353話:三枚の葉の行方
僕は森の館から人間の国ケイスマルクとの境に向かって北上していた。
一緒に移動するのは魔女のマーリエと悪魔のウェベン。あと妖精の商人であるウーリとモッペルもいる。
「二人はまた来るの? 寒いでしょ?」
「いやいや、お供しやすよ!」
「お祭、お祭~」
また大荷物を背負ってることから、今度も妖精相手にお祭中に商売をするようだ。
二人だけで行くより僕と一緒のほうが安全と思ったのかもしれない。
「今回は私たち魔女の薬も多めに持って行ってもらうんです」
里に帰るついでに同行したマーリエがそう言った。
「魔女の里と言えば、オイセンと商売できなくて大丈夫?」
「はい、エフェンデルラントに行った金羊毛があちらの国に薬を卸す商人を紹介してくれて。今まで冒険者がほとんどだったのに、その商人さんは貴族お抱えですごく丁寧で」
それってもしかしてサンデル=ファザス関係かな?
エフェンデルラントの貴族で魔女以外で妖精が見える数少ない人間だ。
「実は里の薬、オイセンで消費する以外はビーンセイズに流されていたそうで、ビーンセイズから冒険者組合の方が見えたりしてもいるんです」
「え? それもしかして、金羊毛のフォーがとか言ってる?」
「やっぱり、幻獣さまだったんですね。森に住む子供のエルフと言っていたのでそうかと」
「へぇ、それでビーンセイズの冒険者組合が薬買いに来たの?」
「はい。オイセンで使いきるような薬は入らなかったとかで、種類を求められました。オイセンに融通しないという約束で」
そんなことを話してる内に、僕たちは大きな木の下に出た。
「あら。来てくれたのね、フォーレン」
「シュティフィー、変わりない?」
野生動物に囲まれてたシュティフィーは、嬉しそうに頷いてくれる。
けど僕が来た途端野生動物は天敵にでも会ったように四散した。
やっぱり怖がられるなぁ。
もうこれはユニコーンに生まれた以上諦めるしかないのかな。
「それが新しい額飾り? ユニコーンの気配と相まって、ケルベロスの獰猛さが気配に加わる、凶悪な一品になっているわね」
「え!? そうなの!?」
僕と同じくマーリエは驚いてるけど、ウェベンはしたり顔で頷いてる。
どうやらわかるひとにはわかる感じらしい。
僕はわからなかったけど…………。
ケルベロスに慣れ過ぎてたせいで、僕が鈍いとかじゃないといいな。
「今度はケイスマルクの冬至祭だそうね。流浪の民がいる可能性が高いのでしょう?」
「魔王石がケイスマルクにあるのはわかってるはずだし、お祭なら流浪の民も入りやすいだろうって」
この場を離れることがほとんどないシュティフィーは心配そうだ。
「妖精王さまでも太刀打ちできない受肉した悪魔がいるそうだし、葉っぱもっと持って行ってちょうだい」
シュティフィーが両手を上に向けた途端、光る葉が音を立てて落ちてきた。
「こ、こんなにいいよ! 前に貰ったのもまだあるし」
「でも森の外では私はフォーレンを守れないもの…………。あぁ、でもあの乙女たちも与えた葉を使ってはいないし、確かにいっぱいあっても意味がないのかしら、私の力」
シュティフィーなりの気遣いだったせいか落ち込んでしまった。
姫騎士にもそう言えば三枚上げてたな。
使ってないってことは死ぬ目に遭った人はいないってことだから、僕としてはいい報せだ。
「あら? 葉を持つ者が西から移動しているわ。北のほうで留まっている者もいるわね」
「そういうのわかるんだ? ランシェリスたちとケイスマルクで会う約束だよ。北はたぶん、ジッテルライヒにいるローズかな?」
「あら、だったら途中でここに寄ってくれないかしら? またあの子たちとお茶会がしたいわ」
「そう言えば、僕もあっちこっち行っててシュティフィーのところでお茶してないね。ケルベロスとも散歩してないし」
そう考えると申し訳ないな。
「妖精王さまのためだということはわかってるわ。だからこそ、フォーレンの力になれたら良かったのだけれど」
「だったら一緒に行く? 木から離れることはできるようになったんだよね?」
僕の誘いにシュティフィーは一瞬喜びの表情を浮かべた。
けれどすぐに思い直したように首を横に振る。
「いいえ。動けると言っても元が樹木の精だから走ったりはできないもの。足手まといになるなんて、本末転倒だわ」
「そっか。あ、だったらお祭で何かお土産買ってくるよ。何がいい?」
そう言った僕にウェベンが胸に手を当てて一歩前に出る。
「拝察しますに、茶会を趣味とする妖精であれば、茶菓子や茶葉、茶器などは如何でしょう?」
「あ、いいね。えーと、森の妖精だから金属は駄目なんだっけ?」
「ドライアドは金属塊が駄目なので、木か焼き物ですね。可愛い絵皿もいいと思います」
マーリエもウェベンの案に乗って教えてくれる。
まんざらではないようでシュティフィーはにこにこ頷いてくれた。
すると頭上から近づく羽根の音が聞こえる。
「この音は、メディサ?」
「良かった、まだ森にいたのね。フォーレン、妖精王さまが刃物がないのは不便だろうからと、これを」
メディサが降り立って差し出すのはナイフだ。
ノームの剣は南のほうで色々無茶な使い方をしたので、ノームへ修理に出してた。
ありがたく受け取って鞘から抜くと、予想外の刃が現われる。
「わ、何これ? 石の剣?」
木の柄に鉱物でできた刃が露わになった。
刃の部分は白く半透明で、峰の部分は翡翠色に移り変わる。
「わぁ、魔女の里にもこんなきれいな石刀ないですよ。黒曜石の小さい物があるだけで。いえ、これもう石刀じゃなくて玉剣ですね」
「石でできた刃物って一般的なの、マーリエ?」
「昔の物よ、フォーレン。魔女が使うのも魔法を定着させる儀式のときに使うだけだもの」
シュティフィーいわく、どうやら魔法的なナイフらしい。
刃に指を押しつけるとなかなか薄くて鋭いから実用にもできそうだ。
「ありがとう、メディサ。アルフにもお礼を言っておいて…………あ、今時間ある? シュティフィーとお茶していかない?」
「え!?」
「え? 忙しかった? 前は良くお茶してたと思ったけど」
僕の言葉に何故かメディサは慌てる様子を見せた。
それをシュティフィーは笑って僕に言う。
「フォーレン、それは夜の話よ。カップで上手く飲めないのが嫌だと言っていたわ」
「あ、そうか。ごめん、メディサ」
「い、いいえ」
大きな牙の生えた口では、確かに普通のカップは使いづらい。
それに手も青銅でカップを握るのも難しそうだ。
館では普通に過ごしているように見えてたから忘れてたな。
そう見えるように頑張ってたんだろうけど。
「でもせっかく来てくれたんだから、私のお話し相手になってはくれない、メディサ?」
「…………いいの?」
「もちろんよ。メディサに時間があるなら、だけれど」
「アルフには妖精が伝えてくれるし、メディサはちょっと休憩して行ってもいいと思うよ」
牙で口の動きはわかりにくいけど、メディサは笑った気がした。
「私もいいですか?」
里に帰るだけのマーリエも、シュティフィーとのお茶会に参加表明をする。
「じゃ、僕行くね。メディサたちでも使いやすそうな食器あったら買ってくるから!」
「フォーレン、気をつけて」
三人に見送られて僕はまた森の北にむかって移動を再開した。
森が途切れるとケイスマルクの一部である草原に出る。
「ユニコーンになって走っちゃ駄目かな?」
「目立つと思いますが、ご主人さまが望まれるなら」
ウェベンは気にしないみたいだけど、ウーリとモッペルは止めて来た。
「おやめなせえ。この辺り人間がいないとは言え、見晴らしもいいじゃありやせんか」
「真っ白だからたぶん遠目にもすぐわかると思うよ?」
うずうずするけど二人の忠告はもっともだ。
僕は人化したまま草原を歩くことにした。
オイセンを抜けるには人化した顔も知られてるから目立つ可能性がある。
だから目立たないようここを通ることにしたんだし。
「ここがビーンセイズに通じる街道かぁ。すごい山際だね」
草原を歩いて街道に行くと、道の先は山沿いに細くなるばかりの場所だった。
「古い街道ですから。五百年前にもございました。さて、そろそろビーンセイズからの商人の馬車が。あぁ、来ましたね」
僕に説明していたウェベンが、西のビーンセイズ方面を眺めて行った。
確かに馬車が一台、街道を走ってる。
「なんで商人の馬車が通るって知ってるの?」
「それはもちろん、ご主人さまのために」
いい笑顔だけど説明になってない。
つまり僕が必要とするだろうから用意したってこと?
悪いことしてないならいいけど、なんか疑っちゃうな。
僕が答えあぐねてる内に、人間の商人が操る馬車が近づく。
ウェベンが手を上げると停まってくれた。
「おや、君らも冬至祭に? いいさいいさ、さぁ、乗って行きな」
馬車の商人は停まってくれた上に気軽に同乗させてくれる。
聞けば元々はケイスマルクの出身で、ビーンセイズに店を出してるものの、毎年冬至祭を楽しみに帰っているんだとか。
「いい祭だよ。存分に楽しむことさ」
祭見物に行くという僕たちに、自慢げに語る姿に嘘はなさそうだ。
本当にウェベンは何処まで手を回してこれなんだろう?
驚いてる僕の様子に、上機嫌な羽根の音が聞こえた。
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