366話:審美会棄権
「例年にない荒れ模様だ」
ネクタリウスが真剣そうな雰囲気で言ってるのは天気の話じゃない。
「もう、コーニッシュが審査員軒並み失神させるから」
「張り切りすぎた。味わえもしないとはなんて脆弱さだ」
料理の品評会は前世のテレビ番組のような感じだったらしい。
予選を通過した者の中から選抜された優勝候補者がその場で調理をして腕を競う。
制限時間内にお題を完成させて、審査員が実食する形だ。
コーニッシュは道具と調味料しか持ち込んでない。
なのに出来上がった料理で審査員が失神した。
「人間の程度に合わせ切れなかった自分の落ち度は認める。けれど、毒の混入を疑うとは言語道断!」
「あぁ、なんか調べるために一時中断したんだってね」
僕は見てないから知らないけど、もちろん毒は検出されなかった。
けど調べる最中に誘惑に負けた何人かが新たに失神したせいで審査会場の閉鎖にまでなったとか。
結局意識の回復した審査員たちが口々に美味すぎたと言って最高点をつけた結果、コーニッシュの優勝となったんだって。
「毒は検出されなかったのに、どうして倒れるなんてことになったのか聞いてもいいだろうか?」
好奇心からかランシェリスが聞くと、コーニッシュは首を傾げる。
「見ていた限り過呼吸だね」
「美味しすぎて興奮しすぎたってこと? それで息を上手く吸えなかったとか、人間の程度とか言う問題じゃない気がするけど」
まぁ、そっちはいいんだ。
僕がウェベンを見るとコーニッシュが従僕悪魔に指を差す。
「自分は途中問題はあったものの任された役をこなした。だがあれはどうだ?」
「やれやれ。なんと稚拙な言いがかりでしょうね」
ウェベンが悪びれずに首を横に振る。
「そちらは確か、優勝発表が後日に回され、明日改めて討論会を催すとか。いったいどうしてそうなったのです?」
クレーラが厳しい視線でウェベンに相対する。
どうやらローズ亡き今の副団長ポジションとしてランシェリスにつき従ってるようだ。
「わたくしの詩を感性が古いなどと難癖をつける愚か者がおりましたので、その心得違いを指摘したまで。だというのに言い訳がましく噛み付いてくるものですから」
「他の審査員も巻き込んでの大論争だったって聞いてるけど」
「はい、ご主人さま。解釈違いを熱弁する者がおりましたのでそちらの相手もいたしました」
笑顔だ。
これ、悪いことしてるとは思ってないな。
聞いた話、どうも最終的に審査員同士が激論を交わすことになって収集がつかなくなったんだとか。
ウェベンの作品を論じる中で他の優勝候補者たちにも飛び火して、中には審査員へ掴みかかる作者が現われた。
そして明日仕切り直しで一度頭を冷やすことになったんだって。
「そこで発表だけにするんじゃなくてもう討論会開くって言っちゃうところがすごいね」
「必ずや優勝をご主人さまに献じてみせましょう」
ことが大きくなってるのに、ウェベンはのりのりだ。
コーニッシュの優勝が決定してるからもういいんだけど、言わないほうがいいよね。
「ほどほどにね」
「いっそその悪魔のほうに棄権してほしかったのだがね」
ネクタリウスがなんか恨みがましい目で僕を見る。
「何言ってるの。流浪の民に邪魔されないためには僕が走り回るほうが確実でしょ。だったらお披露目だとか優勝者演説とか、行進とか、そんな手間のかかる審美会参加するだけ無駄じゃないか」
「フォーレンが直接魔王石を取りに行くのも一つ、抑止効果はあったと思うけれど」
ランシェリスまで残念そうな顔しないでよ。
僕は審美会を棄権した。
理由は潜んでいる流浪の民たちが冬至祭を台無しにしないよう見張るため。
「ヴァシリッサとヴェラットっていう女の子は確実に捕捉できるんだから僕は目立つところに立ち尽くすよりも走ったほうがいいって」
「審美会では君の姿がないことで罵声が飛び交ったのだがね」
「なんで? お立ち台とかにも登ってないのに」
「我が友、店に来て君に目を奪われていたほとんどが審美会に見に行ったんじゃないのか?」
「フォーレンのその顔なら噂にもなるだろう。この食堂も開けばすぐに行列ができる。話題性ではフォーレンは有望株だったのかもしれない」
ランシェリスの言葉には一理ある。
けど審美会への参加は目的じゃないし。
「もうその話はいいよ。棄権するって言った途端、フォーンの長老と運営委員長の人に泣き落としかけられたんだから」
下馬評がどうとか言ってたからたぶん審美会って賭けもやってるんだろうな。
うん、出なくて正解だと思っておこう。
僕と違って一生懸命勝とうとしてる人の邪魔するだけだ。
「ほら、明日何処を見回るか話し合うんでしょ。ネクタリウス」
声をかけると重い溜め息を吐いてから、ネクタリウスが市街の地図を広げる。
「今日の流浪の民の動きからして、やはり悪魔たちの優勝を阻害しようとしていたのは確かだろう」
言いながらネクタリウスはコインを置いて行く。
流浪の民が目撃された場所だ。
進路を考えれば確かにコーニッシュとウェベンのいた会場へ向かう途上にある。
「フォーンたちが事前に特定した相手を追ってくれるの良かったよね」
「あぁ、こちらでは色黒などの身体的特徴のない流浪の民は見分けがつかない」
ケイスマルクに入り込んだ流浪の民は、僕がお願いしてから見張っていた。
それでもライレフなど捕捉しきれていなかった者の存在があって、さらにフォーンの見回りが強化されたそうだ。
「犬猫の恐ろしさを知ったよ」
頑張ったはずのネクタリウスは自信を失くしたように呟く。
毛繕いしていたウーリとモッペルの耳が立った。
「おっと、犬猫だけと思わねぇでくだせぇ。なぁに、街中に住んでる奴らは山野に比べりゃ友好的でしてねぇ」
「鳥や鼠も色々知ってたよ。流浪の民、妖精対策はしてても野性動物にはほとんど頓着しないんだもん」
動物たちからの情報をウーリとモッペルがフォーンに伝達して、流浪の民らしき人物を特定した。
そしてフォーンが流浪の民かどうかを精査した上で、姫騎士が流浪の民と目された相手を捕縛のため動いたのだ。
「一番は敵首魁の子供たちを捕らえるご主人さまの嗅覚が大事かと」
ウェベンは僕を上げなくていいから。
「あ、そうだ。ウーリとモッペル、確認したいんだけど。ライレフが受肉してる相手が流浪の民の族長なんだよね?」
「へい、そのように聞いたと馬が言ってやした」
「あと奥さんはいっぱいいても子供は男女の双子だけだって~」
流浪の民が荷物を運ばせた馬の情報は随分プライベートなことにも言及してる。
「で、コーニッシュとウェベン。ライレフって元からあんな性格? 族長の意識ありそう?」
「自分は詳しく知らない。けれど魔王の下で聞こえていた所業を考えれば特に違和感はないかな」
「わたくし共に作戦行動をしたことがございますので知っておりますよ。使役されている上に魔王の配下であった時ほど自由な裁量を許されていないのではないかと。その気ならさっさと祭全てを惨禍に巻き込むでしょうから」
ウェベンの参加した決勝にライレフがいなくて良かったってのはわかった。
ランシェリスは僕を心配するように見る。
「フォーレン、受肉をした悪魔を相手に手心は自滅に繋がる。子を持つ親であっても」
「いや、そうじゃないんだ。アルフをやったのはあの見た目のライレフだから、あれは僕の敵だ。そこは変わらないから安心して」
ただトラウエンとヴェラットのことが気になってしまった。
親を目の前で殺すのは、ちょっと気がひけるし、僕にとっては決していい思い出じゃない光景を思い出す。
ただの独善、ただの感傷。
それでも目の前で親を殺される子供がいると思うと僕が嫌な気持ちになる。
「たぶんあの人間を餌にライレフを呼び出したのは子供たちだ、我が友」
「え?」
「お聞きした限り、双子を守るためにライレフは現れたのでしょう? でしたら二人のどちらか、または両方が召喚者ではないかと」
コーニッシュとウェベンの言葉に、ネクタリウスも目を剥く。
「自らの親を贄に? なんという不孝な」
「いや、以前出会ったビーンセイズの流浪の民は、自ら望んで贄になろうとしていた。もしかしたら自ら望んで悪魔の器となったのかもしれない」
「団長、確かに支払う対価が大きいほど強力な悪魔を引き寄せられます。あえて子が親を捧げると言う対価の大きな形式を取ったのかもしれません」
ランシェリスにクレーラも賛同するところをみると、悪魔召喚はそういうものらしい。
らしいけど…………。
「ちょっとわからないなぁ」
「フォーレンはわからなくていいことだと私は思う。ただ、あちらにはそれだけの覚悟があっての行動であり、決して屈しないと覚えておけば」
「うん、そうだね。ランシェリス、明日も流浪の民を追い払う手伝いをお願い」
「もちろん。こちらもジッテルライヒ地下について協力してもらうつもりだからな」
「うん、助け合おう」
そう言ったら、ランシェリスは何処か安心したように笑った。
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