357話:魔王石の扱い
他視点入り
「トラウエン、同朋から連絡があったわ。やっぱり今夜の祭事で山のほうに宝石の飾られた冠が使われるそうよ」
双子のヴェラットが報告を持ってきた。
僕たちは冬至祭のあるケイスマルクへとやって来ている。
もちろん魔王石のアメジストを狙ってのことだ。
「古い都に五百年もそのまま置いていたなんて。良く今まで魔王石による被害がなかったね」
「山にいる幻象種に預ける形でやり取りをする祭事だと言うから、フォーンが何か術を施しているのかもしれないわ」
冬至祭は派手に人を集めて審美会などで注目される催し。
その裏で幻象種と共同で行う祭事が山のほうで目立たず行われていた。
僕たちはその祭事に魔王石が使われると睨んで動いている。
「この国に魔王石があるのは確かでしょう。今回の奪取に失敗しても、幸いなことに近くで争いの気配がある。これならいつでも吾が手を出せます」
族長の顔をしたライレフが、いっそ失敗しろとでも言うように笑う。
ケイスマルクの東隣、オイセンが北への侵攻を画策しているのは聞こえていた。
主戦場となるのはイクサリア地方で独立されたウィステリアという国の内部だろう。
そしてそのウィステリアとはケイスマルクもイクサリア地方を挟んで国境を接している。
どうやってそこからケイスマルクを騒がすかなど、不和の悪魔に聞くまでもない。
「つまり、ケイスマルクにも東からの戦火を広げた後で魔王石を奪取するのが次善策か」
ライレフは笑顔で答えようとした瞬間、何かに気づいた様子をみせた。
「おや、知った者ですね。召喚者、来客のようですよ」
「客?」
そんな予定ない。
けれどライレフの言葉は正解だった。
僕たちの潜む場所を的確に探り当て現れた者がいたのだ。
「ヴァシリッサ…………」
「お久しぶりにございます」
しなを作って挨拶をするけれど、ヴァシリッサはすぐに大きく顔を歪める。
その視線の先はライレフ。
「あらあら…………」
「いい目ですね。えぐり取りたくなる」
笑顔で返すライレフに、ヴァシリッサは震え上がって平伏した。
高慢さが透けて見えていたヴァシリッサの即座の服従に、僕もヴェラットも唖然とするほかない。
「そう、あなたの上役が吾の召喚者に贈り物をしてくれたのでしたね。であれば、良き出会いに感謝を。さぁ、顔を上げなさい」
ヴァシリッサは緊張の面持ちでライレフに従う。
これは、完全に族長に受肉した相手が高位の悪魔だとわかっている。
そう言えば魂が見えると言うようなことを族長に言っていた。
そういう力のある者には取り憑いた悪魔の格まで一目瞭然なのだろうか。
覚えておこう。
「ヴァーンジーン司祭からの贈り物は、喜んでいただけたようで、何よりでございます」
「えぇ…………、このとおり有益に使わせてもらいました。それで、今回はどのような?」
動揺を隠すために話を進める僕に、ヴァシリッサもそれがいいらしく乗る。
ライレフを見ないようにしているのは、魂の見える彼女にとって醜悪な事実がそこにあるのかもしれない。
「あなた方の協力をするようにと仰せつかりましたので、お待ちしておりました」
「もはや動くだけよ。またエルフの国でのようなことになっても困るもの。あなたの手は必要ないわ」
ヴェラットが、かつて同朋の犠牲が生じただけで終わった失敗を当てこする。
大きな失敗の理由はエルフの国にあのユニコーンが介入したことだろう。
けれどその失敗に乗じて、ヴァシリッサは城内から魔王石を盗み出そうとしていた。
掠め盗る気か、僕らへの交渉材料にする気だったのか。
どちらにしても気の抜けない相手だ。
「あら、よろしいのですか? 見当違いなところを襲って時間を潰すだけだというのに」
そんな僕たちにヴァシリッサは嘲笑を交えて囁く。
「嘘を言っている様子はないですよ、召喚者」
肯定するライレフの言葉に、何故かヴァシリッサは口角を下げる。
そうか、心を盗み読みされるのが嫌なのか。
ライレフはその表情を見て笑顔で発言を促す。
駆け引きもなく情報を差し出すよう求められ、ヴァシリッサは不服そうにしながら語った。
「山での祭事は長らく続けられる欺瞞工作。本命は派手な品評会の後。優勝者への褒美にありますの」
「優勝者は確か、墳墓で好きな宝を持ち帰るという」
「まさか、年に一回冬至祭でしか開かない墳墓に?」
僕たちの確認にヴァシリッサが繕うのも面倒になったのか嫌そうに頷く。
「優勝者が持ちだした宝は大々的に発表され、注目を集めますの。けれど宝石の一つや二つ持ちだされたところで記憶には残らない。ですが、大きなアメジストを持ちだしたと発表された優勝者は、皆、すでに死んでおりますわ」
「それだけでは」
「この国が長らく秘匿する暗殺集団のことをご存じ? 裏では有名ですけれど、その者たちが動いたと聞こえる年には、必ずアメジストを持ちだした優勝者が出ています」
それも説得力に欠ける。
けれど、こちらでも宝石の飾られた冠はアメジストと特定されていない。
欺瞞工作と言われると冠に飾ってあるところが確かにあからさまで怪しい。
僕とヴェラットが悩んでいると、ライレフがまた何かに反応した。
「困りましたね。その辺りは吾の能力の及ばないところ。逆に、その手の一芸に秀でた悪魔が祭に潜り込んでいます」
「「「え!?」」」
何げない暴露に僕とヴェラット、それにヴァシリッサも驚きの声を発していた。
「あ、もう一個目的あったんだ」
コーニッシュとウェベンの入れたお茶を飲み比べさせられながら、僕の声にフォーンのネクタリウスが肩を揺らす。
「そんなに警戒しないで。こっちは危ないことじゃないから」
「ここに来てまで果たさねばならない目的とは?」
「お茶会に使える絵皿が欲しいんだ」
警戒していたネクタリウスは、途端に脱力した。
だから危なくないって言ったのに。
「確かに森にはいい食器がない」
「コーニッシュも? 僕、シュティフィーへのお土産で買おうと思って。あ、あとゴーゴンたちのために牙があってもお茶が飲みやすい食器があればいいな」
「ゴ…………!? い、いやいや。こほん、なるほど。ふむ、それならいい店を知っている」
ゴーゴンで驚いたネクタリウスだけど、気を取り直して答えてくれるようだ。
「言ったとおり、このケイスマルクは元は幻象種の住んでいた土地なのだよ。幻象種に合わせた食器類もある」
「あ、なるほど。下あごから長い牙が突き立ってるんだけど、その口でも零さずにお茶が飲めるものってあるかな?」
ネクタリウスは上半身人間だから人間と同じ食器でいいだろうけど。
「確かイノシシの獣人がそんな感じだったな。幻象種向けより獣人向けの店のほうがいいかね?」
「あ、そうか。獣人の国で聞いてから来るんだったな」
「獣人の? あぁ、そうか。魔王敗北後に獣人たちも森に隠れたと確か。国があるのか」
「あれ、知らない? 五百年前からあるみたいだけど」
「我が友、森の者はほとんど人間たちと関わらない。そして広大だ。森の中の様子など、森の外の者には窺い知れないよ」
どうやらそういうものらしい。
「何より獣人は同じ種同士でしか群れを作らないものですが、森の獣人たちは種を越えて国を作っていますから。珍しいはずですよ、ご主人さま」
「種を越えて?」
補足するウェベンにネクタリウスのほうが驚く。
「ライオンの王さまに狼や熊の将軍、リスの役人なんかがいるよ」
「すごいものだな。獣人と言えば他の群れを見つけるとすぐに争い出すと言われているのに」
森以外だとそういう種族なんだね。
「森だと獣人同士で殺し合ってもただ滅ぶだけだからね」
「幻象種、怪物、悪魔、妖精といる中で争い殺し合っても意味はないでしょうし」
悪魔たちが辛辣だ。
けどなんか納得した。
「今日はこれで暇乞いをさせてもらおう。明日、仲間たちと協議を持って結果を伝えに来る。なので、ここから動かないように頼む」
「何もしないのに」
「食器については店のほうには私から声をかけておく。どんな品がいいかをよく考えておけばいい」
ネクタリウスの様子から、まだすぐに結果は出ないみたいだ。
買い食いはコーニッシュに禁止されたけど、見て回るくらいしたいな。
やっぱりユニコーンだとわかってるから危険視してるのかな?
「正直、今日のような勧誘は珍しくない。しつこくされて目が赤くなられても困る」
考え込んでいた僕に、ネクタリウスが真剣な顔でそんなことを言った。
それは、否定できない。
僕はしょうがなく、コーニッシュの店で大人しくしておくことを約束することになった。
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