36話:もう一戦
僕を穴が開くほど見た末に、ランシェリスは短く息を吐いた。
「あなたは、目が赤くならない特殊個体というわけではないのね?」
僕は思わずアルフと顔を見合わせる。
「それ、考えたことがなかった…………」
「いや、たぶん、本気で怒ったことない、だけだろ?」
「僕、別に怒ってないわけじゃないよ?」
「いや、そうなんだけど。フォーレンの場合、感情の起伏が元から少ない気はあったんだよ。怒ることだけじゃなくて、喜怒哀楽が全部」
「そうなの? でも、今以上に感情が揺れるって、疲れない?」
思わず聞いたら、グライフがアルフを鷲掴んだ。
「羽虫、ここまで顕著な影響を及ぼしておいて、まだ大丈夫などと虚言を吐くまいな?」
「ごめん、フォーレン。それ俺が精力貰ってるせいかもしんない」
「あー、精力少ないからやる気がないってこと? だったら気にしなくていいよ。感情に振り回されて危険な目に遭うのもやだし」
前世の感覚では日本人的に許容範囲だし。
そもそも、母馬のように本能に振り回されるのが怖かったからアルフと契約した部分もある。結果オーライだ。
と思ったら、今度は僕がグライフに顔を鷲掴みされた。
「そのやる気のなさでは早晩、命を落とすだろう。ならば、今ここで俺が胃の腑に収めても文句はないな?」
「あるよ! って、爪刺さってる! あ、ちょっと本気で締めないで!」
「…………これでも口だけか」
突然手を放したグライフは、不機嫌そうに顔を顰めて僕を見下ろす。
ここって僕のほうが怒るところじゃない?
「羽虫、仔馬は何を考えている?」
「どうしてお前のほうが怒ってるのかを不思議がってる」
「なんでグライフさらに睨むのさ?」
ついていけないんだけど?
姫騎士団も口挟めずにびっくりしてるし。
って、あれ? 今さら剣の柄に手をかけてる人もいる。
「フォーレン、今のグライフ本気でお前食おうとしてたように見えたけど?」
「そう? 本気ならとっくに人化解いて食いついて来てるでしょ」
「あー、そういうとこはやっぱりフォーレンのほうが上手みたいだぞー」
「黙れ」
どうやら、僕が本気で抵抗するように、グライフは殺気を放ってたらしい。
いや、ユニコーン姿ならなんとなくわかるけど、人間姿だとそういうのを察知する機能付いてないみたいなんだよね。
姫騎士団は気づいてたらしくて、剣に手をかけたそうだ。
「ご説明を、願えますか?」
ランシェリスが戸惑い気味にアルフに聞く。ローズは警戒気味に離れたグライフを見ていた。
ちょっと乱暴で横柄だけど、案外常識的で面倒見もいいのになぁ。
「あのグリフォン的には、自分に傷を残したフォーレンが、いつまでもユニコーンとしての本領発揮しないのが腹立たしいんだよ。こっちからしたらそれでいいんだけどさ」
アルフは流れで、僕との出会いを語る。
母馬が殺された仔馬と、森から離れて弱った妖精。
アルフに精力を供給する代わりに、その膨大な知識を手に入れたら、なんだかユニコーンには珍しいお気楽さを手に入れてしまった、と。
「つまり、あなたがいる限り、フォーレンは理性的なユニコーンと言うわけですか?」
「俺がいなくても、フォーレンは案外こんなものだと思うぜ」
「確かに、無害そうではありますが」
魔物としてユニコーンを退治して来たランシェリスには受け入れがたいみたい。
って言うか、僕が頭動かすと、角の動きに反応する。
危険性を知ってるからこそ、備えを解けないんだろうなぁ。
「アルフ、他の生き物に怖がられるっていうのはわかったから、別に無理に距離縮めようとしなくてもいいよ。ちょっと手伝ってもらえればいいんだから」
アルフは珍しく蜂蜜色の瞳に真剣な表情を宿した。
「わかるか、人間? フォーレンの恐れるべきところはユニコーンとしての強さじゃない。こうして物事を見て学ぼうとする頭だ」
それくらい、人間にもあるでしょ? あ、ユニコーンはしないってことか。
けど、姫騎士団の持つ装備見てたら、興味くらい湧くんじゃないかな?
あの魅了魔法のかかった籠手とか、魔法を短縮できるブローチとか。どういう作りなんだろ? 僕でも使えたりするのかな?
「今この時も、お前ら見てフォーレンは人間について学ぼうとしてる。今まで見て来た人間は言葉を交わすほど近寄っては来なかった。お前たちの言動が、今、フォーレンの中で人間の基本像を作ってる」
「いや、さすがに姫騎士団が特殊なのは、わかるよ」
「フォーレン、言っとくけど人間ってこいつらほど自制的じゃないからな」
「へー、そうなの?」
たぶん姫騎士団は統率が取れてる。
だから、ランシェリスが負けを認めて、僕に手を貸すと言うなら、全員が手を貸してくれるだろう。
「…………わかった。人間と何か約束する時には、もうちょっと考えるよ。それで、グライフも機嫌直してくれるかな?」
「考えるってどうする気だ?」
グライフのことは無視かな?
「直ぐに思いつくのは、その聖剣人質にするくらいかな?」
言った途端、ランシェリスが悲壮な顔をする。ローズは怒気も露わにして、他の姫騎士は狼狽えた。
「ほらな? 聖剣なんてエイアーナの地下道で初めて知ったフォーレンが、もうお前たちの反応でそれが重要なもんだって理解しちまってる。言っておくけど、俺は今の発言に至るような助言は一切してないぜ」
「理解、しました」
そう答えたランシェリスの表情からは、厄介な相手だと言う警戒感が露わだった。
正直、女の子に敵意向けられるって、落ち込むなぁ。
とか思ってたら、顔に出てたみたいだ。
「妖精どの、な、何やら落ち込んでいるようですが」
「だから、お前ら見てるんだって。そんな危険生物前にしたみたいな顔されたら、フォーレン落ち込むよ? 争い嫌いなのに、ピリピリされちゃ居づらいさ」
「そんな、子供のような…………子供、でしたね」
ローズが呆れて呟く。
僕をどう扱うべきか困ってるんだろうな。
いいや。気楽に喋れるようになりたいとか、高望みしないでおこう。
アルフとかグライフみたいに、怖がらずに相手してくれるひとだっているし。
前世の記憶で人間とは対話できると思ってたとこが、たぶん間違いなんだ。今ユニコーンなんだし、ユニコーンってばれないように、人間の暮らし見て回る方法を探そう。
「妖精どの、今度は何やらやる気になったような顔をしていますが?」
「人間にユニコーンってばれた時点で怖がられて、まともに相手してもらえないなら、ばれないようにしようって考え切り替えたな」
「お待ちください。では、フォーレンは人間と関わり続ける気なのですか?」
「おう。好奇心旺盛だから、ジッテルライヒとか興味持ってるぜ」
「「「え!?」」」
姫騎士団が声を裏返らせた。
ジッテルライヒって、海に人魚がいて、魔術学園があるってところでしょ?
観光したいなとは思ってたけど。そんなに嫌がられる?
「ほらー。そんなあからさまに嫌そうな声あげるから、またフォーレンが落ち込んだー」
「い、いえ、決してそのようなことは。私たちはジッテルライヒから派遣されたもので…………。知っていて、言ったのかと」
改めて聞いたところ、姫騎士団はジッテルライヒに逗留しており、そこの偉い司祭からダイヤ流出の可能性を確かめるよう密命を受けたのだとか。
表向きは、ユニコーン、グリフォン、ドラゴンの捜索と討伐らしい。
「…………それって、僕たちのことだよね?」
「なんだ、やはり殺っておくか?」
「グライフ、駄目」
勇んで寄って来ようとするグライフを強めに止めた。
ら、不機嫌そうに羽根広げて威嚇してくる。
「フォーレン、どうせならあいつに協力の言質取りたいとこなんだけど?」
「えー、グライフ?」
「邪魔しないとは言ったけど、放置したら姫騎士団も困るだろうし、ここで騒ぎ起こされてもフォーレン無視できないだろ」
そうアルフが僕に耳打ちするけど、グライフめっちゃ聞こえてるよね?
ちらちら見てくるし、羽根が嬉しそうに羽ばたき始めたし。
「なんかあいつの機嫌治す方法考えてくれよ」
「また丸投げ?」
グライフも聞こえてるの隠そうとしてないし、なんかすでに期待で機嫌直ってるような?
「…………んー? じゃあ、さっきの人間のやり方で決闘する? 行動できる範囲決めて、範囲外に行くのなしで」
「ふふん、俺の飛行能力と貴様の加速度をどちらも封じつつ、か。愉快だ! やってやろう!」
わー、ちょろい。
「すげぇ、ほどほどにやってフォーレンが参ったって言ったらすぐ終われるんだな!」
「なんだと、仔馬!」
「わー! アルフばらしちゃ駄目だよ!」
グライフが人化を解いて追いかけて来た!
僕もユニコーンになって逃げると、なし崩しでそのまま決闘に。
「皆、聞け。あの妖精どのは老練であるが、それよりもユニコーンのフォーレンのほうが発想力、理解力、実行力においては勝っているものと想定する」
僕たちの決闘という名の追いかけっこを横目に、姫騎士団たちが話し合いを始めた。
「現状、あの三者を一手に相手にする力は我々にはない。だが、三者を分断すれば制御の利かない状況に陥るだろう」
現状すでに制御なんてできてないと思うけど?
「私は決闘で負けた。命での贖いの免除として協力を要請されたなら、従わねば生き恥だ。ならば、私はあの者たちが王都に入って出ていくまでを見張る義務がある。これは私個人の義務感であって、姫騎士団に及ぶものでは」
「ランシェリス、一人で見張るなんて土台無理よ。だったら、第一に考えるべきは私たちの忌避感ではなく、無辜の民の安全。使いなさい、私たちを」
「ローズ…………、皆…………」
なんかいい話風になってるー。
こっちもそうならないかなー。
ならないよねー。
僕は楽しそうに爪を伸ばしてくるグライフから逃れつつ、諦め半分にそんなことを考えていた。
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