380話:ワンルームの扉
真っ暗な闇の先に白くて四角い何かがあった。
いや、うん。
見覚えがある。
「あれって僕の心象風景だ。魔王石に触るとあそこに行くんだ」
先を歩くウーリに教えると、空気を嗅ぐように鼻を上げる。
「あぁ、なるほど。こりゃ確かに素養の割に小さいですなぁ」
「小さい?」
「えぇ、ユニコーンの旦那の精神は恐ろしく広い。こりゃ、魂も相当なんでしょうな。が、幼さゆえにその広さを全くいかせてやしないってことでさぁ」
「確かに広いっぽいけど。いかすってどうやるの?」
「そこはそれ、幻象種なんであっしからはなんとも。例えば教えられずともあっしら歩くことはできるもんで。となれば、肉体と精神が混在する幻象種なら、精神の使い方も自然と備わってるはずじゃあ、ありやしやせんか?」
「うーん、そう言われてもなぁ」
ワンルームだろう白い四角に向かって歩きながら、僕は改めて周りの闇を見た。
確かに闇の中は広くて、こうしてワンルーム行くまでにずいぶんな距離を歩いてる。
そこにポツンと周辺の広さを生かせないワンルームがあるんだ。
うん、無駄な狭さ。
ユニコーンの体には絶対合ってない。
「確かにもっと広くてもいいのかな? それで、あそこに向かうでいいの、ウーリ」
「へい。少なくともあそこはユニコーンの旦那の縄張りで…………」
答える途中、ウーリは耳を忙しく動かすと言葉を切った。
「嫌んなるやつでぇ、魔王ってのは」
「…………なんか、敵意みたいなものがあるね」
「きっとユニコーンの旦那が生還した時に備えてここに仕込みをしていたんでしょう」
殺意高すぎない?
僕の体なのに…………。
「こりゃいけねぇ。走りやしょう!」
ウーリが矢のように駆け出す。
僕も遅れず四足を動かした。
いや、これウーリのほうが遅い?
「ウーリ、乗って!」
「にょぉおおああああ!?」
僕は角で掬い上げて、ウーリを上へ放る。
変な叫びを上げながらも、ウーリは僕の鬣に爪を立ててしがみついた。
その時、目の前に何かが立ち昇る。
それは闇に擬態するように色がない。
白いワンルームを隠すように動いたからわかったことだった。
「跳ぶから振り落とされないでね!」
「そんな無茶…………にゃはぁぁあああ!?」
勢いを殺さず跳躍して、何かを飛び越える。
高さも幅も三メートルくらいの跳んだのに、すぐ後ろに敵意があった。
僕は後ろを振り返る余裕もなくワンルームに向かって走る。
振り切れそうだけど、大変なことに気づいた。
「どうしよう! あそこって扉ないんだけど、入ってこられないかな?」
「なんででさぁ!? お心広いにもほどがあるってもんですぜ!? そんながばがばだから魔王にも入り込まれてたんじゃないんですかい!?」
ウーリが驚いてるってことは、やっぱり扉ないと危ないんだ。
どうしよう?
部屋の中に扉代わりにできる物ないしなぁ。
「ユニコーンの旦那! あそこ入ったらすぐに扉を想像してくだせぇ!」
「想像!?」
「そこに扉があるって信じるんでさぁ! 絶対自分以外が簡単には入れないってなもんを!」
自分以外が?
けど館にあるような扉ってグライフでも粉砕して入ってこれるだろうし…………。
お城の門とか頑張れば僕は壊せそうだから僕だけじゃないだろうし…………。
「えーと、えーと」
「ほら、もう着きますぜ!?」
ウーリの言葉が終わると同時にワンルームに駆け込んだ。
馬の足だと止まれないから、入ると同時に人化した。
両足と片手を使ってブレーキをかけながら、入って来た場所に向かって身を返す。
「とびら、とびら」
「ほらなんか黒いの来てやすって!」
扉のない出入り口には黒い触手のようなものが蠢いてるのが見える。
こっちからのかすかな光があるからようやくわかるほど黒い。
何かはわからないけど嫌なものなのは確かだった。
「あーもー! ともかく扉! 閉まれ!」
決めきれずに僕は指を差して叫ぶ。
瞬間、音もなく扉が横滑りして現れた。
「…………へ?」
音もなく滑らかに閉まる扉はたぶん金属製。
そして締まる瞬間、指詰め防止で一回ブレーキがかかる。
その後は力を抜くように静かに閉まった。
「あれは扉、なんですかい?」
ウーリが言う間に、電子音と施錠音が響く。
うわー、電動だぁ…………。
「なんでしょ、今の音は?」
「鍵が閉まった音だよ。えーと、たぶん頑丈、かな?」
「へー、想像しろとは言いやしたが、まさかこんな見たこともないもんとは。いや、ユニコーンの旦那の想像力ってのはすごいもんでさぁ」
褒められるけど、これ違うよ。
前世の知識にある病院とか、研究施設なんかにあるような扉、いや、それでも完全金属性はないな。
あれだ。ゲームとかにあるクリアしないと開かない扉みたいな。
ただはっきり言えるのは僕が一から考えたわけじゃない。
知ってる物、のはずなんだけど、なんでこれ?
ゲームか何かで見た扉にしては、記憶にないし、あの土壇場で出て来た理由が思いつかない。
「はぁ、さてさて。どうやらここは安全なようで」
ウーリは四足で窓に跳びあがる。
そこの窓からは草原と空中の城が見えた。
「たぶんあれがアルフの心象風景だと思うんだけど」
「あぁ、そうでござんしょね。あっしにも何やら安心感だとか懐かしさだとかが感じられまさぁ」
それって妖精だから?
「となれば、あっしはここらでお役御免とさせていただきやしょう」
「え、どういうこと?」
「はは、あっしはもう体もなくなって、妖精王さまとの繋がりに一時的にしがみついてるだけのもんですって。このまま消えるだけでさぁ」
「そんな! 精神体なんでしょ? こうして残ってるならなんとかならないの?」
「うーん、この状態でなきゃ新たに生まれ直しもできたんでしょうがね。あっしの妖精としての核の部分が魔王の剣に持って行かれちまったんで」
「それって、あのアダマンタイトとかいう?」
「そうでさぁ。ありゃ、妖精が自分の存在全てを賭けても惜しくないと決めた時、その相手が黄金を持つか、黄金の近くにいればできる特殊な金属でしてね」
ウーリが言うには、アダマンタイトの生成は妖精たちの秘伝だったらしい。
「あっしの聞いた話じゃ、魔王は幾つもアダマンタイトの武器を妖精に作らせるってんで妖精女王を怒らせたそうなんでさぁ」
「そりゃ、あんな強制的にしてたらね」
「本来強制できねぇはずなんですがねぇ。まぁ、それができちまったから先代の妖精王さまも名前を冥府に封じるなんてことなさったんでしょうな」
「それするとアダマンタイト作れなくなるの?」
「名前と技術を紐づけして失伝させたんだと思いまさぁ」
理屈はよくわからないけど、どうやら後世には残らないようにするためらしい。
けど本人が復活してウーリは犠牲になってしまった。
「その核を取り返したら、ウーリ生き返らない?」
「…………できやしやせん。と言いたいところですがね、ユニコーンの旦那は特殊だもんで、さてはて」
ウーリは考えるように空中の城を見る。
アルフの協力があれば可能ってこと?
「いよし! そこまで惜しまれるなら男冥利に尽きるってもんでさぁ。ただ消えるのも面白くねぇ。ここはいっちょ賭けといきやしょう」
ウーリは後ろ足で立ち上がると前足で膝を打つ。
「ユニコーンの旦那の想像力なら、あっしをこの精神世界に繋ぎ止める場を作り出せるかもしれねぇ。一つ、ここにあっしの居場所を作ってやくれやせんか? そこであっしはこれ以上精神と記憶を削らないよう休眠する。時が来たら妖精王さまにご相談してくだせぇ」
「ウーリの居場所? …………やってみる」
それでウーリが死なずに済むならやれないなんて言うわけがない。
考えて考えて…………ウーリがいる場所…………。
休眠って言ってたな。
猫が寝る場所とかでいいのかな?
「あ…………ちぐら」
呟いたらいつの間にか僕の足元に半円を描く猫のちぐらが現われていた。
ウーリも気づいて、窓から飛び降りると寄って行く。
「ほうほう? ほうほうほう? ほほう?」
匂いを嗅いで、周りを回って、頭を入れて。
ウーリは中に入るとまたグルグル回ってる。
こうしてると本当にただの猫だ。
「こりゃいい。では、ちょいと休ませていただきやす。へへ、あっしがこれで復活したとなりゃあ、モッペルの奴は大層驚きやしょう」
楽しそうに言って、ウーリはちぐらの中で丸くなる。
そのまま寝たように見えた。
けど気づけばそれはウーリじゃない。
ウーリそっくりの形をしたプッシュライトに変わっていた。
「え?」
ちぐらの中を照らす光は見間違いじゃない。
ウーリは僕の心象風景の中、灯りの一つに落ち着いたのだった。
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