349話:祭の体裁
他視点入り
助からない。
自分を貫く剣を見てまずそう思った。
次に、ドライアドから譲り受けた魔法の葉が作動しないことで確信に変わる。
私の服を用意したのは、元従者なのだ。
「やってくれたわね、シアナス」
呼びかけるとわかりやすく剣に動揺が現われる。
私は鞭を引き抜くと同時にもう片方の手で剣先を掴んだ。
「死を覚悟しなお闘志は衰えない。それでこそ、シェーリエ姫騎士団の副団長。本当に惜しいことだね。死にゆくまでの時間、どう過ごしたいかな?」
ヴァーンジーンは武器を手にした私を前にしてなお余裕だ。
シアナスがいつから裏切っていたか、そんなの考えるまでもない。
最初からだ。
シアナスは出会った頃から変わっていない。つまり、今の状況は入団前から決めていたこと。
私より先にヴァーンジーンに会っていて、ヴァーンジーンの力になりたいと入団した。
考えてもみれば簡単なことだ。
「それでも…………私に時間を作ったのは間違いだと、教える時間があることは重畳!」
握った剣先に手を滑らせ、あえて血を多く流す。
その血が熱を持って滾った。
従者パルの名を継ぐ者にのみ秘伝される最後の足掻きだ。
「呪われよ! 我が血を受けた者! 汝は永劫我が敵となりぬ! 呪われよ! 我が血を受けた刃! 其は世世穢れを受け腐りぬ!」
剣の表面を流れる私の血が熱を上げ焼きつく。
シアナスの剣はこれからどれほど鍛え直しても磨き直しても私の血が流れた痕が浮き上がるだろう。
「見たことのない術ね。金属に血が焼き付くだなんて。けれどこれは、死の間際の強い情念があってこその術ではないかしら?」
楽しげに眺めるヴァシリッサは、今までの弱々しさを繕わない嗜虐的な笑みで秘伝を看破した。
ヴァシリッサは相当な魔法の才能を持っている。
このことをランシェリスに伝える術がないことが心残りね。
「あ、あぁ、あぁあ…………」
「シアナス、落ち着いて。そんなもの、刃を取り換えれば済む話」
動揺するシアナスにヴァーンジーンが普段と変わらない笑みを浮かべて諭す。
全く忌々しい。
「わた、わたしは、私は…………あ、あなたの、妹、足りえず…………けれど、けれど、私は…………曲げることは、できません…………」
震え掠れる声で紡がれる懺悔を、シアナスは絞り出した。
本当に腹が立つ。
ヴァーンジーンと天秤にかけられてシアナスの中で私のほうが軽かった。
その事実に腹が立つ。
私はヴァーンジーンに向かって鞭を振った。
力の乗りきらない鞭の威力は低い。
「あまり無茶をしてはいけない」
そんなことを言いながら。ヴァーンジーンはあえて鞭を手首に受ける。
そうして私の動きを封じたつもりなのだろう。
「あら、破邪の力があると聞いていましたが?」
「ヴァシリッサ、私に邪心などありませんよ?」
相手が邪悪であるほど威力が増す鞭は、ヴァーンジーンを拘束する以上の効果など発揮しない。
善を目的としてヴァーンジーンは動いている。
だとしたらなんて独善的な男だ。
嗚咽を噛み潰すシアナスが見えているだろうに毛ほども罪悪感を抱いていない。
「ふざ、けるな!」
思いの丈を鞭に乗せる。
途端に鞭は白く白熱するように光った。
「これは!?」
初めてヴァーンジーンの顔に驚きが浮かぶ。
「天よ知れ! 我が仇敵を! 穢れの汚辱に伏したる我が怒りを! 決して逃さぬ! 打ち果たさずにはおらぬ! 我が怨讐晴らすまで散りし花の茨よ辛苦を刻め!」
「うぐぅ!?」
「ヴァーンジーン司祭!」
白熱する鞭に苦しむヴァーンジーンの声に、シアナスは一度息を止めると私に止めを刺すため一息に剣を引き抜いた。
血と共に力が抜ける。
それでも狙いは通った。
「く、これは…………。なるほど、従者パルの伝説の再現。聖女の死後自らを穢した男を打ち果たすまで殉死しなかったという」
「まぁ、聖女の従者の名を継ぐ者が最期に足掻いて呪いを残すなんて。良い喜劇ね」
ヴァシリッサは楽しげに、ヴァーンジーンの左手に残った鞭の痕を見る。
火傷に似た傷は、ところどころ破れた皮膚の形がまるで茨を腕に巻きつけているようだ。
これで、ヴァーンジーンが敵であることはランシェリスに伝わる。
ヴァシリッサにも一矢報いたかったけれど、絶対にこちらの攻撃範囲に入らない慎重さを見せていては難しい。
あぁ、悔しい。もう視界が暗くなる。
耳鳴りが酷い。
寒い…………。
あぁ、悔しい。
もっと、ランシェリスと…………。
「副団長…………ローズさま…………」
「死体はこのままここに埋めてしまいます? なんならわたくしが術を持って」
「やめてください! ローズさまを邪法で汚すなど!」
「ヴァシリッサ、あなたはケイスマルクへ戻ってください。シアナス、遺体は決して見つからないよう処理を。剣は何処かで折っておくように。代替品の支給をしましょう」
「…………はい。はい…………」
「それほど辛いのなら、そうですね、一度記憶に蓋をしましょうか。今後も動いてもらうにはそのほうが」
「え!? 闘技大会ウラが優勝したの!?」
僕は流浪の民を押さえた後、金羊毛と合流し直してそんな報告を受けた。
「もう、それが笑っちゃうくらいただの腕力勝負だったんだよ」
ウラはかすり傷程度で苦戦した様子はない。
ジェルガエに根を張っていた流浪の民から情報を聞き出したりしている内に闘技大会は終わってしまった。
エルフ王への謝罪を取り持つ約束とか、腕を潰した監獄の長官の罷免とか、その長官が実は愛人と一緒に観戦しててペオル的には大満足な結果だったとか。
うん、色々なところから話聞かなきゃいけない内に祭が終わっちゃった。
「前座でフォーさんがやらかしただろ? あれ見てコロッセオの本戦に棄権が続出したんだよ」
笑いながら話すエックハルトに続いてジモンも口を笑みに歪める。
「…………冒険者組合でも参加者を募っていた」
エルマーとニコルはまだ屋台の食い歩きをしているようで、両手に甘い匂いのする串を持ったまま話す。
「なんか参加募集も必死ですごかったっすよ。まぁ、フォーさん怒らせたって聞けばわからなくもないっすけど」
「フォーさんを罪人扱いで前座に使うという時点で救いようのない失態でしょう」
金羊毛たちは二コラに生ぬるい目を向ける。
まだ一人だけ知らないままにしておくのかな?
ちなみに今日はもう青年はいない。
エノメナのために目一杯休みを使ったから仕事に行ったそうだ。
春の侵攻でまた会う可能性もあると別れたらしい。
「例年に比べれば盛り上がりには欠けたそうですが、ウラの快進撃に喝采が起きていましたよ、フォーさま」
「僕も見たかったな」
偉い人との調整で見れなかったけど、当事者のエルフを逃がしたの僕だし。
僕がエルフを不当に捕まえたことに対する対応を協議しなきゃいけなかった。
流浪の民からの事情聴取でわかったのは、どうも族長が長年の計画を大きく変更していること。
森の侵攻から大きく違うって言うから、たぶんライレフが呼び出されたせいだろう。
「で、だよ。フォーさん」
ウラが真剣な顔をして僕に向かって前のめりになった。
「な、何?」
「これ、妖精王への貢献ってことにならないかな?」
ウラは机の上に林檎くらいの大きさの箱を押し出した。
これは優勝賞品の入った箱で、優勝報告と共に貰った物。
「これって魔王石のオパール? あ、アルフにお願いするために? なるなる!」
僕が言うと金羊毛は全員でほっとした。
「え、なんで?」
「だってよ、ウラが勝てたのフォーさんがお膳立てしくれたからだし」
「お膳立てってほどかな?」
僕の疑問に、エックハルト他金羊毛たちも頷く。
勝ったのはウラ本人の頑張りもあるからいいと思うんだけどな。
僕は改めてウラからオパールの入った箱を受け取って中身を確かめた。
「わー、雑な封印」
アルフに比べると心配なレベルだし、エルフ王のと比べても見劣りがする。
ちょっとこれを賞品にして平気な顔をしてた人間たちに戦慄を覚えた。
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