38話:人間を食べたグリフォン
話し合いに言っていたランシェリスたちは、アルフたちより先に戻って来た。
(アルフー、ランシェリス戻って来たよ、そっちどう?)
(あぁ、だいたい回り終えた。そっち戻ってから言うわ)
声の雰囲気からして、ダイヤは見つからなかったみたいだ。
ランシェリスたちはミーティングのふりをして寄り集まり、見物人を遠ざけると、檻の中に声をかけて来た。
「一つ聞きたいのだが、いいか、グリフォンどの」
なんか、姫騎士団だけでヒソヒソした上で、ランシェリスが神妙な顔して聞いて来た。
グライフは顔だけ上げて先を促す。横柄な上から目線が、喋らなくても伝わる感じだ。
「人を、食べたことはあるだろうか?」
「ないとは言わんが、好んで食うものでもない」
「え、あるの!?」
「昔に住みついた山に、近くの人間たちが生贄と言って、瀕死にした人間を置いて行くことがあってな」
「うわー」
って、これ鳴き声で言ってるから、ランシェリスたちわかってないよ?
「食らうならば貴様のほうが美味そうだ」
「そろそろ僕を食物として見るのやめない?」
「ふん、俺の目に適ったのだ。…………ありがたく思え!」
「一欠片もありがたくない!」
「そうだそうだー」
アルフがヤジを飛ばしながら戻って来た。
ついでに、ブランカ経由でグライフの話を伝えてくれる。
瀕死にした生贄の辺りで、緊張の面持ちだったランシェリスの顔が明確に嫌悪に彩られた。どうやらこの世界で生まれ育った人間にとっても、ドン引きの蛮行だったらしい。
「フォーレン、決して、そうした人間ばかりでないことを、覚えていてほしい」
「あー、うん。そりゃね、そんな人間ばかりなら、とっくに国は滅んでるだろうし」
頷いて見せると、ランシェリスは国王が魔王石についてバックレたことを教えてくれた。
簡単に白を切られたことだけ教えられたけど、それぞれの目に殺気が揺れるのを見ると、相当腹立たしい白の切り方をされたんだろう。
自制強いってアルフも言ってたし、僕が思うよりもずっと道徳心っていうものは薄いのが普通なんだろうな。
この国の人間に、ランシェリスにやったみたいな交渉は無理だと思ったほうがいいみたいだ。
相手を慮って引いたら、その分無遠慮に踏み込まれてこっちが攻撃される。
それくらいの考えでいたほうがいいのかもしれない。
「ま、警戒心が生まれたのはいいことだな」
グライフの羽根の下に潜りこみながらアルフはそう言った。
実は誰かを疑うのも嫌だとか言ったら、グライフが怒りそうだから黙っておこう。
「話を戻すと、なんとかここでダイヤを探す権利だけは得た」
「すごいね」
「ただ、交換条件をもって得た権利だ」
今度は風魔法で伝えると、何故かランシェリスが見たことのない笑みを浮かべた。
いや、笑った顔も王さま相手に愛想笑いしてるのを見たのが初めてだったけど。
「事後承諾で申し訳ないが、そちらのグリフォンの身柄と引き換えに得られた権利だ。協力、感謝する」
「なんだと?」
低いグライフの唸りと威圧に、遠巻きに俺たちを見ようとしていた見物人が慌ただしい足音を立てて散っていくのが聞こえた。
「ここの王さま、グリフォンなんてどうするの?」
僕なら確実に角取られるだろうけど。
だから生け捕りはグライフの役になったわけで。
「そこまでは聞いていないが、グリフォンを生け捕りにできたこと自体が稀な事例だ。こうして見世物にするだけでも権力者としての株が上がり、箔がつく」
「少し話しただけだけれど、権威欲の塊のように思えたわね」
「あ、あの、グリフォンって、戦車を牽かせるって昔話で聞いたことが」
ブランカが言うのは、昔々の英雄と呼ばれる豪傑が、グリフォンを従えたと言う話らしい。アルフ曰く実話だとか。
けど、傲慢の化身のグライフ的には許容できない話みたいで、鉤爪で檻の床を引っかき始めた。
「…………貴様ら」
「グライフ、落ち着いてよ。別に、このまま大人しく捕まってる理由なんてないでしょ」
「ほう?」
あえて風魔法で聞こえるように言ったけど、ランシェリスたちは否定しない。
ってことは、さっきの人間を食べたかどうかってそういうことだよね?
グライフも落ち着いて考えたみたいで、怒るのをやめた。
「ふん、形だけの檻に入れた俺を、譲り渡したわけか」
「不服だろうが、私たちがこの城を離れるまでは辛抱してほしい」
「なるほど、聖女の騎士方もお人が悪い。ことが済んだらここで空の覇者が大暴れって寸法なのですね」
「あはは、管理責任ってやつだね。檻を用意したのもこの国だし、文句言われる筋合いはないって言い逃れできるね」
アルフと一緒に戻って来て大人しくしていたガウナとラスバブも納得して笑う。
その発言をブランカが伝えると、何故か「何処で聞いていた?」とローズがコボルトを探すように目を彷徨わせた。
「そういうことなら俺もひと仕掛けしてやるよ」
アルフは僕の隣から立ち上がると、檻の鍵の部分に魔法をかけた。
知識から、それが精神に作用する魔法であることがわかる。
「これは、ちょっとした悪戯心を誘発する魔法さ。魔が差すってってやつだな。理性しっかり持ってればすぐに正気に戻る」
が、これだけ人間がいれば、十人に一人くらいは術にかかるそうだ。
条件は、魔法のかかった鍵穴を見るだけ。
「誘惑に負けた奴が、面白半分にこの鍵を開けようとする。ま、見張りつくだろうからそう上手くは行かないだろうけど」
「いや、そのタイミングで暴れて檻を壊してもらえれば、こちらとしても喜ばしい」
「ふん」
グライフは興味を失くした様子で伏せた。そこに、機嫌を取るようにガウナとラスバブが毛繕いを始める。
うん、グライフまんざらでもないみたいだ。
「あ、でも人間食べた状態で戻ってこないでよ?」
「何故だ、仔馬?」
「血の匂いがするグライフとか、近寄ってほしくない」
「ちっ。…………爪に引っかかったくらいは許容しろ」
「うん、血塗れで戻ってくるの考えたら、ちょっとって思っただけだから。あ、怪我しないでね」
「人間相手に遅れを取るか!」
羽根で叩かれた。
けど、慢心して僕に負けたの今日のことだからね?
「それで、ダイヤどうやって探すの? ランシェリスたち、また宝物庫でも探す?」
「あ、この城で探すのは無駄だぞ」
「どういうことだろうか、妖精どの」
ブランカの訳を聞いたランシェリスに、アルフは僕と同じように風の魔法で伝えた。
「さっき城を回って来たけど、ダイヤの気配はない。封印されてるにしても、同じ敷地内にあるならさすがにわかる」
妖精王が長く身に着けていた物なので、ガウナとラスバブでも気配を感じることができるはずなんだとか。
「で、生きたグリフォンと引き換えとは言え、王が直接ダイヤ捜索を許したんだ。それだけ見つからない自信があるんだろ。つまり、すぐ見つけられるような城の中にはない」
「一理ある。ダイヤに執着するなら、求めてやって来た私たちを排除する動きがあってもおかしくはなかったはずだが、今のところそれはない」
「王都の教会を抱き込んでいる辺り、まだ教会勢力を敵に回す気はないと見ていいでしょうね」
ランシェリスとローズ曰く、正面からやり合う準備はまだ整っていない。
ならば、ダイヤは手元に置くより隠しておくのではないかと。
「軍部を一人一人当たる?」
「それは時間がかかりすぎるし、結局は口を割らせる材料をこちらが得ないことには」
ランシェリスとローズを中心に、姫騎士団は意見を出し合う。
どうやらこのビーンセイズにはランシェリスたちの協力者がいるらしく、そちらに情報を求めることでいったん落ち着く。
「アルフ、近くまで行けばわかるって、壁の向こうとか、地面の下とかでも?」
「あぁ、それくらいならな。っていうか、まず魔王石ってそう簡単に封印できるもんじゃないから」
無理に封印すると、封印するための大きな力の気配が生じて、わかる者にはわかるようになるらしい。
「ってことは、アルフがダイヤの場所がわからないから封印されてるのは確定。封印した状態で隠すには、魔法の気配が濃い場所に隠さなきゃいけない。で、結界に覆われたこの城の中にはなくて、アルフたちがここ数日で回った範囲のこの街の中にもない」
「お、なるほど。そうやって考えると、あと行ってないのは貴族屋敷と関係施設だな」
関係施設とは、国が管理している役所や工場らしい。
「で、念のために言っておくと、明日辺り満月だろ? ダイヤで何かやらかすなら、明日決行の可能性もある」
「え、そうなの?」
「おう。だから明日辺り王都で魔法の気配あったら、外からでもわかるかとは思ってたんだよ。王都の外でもギリ間に合うかもって」
「悠長だなぁ」
アルフはことが起こってから止めることも考えていたようだ。
それって遅くない? とは思うけど、お気楽なアルフだしなぁ。
「でしたら、私たちはこれから教会へと参りますので、共に街を歩いてみてはくれませんか?」
「あぁ、教会も近寄ってない場所だ。妙に結界分厚かったからな」
「街の中見れるの? それ、僕も行っていい?」
「では私も」
「僕もー」
「なんだと!?」
早くも一人置いて行かれることになったグライフが目を見開くと、アルフが指を差して笑いだした。
「やーい、ボッチ!」
「羽虫、貴様!」
檻が揺れるほど暴れ出したグリフォンに、ふりではなく姫騎士団も慌てる。
僕はもちろん、狭い檻の中でアルフを追い始めたグライフに踏まれない内に、檻の隙間から外へと逃げ出した。
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