39話:馬上のユニコーン
ビーンセイズの王都は、これぞって感じのファンタジーな街並みだった。
「わー、建物は石でできてるんだね」
「フォーレン、これ石じゃなく煉瓦。土を焼き固めたもんだよ」
煉瓦と言えば赤いイメージだったけど、どうやらここの煉瓦は黄みがかった白らしい。
石で作られた建物もあり、どうやら建材としての石はとても大きなもののようだ。
前世で見た、城址の石垣よりずっと大きな石が壁に埋め込まれるようにして使われている。石を組むことをしてないのは、この辺りに地震がないことの表れかな。
「フォーレンは、本当に街が初めてなのね。私も大きな街に始めて行った時は、建物一つ一つに驚いたの」
「ブランカの故郷はどんな所? 窓ガラスって村にもある?」
人化した僕が乗る馬を牽くブランカ。
可愛い顔のせいか、ブランカは妹を相手にするように気安く声をかけてくれた。
「王都ほど澄んだ硝子はないけどね。良くある村で、あ、でも川には大きな水車があって、段々畑に水を引いてたの」
「水車かぁ。それも見てみたいなぁ。あ、ブランカは海って見たことある?」
そんな他愛のない話をするブランカは、今いる姫騎士団の中で唯一の従者だ。
アルフを見つけられるのがブランカだけだったため、本来は馬に乗ってはいけないのに同行したんだとか。
騎士見習いにもまだなってないから、馬には乗っちゃ駄目だし、剣も持っちゃ駄目なんだって。だから、ブランカは短剣と弓を装備してる。
その辺りの身分制度もゆっくり聞きたいな。
アルフの知識は相変わらず人間の暮らしの詳しい部分は曖昧だった。
「僕は海見たことあるよー」
「こら、ラスバブ。喋るんじゃありません」
僕と一緒に鞍の上にいるガウナとラスバブは、ただの人形のふりをしてる。
アルフは念のため僕のマントの下で、僕の角を隠す魔法を使ってくれていた。
「おい、なんだこのお姫さまたちの列!?」
「バカ! あの紋章が見えないのかよ、姫騎士団だ!」
「うわー、噂以上の美人ぞろいじゃねぇか」
「あら? 一人だけエルフが混じってるわ」
街の中を軍馬に乗って移動してるから、うん、目立つ。
しかもみんな美人で武装してるとなると、歩いてる人たち道あけるから、ちょっとしたパレード状態だ。
「ちゃんとエルフって思われてるな、フォーレン」
「うん、目の色あんまり気にされないみたいだね」
「きっと、本物のエルフを見たことのある人が少ないからだと思うよ」
「ブランカも見たことないの? 他の人たちも?」
「南の山脈近くの国々はエルフと交流を続ける所もあるって聞くけど、私たちはここより北のヘイリンペリアムを中心に回ってるから」
教会所属の騎士団は、北にあるヘイリンペリアムという国から遠くへは行かないんだって。補給や管理の問題らしい。百人規模の軍隊だもんね。
「エルフって、本当にこの世の者とは思えない美しさなんだなぁ」
「まだ子供だろ? あれのまま成長したらすっごい美人にはなるだろうけど」
「夢見すぎだって。エルフはどんなに若く見えても、結局は婆だろ」
「それに、胸も…………なぁ?」
あ、めっちゃイラッと来る。
女じゃないけど、すっごい失礼だろ。なんだよその品定め的な物言い。こっちにだって選ぶ権利あるよ!
「どうせ目つけるなら同じ人間にしとけよ」
「それこそなしだろ。あの姫騎士団だぜ? 命幾つあっても足りないって」
「あー、惚れたっていう貴族を全員でボコボコにして蹴り出したって、本当かな?」
「俺、求婚のために決闘申し込んだ王族の話聞いたことあるぜ」
「ある豪商が、一城買えるだけの金銭積んだけど一顧だにしなかったとか」
なんかすごい話が聞こえてくるよ?
思わずランシェリスを見ると顔を背けられた。その向こうに見えるローズは意味深に笑ってみせる。
つまり、本当のことなの?
「聞いたことあるよ。ヘイリンペリアムの貴族子弟の間では、姫騎士を落とせたら男が上がるって」
「ちょっとした度胸試し扱いなんだそうです。碌でもない遊びに巻き込まれた姫騎士方は、相応の対応ってのをしているのでしょう」
ガウナとラスバブは元から人間の近くに暮らす妖精のため、そうした話も詳しいらしい。
ブランカは顔を顰めて小さく頷いていた。
そんな時、行く手からざわめきが聞こえる。
見れば、五人ほどの騎馬武者がこちらに向かってきていた。
姫騎士団はすれ違うために半歩避けたけど、向こうは道の真ん中から動かず目の前で止まる。にやつく五人は、どうやらこの国の騎士らしかった。
「おやおや、これはこれは。お忙しい姫騎士団がどうされた」
「教会へ向かう途中です」
決して言葉数が少ないわけでもないローズが、会話を続ける気がないことを前面に出して短く応答した。
が、騎士は絡むつもり満々で馬の鼻面を突き合わせて動かない。
「幻象種について聞いておきたいことがあったのだ」
「そうそう。あれらはどんな種でも色仕掛けで腰砕けになるものかね?」
「今回は猛獣を生け捕りにしたそうだが、そちらに被害は?」
「ははは。いや、尊い犠牲となったというべきかな?」
「それとも、けだものに身を晒すのは慣れたことかい?」
悪意しかないなー。っていうか、騎士ってもっと紳士なもんだと思ってた。
好奇心や下心で下世話なことを言う平民よりも、悪意と傲慢で下世話なことをいうこの騎士のほうが度し難い。
愛想のいいブランカが、侮蔑を隠しもしない目をしていた。
「かの幻象種は人語を介す。当人にどうして檻に入っているのかを聞いてみてはいかがだろうか。それとも、檻に籠められたと言えど猛獣の前に身を晒すのは怖くて仕方がないのかな?」
わー、ランシェリスって案外人が悪いなー。
それ、グライフに言ったらこの騎士たちただじゃすまないってわかって言ってるよね?
まぁ、別にこんな性格悪い人たちどうなろうと知ったことじゃないけど。
「な、何を!? 我らを臆病者呼ばわりか!」
「女がおこがましくも、騎士の矜持を侮辱するか!」
騎士的には怖いのかと言われたのが怒りポイントらしい。
けど、そんな綺麗なだけの剣に手をかけるのはいただけない。
「邪魔なんだけど?」
僕は目の前の馬たちに向かって声をかけた。
僕の目に何か感じたのか、馬たちは揃って身を硬くする。
すると、姫騎士団の軍馬が「こいつやべぇぞ」「ユニコーンだぞ」って言い始めた。
途端に、騎士の馬五頭は僕から逃げるように向きを変えて走り出す。
「うわ、どうした!?」
「おい、と、止まれ!」
騎士が馬を操縦不能になって情けない声を上げながら遠ざかる。
ランシェリスは呆れたように僕を見た。
「フォーレン、何をした?」
「そのまま。馬に邪魔って言っただけだよ」
「それであれか? …………あの時もそのように?」
あの時って、ランシェリスたち乗せたまま山を一周させたこと?
僕の沈黙を肯定と取ったのか、ランシェリスは溜め息をついて馬を進め始めた。
「ねぇ、あなたから見てあの騎士たちはどうかしら?」
ローズのほうから声をかけて来た。
人間に対しての印象を聞きたいのか、それとも騎士としての質の印象を聞きたいのか。
「人間的にも騎士的にも質が低いっていうのが印象かな。剣や馬具を見ても使い込まれてないし、あれは綺麗なだけの飾りでしょう。あと、根性がない。向上心がない。女がなんて思い込みだけで物言ってる時点で、実戦経験なんてないんだろうなって」
「し、辛辣だな」
「そう?」
ランシェリスは驚いてるけど、ローズは自身の装備を見直して笑みを浮かべる。
「確かに、使い慣れてないあの様子じゃ、どんな業物もそこらの棒と同じね」
前世の記憶で言えば、スポーツでも芸術でも、経験って目に見える形跡がある。
使い慣れた道具ってその人が経験を積んだ分だけ汚れて変形して、その人自身の努力を刻んだ上で馴染んでる。
「あーいう人が、彷徨える騎士になるんだと思います」
「彷徨える騎士?」
勢い込んで言ったブランカに、僕は聞き返した。
すると、姫騎士団たちはアルフが潜む僕のマントに視線を集中させる。
その間に、アルフの知識が開いた。
彷徨える騎士とは不死の呪いをかけられた、狂えるとある騎士団長。
森に迷って神を罵る言葉を吐いたことで、妖精王の呪いにかけられ森から出ることができなくなった。その上連れていた騎士たちは火の玉と化し、団長自身は鎧の内側から溢れる地獄の炎に焼かれ続けているのだとか。
「あの、四年に一度求婚のため森を出るというのは本当なのでしょうか?」
「なんだ、姫騎士団はあいつに会ったことないのか? 四年に一度出ていくと周辺で大騒ぎになるんだぜ?」
何処か面白がるように風の魔法で答えるアルフに、ランシェリスの顔が渋くなる。
彷徨える騎士が呪いから解放される条件は、真実の愛を得ることらしい。
うーん、ファンタジーな感じだけど、実際被害者がいるとなるとなんとも。
ちなみに、求婚のため森を出て未婚の娘の父親に大金を押しつけ、四年後に娘を貰いに現れるらしい。あ、ファンタジーじゃなくてホラーだった。
娘渡したくない人間たちはそりゃ大騒ぎするよ。
「念のため、次に彷徨える騎士が出てくる時期を教えてくれないだろうか?」
「二年後だけど、倒しても意味ないぜ? 森から出られる日が終われば森に戻る。で、また四年後に出てくる。それだけだ」
「それ、だけ…………」
「ちゃんと呪いを解く方法はある。憐れむなら自らが犠牲になるくらいの覚悟をしろ」
静かなアルフの声に、ランシェリスは言おうとした言葉を飲み込む素振りを見せた。
「アルフ、真実の愛って何?」
「おっと…………、それはフォーレンには、まだ早い、かなぁ?」
「適当に誤魔化してない? 真実って誰が決めるの?」
「そりゃ、彷徨える騎士本人さ。それに、憐憫が愛に代わることはないってのは確かだ」
それ、彷徨える騎士が愛に満足するまで延々呪われ続けるってことじゃないの?
うーん、呪いから解いてやろうって努力すること自体が不毛な感じ。そういう罰ってことかな。
「あれ? それって妖精王なら人間を不老不死にできるってこと?」
僕の思いつきに、ランシェリスたち声の聞こえる範囲の姫騎士団が反応した。
そんな様子をマントの下から確かめて、アルフは長々と息を吐く。
「あれ、人間やめること前提の呪いだから。彷徨える騎士はすでに死んでるんだ。その上狂ってて、人間としての意志が浮上することなんてほとんどないぜ」
「うわ、妖精王って酷いね」
思わず言うと、アルフは気まずげにマントの下に隠れてしまった。
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