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373話:ウェベンの寝返り

 邪悪に笑うウェベンになんて、魔王はこれと言って思うところはなかった。

 あるのは有益か有害かの二択だけ。

 その中でウェベンはどちらともない、無駄な存在扱いだ。


「俺はユニコーンではないぞ」

「おや、ご主人さまの記憶を継承されてはおられない? でしたらわたくしがご主人さまを見染めたあの血と臓物の溢れた惨劇の城について語りましょう!」

「いらん。…………なるほど。元からユニコーンの暴虐性に目をつけて仕えようとした。だから少々中身が変わってもより変事を起こすだろうほうにつくと」

「あとは単にこの者とはそりが合わなかったのでこうして排除する機会を狙っておりました」


 笑顔で何言ってるの!


 ウェベンは容赦なくコーニッシュの利き腕を踏んで傷めようとする。


「その割には止めを刺さないのは何故だ?」


 魔王の質問にウェベンは得意げに羽根を広げた。


「この者は料理が存在理由。ならば料理ができない体になればこれはどうなるのでしょう?」

「呆れた加虐だ。悪魔が悪魔の存在理由を奪うのか。…………俺には関係ない好きにしろ」

「では!」


 ウェベンは勇んで広げた羽根を振る。

 そうして巻き起こす風を姫騎士に叩きつけた。


 突然のことに戦っていたライレフも驚く。

 ウェベンは気にせず風を強めつつコーニッシュの腕を踏む足に力を入れていた。


「う…………! しまっ…………!」


 耐えようとしたランシェリスが一度体勢を崩す。

 もうそれで十分だった。

 一度煽られるとここは斜面。姫騎士は一分も耐えられずに斜面を飛ぶように落ちて行くしかなかった。


 姫騎士が転げ落ちる先など見ずに、ウェベンは得意満面で魔王に向き直る。


「どうでしょうご主人さま!」

「どう、ということもないな」


 魔王の対応は塩だ。

 もちろんウェベンは気にせず笑顔のまま。


 気にしたのはヴァシリッサのほうだった。


「何をなさるのかしら!? せっかく姫騎士を殺せそうだったのに!」


 確かにヴァシリッサとライレフに姫騎士たちは押されていた。

 凌ぐのがやっとで姫騎士に被害が出るのは時間の問題だったところで、ウェベンが横やりを入れたのだ。

 不躾な妨害にライレフも蔑むような目で聞く。


「なんとも粗雑。あなたらしくないですね。あなたは力こそないものの、怜悧なその頭脳でまるで糸をかける蜘蛛の如く美しく策謀を練り、相手の逃げ場を奪うやり方を好んだはずですが?」


 ライレフの視線なんて気にも留めず、ウェベンは首を振り振りして演説するように言い放つ。


「わたくしも学んだのでございます。自ら走り敵を蹴散らすお方に仕えるには、拙速であっても先んじて動かなければお役に立つ機会など巡っては来ないのだと!」


 胸に手を当てて宣誓でもするようなポーズを、ヴァシリッサと双子が唖然として見ていた。

 ライレフだけは冷静に発言内容に突っ込みをする。


「あまり役立ったと見られてもいないようですが?」

「ただ立ち尽くして見向きもされないよりはましでございましょう。まずは視界に入れていただかなければ」

「それは、まぁ…………」


 言って、ライレフは姫騎士が転がり落ちた斜面を見る。

 姿が見えないほど落ちて行った姫騎士たちは、岩も露出する中を転がって行ったのだ。

 もはや脅威はなしと、ライレフも切り替えるらしい。


「人間の脆さを思えばまともに動けるはずもなし。確かに拙速ではあるものの、結果としてはこの場の沈静には寄与していると言えるでしょうね」

「ご主人さまはあのような者ども一顧だにしておりませんでしたので。悲鳴を楽しまれるならともかく、今はさっさと邪魔な者を掃除すべきと判断いたしました」


 ウェベンが期待を持って魔王を見る。

 うん、魔王はなんとも思ってない。

 けど間違った判断じゃなかったらしく特に責めもしなかった。


「雑魚に用はない」


 姫騎士もコーニッシュも眼中外だ。

 悪魔はともかく双子やヴァシリッサの存在も気に留めていない。


 魔王は一言呟くと歩き出す。


「ど、どちらへ!?」


 トラウエンが慌てて引き留めるけど、その手はヴェラットと硬く握り合わせている。


 そんな怯えを含む声さえ魔王は無視した。

 そこにライレフが口添えを行う。


「魔王、あなたの復活に寄与した人間への報いがあっても良いのでは? 吾の契約者であるので贔屓はありますが、あなたの基本理念は信賞必罰だったはず」


 その言葉には魔王が止まる。

 どうやらライレフの言葉の真偽を考えるようだけど、思い出せないみたいだ。


 魔王の考えが漏れ伝わる状況から、たぶん具体例を出されないと思い出せないんだと思う。

 魔王の記憶は穴だらけだ。

 それが復活のせいなのか、幻象種になったからかはわからないけど。


「覚えていないな」


 魔王の言葉にウェベンも意外そうな顔をした。

 ただその表情で魔王も確信する。


「どうやら俺の記憶には穴が多い。術自体の欠陥か、人以外であるための齟齬か。お前たちにはどう見える?」


 ライレフとウェベンに聞く魔王の中で、過去同じ経験をした悪魔二人は情報源として有益であることが認められた。

 悪魔たちは目を見交わしてお互いに何かを譲り合う気配がある。


 結局ウェベンが悪魔から見た魔王の状態を先に伝えた。


「思念体での復活であるならば、不安定なのは致し方ないのではありませんか? そうして魔王を自認なさるほどの自我が表出しただけ奇跡的かと」

「そうだ。こんな術本来は成功しない。だが俺はいる。ならば、安定には術を再構成し、自らを強固にせねばなるまい?」

「なるほど。では悪魔の目からすれば、魂はユニコーンの仔馬のままですね。それを覆い、精神を上書きするならば自我があってしかるべき。魔王の現状をなんと呼ぶべきかはわからずとも、確かにそこに意思があるのは見えていますよ」


 肯定するライレフに今度は魔王が考え込む。


「肉体、精神、魂のどれをとっても俺ではない。だが、俺はここに根差した。ならばこれは憑依とでも呼ぶべきか。なんにせよ、現状を確かなものにするためにはまだ力が足りない」

「まさか、あのユニコーンはまだ?」


 ヴァシリッサが驚いたように魔王をじっくりと見る。


 それにウェベンが注意を向けた。


「肉体、精神、魂も全て他者のものでありながら、こうして自壊もせずにいらっしゃるご主人さまを讃えるべきところでございますよ」

「世辞はいらん」


 ただし魔王本人に否定される。

 魔王はまた歩き出した。


 今度はヴェラットが覚悟を決めた顔で質問をする。


「それで、どちらへ赴かれるのでしょう?」


 ライレフが答えない魔王に代わって説明をした。


「力、そして術の再構成。それらを成すのは術の根幹を成した触媒が必要となるのですよ」

「「魔王石のダイヤ…………!」」

「つ、つまり森へ?」


 双子の後にヴァシリッサが怖気づいた様子を見せる。


「さて、どうしますか契約者?」


 ライレフの問いに、トラウエンとヴェラットは顔を見合わせて頷き合った。


「「お供いたします!」」


 魔王は肩越しに一度見ただけ。


「好きにしろ。術の再構成に関しては問うこともある」

「我ら一族魔王さまの復活を心よりお喜び申し上げます!」

「どうか我らを今一度お導きくださいますよう!」


 うるさそうに手を振るだけだけれど、これで僕の体を乗っ取った魔王に流浪の民がついた。


 ヴァシリッサはその場から動かず声を上げる。


「お供したいのは同じですけれど、わたくし、この吉報を自らの上司にいち早く伝えなければなりません。今はお暇させてくださいませ。いずれ、相応しき祝儀を持ちまして、お目通りを願いたく」

「それも好きにしろ」

「お許しをいただき感謝いたします。…………では、暗踞の森にて小用を済まされた場合、その後はどちらへ?」


 魔王はまた止まった。


 考えると浮かぶのは魔王石に宿っていた悲憤。

 吸い上げた力と思念を他人ごとのように魔王は整理した。

 その中から何があったかと言う事実だけを抜き出して考える。


「もはやこの地を富肥えさせようとは思わん。かといって破壊など無益」

「おや、魔王ともあろうものがつまらないことを」


 煽るライレフを魔王は睨む。


「記憶が曖昧であっても自らを見失ってはいない。俺は元より無駄が嫌いだ」


 どうやら魔王に復讐心はないようだ。

 けれど何か苛々とする感情がある。


 自分を殺して成り立った人間の国に愛着はないし、今さら復讐としてでも関わる気はない。

 けど何か、飲み込み切れない感情が確かにあった。


「わたくし、復活となればまたより良い国を作るため建国なさるものとばかり」


 ウェベンの言葉に双子とヴァシリッサが微妙な顔をした。

 たぶんイメージと違うんだろうな。


 人間のイメージは、無闇に争いを繰り返し自分のためだけに生きた独裁者。

 けど魔王を知るひとから聞く限り、確かな発展をもたらしていたし、敵対しない限り他の文化にも寛容なところがあったみたいだし。


「俺についてはこれでこの悪魔に聞け」


 人間にどう思われていようと今の魔王は気にしないみたいだ。

 僕の腰に着いてたウェベンの腕輪をヴァシリッサに投げ渡す。

 ウェベンはショックな顔をするけど、魔王は気にせず森に向かって歩みを再開した。


隔日更新

次回:巡り巡って

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