを伝えることをしていた。つまり、ヴァシリッサの上役がジッテルライヒにいる。魔王が復活した今、ジッテルライヒを無視してヘイリンペリアムへ向かうのは危険が大きいのではないだろうか」
「地下で動く人間がそのヴァシリッサとかいうダムピールの…………あぁ、そうか。あれはダムピールか。どうりで魔法の使い方が」
ヴィドランドルが途中から独り言を呟いて、聞き取れないほどの声量になる。
「あ、あの!」
そこに南からヴィドランドルと一緒に来たユウェルが声を上げた。
「エルフの国にいたダムピールがいるのでしたら、私も同行させてください!」
「ダムピールをどうこうする前に、魔王と化した仔馬に殺されるかもしれんぞ、下僕?」
「覚悟の上です、ご主人さま」
ユウェルが退かない姿勢で答えると、グライフもそれ以上は言わない。
その様子にブラウウェルが立ち上がる。
「でしたら、どうか私にエルフ王への報告の任をお命じください! 必ず妖精王さまに助力するための兵力を連れて戻ります!」
「えー? こっちは魔王石借りて奪われてるのに?」
アルフはブラウウェルの決意に懐疑的だ。
けどブラウウェルもまた退く様子はなかった。
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