374話:巡り巡って
他視点入り
「団長ぉおお!?」
激しい衝撃と同時に首に何かが刺さる嫌な感触があった。
姫騎士たちの悲鳴に何が起きたかは想像がついたものの、私に痛みが訪れることはなく。
「こ、れは…………」
懐に入れていた葉っぱが光り宙に舞う。
光りの弱まりに比例して葉っぱは役目を終えたかのように崩れて消えた。
「妖精シュティフィー、感謝する。クレーラ、今私はどうなっていた?」
「落下する、ブランカを庇った際に、突き出た岩に左半身が衝突。折れて飛び出た、腕の骨が…………首に刺さったように見えました」
従僕悪魔に吹き飛ばされ、抵抗する間もなく斜面を転げ落ちることになった。
私はシアナスを庇ったブランカを目にして、落下先が見えたのだ。
シアナスを突き飛ばしたブランカを庇いきれず、私は岩にぶつかって死にかけたらしい。
身を起こすとシアナスは四つん這いで茫然としている。
ブランカは私の胸で大泣きしていた。
「他に被害は?」
私の声にブランカ以外が立ち上がる。
茫然としていたシアナスも近くの姫騎士に引っ張られ立ち上がった。
誰も彼も斜面を転がり落ちて打撲や捻挫で動きがおかしい。
それでも命に関わる怪我は私以外にいなかったようだ。
「ランシェリスさま、わたし、私のせいで!」
「ブランカ、落ち着け。あのままブランカがぶつかっていれば確実に首が折れていた。現状誰一人として死亡者はいない。すぐに次の行動に移る」
ブランカは赤くなるほど目元を拭って、私の胸から離れた。
「現状を鑑みるにあの従僕悪魔に殺意はさほどなかった。となると私たちが戻ることを予期しているだろう。二手に別れて迂回するぞ」
怪我もあり、警戒を強め慎重に斜面を戻った。
けれど私たちの行動に意味はなかったようだ。
「いない? 魔王はいったい何処へ?」
「団長! 料理人の悪魔がいます!」
ブランカが一つの岩の側で声を上げた。
近くには悪魔とフォーレンが持っていたはずのグリフォンの羽根の集合体が落ちている。
私はグリフォンの羽根を使った道具を拾って、悪魔の前に屈みこんだ。
「意識はあるか? 魔王や悪魔は何処へ行った?」
「暗踞の森。魔王石を回収しに行く」
腕は折れ、吐き出した血の様子から内臓もやられている。
けれど料理人の悪魔は冷静な目をして答えた。
悪魔にとって受肉に伴う肉体的な損傷は精神に影響しないもののようだ。
それでも動けず、これと言った行動を起こせないのは、この悪魔が料理を一番の能力としているからだろう。
戦闘に重きを置く悪魔ならば四肢を失っても殺戮を引き起こせると、歴代の団長の遺した手記にはあった。
「動けないから運んでくれ。我が友を止める」
「森を案内してくれると言うのなら願ってもないが、あの森をそう簡単に走破できないだろう。一度フォーンと合流して」
「その猶予はない。体は我が友のままだ。なら、森は妖精の守護者として受け入れる。侵入者に対する守りは何一つ働かないだろう」
私とブランカは一度、魔女の里へ入った。
里から先の森は今や魔女にとっても危険で、守りの厚さにより魔女もマーリエしか妖精王には会えないのだと言われている。
「妖精王はフォーレンの異変に気づかないだろうか?」
「あぁ、妖精王がどんな状態か知らないんだったね。今の妖精王は目の前に魔王がいても気づかない可能性が高い」
そこまで? いや、フォーレンが虐殺を行うほど怒り狂ったのだ。
つまりそれほど妖精王が危うかった証拠であり、今はまだギリギリ命を繋いでいる状態のために過剰な守りを敷いているのか。
以前触媒越しとは言え言葉を交わした様子から、危機に瀕したとはとても思えなかった。
けれど現状を思えば、フォーレンも危険を承知で魔王石を集めるほどの状態だったのかもしれない。
そこにきて魔王復活という予想外の危機が迫っている。
「前の魔王より確実に体が強い。森に入られた時点で妖精王は詰む」
「その上、フォーレンが集めた魔王石も全て回収されるのか」
「たぶん本物の魔王なら問題なく取り出せる」
取り出せる?
さすがに森の者も魔王石を集めてその辺りに放置しているはずもないか。
何かしらの封印が施してあるが、魔王であるなら容易に手に入れられる、と。
「しかし、その言い方だとあのフォーレンが魔王であることに疑問があるようだが?」
争いの悪魔と従僕の悪魔は認めているようであったのに。
「五百年前にも直接目通りしたことはない。でも、大王さまが語っていた人物像とは違う」
大王? 悪魔がそう呼ぶならそうとう高位なのだろう。
あぁ、ローズがいれば…………。
「もっと人間らしかったはずだ。今の状態は本物の魔王であってもひどく不安定。人格にも変容が出ている可能性がある」
「魔王石自体が魔王の呪いで歪んだと聞く。そこに宿っている思念などまともではないだろう。確か妖精王もビーンセイズでそのようなことを言っていた」
「それなら魔王石をより手に入れればもっと厄介になるんだろうね」
「自滅するようなことは?」
「あっても我が友の肉体での暴走。厄介さは減らないよ」
料理人の悪魔の指摘は否定できない。
と言うかフォーレンは大丈夫なのか?
「フォーレンはどうなったのだ? 生きているのか?」
「少なくとも魔王が攻撃の際、何かしらの不都合が起きて連撃をしなかった。あれが我が友による内側からの抵抗と見ることはできる」
突然復活した魔王に抵抗できているのか。
やはりフォーレンはすごいな。
「妖精王の加護で守られている可能性もある。どちらにしても妖精王が倒されれば我が友も加護を失くして消える」
現状、料理人の悪魔なりに行動理由があるらしい。
少なくとも今は信用に足るか。
「すぐに馬を! 敵を暫定魔王と認定! 討伐も視野に入れて魔王石奪取を阻止する!」
私の号令に姫騎士たちは覚悟の顔をした。
僕は突然魔王に体を乗っ取られた。
相変わらず体は動かせないし、気を抜けば存在を消されそうな圧がかけられてる。
意識ははっきりあるけど、この状態も長くはもたない気がした。
けど今できることは魔王の行動を見るだけなんだよね。
「ご主人さま、人化したままでは走りにくくありませんか?」
魔王復活を望んでいた双子は押し黙ってるのに、ウェベンは気軽に声をかける。
今魔王たちは走ってる。
人間の足だけど、人間では出せない幻象種と悪魔の速度で。
子供で人間の双子はライレフの使い魔の背に乗っていた。
「獣になる必要性を感じない」
「ほぉ?」
ウェベンではなくライレフが反応した。
同じ体だからか僕も魔王の発言に欺瞞があることを感じる。
けど考えてみれば僕も人化してすぐは動けなかった。
魔王も同じなのかもしれない。
人間がいきなり馬の体を自在に操るのは難しいんだろう。
「何故お前のほうは嬉しそうなのだ、ウェベン?」
魔王に声をかけられ、ウェベンはにこにこだ。
「ご主人さまが自ら力を減じた状態を維持するのであれば、わたくしの活躍の場もあるかと愚考いたしました。どうぞ、わたくしになんなりとお申し付けを!」
「ライレフ、あの悪魔は一体どういう?」
トラウエンが困惑も露わに声を潜めて聞いていた。
まぁ、走ってるからそれなりの声量出さないと通じないし聞こえてるけどね。
「仕える者を堕落させる悪魔ですね。本来はもっと陰日向に仕える存在を支えつつ骨抜きにしていくのですが」
「それは大丈夫なの? 魔王さまを主人と目しているけれど」
ヴェラットも不審そうだ。
「今はあれですが、一国の王に取り入り忠臣を遠ざけ殺し、奸臣を躍らせて内側から国を亡ぼす手腕の持ち主です」
ウェベンの凶悪さに双子が引く。
たぶん大丈夫かって聞いたのは、そんなのが魔王の側にいて良かったのかって話だと思うんだけどな。
そこでさらに何故かウェベンが誇るように旧悪を暴露し始めた。
「最近では南の山脈を越えてはるか東に旅した地域を治める大グリフォンに魔王石のオブシディアンを持ち込み大変な騒ぎを招きました」
「「え!?」」
「また遠くに。いつ頃の話なんです? その回収は?」
「ご主人さまがいたしました。数百年は前でしたね。どうもその大グリフォンもオブシディアンを捨てようと苦闘したそうで。オブシディアンの害でご主人さまの母馬を始め、東の幻象種が台地を通ってこちらに流入していたとか」
魔王は興味がないのかウェベンたちの会話を無視してる。
けど双子は無視できない話だったようだ。
「あれは、あれは! 見たことのない魔物が増えたのはそのせいか!?」
「いくつか水場を失ったのよ!? なんてことをしてくれたの!」
東の台地で生きる流浪の民にも影響があったようだ。
それもそうか。
ユニコーンさえ逃げ出す戦争があったなら、ユニコーン以外の幻象種も逃げ出してるはずだ。
「暗踞の森には猿のような幻象種がおり、その者たちが言うには、数々の幻象種の族が二つに分かれての大戦争だったそうで」
「なんと壮大な」
双子の怒りなんて気にせず語るウェベンに、ライレフが羨ましそうだった。
うん、悪魔は悪魔だ。
ウェベンもいっそ双子の罵倒が心地よさそうに上機嫌で走り続けた。
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